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みんなみすべくきたすべく

子どもの本でちょっとお散歩(川その13)

116四万十川カヌーj
「ハックルベリー・フィンの冒険
(マーク・トウェイン作 西田実訳  岩波文庫)
(マーク・トウェイン作 大塚勇三訳 E.W.ケンブル絵 福音館)

「ハックルベリー・フィンの冒険」は、「トム・ソーヤーの冒険」*の続きと言えば続きの話です。取ってつけたように、初め頃と終わり頃に、トムが出てきて、ひと騒ぎします。

悪ガキトムと組んでいた浮浪児ハックが、今度は黒人のジムと、ミシシッピー川の流れに沿って、筏の旅を続ける話です。逃亡奴隷を子どもが助けるという筋書き自体、当時のアメリカ合衆国の社会問題をはらみ、賛否が分かれる作品のようです。加えて、ヒートアップする、ハックの「はったり」や「うそ」。今回、真面目なおばさん、カ・リ・リ・ロが、読み返してみると、自分が、どんどん「ポリーおばさん化」していくのがわかります。「このうそつき!」「よくもまあ、次々、口から出まかせがでるもんだ!」・・・とはいえ、生き抜くために、ハックなりの知恵を絞っているわけですから、重いものを感じ、笑い飛ばせないのです。単に、「もう、この子は!」と、その強烈な個性を楽しむトム・ソーヤーとは、ちょっと違う。

「トム・ソーヤーの冒険」は、子どもの悪知恵や機転、それに勇気が加わって、子どもの冒険として単純に楽しめます。ところが、「ハックルベリー・フィンの冒険」の方は、「生命」がかかっている真剣勝負に、口八丁で逃げ切ろうとする冒険話なので(そこが面白いところなのですが)、知恵を働かせて身体をはる冒険話より、子どもには理解しにくいかもしれません。
とはいえ、ハックの「うそ」「はったり」で騒ぎに入る前後には、生き抜くことの苦労を背負っているハックの静かなつぶやきや思いが書かれていて、ポリーおばさん化していても、応援したくなります。大きな「力」から逃げようとする「ハック」。子どもの時代を満喫する「トム」。この二つの冒険話は、実は、まったく種類の違う「冒険話」なんだと思います。

≪おらは、筏がそこから三キロ下って、ミシシッピー川のまん中に出るまで、ちっとも気が落ち着かなかった。それからおらたちは合図のカンテラを下げて、これでやっと自由で安全な世界へ戻ったと思った。おらは昨日から一口も物をたべてなかった。そこでジムは、トウモロコシパンにバターミルクや、ブタ肉にキャベツ、それに青物なんかを出してくれた―ちゃんと料理してあれば、世の中にこんなうまい物はねぇ―おらは、食べながら、二人でしゃべって、じつに楽しかった。おらは怨恨なんてものから逃げ出して、やれやれと胸をなでおろしたし、ジムも沼から逃げられてほっとしていた。なんて言ったって、筏ほどいい所はねえなと二人で話した。ほかのとこは窮屈で息がつまりそうだけど、筏ではそんなことはねぇ。筏の上にいると、すごく自由で気楽でのんびりするんだ。(西田実訳)≫

*「トム・ソーヤーの冒険」
(マーク・トウェイン作 石井桃子訳 T.W.ウィリアムズ 挿絵 ノーマン・ロックウェル カバー絵 岩波少年文庫)
(マーク・トウェイン作 大塚勇三訳 八島太郎絵 福音館)

☆写真は、四万十川(撮影:&Co.A)

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