みんなみすべくきたすべく

8月が終わる。

246朝焼けj
夏の初めに関西電力から送付された計画停電のお知らせ。
昨夏も頑張って節電したのに、まだ?
昼間の家庭内電力抑制に努めるには・・・そうだ!家に居なければいい。

 ということで、涼しいと思われるところへ外出し続けました。
 買いものは、冷えたスーパー。百貨店や、銀行も涼しい。美術館や映画館も涼しいぞ。図書館は、朝早くから並んでいる人がいて、ゆっくり座るところがありません。
 もちろん、会費を払っているから、プールには、毎日のように行き、苦手だったサウナに入り、怖かった?水風呂にもつかり、クールダウンできるようになりました。
 といっても、そんなに長く泳いだり、つかったりできないので、泳いだ後は、休憩室で読書。この部屋の利用も会費のうち。
 が、夕方、家に帰って、台所に立つと、汗みずく。結局、首にあせもができました。
 家に居るときは、充電式の小さな扇風機を抱えて、うろうろ。
 真夏に、パソコンのオーバーヒート?を何回か経験しているので、扇風機の方向はパソコン様に向いていて、使い手は、ハンドタオルで汗をふきふき、鋭意努力を重ねました。

 そしたら、節電目標達成しました。というNEWS。ちょー暑かった夏なのに、これからだって、原発なくても、できるやん。

 そんな8月も終わり・・・

☆写真は、8月下旬朝5時東の空。
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くまのパディントン

                      245ポートベローお皿j

くまのパディントン
(マイケル・ボンド作松岡享子訳ペギー・フォートナム画 福音館)

 伊丹市立美術館で開催されている「くまのパディントン展」(2012年9月2日まで)には、その初代挿絵画家のペギー・フォートナムから数人の挿絵画家やクリエーターによる、パディントンが集結していて、興味深かったです。が、少々物足りなかったのは、うちにあるようなぬいぐるみが一部屋占領していたり、ぬいぐるみのパディントンが写るロンドン観光写真の展示と、子どもたちが絵を描く部屋が一部屋あったりと、展示の半分は、ここに足を運ばなくても良かったかも・・・というものでした。昨年のフェリクス・ホフマン展や、その前のフィッシャー展が楽しかったので、ちょっと期待していたのですが・・・。

 さて、くまのパデイントンは、マーマレードが好きな、ベトベトしたくまです。いつも周りをハラハラさせながら、けれども、終わりよければすべてよしのお話は、どれも愉快です。お友達のグル―バーさんが、ポートベローマーケットにお店を出し、パディントンと二人でお十一時を楽しむという一文が、イギリス児童文学を楽しむ一つのきっかけとなり、行ってみたい、見てみたい!の原動力の一つとなったのは、もう30年以上も前のこと。今、本の奥付を見ると、長男を妊娠したときに読んだ数々のイギリス児童文学の一冊でした。写真は、その長男が撮って来た英国ポートベローマーケットのお店。

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本屋大賞

243マーローボートj
(『図書館の近くに住んでいます。』より続き)
(承前)
  図書館で予約を入れても、なかなか順番が回ってこないのは、覚悟の上で、予約をいつもいれるのが、その年の「本屋大賞」を受賞した本です。2012年も発表された4月の後、それほど時を経ず予約して、大賞受賞の 「舟を編む」 が手元に届いたのがつい最近8月下旬でした。

 小川洋子の「博士の愛した数式」が第一回本屋大賞らしく、本を愛する(はずの)書店員の投票でなりたっているこの賞なので、信頼感があって、予約をいれるのです。が、しかし、時として、好みに合わないものや、これが?というものも入っていることもあります。初めから映像化を意識して、話を書いているのではないかと思えるほど、多くは映画やテレビ等、受賞後、映像化されています。
 共通しているのは、読みやすい。小難しくない。一気に読めちゃう。
 で、それぞれの本が、50年後、100年後、どうなっているかなんて、そんなこと、どうでもよくて、ともかく、今、このときの読者を楽しませることに専念しています。

  さて、「舟を編む」は、辞書の編纂にたずさわるちょっと個性的な人々の話です。IT時代にありながら、『一つ一つ手作業で作り上げる辞書』という世界がバックボーンです。ここが、読者の心をつかむ一因かもしれません。大体、多くの読書好きは、辞書には敬意を払うか、あるいは少なくとも、一目置いていますからね。そして、いまどき、珍しい地味な装丁は、「大渡海」*という辞書と同じく、こだわりの作りです。それは、中身で勝負という本作りの人たちの姿勢だと思います。(*「大渡海」は、「舟を編む」で完成する辞書。)

「博士の愛した数式」(小川洋子 新潮社)
「舟を編む」(三浦しをん 光文社)

☆写真は、英国マーロー、ボート置き場。

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図書館の近くに住んでいます。

       242ザンクトガレンj
 一戸建てからマンションに引っ越すとき、本の置場に困り、ずいぶん処分しました。作りつけの棚を、新しい家にも作ったものの、本は二段構え、文庫本に至っては、四段構えになる深さです。つまり、奥に何が入っているのかは、前の本をのけないと分からない・・・しかも天井まであるものですから、天井近くの奥に入っている本を見つけるには、よほどの覚悟が要るし、危険も伴う。

 ということで、あの本どこだっけ?と調べるときは、図書館の蔵書検索でどの棚にあるか探しだしてから、すぐ近くの図書館に出向く方が早く、調べ物ができます。大急ぎでない本は、予約して書庫から出しておいてもらい、メールで連絡をもらって取りに行く。
 期待はずれも覚悟して、話題本もとりあえず、クリックしておくと、半年以上たって忘れた頃に、読めます。メディアで騒がれたような本は、図書館に複数あっても、100人以上待っています。今なら、ダビンチコード、すぐ借りられます。で、長い時間待って、実際読んでみても、やっぱりというか、案の定、面白くなくて、本を閉じ、さっさと返却できるのも、図書館の有難さ。買わなくて良かった。新聞等の書評にでていて、予約して、購入してもらい、一番に貸し出してもらったのに、やっぱり面白くなかった・・・ごめんなさい。ただ、うちの図書館エリアに、すごく嗜好の似ている人が居る気配があって、その人は、新聞に書評がでたらすぐマメに予約しているらしく、カ・リ・リ・ロが一番予約じゃないときもあります。この人(人たち?)には、姿の見えない同志のような親近感がありますね。
(『本屋大賞』に続く)

☆写真は、スイス ザンクトガレンの修道院。(1767年建造)この附属図書館は、世界最大級の中世図書館で、15万冊の蔵書は、今も読むことができるようです。

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河口の散歩(望遠レンズ忘れた)

240あかとんぼj
目の検査。
この写真には、赤とんぼが何匹写っていますか?
下の写真には、紀伊半島を見つめる一羽のサギの類が、たたずんでいます。
               
                  241サギたたずむj

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処暑の初候

                        239秋刀魚j
 あづい夏は、なかなか終わる気配がありません。
 とはいえ、朝は、結構、いい風が吹いて、しかも明るくて、暑い昼間とは一線を画し始めました。
 暗くなると、控えめに聞こえる虫の声。
 そして、夜明け前、東の空には、ひときわ輝く金星、冬におなじみのオリオン座、高い所に木星など、こんな街に住んでいても、星が綺麗によく見えます。

あんまり、きれいに光っていたので、買ってしまった『秋刀魚』。
塩麹で焼いてみましたよ。

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部屋の設え

                       238根津池j
 (『ヴェネツィア展』より続く)
(承前)
 ヴェネツィア展の後、古筆のお稽古に行きましたら、掛け軸の絵がまた変わっていました。
 お稽古のお部屋の掛け軸は、涼しげに襟の空いた着物の美人画。隣のお部屋の掛け軸は、(カメラを忘れました)右下にこんもりした松林があり、ほんのり満月が林にかかっている掛軸です。画面の半分は、何も描いていません。が、それが、なんとも言えず静かで涼しげなのです。先生がおっしゃるには、「この掛軸がどこかの展覧会の沢山掛けられている一幅だったとしたら、さほど人の目を引くとは思えないが、この床の間にあると、この設え全体が、品のいいものになり、部屋全体の雰囲気を高めている・・・」
 確かに、なんの変哲もない一枚の掛軸がそこにあることによって、部屋がしまって見えます。花を飾るでもなく、金で装飾するでもなく、ヴェネツィアの豪華絢爛とは程遠い設えの中に、おもてなしの心を感じます。段々、カ・リ・リ・ロも枯れてきました。
☆写真は、根津美術館の池。

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ヴェネツィア展

             237ベネチア額j
 京都文化博物館で、「ヴェネツィア展」やっています。(2012年7月9月23日まで)
栄華を極めたヴェネツィア1000年の歴史と謳っています。京都も同じ1000年の都です。

昔からお金持ちが、職人にやらせることは、どこも同じで、細かく綺麗なものが並んでいました。特に、大きなガラスのシャンデリアは圧巻。よくもまあ、はるばる、ご無事で運ばれてきたことよ。
でも、やっぱり、日本の手仕事の方が、丁寧で細かい。それに、装飾過剰というのも落ち着かない。絵画も、同時代、日本の絵巻の方が伸び伸び、生き生きしているものが多い。

 歴史の勉強にはよかったけれど、ここのところ、日本の型紙や七宝や浮世絵などをたくさん見て来たので、美術工芸品は日本の旗色がいい。

 それにしても、ヴェネツィアは、海の上に、土地を作り、1000年栄え、いまもなお、観光地として生き残っていることにびっくりですね。

☆写真は、夫が、塩野七生ファンで、その影響でヴェネツィア憧憬が深いため、以前、ロンドンで、お土産に買ってきたエッチング。お店には、何枚かヴェネツィアを描いた作品があって、どれにしようか迷っていたら、お店の人が、「海から見たヴェネツィア。このピンクに輝く陽光が、LOVELY!」と言って、推してくれました。作者はMichael Blaker。(3/250)アーディゾーニに似たタッチが気にいって、このヴェネツィア以外にもピカデリーサーカスを描いたものも部屋に飾っています。これについては、いずれまた。
 それから、下に写るヴェネツィアンガラス製のペンは、息子が10年くらい前に買ってきてくれたもの。万年筆やボールペンには勝てませんが、思いのほか、長くインクが持ち、綺麗に書けるのです。その下の綺麗なマーブリングの紙は、お友達にフィレンツェのお土産にいただきました。もったいなくて、なかなか使えません。プリントじゃなくて、一枚一枚手作業ですから。
(「部屋の設え」に続く)

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ロバートのふしぎなともだち

       237ヒドコットマナー池j
 ニュージランドの児童文学者、マーガレット・マーヒー女史が、2012年7月23日にお亡くなりになりました。大きい子向けのお話がたくさん訳されていますが、そんな中でも、「魔法使いのチョコレートケーキ」という、小学校低・中学年向きのお話集は、表題のお話のほか、心に残るお話が詰まっています。シャーリー・ヒューズの挿絵も魅力的です。

 マーガレット・マーヒーの名前を知ったのは、1978年に邦訳された「ロバートのふしぎなともだち」 (スティーブン・ケロッグ 内田 莉莎子訳 ほるぷ)でした。とぼけた味のケロッグの絵に惹かれたことと、当時、「カバ」の絵本を探していたので、手に入れました。そして、そのあと、次々、ケロッグの絵本を買いそろえました。隅々、隠れたところに、お楽しみのある絵本が好きなのです。

 が、しかし、マーガレット・マーヒーとスティーブン・ケロッグのコンビは、この「ロバートのふしぎなともだち」だけでした。そして、ケロッグの絵本の中でも、この話は、飛びぬけておかしい。

 カバがついてくるという発想。カバが居なくなってからのその結末。
 え?うっそー!でも、あるよねぇ。きっと。と、思わせるファンタジーです。
 マーガレット・マーヒーは、次に何が起こるか、次は?とお話作りが上手い作家でした。

今でも、初めてこの本のページを繰って、笑ってしまった遠い日のことをはっきりと思い出せます。新卒の若い先生には少々手強かったカバ好きな生徒のために、カバの本を探していたのです。

☆写真は、英国コッツウォルズ、ヒドコットマナーガーデンの噴水と、向こうに鳥の形のトピアリー。カバは泳いでいませんでした。
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河井寛次郎記念館

            236河井寛次郎j
 以前、京都東山五条にあるこの記念館に足を運んだ時、作家の陶芸作品より、家の設えが印象に残りました。初夏や風の通るときは、きっと住みやすいだろうなぁと・・・確かに冬は寒そうですが、窓の多い、空間の多い家の作りは、明るく、しかも風の通り道。家の裏に大きな窯があるので、家は涼しくないと大変。

 椅子がたくさんあって、ほとんどどれにも、腰かけてみました。いろんな椅子がありました。朝鮮の物と思われるもの、自作と思われるもの、英国風のもの、切り株だけのもの、椅子とみなせば、つい腰かけたくなるのです。

 現在の我が家には、畳の部屋がなく、夏は、い草のマットにごろんとお昼寝する人が居ますが、概ね、椅子の生活です。30年くらいかけて、椅子を増やしていきました。どれも深く作ってもらいました。背筋を伸ばして座っているわけではなく、足をあげたり、横になったり・・・奥行きのある椅子の上で、いろんな恰好ができるように。

 英国の友人の家に行った時、みんなでくつろいでテレビを見ました。大きなソファ以外は、それぞれが、椅子をテレビの前に持ち寄って、見ました。そこで、お茶がふるまわれたのですが、小さなサイドテーブルが、またそれぞれにあって、各自の場所でお茶を飲みながら、テレビを中心にくつろいだ経験があります。

 また、まん中の娘のオーストラリアのホースティ先を訪問したときは、それぞれが、それぞれのマグカップを手にして、思い思いの場所で語らいました。部屋も大きいし、落ち着いて座るには、ごそごそ動き回るやんちゃ坊主がいたので、座ったり、立ったりして、お菓子の場所までは、マグカップを手に移動しました。

 いろんな場所の居心地の良さを体験しながら、我が家自身の居心地の良さを求めてきました。
きっと、河井寛次郎記念館も、家族が集っていた時は、観覧者にはわからない、家族だけの心地よさがあったのだと思います。

☆写真は、禅問答みたいな河井寛次郎の言葉やユーモラスな彼の作品のポストカード。ポストカード立ても可愛い猫だけど、見えないなぁ。

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芙蓉と槿

231芙蓉j232槿j
赤とんぼ見ました!あの蝉の大合唱も、ずいぶん朝寝坊になり、トーンダウンしてます。昼間の日差しは、相変わらずでも、早朝の散歩、風が通ると心地よい。
さて、槿と芙蓉はよく似ていて、昔から、よく間違っていました。
上の写真のどっちが芙蓉? 下の写真のどっちが槿?
233芙蓉j234槿j

 答えは、両左が芙蓉。両右が槿。
 蕾がまとまっているのが芙蓉。茎がすっと伸びているのが槿。
 どちらも一日花。ムクゲは、韓国の国花。
 下の写真は、鉄砲ユリの奥に白い芙蓉。

                235鉄砲ユリj

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そうだったのか・・・

                クリムトj
≪・・・・芸術家という人種は、原則として皆一種の精神的ナルシズムである。彼らは決して、世の常の洒落者やおめかしやでなく、むしろ概してその反対であるけれども、その心の中の鏡に映して、常にイメージしている自分の姿は、永遠の美少年でありたいのである。(だから彼らは、故意にかえって現実の鏡を見ないようにし、常に無精髭を生やして汚なくしている。)≫
 萩原朔太郎『老年と人生』より( 「猫町 他十七篇」 岩波文庫

 これを読んで、ウィーンのグスタフ・クリムトと、イギリスのエリック・ギル、どこか似ている二人を思いだした。

☆写真は、ウィーン美術史美術館、壁隅角の所にクリムトが描いています。

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くまの皮をきた男

                      229ホフマン絵本j
 「グリムの昔話  くまの皮をきた男」  
(フェリクス・ホフマン絵 佐々梨代子・野村泫訳 こぐま社)
 
 グリム童話誕生200年だそうです。
 こぐま社から、長い間絶版になっていた「くまおとこ」(福武書店)が「くまの皮をきた男」として出版されました。訳は、酒寄進一訳から佐々梨代子・野村泫訳に変わっています。また、こぐま社の説明書きには「ホフマンの遺作となった手描きのこの絵本を、新たに製本し」とありますから、同じ画なのですが、福武書店のと、ちょっと印象が違います。大きくは、使用した紙の違いと思います。
 訳を比べると、以前の福武書店の訳の方が、もうすこし小さい子向きに訳しているようです。新版は、タイトル自体に、漢字が入ったように、訳文にも多くの漢字が入っています。(もちろん、「ふりがな」はふっています。)
 もう一つの違いは、絵本の見返しのところが、「くまおとこ」の方には、手描きのドイツ語文字が使われていて(写真左下隅)、温かみがあったのですが、新しい「くまの皮をきた男」では、それがなくなっていました。この最晩年の絵本も、当初は、孫のために作られたものです。

 「七年間、身体を洗わず、ひげにも髪にもくしを入れず、つめも切らず、祈りもせずに生きのびたらお前を金持ちにしてやろう」と、悪魔と取ひきをし、くまの毛皮を着せられた若者が「くまっ皮」と名乗り・・・というグリムのお話です。

☆写真は、時計回りに、右端黄色いのは「赤ずきん」(福音館)三日月のは「七わのカラス」(福音館)「ねむりひめ」(福音館)「おおかみと七ひきのこやぎ」(福音館)「しあわせハンス」(福音館)「くまおとこ」(福武書店)「ながいかみのラプンツェル(福音館)「うできき四にんきょうだい」(福音館)

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僕の叔父さん 網野善彦

228祇園すだれj
(承前)
 昨日、『僕の叔父さん 網野善彦』(中沢新一 集英社新書)のことを書き、歴史家 網野善彦の名前も書きました。とはいえ、恥ずかしながら、中沢新一の他の著作を読んだわけではありませんし、網野善彦は、昨日の写真に写る福音館の「いまは昔 むかしは今」の編集委員として知っていただけです。うちの本棚には、以前から、両者の本が、何冊か並んでいるにも関わらず・・・です。
 『物語による日本の歴史』(ちくま学芸文庫)から繋がって行ったのが、集英社新書の『僕の叔父さん 網野善彦』だったのです。

 この読解力と興味関心では、お二人の宗教学の著作も歴史学の著作も、読みこなせません。が、『僕の叔父さん 網野善彦』という長い追悼文に流れる「思い」は、感じるとることができました。
 途中、学問的論争を斜めに読んだとしても、お二人が、その長きにわたる知的交流を通して、結びついていたのが、よくわかります。こうやって、学問が深まっていくのだという臨場感が味わえます。また、会話で進める学問の一端は、ほんの一部にすぎなくても、論文で読むより、身近に感じられます。そして、学問の推進力は、想像力なのだと改めて思います。
 
 なにより、少年の日の中沢新一が、絵巻物の虜になり、叔父さんに教えられたとおりに、絵の細部までのぞき込むと・・・
≪特に画面全体の構成にとってはたいして重要でなさそうな、端っこの方に描かれている人物の姿などに目をこらして見る。みすぼらしい恰好をしたその人物の姿を見ているうちに、つぎつぎとお話がわいてくるのだ。『伴大納言絵詞』の一場面は、想像力にふくらんだおびただしい数のとりとめもない物語の群れで、覆い尽くされてしまった・・・・≫

☆写真は、京都祇園の夏の窓べ。風が少し通ります。

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物語による日本の歴史

227いまは昔j
  『物語による日本の歴史』  
(石母田正 武者小路穣(文)中沢新一(解説)ちくま学芸文庫 )
 宗教学者 中沢新一が、「僕の叔父さん 網野善彦」(集英社新書)の中で、≪・・・網野さんのほどこしてくれた歴史学のレッスンは、絵巻物をのぞき込むやり方を身につけることだった。武者小路穣と石母田正の本は、子どもにもとても読みやすい、いい本だった。・・・≫と、書いたのが『物語による日本の歴史』(ちくま学芸文庫) です。出版社が変わってでも、今夏、再復刊されました。

  若き日の日本歴史家 網野善彦が編集し、10歳頃の甥、中沢新一に手渡した1冊です。当時、中沢が夢中になった「伴大納言絵詞」の絵巻のコピーは、掲載されていませんし、文庫本と言う形なので、実際に、今の子どもたちが、すっと手にするとは思えません。がしかし、中沢が『物語による日本の歴史』の解説最後でいうように、「(この本は、)小さな美しい花」として存在すると思います。

 「国引き」「国作り」「国生み」の神話から始まり、古事記、日本書紀、万葉集、源氏物語、枕草子、伊勢物語、土佐日記、平治物語、平安時代のはやり歌、保元物語、平家物語、かぐやひめにワラシベ長者・・・そして、最後に西行。と、物語のさわりの部分から、日本の歴史に迫る本です。読みやすい平易で丁寧な現代語訳がつき、それぞれわかりやすい簡単な解説。そして、巻末には「この本で日本史を学ぶ人のために」。

  誰しも、中沢新一のように、この本を「その後も大事にして、何度も何度も読み返して、最後はいくつかの章は諳んじることができるほどに、はまったのである」と言うわけにはいかないでしょう。しかしながら、子どもたちが探している入口、入りやすい入口は、こっちにありますよ。と、導くなら、子どもたちは日本の歴史や古典作品に対して、今までとは違う印象を持つにちがいありません。現在の小学校高学年以上の子どもたち、若者たちに、手に取ってほしい一冊です。なにより、著者・現代語訳者そして、編集者が、未来を担う人たちのために、真摯に仕事をしたのが伝わって来るのです。

≪第16話:平安時代のはやり歌の神楽歌≫
コオロギは こまったものさ
庭に来て とんで来て
木の根を かじって
オサマサ つの折れた
オサマサ オサマサ つの折れた
オサマサ こまったものさ
庭に来て とんで来て
木の根を かじって
オサマサ つの折れた

(『僕の叔父さん 網野善彦』に続く)

☆写真は、網野善彦・大西廣・佐竹昭弘が編集委員となった「いまは昔 むかしは今 全5巻」(福音館)と「物語による日本の歴史」(ちくま学芸文庫)です。「いまは昔 むかしは今 全5巻」は、1989年~1999年の10年以上にわたり、出版された大著です。一巻目の「瓜と龍蛇」のお話の部分を楽しんでいた長男が、「二巻目はまだか?三巻は?」と、聞いてきたのを思い出します。結局、最後の巻のときには大学生になっていました。
 で、今、本棚から引っぱりだしてみると、読んでないところの方が多いのに気付きました。まだまだ、勉強することがいっぱい。わくわくします。

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大出雲展

226大出雲展j
 京都国立博物館で開催されているのは、大出雲展です。(2012年7月28日~9月9日)
我が国最古の歴史書「古事記」1300年の年らしい。古事記のヤマタノオロチ退治で、スサノオノミコトが妻を娶って歌う「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を」は、日本最古の和歌です。これこそが、今は、縁結びの神様で有名な「出雲大社」のルーツって感じがします。

 さて、出土品がたくさん並ぶ中、埴輪のお相撲さんを発見。破損しているものもありましたが、どれも、お相撲をしようとする手の形で、まわしもつけているのです。こんなに古くからある伝統のスポーツなのですね。かつては、奉納していた相撲を、今は、ショービジネスの相撲として捉えるのか、伝統の継承者として捉えるのか。

 それで、少し時代が進むと、お寺に男神像があったりして、神仏混合です。日本人は、ずっと昔から、いろんな神や仏、大事にしてきたのがよくわかります。

 この大出雲展で、一番驚いたのが、実際には、48メートルともその倍の高さとも言われている出雲大社の雲まで届かんとする模型。それに、その大きさの根拠となる宇豆柱の実物(鎌倉時代に出雲大社から出土)。模型(☆写真下ポストカード)は10分の一のスケールのものが置かれているのですが、それでも、国立博物館の高い天井だからこそ、置けるという感じなので、さぞや、本物は凄かったでしょうね。下界から、お茶運んだら冷めるやろうとか、夏やったら、食べ物腐るとか、階段多すぎて、途中で、休憩しないと登られへんわ・・・などと、下世話な見方しかできないのでした。

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ユングフラウヨッホ駅開業100周年

224ユングフラウヨッホj

  小さい頃から、近くに簡単に登れる低い山があったものですから、父親と一緒によく登っていました。中高生になっても、遠足のようなものや親睦会の多くは、近くの山々でした。で、むきになって、次の木まで、次の岩までと、頑張って登ると、清々しい風、眼下に広がる景色、頭上に広がる青空、おいしい空気・・・で、その後、山登りが好きな大人になったかというと、そうではなく、真面目に登り続ける山より、海辺の安楽さが好きな大人になりました。
 ですので、大学生の頃は、離島めぐり、新婚旅行はハワイ、子どもたちと一緒に沖縄やフィジー・・・と、もっぱら海方面の旅行が多くなりました。

 ところが、あるとき、夫のちょっと長い休暇がもらえたので、「スイス」に行ってみよう。と、なりました。
 そうしたら、ロープウェイや登山鉄道で、アルプスを間近に見られるではありませんか。大仰な登山靴もピッケルも要らない!しかも、荷物もきちんと、山の駅まで運んでくれる!
 頑張って登らなくても、清々しい風、眼下に広がる景色、頭上に広がる青空、おいしい空気・・・やった!無精者にも、こんな幸せが!小さな子も歩いています。介助の人がついて、杖をつきながら歩いているお年寄りもいます。
 また、清潔で真面目な国民性が、旅行者には有難く、癖になります。

 それで、2012年8月は、そのヨーロッパ最高地点の駅ユングフラウヨッホ駅(標高3454メートル)開業100周年に当たるらしい。1890年からその地域の鉄道工事が始まるのですが、よくもまあ、こんなところ、工事して登っていったなぁ・・・と、感心しきりです。

☆写真上は、ユングフラウヨッホ駅を歩いてすぐの雪原。(撮影;&Co.A)
☆写真下は、2000メートル付近の平らな道。小さな子どもたちも歩いています。
                        225アルプスロープウェイj

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この島はいつも歌声や音楽でいっぱい

222グローブ座j 223フレディマーキュリーjj
  ロンドンオリンピック開会式の、女王陛下の開会宣言は、ずいぶんお疲れのように見受けられました。どちらかというと、「やれやれ、やっとこれで仕事が終わったわ。」という印象でした。慣れておられるとはいえ、そこに至るまでの時間の長いこと。で、同じく閉会式も長かった。

  閉会式では、スパイス・ガールズのビクトリア・ベッカムは細い(すぎる)ままですが、他のメンバーはコロンと可愛いおばちゃんに見えるのは、老眼のせい?スウェーデンでオリンピックを開催したら、ABBAの再結成があるのかなぁ・・・映像のフレディ・マーキュリーはあのままで、ブライアン・メイは、ロックなおじいちゃん。開会式のポール・マッカートニーも、よく声がでるおじいちゃん(あんな、おばあちゃんもいるなぁ・・・)。映像で流れたジョン・レノンは、あのままで、「イマジン」は、やっぱりいい歌。いろんな形が集まって、ジョンのレリーフが出来て、それが壊れていくところは、アナログなのに、コンピューターグラフィックのように、素早く綺麗に散って・・・・ちょっと、はかない。

  さて、開会式にも閉会式にも使われたシェイクスピアの「テンペスト」。(キャリバンの台詞「・・・この島はいつも物音や歌声や音楽でいっぱい・・・」という箇所がテーマだったらしい。)「テンペスト」には、妖精エアリアルの歌う、可愛い歌もたくさんあります。フィナーレに、どうでしょう。
♪蜜蜂の吸う蜜吸って、
 九輪桜の花に寝て、
 夜、フクロウの声聞いて、
 コウモリの背に飛び乗って、
 楽しく、夏のあと追って、
 楽しく、時をすごしましょう、
 花を仰いで暮らしましょう。♪ 
(「テンペスト」シェイクスピア 小田島雄志訳 白水Uブックス)

☆写真左は、ロンドン シェイクスピア グローブ座
☆写真右は、スイス レマン湖ほとり モントルーに立つ フレディ・マーキュリーの像

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壁の色 

             220壁紙j
  実は、8月11日の「ドビュッシー、音楽と美術」のとき、以下の文は掲載しませんでした。

 ≪・・・・今年、二回ブリヂストン美術館に行きました。一回目のブリヂストン美術館60周年記念展「あなたに見せたい絵があります展」は、壁の色が日本の美術館では珍しいワインレッドだったことに驚きました。ヨーロッパの美術館で、時々見かけるような、色味の濃いものでした。ダークな赤系だけでなく、ダークな緑系、ダークな青系等の壁色・壁紙も見かけます。それで、今回の「ドビュッシー、音楽と美術」では、壁の色が深い海の底のような青に変わっていました。
 日本も西洋の美術館も多くは、壁の色が白やそれに近いものです。が、西洋の宗教画やお金持ちお抱えの絵画には、金色の額や額のようなものに枠取られているものも多く、おのずと金を引き立てる壁色や壁紙もありなのか・・・と思います。≫と、作文していました。

 ところが、その8月11日の日経の朝刊に「オルセーを変える館長 多義的展示 世界に問う 他館と協業・組織を再編」の記事があって、なるほどと思いました。

 ≪・・・(オルセー美術館の)改修の目玉は壁の色だ。印象派やポスト印象派の絵画が元もと掛けられていたはずの住宅などの壁などを意識して、グレーやブルーなど深みのある色に塗ったという。多くの美術館が取り入れている白い壁は、オルセーが所蔵する絵を『魅力のないものにしてしまう』。色みの壁はオルセーの個性とも言える。≫

 カ・リ・リ・ロが考えていたのとは、少々違う理由ながら、あのブリヂストンの青壁は、絵画そのものだけでなく、その壁色も含めて鑑賞する楽しみがあることを示唆してくれます。
 それに、記事によると、この「ドビュッシー、音楽と美術」は、はじめ、パリのオランジュリー美術館を会場にして2月~6月に開いていたもので、現在、ブリヂストン美術館で巡回中とありました。つまり、企画は、パリ発信。だからかぁ・・・
 
☆写真上は、ロンドンのホテル ラウンジ (うーん、これだけ違う模様が溢れているなか飾られている絵。)
☆追加した下の写真は、ロンドン郊外の普通の家のリビング壁。(撮影:&Co.H)   
                                         221下宿1j

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The Lady アウンサンスーチー

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 美術館3つ東京弾丸ツアーのときには、知らなかった・・・映画「The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛」公開記念写真展「アウンサンスーチー 家族の肖像」のこと。大手町でやっていたらしい・・・。(2012年7月3日~8月23日)

 不純な動機で、映画「The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛」を見に行きました。
①映画館は涼しい。
 ビルマ(現ミャンマー)の混乱とアウンサンスーチーの長い軟禁生活は、新聞やNEWS等で知っていても、イギリス人のご主人とのことは知らない。ご主人はオックスフォードの教授・・・・
②イギリスの風景も映るだろう。
見終わった今は、そんな動機が恥ずかしい。

 NEWSで見るようになってからの、アウンサンスーチーは、聡明で、いつも美しく、強い女性、という印象でした。映画でもその通りなのですが、遠く離れても家族という支えがあったからこそ、彼女は折れることなく、在ったのがわかります。映画の初めの方から、結構ウルウルしてしまうのは、彼女の過ごした長い年月を思うからでしょうか。今も、事実として「在る」という重さでしょうか。ノーベル平和賞受賞に向けて奔走する夫、アウンサンスーチーが受賞に出席できなかった事実。そして、2012年、つい先日、受賞に臨んだ現実の姿。危険と背中合わせの現在進行形の人間の姿、国の実態を、映画として作ったリュック・ベンソン監督。

 映画の中で、「人前で話したことはないの」と夫に演説前の心情を吐露し、その後、民衆の前で演説をするアウンサンスーチー。このシーンは、深く心に残ります。歴史の中では、歴史を動かす、有数の名演説があるのだと思います。きっと、このときの演説も、その一つだったにちがいありません。聞こえてくるビルマ語はわかりません。が、しかし、字幕を見なくても、彼女の前の民衆と同じように高揚し、スクリーンに向かって、そうだ!そうだ!と言いそうでした。

 エンドロールで、情報提供に協力してくれた名前を公表できない人たちに、感謝の辞がでます。まだ、民主化途上にあるビルマなのだと、改めて思うのです。かといって、重すぎる映画じゃないから、見るチャンスのある人は、ぜひ。映画館、涼しいです。寒いくらい・・・

☆写真は、英国リージェントパーク芍薬

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ドビュッシー、音楽と美術

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  先日の東京弾丸ツアーの三つ目は、ブリヂストン美術館の「ドビュッシー、音楽と美術」でした。
 絵画と音楽と文学と舞台、芸術は互いに刺激やイメージの源泉となるという視覚化できないものを、目に見えるように展示してくれた展覧会でした。
 西洋近代絵画に大きな影響を与えた北斎の神奈川沖波裏が、ここ、音楽の世界にも登場していました。写真の左と右は北斎。ドビュッシー肖像横の白い波がしらの絵は、ドビュッシー「海」の楽譜表紙です。富士山と舟は省かれてはいますが、まさに北斎の波と同じです。

 この展覧会には、何回かコンサートもあるようで、耳からも楽しめる企画もあります。これこそ、この展覧会の醍醐味です。以前、ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で、美術鑑賞の後、カルテット演奏を聞き、鑑賞で疲れた足を休めながら、お茶を飲んだことがあります。心に栄養をもらいました。会場が大きいので、なせる技でしょうが、日本でも、もっと柔軟な企画が増えるといいなと思います。

 「ドビュッシー、音楽と美術」には、ドニ、ルノアール、モネも並んでいましたが、印象に残ったのは、アンリ・エドモン・クロスの「黄金の島」(写真右下)でした。スーラやシニャックと同じ点描画の涼しげな海は、会場の青い壁色と共に、ひとときの涼感を鑑賞者に与えてくれます。

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小よく大を制す

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 「小さな女の子たちがよくやってくれた」と、ワールドカップのとき、女子サッカーの佐々木監督が言っていました。日本人は小さい。大きい人もたまにはいるけれど、外国の多くの人より小柄です。その小さい人たちが、大きい人たちと競う・・・そこには、努力と根性、だけでなく、創意工夫が必要なのですね。大きい人に足りない能力を磨く。小よく大を制す。

 サッカーの試合をリアルタイムで見るのは、ヒヤヒヤして、見られません。一点の攻防なんて、ドキドキするだけです。にわかサッカーファンではありますが、「小さな女の子たち」が頑張っている姿には感動します。他の競技にも、「男前」の女の子がどんなに多いことか。言い訳しないのが、かっこいい。
 
よく走りました。お疲れ様!

☆写真は、なでしこの類

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駅ナカ書店で買った「本の運命」

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  待ち合わせの時間まで、まだ時間があるのに、本を持ってくるのを忘れた!・・・で、軽い文庫本を、と思って、1コインで買ったのが井上ひさしの「本の運命」 (文春文庫)。
 大仰なタイトルに比べて、軽妙な文章。時間を調整している間に半分くらい読んでしまいました。購入の決め手は、「子どもの本」のことが書いてある章が目次に見つかったからです。

 洋の東西を問わず、どんな著名な文化人や芸術家でも、その人が、子どもの本に、どんな思いを持っているかに、とても興味があります。いわゆる「おんな こどもの」と、切ってしまうような「奴」は、大したことないという基準を自分なりに持っているからです。子どもの頃の読書経験だけを問うのではなく、未来を担う子どもたちの本のことをどう考えているのか。

  さて、井上ひさし氏は、「ディヴィッド・コッパーフィールド」*で寝食を忘れ開眼、「オタバリの少年探偵たち」*や「ふくろ小路一番地」*を特筆。そうそう、いい調子!この三冊は、三冊とも、カ・リ・リ・ロも大好物。
「感想文を廃止せよ」という小題もふむふむ。「外国の子ども図書館に驚く」や「次の世代に伝えられる知恵」等、 子どもたちを図書館に引きつけようとする外国のレポートも興味深いものでした。

 特に、『図書館のリファレンス・ボランティアをしているおじいさん、おばあさんたちが、子どもたちがものを調べるときはどうするかという知恵を教えてゆく』と言う例の紹介は、考えさせられました。≪・・・・おじいさん、おばあさんたちが一生かかって得た自分の知識、知恵を、書物の記述を介しながら子供たちに返してやるんですね。・・・・≫
  インターネットで簡単に検索するだけでは、「ものを調べる」ことができたとしても、「ものを調べる知恵」がついたとは言えません。

  この文庫本には、図書館の本を売り飛ばし換金するといった行為もでてきて、丸呑みできない箇所もありましたが、井上ひさしが、「本と運命」を共にした人だというのはよくわかりました。

*「ディヴィッド・コッパーフィールド」チャールズ・ディケンズ(中野好夫訳 新潮文庫 石塚裕子訳 岩波文庫)
*「オタバリの少年探偵たち」(C.D.ルイス 瀬田貞二訳 アーディゾニ絵 岩波少年文庫)
*「ふくろ小路一番地」(イーブ・ガーネット文・絵 石井桃子訳 岩波少年文庫)

☆写真は、ロンドン サウスケンジントン フランス人小学校の図書室(地下鉄駅3分。大通りに面しています。閉まっていたのでガラス越しに撮りました。)

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マラソン

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 いつもオリンピックのマラソンは、その街の名所案内みたいなコースを走ります。ロンドンも、テムズ川沿いの有名どころが、次々、映りました。ロンドン・アイ、セント・ポール寺院、ロンドン塔、バッキンガム宮殿・・・
 「あっ、あの曲がり角!」とか「ん?ここは行ったことがない」とか、競技より、風景に目が行ってしまいます。走りにくそうな路地裏みたいなところや、アーケード等、コースのチョイスは、観光案内には面白いものの、選手は走りやすかったのかなぁ。それに、同じところを複数回、走るのじゃなくて、もっとテムズの上流のリッチモンド辺りや、下流のグリニッジ辺りも、走ってほしかったなぁ。ゴールも競技場でないなら、なおさら、テムズ川マラソンにしてほしかったと素人は思う。でも、なんで、日本の女子、弱なったん?

 男子選手3人の中には、我が夫婦と同じ高校出身の人が居ます。この高校というのが、運動で全国区になることは皆無に近く、ましてや世界レベルなんて、信じられへん!ま、あの高校の大きなグラウンド走った(走らされた)のは同じかと思うと、やっぱり親近感が増しますねぇ。頑張れ!

☆写真は、女王陛下御在宅のしるし、ユニオンジャックはためくバッキンガム宮殿とその前の道 The Mall(赤い道なのは、レッドカーペットをイメージし、まっすぐ長いのは、非常時の滑走路だとか) (撮影&Co.T1)

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朝顔は秋の季語

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「朝がほや一輪深き淵の色」(蕪村)
 朝顔は秋の季語。今日は立秋。 

 2000年の京都国立博物館で開かれた若冲没後200年特別展覧会で、「向日葵雄鶏図」(宮内庁三の丸尚蔵館)を見たとき、雄鶏の尾羽の白黒と、向日葵に絡みつく、朝顔の白黒模様のバランスが、モダンで面白いと思ったことがありました。白黒の朝顔なんて知りませんでしたから、てっきり、若冲が、尾羽とのバランスで配置したのだろうなどと思っていたのです。するうち、江戸時代は、朝顔の品種改良が盛んで、様々な朝顔を庶民は楽しんだと知りました。好奇心旺盛な若冲が新奇なものを題材にすることは多く、じゃあ、白黒朝顔も実在したのかもしれない・・・

 と思っていると、日経(2012年7月22日朝刊)に「アサガオ千変万化に迫る」と言う記事が出ていました。若冲の「向日葵雄鶏図」の白黒の朝顔が「黒白江南花(こくびゃくこうなんか)」というもので、「採薬使記」(1758年)には、このアサガオのように色がまばらな絞り咲きのアサガオの記録があるそうな。
 記事には、花に切れ込みのあるもの、葉の幅が狭いもの、葉と花弁のヘリが反るもの、幻の黄色のアサガオなどなど、最新の遺伝子研究がその謎を解き明かそうとしているとありました。小学校一年生が、春に種をまいて育て、夏休みに家に持ち帰って、記録を夏休みの宿題にする。あのポピュラーな朝顔だけではなかった・・・

  

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夜の散歩

212淀川花火j 213十六夜j

 浜まで、夜の散歩に出かけたら、大阪と神戸で花火大会。
 どちらもほんの少しずつ見えます。聞こえます。
 花は、ちっとも見えません。蝉もさすがに寝ています。
 風が涼しい。心地いい。
 月も大きい十六夜月。
                
☆三脚なしで、夜の写真はうまく撮れません。

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トライアスロン

            210ハイドパークj
ハイドパークでトライアスロンやるって?
 えっ、サーペンタイン池で泳ぎ始めた!人が泳げるの?
 あそこ、白鳥だけが泳ぐのかと思っていた。
 ウェリントンアーチを自転車が通る、通る。
 おお、バッキンガム宮殿前の自転車、自転車、自転車。
 ああ、ハイドパークの緑の中を駆け抜ける!

☆写真は、ロンドン ハイドパーク(撮影:&Co.T1)

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(速報)小さいおばあちゃん

              211キフツゲートコートプールj
 昨日、プールに行きましたら、 「(続々)小さいおばあちゃん」で紹介した84歳のおばあちゃんと久しぶりにお会いしました。

 「オリンピック見てる?」
 「はい」(・・・NEWSくらいでしか見ていないけど)
 「航平くん、凄かったね。完ぺきな演技。」
 「内村航平くんですね」
 「凄い着地!(と自ら、ぴょん)あんな可愛い子が孫に欲しいわ」
 「そうですねぇ」
 「それに入江君も可愛いわ。あの子に背泳教えてほしいわ。
  孫やったら、教えてもらえるかなぁ
 「そうですねぇ」
 「それから、北島に勝った慶応の立石君。あの子、イケメンやね」
 「そうですか」(と、よく知らない)
 「オリンピック終わったら寂しなるわ」
 「まだ半分残っていますよ。」
 「録画しているから、繰り返し見るわ。」
・・・・・はっは~

☆写真は、英国コッツウォルズ、キフツゲートコートのプール。プールの向こうは段差になっていて、柵を作ると言う無粋なことをせず、羊の侵入を防ぎ、庭を広がりのあるものに見せるHa-ha(ハーハ)という造園技術。はっは~。

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(続々)小さいおばあちゃん

210もとテニスコートj
 プールで出会った小さいおばあちゃんは、現在84歳です。この方は、いつも背泳ぎを楽しんでいらっしゃいます。
 
 ある時、しばらくお顔を見ない日があったので、お会いしたときに「お元気でしたか?」とお聞きすると、「庭で転んで、肋骨にひびが入ったから、お休みしてた」「もう、いいのですか?」「まだ、なんだけど、肋骨はギブスもできないし、どっちにせよ、背中曲がっているから、泳ぎに来たわ」・・・・はっはぁ~ 

 で、また、ある時、しばらくお顔を見ない日があったので、お会いしたときに「お元気でしたか?」「心臓が悪くてしばらく静かにしていたけど、肩がこってきてね。」「それは、大変でしたね。心臓ですものね」「ちがうのよ。心臓は大したことなかったんだけど、家でジッとしていたら、腕を回さないでしょ。それで、肩がこった」・・・・・はっはぁ~

 で、今度は、いつもはお見かけしない日に、お会いしたので、「今日はね、いつもは来ない日なんだけど、来ちゃったわ」「いつもは、何かのお稽古の日ですか?」「そうそう、今日はそれが休講でね」「え?何かお勉強ですか?」「私は、古い人間だから、一番古い日本書紀をやっているのよ。」「そうなんですか。」「ま、受講生もみんな古くてね。休む時は、もう永遠に休む人ばっかりよ。」・・・・・はっはぁ~
 
☆写真は、プールではなく、英国コッツウォルズキフツゲートコートのウォーター・ガーデン(もとはテニスコート)向こうに立っているハート型のオブジェはステンレスでできていて、ゆらゆらしていました。

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ボッティチェリの素描

               209フクシアj
(承前)
 今回の上野のベルリン国立美術館展には、ボッティチェリが描いた素描も2枚でています。メディチ家の依頼で、ダンテの「神曲」に添えられたものです。
 素描の中で、踊る女性たちは、フィレンツェの「春 ラ・プリマヴェーラ」「ヴィーナス誕生」の女の人たちとよく似たお顔をしています。有名なシモネッタも描かれていると思います。小さな画なのに、生き生きとしていて、小ささを感じさせません。

 残念ながら、ウフィツィ美術館(フィレンツェ)に行ったことがなく、ボッティチェリは、ロンドン ナショナルギャラリーで「ヴィーナスとマルス」等しか見たことがありません。いろんな少女や女性をモデルにしたフェルメールとちがって、どのお顔も似ているので、ボッティチェリと知らずに絵の前に立っても、すぐにわかりました。(とはいうものの、ルーブルにあるらしいフレスコ画などは見落としている・・・・)

 花が何十種類と描かれているらしいボッティチェリの「春 ラ・プリマヴェーラ」は、いつか見たいものリストに入っています。きれいだろうなぁ。あんなに小さな素描も、ずいぶんと綺麗でしたから。
 加えて、もう一つ、学生だった長男が、南仏~イタリアの旅から帰ってきて、強く感動し、熱く語ってくれたフラ・アンジェリコの「受胎告知」(サン・マルコ美術館 フィレンツェ)、これも見たいのです。足腰弱らないようにして、ドゥオモにも上らなきゃ。フィレンチェ、いつのことだろう・・・

☆写真は、英国クッカムディーンのパブの軒先にぶら下がったフクシアの花。

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