FC2ブログ
 

みんなみすべくきたすべく

お元気通信№120

2011年3月11日に地震そして津波、そのうえ、原発事故がありました。被災地から遠く離れたこの地でも、1995年1月17日に、阪神淡路大震災がありました。
それまで、1985年1月から毎月「お元気ですか」という通信を書いて、友人・知人に出していました。3人の子育てのことと、私と子どもたちの好きな本のことを書いていました。結局、そのはがきによる通信は200号(2002年1月)まで書きましたが、以下は、その1995年1月末に書いた文面です。(一部加筆修正)

お元気ですか  NO120 1995/1/31  
 膝までに積み上げた本の中に、「さんびきのやぎのがらがらどん」*が見えました。2週間ぶりに、子どもに本を読もうという気持ちが、出てきたのです。元気が出そうだったから、張り切って読みました。何故か、声が途切れます。何故か、途中で読めません。どこに、持っていったらいいのか分からない、やるせなさ。あの日から初めて声を上げて泣きました。このはがきをお出している方々の、消息が全てつかめた今朝のことです。
ひとは誰でも、/そのひとにだけに秘められた、/そのひとだけの世界を持っている。/この世界に、最良のときがあり、/この世界に、最悪のときがある。/けれども、すべて私たちには/隠されたままなのだ。///ひとりの人間が死ぬとき、/かれとともにかれの初雪も死ぬ。/かれの最初の接吻も、/かれの最初のたたかいも・・・・/かれは自分とともに/すべてのものを持ち去ってしまう。///私たちは、友人や兄弟について/何を知っているか。/もっとも深く愛したものについて/何を知っているか。/私の父について/あらゆることを知っている私たち、/その私たちは何も知らない。///人びとは先へ先へと進んでいく・・・・/あともどりはない。/人びとの隠された世界は/二度とよみがえらない。/私はいつも新たに、/このとりもどしのきかない世界を/叫びたいのだ。//////<エフゲニー・エフトゥシェンコ詩「ことばと人生 ことばと哲学」(藤本雄三著)より>

 この詩は、あの後の大雨の日、緊急に避難させていただいたお宅で、見つけた一粒の栄養剤です。山の上で、これからも、何かと不安の多い我が家ですが、家族みんな元気です。毎日のように、詩を書いていた我が家の詩人(8歳)も、あの日から、10日たって、やっと溢れる思いを書き出しました。その中の一つです。「とびらをひらいて」とびらをひらいて/みてみよう。/世界は、こんなに/広いのだ。
*「さんびきのやぎのがらがらどん」(マーシャ・ブラウン作瀬田貞二訳福音館書店)

PageTop