みんなみすべくきたすべく

菜の花

27菜の花j
♪なのは~な ばたけ~に いり~ひ うすれ~
♪みわた~す やまの~は かす~み ふかし
♪はるか~ぜ そよふ~く そ~らをみれば
♪ゆうづ~き かかり~て にお~い あわし
 この歌、 「朧月夜」大好きです。
 3拍子のメロディが春ののどかなイメージにぴったりです。
 そして、この詩!韻を踏んだり、同じ音を繰り返したり、「さながら」、それ自体が音楽のよう。そしてなにより、この美しい日本語の連なり!
 夕焼けの明るさも薄れていく中、近くの菜の花畑から、視線を遠くに転じると、向こうにぼんやり見える山の稜線。そよ風を感じ、空をあおぐ・・・ああ、朧のお月さま!ゆったり流れる春の空気。
 そして二番。
♪さとわ~の ほかげ~も もり~の いろも~
♪たなか~の こみち~を たど~る ひとも
♪かわづ~の なくね~も か~ねのおとも
♪さなが~ら かすめ~る おぼ~ろ づきよ
 さらに、視線を転じると、人家の温かな光、森の気配、歩を進める人。耳に聞こえるのは、春になって鳴き始めた蛙の声と、遠くに聴きなれた夕刻を告げる鐘の響き、森羅万象、かすみ、更けてゆく・・・(今日も一日いい日だった・・・)
 春が来て、その喜びを歌った歌は数々あれど、この歌は、空間を体感するだけでなく、五感に訴えるだけでなく、時間の推移まで感じることのできる、奥の深い歌です。だから、人の心にも深く残る。
 この詩を書いた高野辰之(1876~1947)は、信州長野の出身です。彼の原風景から生まれた歌は、どれも日本人の心に残る美しい世界です。「はるがきた」「春の小川」「もみじ」「故郷(ふるさと)」

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子どもの本でちょっとお散歩(川その3)

28ウィンダミア渡しj
 「金の毛が三本ある鬼」
(グリムの昔話 大塚勇三訳 フェリクス・ホフマン絵 福音館書店)
 お話の細部は思い出せなくても、強烈な印象を残す場面や言葉が、心のどこかに残っていて、あれって、どんな話だった?と、気にかかることがあります。昔話にも、そんな話がいくつか。
 その中の一つに、「川」の渡し守が、年中行ったり来たりして、いつまでも交替してもらえないのは、どうしてか?という謎を解く話があります。「いつまでも交替してもらえないなら、次に来る人に竿を握らせてしまいなさい」という、わかりやすい答え。単純すぎて、なんか理不尽。「いつまで、やるん?」
 そもそも、人食い鬼がキーマンなのですが、鬼退治の話でなく、間抜けな役回りの鬼さんです。
重要なのは、3つの謎解き。ところが、その竿の交替の謎は思いだすのに、他の2つは、ええっと、何?印象が薄い。また、無理難題をふっかけるのは、王さまでその報いを受けるのも王さまですが、お話の初めはどんなだった?・・・・それなのに、次に来る人に竿を握らせるという明快な答えは、時として、頭の中で、ぐるぐるぐる。
 しがらみも、経験も、失敗も、みーんな、無責任に「はい、交替。」と、リセットしたいことがある身だからこそ、特に、この「竿の交替」場面が、願望となって深く心に残るのかもしれません。

 ☆写真は、英国湖水地方ウィンダミア湖の渡し船。このウィンダミアフェリーの説明文によると、創業500年以上で、初めは手こぎ、蒸気、今はディーゼルエンジン。竿の渡しとは書いてありませんでした。写真中央湖面にロープのようなものが写っているように、ケーブルが船の左右に張られていて、ケーブルフェリーというらしいです。詳しい仕組みは、わかりませんが、ケーブルカーみたいなもの?
 もちろん、向こう岸に、鬼も居ず、無理難題もふっかけられず、「いいとこやねぇ」と、大満足しました。されど、湖水地方、ピーター・ラビットとアーサー・ランサムの世界に行ったのは、もはや20年も前。したがって、この写真は、昨年行かれた方(&Co.I)のデータを、いただきました。 「ニア・ソーリーよ さようなら~」という一枚です。

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イチゴ畑

(承前)迷子になるなら、イチゴ畑がいいかもしれない。それとも、スーパーマーケットの冷凍庫かな?
「まいごになったおにんぎょう」 (A.アーディゾーニ文 石井桃子訳 E.アーディゾーニ絵 岩波書店)
 スーパーの冷凍庫に落ちてしまったお人形は、グリーンピースやミックス・ベジタブルや魚の切り身フライなどの箱の間を歩き続け、冷凍イチゴのあるところに出ます。
「イチゴをみると、おにんぎょうは、ずっとまえに、うちのにわのイチゴばたけで、まいごになったときのことをおもいだしました。あの日、おにんぎょうは、一日 日なたにすわって、イチゴのにおいをかぎ、イチゴをたべてすごしたのでした。」
 
 スーパーの冷凍庫が、お話の舞台なので、現代の生活と重なります。こんなことって、あるかもしれない、と思える、とても身近なファンタジーです。
 お人形を見つけた女の子は、赤いフランネルの小ぎれで作った帽子や、お母さんに裁ってもらって作った青いビロードのオーバーを、お人形にプレゼントします。そのあとのセーターなどのプレゼントもさることながら、かけた鏡を持っていくところは、細やかな心遣いが伝わってきます。そして、お人形が、その鏡の前で、試着するところなど、リアルで、納得できます。そうですよね。いくら素敵なものが手に入ったとしても、それが、本人に似合うかどうかは、大きな問題なのですからね。
 題名の書いてあるページで、女の子が、冷凍庫を覗きこんでいる絵があるのですが、実際、こうやって覗きこんでいる小さい子を、スーパーでよく見かけます。また、最後のページで、お人形が他のお人形たちに「ぼうけんのはなし」をするシーンもいいなぁ。目をまん丸くして、聴いている子がいますよ。
20いちご大福j
☆春にはいちご大福。今こそ食べ頃。いちごが、芯まで真っ赤。写真は、ご近所の和菓子屋さんの、いちご大福(抹茶あん)。

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いちご泥棒

26盃洗に入ったイチゴj
 ウィリアム・モリスのテキスタイルデザインに「いちご泥棒」という、つぐみがいちごをついばんでいるパターンがあります。モリスは、テムズ川上流のケルムスコットマナーに居を構えましたが、そのキッチンガーデンに、いちごを食べに来た鳥たちがモデルです。いちごを食べる憎っくき鳥を、パターンにして、100年以上も生き続けさせています。
 ケルムスコットマナーは、一時期、モリス夫妻と友人の画家ダンテ・ガブリエル・ロセッティが住んでいました。アーツ&クラフト運動の提唱者の住まいらしいケルムスコットマナーは、出窓の取っ手一つ見ても、おしゃれです。また、モリス本人の手による刺繍のタペストリーなども飾ってあって家庭的な雰囲気もあります。が、しかし、モリスの妻ジェインを数多く描いた同居人ロセッティの使い古したパレット等も残っていて、ふーむ・・・。
 このケルムスコットマナーは、公開日がすごく限られていて、観光客には、予定を組むのが大変です。でも、そのおかげで、大人数が押し寄せることなく、昔のままの姿で、維持されています。多分、いちご泥棒のモデルとなった鳥たちの子孫は、今も、やっぱりいちご泥棒に励んでいるにちがいありません。

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チューリップ

この春一番の早咲きチューリップ咲きました。背の高さは10センチほどです。23早咲きチューリップj

≪・・・・大麦のつぶを、鉢にうえますと、たちまち、美しい大きな花がはえてきました。それは、チューリップそっくりでしたが、花びらは、まだつぼみらしく、かたくとじていました。≫
24黄色赤ミックスj

≪「まあ、きれいな花だこと。」と女の人は言いながら、赤と黄の美しい花びらにキスをしました。すると、キスをしているうちに、大きな音をたてて、つぼみがパッとひらきました。見ればやっぱり、ふつうのチューリップでした。ところが、花のまん中に、みどり色の腰かけがあって、その上に小さい女の子がちょこんとすわっていました。ほんとうに、小さい、かわいらしい子でした。からだは、せいぜいおやゆびぐらいしかありません。そこで、その子は、おやゆび姫とよばれることになりました。≫

 有名なアンデルセン 「おやゆび姫」 *のお話です。お話の中には、チューリップ以外にも、花が次々、たくさん出てきます。
 おやゆび姫は、助けてあげたツバメを好きになり、またそのツバメが彼女を助けてあげ、ツバメ自身も、おやゆび姫が好きなのに、あっさり、小さい王さまとゴールイン!
(おやゆび姫と小さい王さまの婚礼時)「小さいツバメも、柱の上の巣の中にいて、一生懸命、喜びの歌を歌いました。でも、心の中は、かなしかったのです。なぜなら、おやゆび姫がたいそう好きになって、わかれたくなかったからです。」
 いつ読んでも、健気なツバメが可哀想、と思ってしまいます。心変わりって、こんなもの?アンデルセンのお話の多くは、詩的で、美しい情景が描かれていますが、100%ハッピーエンドじゃないことに、ひっかかることがあります。以前「古本 海ねこ」さんの子どもの本でバードウォッチングに書いた「白鳥」の結末も、また、然り。
*「アンデルセン童話集」(大畑末吉訳・初山滋絵・岩波書店)

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金星・三日月・木星

25明けの明星j
夜になって、晴れ渡り、きれいに見えました。
三日月は、スマイルのお口で、美しく、
宵の明星は、いつにもまして、光っていました。
☆写真は、明けの明星。

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めかぶとホタルイカ

17めかぶとほたるいかj
生のめかぶは、さっと茹でると、ぱっときれいな色に。
茹でられてパック詰めされているものとずいぶん違う、歯ごたえと程良いねばり。
三重県産とありました。
富山湾のホタルイカも、つややかな姿で、こんにちは。やわらかくて美味!
いつまでも寒いけど、春は食から。

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ヤナギに吹く風

16ウーズ川ロックj
(承前)「たのしい川べ」のことを書くために、ファイルを整理・検索していたら、まだ、母が生きていた頃、機内誌に載せる文を募集していた某航空会社に投稿した原稿が出てきました。以下、参加賞ももらえなかった長い駄文です。

『ヤナギに吹く風』
 父は,小さくなった声で,母にこう言いました。「孫たちと海外旅行に言ってこいよ。」
 父と母は,ヨーロッパ,アジアやハワイ,オーストラリア等,二人でよく出掛けていました。が,孫たちと一緒に行くという夢を果たせないまま,母は一人になりました。

 網膜剥離を患って以来,わずかな視力になった母は,あの震災以降の疲労から,肝硬変と高血圧,ひいては片目の視力を失い,バランスを崩すことによる腰痛,と数々の病歴の持ち主となりました。こんな母と,海外へ行く。足元に気を付けなければならない。食べ物に気を配らなければならない。疲労がたまってはいけない。暑い気候が苦手で泳げない。こんな母が満足する『旅』って何なのか? 孫に囲まれて幸せなおばあちゃん。見えなくとも感じられる景色と空気。一人で暮らす日々の緊張からの解放。

 そこで,考えついたのは,パック旅行でなく,私が何度か行ったことのある国,イギリスの田舎のホテルにゆっくり4泊,最後にロンドン1泊という旅でした。
 そして,受験生達は春を迎え,母の心も元気さを取り戻しつつあった5月の連休に,3人の子どもと母,夫と私の6人はイギリスに向かったのです。

 ヒースロー空港からタクシーで40分ほどの,そのホテルはテムズ川に面していました。
風が頬に心地よく,風に揺れるヤナギ,青々とした芝生,手入れされた花壇。戸外のテラスで飲むお茶の美味しさ。イギリスに多いどんよりした曇り空でなく,私たちを歓迎してくれた青空も続きました。
 朝は,散歩です。これは,私がイギリスに来たときの習慣です。ロンドンの街中でも,カントリーサイドでも,朝の清々しい空気の中,緑を散歩する幸せは,自分を生き返らせてくれるからです。孫たちと,テムズ川に沿って歩く。おしゃべりしながら歩く。杖をついている母の歩幅が元気です。小鳥の声が溢れます。白鳥が水に浮かんでいます。どこかで,牛が鳴きました。地元の人が犬の散歩です。「グッ,モーニン!」あれ,母も「グッ,モーニン」と言っています。

 朝の休憩が済むと,村の散策です。テムズ川も,朝と違って平底ボートが行き交っています。イギリスの祝日らしく,他の日より人出が多いようです。子どもが操作したり,子どもを肩車して片手で操作している人も居て楽しそうです。のんびり,ゆったり誰もがいい顔をしています。ロック(川の高低を調節する水門)に来ました。水位が変わるのを気長く待っている人達。みんなどこまで行くのでしょう?舟遊びの優雅な時が流れています。まぶしいばかりの5月の日差しに,肌を出している人も多く,私たちも軽い服装になりました。輝く緑に煉瓦作りの橋や小屋の赤色が,いいコントラストです。川からそれて小道を行くと,ひなびた教会が。誰かのメモリアルベンチに座って,「おなががすいたねぇ」

 昼ごはんは,村で唯一のティールーム兼雑貨屋兼食料品店の小さな店で,山盛りサラダに,ポテト&リークスープ(母のお気に入りになりました)。満腹になると,薬を飲むための水を買って,ホテルに戻ります。さあ,昼寝でもしましょう。
 夜は,ホテルのレストランでの食事。テムズ川がライトアップされ,ヤナギが揺れ,日本人は我々だけという非日常。早々と夕食を済ませ,部屋に帰る我々でしたが,続々と車が到着し,ドレスアップしたお客がやってきました。夜は,まだまだこれからなのです。 そして,最後の日は,村の親切な運転手さんの運転で,一路ロンドンへ。グリーンパークに近く,便利でこじんまりとしているけれど,ドアボーイがいるようなホテルでした。 朝は,もちろん,グリーンパークへの近道を通ってバッキンガム宮殿の門前へ。ゆっくり歩いて,ホテルに帰り『ラブリー!』な朝食をいただく優雅な時間。白いテーブルクロスにぴかぴかの銀食器,色とりどりのフルーツやジュース。「手作りです」と,胸をはってしめしてくれたおいしいマーマレード・・・・・。

 旅のおわりに,母は「この旅行は,観光地でなくイギリスの『田舎』に連れていってくれるというから,田んぼや畑,牛や馬,少々匂う田舎なのか,と,違う風景を思い描いていたんだけれど,小鳥のさえずり,心地よい風,移動に追われないゆったりした時間,おいしいごちそう。お父さんも,連れてきてあげたかったねぇ。」と,持ってきていた父の写真に語りかけたのでした。
☆写真は、6月のウーズ川 Houghton Lock

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子どもの本でちょっとお散歩(川 その2)

15柳まだj
14柳緑j

  「たのしい川べ」  
                                                             (ケネス・グレーアム作 石井桃子訳 アーネスト・シェパード絵 岩波書店)
 「たのしい川べ」の原題は、「柳に吹く風」(the Wind in the Willows)です。題名に「川」が、あるわけではありませんが、「たのしい川べ」という石井桃子訳は、日本人には、原題より、なじみやすいと思います。

 やっぱり、春のお天気のいい日は、この「たのしい川べ」の第1章。
「生きるよろこびと、大そうじ抜きの春を味わううれしさに、モグラは、四つ足をいちどきに空中にはねあげながら・・・」
 子どもは、嬉しいとき、スキップしたり、小走りしたり、にこにこしたり、ともかく、身体から、喜びがにじみ出て、時に意味不明の行動をとります。私自身が、スキップしなくなって、何年経つでしょう?喜びも嬉しさも、その年齢なりに感じておりますが、全身で、喜びを表していたあの頃が、やはり懐かしい。それでも、花の香り、小鳥のさえずり、空の青さ、コートを脱いだ解放感・・・春が来るのは、嬉しいものです。今年のような、いつまでも肌寒い年は、なおのこと。
 
「川はおいかけたり、くすくす笑ったり、ゴブリ、音をたてて、なにかをつかむかとおもえば、声高く笑ってそれを手ばなし、またすぐほかのあそび相手にとびかかっていったりしました。すると、相手のほうでも、川の手をすりぬけてにげだしておきながら、またまたつかまったりするのです。川全体が、動いて、ふるえて―――きらめき、光り、かがやき、ざわめき、うずまき、ささやき、あわだっていました。」
 生まれてからまだ一度も川を見たことがなかったモグラの眼を借りて、今まで、作者グレーアムが、ずっと、じっと見続けてきた川を、こんなに生き生きと表現しました。また、物語全体に目を転じても、川の流れや動きのような構成で展開していると思います。ゆっくり流れたり、あちこち迷ったり、大騒ぎがあったり、静まったり・・・

 それにしても柳の芽吹きは、日本でも、英国でも、一気です。上の写真の中央向こう岸に芽吹いていない柳が写っていますが、下の写真左方では、初々しい若緑が写っています。この2枚は、5月上旬、テムズ川沿いマーローでたった2日の間に撮ったものです。ここから、グレーアムの住んだクッカム・ディーンは、近くです。なお、「古本 海ねこ」さんのクリスマス・アドベント・エッセイ(12月14日)にも「たのしい川べ」のことを書いています。

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小さいおばあちゃん

12ケンブリッジお菓子屋さんj
 毎月21日は、京都東寺の弘法市です。
 骨董あり、古着あり、ガラクタあり、ファストフードあり、創作陶芸や雑貨あり、それに、よく漬かったおばあちゃん、いえ、お漬物あり。京都、大原のすぐきのお漬物を売っているおばあちゃんが、どの人も、小さくて可愛く、よく漬かっている、いえ、味わい深い、いいお顔なさっています。

 いずれ、小さいおばあちゃんになりたいと思ったのは、ファージョンの 「エルシー・ピドック 夢で縄とびをする」 *のお話に出会ったからだったような気がします。(実際、すでに背は低いのですが。)
 エルシー・ピドックは、子どもたちとフェアリーのために、サセックス・ケーバーン山を縄跳びで守ります。「するりとび」「高とび」「おそとび」「爪先とび」「長とび」「早とび」「強とび」「心配ごとはねとばせとび」と、不当な扱いに、敢然と立ち向かうのが「小さい小さい、そしてまた、たいへん年をとり、たいへん腰のまがった、かぼそい女―――子どもとほとんどちがわないと思える老婆」エルシーだったのです。
 そして、今でも、三日月の晩、ケーバーン山に登って行けば、大きさは小さな子どもくらいで、眠りながら、ひとりで縄跳びをし、踊っている葉っぱのこすれるような、かわいい小さな声で、「アンディ、スパンディ、さとうのキャンディ、アマンド入り あめんぼう!おまえのおっかさんのつくってる晩ごはんはパンとバターのそれっきり!」と歌っているエルシーをちらりと見かけることがあるかもしれないそうな。
 昨日も、書いた石井桃子さんの「児童文学の旅」(岩波書店)に導かれて、三日月の晩でもなく日中にケーバーン山に行ったことがあります。エルシーに守られたケーバーン山は、ゆったり裾野を広げ、迎えてくれました。
*「ヒナギク野のマーティン・ピピン」(E.ファージョン作・石井桃子訳・岩波書店)
☆写真は、英国、ケンブリッジのお菓子屋さん
★サセックスに行った頃は、今のようにデジカメでないため、WEBにUPできる写真がありません。残念。

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ヴラマンク 続き

11ベートーヴェン胸像2j
 臆面もなく、え?そんな人にも、お手紙書いたの?という経験があります。
 古くは、瀬田貞二夫人に、書きました。友人が、幼い頃、瀬田貞二氏のご近所に住んでいて、文庫にも通っていたようです。それで、月日が流れ、瀬田氏は亡くなり「旅の仲間」という追悼文集が配られました。友人から、見せてもらったその追悼文集に感激して、お手紙を書きました。
 いつかは、石井桃子さんにも書きました。「児童文学の旅」(岩波書店)の影響を受け、英国サセックスなどを旅行したのですが、そのときの喜びを、ファージョンの「ウィルミントンの背高男」の舞台セブンシスターズ*の絵ハガキにしたためました。
 そして、お二人とも、お返事くださいました。そのお気持が有難いことでした。

 さて、最近では、手紙と言う形でなく、ブログにコメントと言う形で、沼辺信一氏のブログにコメントしました。
 沼辺氏は、美術館の学芸員を勤められたあと、講演や執筆活動の合間に、今や、ブログ「わたしたちは20世紀に生まれた」を長く続けられておられます。クラシック音楽に興味のあるかたなら、すでに、『お気に入り』に入っているかもしれないブログです。美術・音楽のジャンルもさることながら、子どもの本にも造詣が深いが故に、いつか、「古本 海ねこ」さんに書いたカ・リ・リ・ロの文に反応してくださったことがあります。それで、今回、金星木星のことをお書きになっていたときに、コメントさせていただいた次第です。そしたら、返信コメントをいただき、しかも、このブログを見てくださったようです。ありがとうございます。それで、3月13日に書いた、ヴラマンクについての情報の補足を、コメント欄から引用し、以下コピーさせていただきました。
「・・・・そうそう、壁に飾っておられるというヴラマンク、今はやや忘れられた気味もあるけれど、戦前の日本の洋画家たちには憧れの的でした。留学した佐伯祐三が真っ先に会いにゆき、自作に辛口の批評を下されて、すっかりしょげ返った…という名高い逸話がある位。なお、多色刷版画はどうしても褪色するので、直射日光は避け、ときおり別の作品に掛け替えたほうが賢明でしょう。」
 はい、日当たりのいいヴラマンクです。その絵の前の壁には、退色しつつある別の画家の水彩画が・・・。(この絵については、またいつか書きます)
 UVカットフィルムを貼った窓で、油断していましたが、とりあえず、これからはなるべく、ここのカーテンを閉めます。残念ながら、ヴラマンクの横にも絵がかかっていて、もう、掛け替える他の作品がありません。

*「ヒナギク野のマーティン・ピピン」(E.ファージョン作・石井桃子訳・岩波書店)
☆写真は、ウィーン ベートーヴェンの小道にあるベートーヴェンの像

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朝掘り筍

10若竹煮j
 洛西の朝掘り筍、買ってしまった。
 京都・錦市場は、午前中も早目に行くと、すいています。
 以前、錦市場で筍を買おうとすると、「おいしく食べたいなら、できるだけ早く家に帰って茹でなさい」。3月9日に書いた「いかなご」も速さが命でした。
 八百屋さんの前には、京野菜に朝掘り筍、春うど、菜の花、タラの芽も・・ああ、春満載!漬物屋さん、佃煮屋さんにも、季節限定あり。(この言葉に、かなり弱い)そうそう、鯖街道通った若狭湾の鯖の浜焼はおいしいし。麩まんじゅうもおいしいぞ。あれ?旦那が居ない・・・あ!あそこで味見してる!・・・・・と、まあ、錦市場は、大人のアミューズメントパークです。
 で、早めのお昼は、最近、とても多い町屋を改造したお店。このお店でお気に入りは、秘伝:煮込み鴨肉ハンバーグ定食!これが、おいしい!
 次は、昭和9年開業のフランソワ喫茶室で、おいしいケーキ。かつて文化人たちも通っていたというこの店は、有形文化財の建造物で、数々のステンドグラスと壁の絵、ドーム型天井、赤いビロード張りの椅子、彫り物の柱、アールヌーボーな照明。客席は、おしゃべりに夢中で帰る様子もない人たちで満席。ときに、一人でコーヒーを前に、目を閉じる男性もいましたが、こんなにガヤガヤ、みんな喋っていたら、文化人たちの面影も浮かばないだろうなぁ。(このお店のことは、ウィキペディアに掲載されています。)
・・・・そのあと、「できるだけ早く」家に帰って、若竹煮をつくりました。
☆写真は、わかめも新芽でおいしい。

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ブルートレイン

9スイス電車j
ブルートレインの寝台特急「日本海」が終了だということで、友人からメールが。
>日本海が今夜で無くなるのですね。
>北海道に行くのに乗ったのはXX年近く前になるのですね。
>C君があなたを見送りに来たのを覚えていますよ。
はぁ~私は忘れていた・・・

 子どもが、とても小さかった頃、住んでいたのは、JR東海道線の線路に面した家でした。阪神淡路大震災以前に引っ越していましたが、その後、地震で倒壊してしまいました。
 ブルートレインは、たしか、「なは」「あかつき」「さくら」が、うちの前を通っていたと思います。今はどれも廃止のようですが、電車好きの長男には、うってつけの住まいでした。
 特に、私が、よく覚えているのは、寝台特急「なは」です。「なは」と言うからには、「沖縄の那覇」から来てるんかい?まさか!朝早く大阪方面に入るそのブルートレインが、うちの家の前を通る時、眠そうにカーテンをあける人や、ぼーっと外を眺めている人が、車窓から見えました。長旅の終着駅が近いことがわかりました。
 線路に面した家でしたが、線路側には、小さな窓しかありませんでしたから、朝のブルートレインを見るのは、もっぱら家の外でした。体調が悪く眠れない子や、口の中にぶつぶつができて、お乳が飲めずに、機嫌が悪かったりする子を抱いたり、おぶったり、早朝、線路前の道を行ったり来たりして気分転換していたのです。
 そんなこんなで、ブルートレインの思い出は、北へ向かう寝台特急「日本海」ではなく、南から来た寝台特急「なは」でした。蛇足ながら、現在、我が夫のCくん自身も、大阪駅に送りに来たことを忘れておりました。
☆写真は、スイスの列車 

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金星と木星

8有明の月j
 先日、西の空に並んだ金星と木星、綺麗でした。二つ、かなり接近してるので、余計目立ってました。晴れていてよかった。それにしても、金星は光りすぎてるやん。
 あんまり光るので、ついつい、ぐいぐいそっちへ眼が行きます。ベツレヘムの星と言うのは、こんな感じだったのかもしれません。街でも、見えるまばゆさですから、平原や山の上、光源が他にないようなところで、この明るさに出会ったら、やっぱり神秘的だと思います。
  「月をみはる星」 *というE.ファージョンのお話があります。三日月のそばに星が見えたら、いつもこの話を思いだします。「月はまだほんのねんねで、今だって、ちっとも分別がない」ので、太陽から力を与えられた、まるで番兵のように光っている星がいるのです。
 さて、3月下旬は、その三日月です!金星と木星と、月の饗宴。楽しみやねぇ。なにしろ、まだ起きてる時間というのが嬉しい。
*「町かどのジム」(エリノア・ファージョン文松岡享子訳エドワード・アーディゾーニ絵童話館出版)
☆写真は、夜明けの東の空。
「今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな」≪素性法師≫

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子どもの本でちょっとお散歩(川 その1)

7クリブデンから見下ろすj
 本と散歩。頭の中の世界と身体を動かす世界。まったく異なる世界のように見えたことが、最近、つながってきました。

 子どもの頃から、本が好きでした。以前の坂の上の家は、屋根裏に書庫があったのが気に入り、たくさんの本と共に移り住みました。散歩をする暇があれば、本を読んでいる方がいいと考えていました。それが、老眼鏡を必要とし、屋根裏に上がっていくのが億劫になった頃から、近くにいい散歩コースがある土地に住みたいと思うようになりました。日本の都市近郊には、イギリスの草地のような広々とした散歩道はなく、せいぜい川べりの散歩が楽しめたら充分です。それで、いわゆる護岸整備された町の川とはいえ、川べりの散歩ができる土地に住むようになりました。どっちに流れているかわからないほど、平坦なテムズ上流とは、趣を異にしていますが、近くの川にも楽しみは満載です。

 川に葦が茂ると、その茂みにかもの親子を見つけることができます。海まで行くと、他にもいろんな鳥を見ることができます。ジョギングしている人もいます。犬と散歩をしている人、おしゃべりしながら歩くおばちゃんたち、ウェアをきめて形からウォーキングしている人などなど、風を感じながら、それぞれが川に集います。
山に心惹かれる人もいるでしょう。そこには、谷川が・・・
海に心惹かれる人もいるでしょう。そこには、河口が・・・
滝あり、せせらぎあり、急流あり、時には濁流となって、川は流れています。あるいは、忌わしくも、時に溢れ出し、また、逆流し、周りを飲み込む(合掌)。

 次は、 「ボートの三人男」 *の中の一節です。子どもの本ではありませんが、川の本と言えば、この「ボートの三人男」を忘れるわけには行きません
「・・・・・ジョージが、『河へゆこうじゃないか』という案を出した。彼が言うには、河へゆけば、新鮮な水と運動と静寂が得られる。環境の変化はぼくたちの精神(ハリスの精神も含む)を楽しませ、勤労は食欲を増進し、快い眠りを与えるであろう、とのことであった。・・・・」
 そうです。河へ行けば、精神を楽しませてくれるのです。
何度読んでもおかしい本というのがあるのだと教えてくれる一冊です。
この本は、いくら文庫本で軽いからと言って、電車で読んだら、だめです。ただ、電車で 声を出して笑うのが平気な人や、電車の中でのニヤニヤ笑いが、周りの人の視線を集めても平気な人には、お薦めです。

 さて、子どもの本と「川」・・・思いつくのは、あのお話だけ?・・・いえ、いえ、結構あるのです。
*「ボートの三人男」ジェローム・K. ジェローム(丸谷 才一訳)中公文庫
☆写真は、英国クリブデンの丘からテムズを望む

「子どもの本でちょっとお散歩(川)」は、週に一回ずつUPしようと思います。

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お返事

6村の郵便局j
 子どもの頃から、複数のペンフレンドがいて文通をしていました。男の子も女の子も外国人も、直接会った人もいました。
 小学校で勤めていたときは、学級通信を書くのが好きでした。
 子育ての時期は、先日紹介した「お元気通信」を出し続けていました。なんらかの反応や、お返事が欲しくて、坂を上って来る郵便屋さんのバイクの音や、ポストに何か入ったぞ、という音にわくわくしたものでした。マンションに引っ越した今でも、ポストに「絵はがき」等が届いていると、エレベーターの中で読むのが嬉しく、着替えて、お茶をいれて、もう一度、ゆっくりそれを楽しみます。
 また、子育てで忙しい頃、仲間と一緒に、子どもの本の周りを書いたり書いてもらったりして、「ひつじのこラム」というプリントも主宰していました。コピーや郵送の手間はあるものの、これは、とても楽しい作業でした。当時、長男の宿題に「お母さんの仕事」を書くのがあったとき、「コピー」と書いていたくらいでした。

 メールが手軽になり始めた頃は、映画「ユーガットメール」の中で、メグ・ライアンがいそいそとパソコンの前に行くシーンがありましたが、ちょうどあんな感じでした。今も、パソコンの前で作業をしていて、ピンポンとメールの受信音が鳴ると、おっ!

 さて、「イヤなことより、逆に何か良いことも起こっていく」と助言してもらったにも関わらず、ここはコメント欄やカウンターを設けませんでした。誰も見てないのがわかるより、見てくれているかもしれないと、自己満足しているほうが、気持ちが楽です。これって、チャールズ・ラムが「・・・生来、私は、まだ見ぬさきから、新奇なものには―新しい書物にしても、新しい顔にしても、新しい年にしても―臆病なのである。私の気質のなかに、将来に向いがたくするような、心のひねくれがあるためなのだ。私はもう、将来に期待をかける心を捨てている。ひたすらに、過ぎこし方(往きし昔)の回想に血を燃やしているのだ。・・・・」と、46歳のときに書いたエッセイ*に似てる???うーん。

 それにしても、「古本 海ねこ」さんに文を載せてもらっていた時は、ご迷惑をかけてはいけないと、真面目に取り組んでおりましたが、今や、勝手気まま、適当に、ぶつぶつ言っている感じです。しかも、まだ、始めて間もないので、練習を兼ねて、毎日のように更新中。この調子がいつまで、続くか???
 ちなみに、明日以降、週一回、UPするつもりの「子どもの本」に関わる文は、当初、「古本 海ねこ」さんに載せてもらうつもりで書いていた文ですから、適当じゃないはずなのですが・・・。

*「エリア随筆抄」(チャールズ・ラム著 山内義男訳 みすず書房)
☆写真は、英国ヘミングフォード村郵便局

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Webでみつけてしまう

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昔から買いものに出向くのが好きではありません。人混みが苦手。選択肢が多いと迷ってしまい、時間がかかってしまう。
かといって、WEBの買いものも選択肢が多いことはこの上もありませんが、中にはWEBでよかったと思える買い物もあります。新ものではなく、一期一会に頼る古ものの類です。で、その筆頭は、古本です。

 以前は、実店舗の古本屋さんに行くと、こんな本あった!と見つけ出す喜びがあるとはいえ、欲しい古本があるわけではありません。ところが、今や、世界中のどこに、その本が在るかが、わかるのです。すごいことです。ただ、在庫がWEBに載っていなければなりません。その点、私の駄文を掲載してくれた感謝すべきお店「古本 海ねこ」さんは、HPの文章の量が多かったので、ヒットしやすく、何より、本への愛情が、その文の中に感じられ、一方的に懇意になって行きました。他に、西洋骨董店、和骨董店にも、勝手に懇意に思っているお店があります。どのお店も、そのブログに文や写真が多く、商品への愛情が伝わって来ます。また、梱包も丁寧で、その商品をお嫁に出す心境が伝わってきます。実物を見ないで購入するわけですから、そのお店を信用するしかありません。

 とはいうものの、便利さと引き換えに、今までなら、出会わなかったような「もの」を、WEBで見つけてしまい、ついつい深みにはまるというリスクがあります。
 それは、実は、WEBから始まったのではなく、ロンドンの古本屋さんで見つけた1冊の重い本から始まっています。手に入れたのは、1865年9月21日の献辞の載るテニスン詩集でした。そのサインの書かれた背景を妄想してしまうだけで、重い本を持ち帰り、購入金額より高いお金を払って、日本で修復してもらっただけの値打があるというものです。以来、「SIGNED」と検索ワードに入れ、探すことが増えました。作者自身のサイン、贈り物の献辞など、妄想材料に事欠きません。

 極め付きの献辞は、ファージョンが、自分の初版で、小さなフランス綴じの本を、自分の弟に、幼少時代からの愛称で捧げているものです。1922年5月24日とありました。これを見つけたのは、もちろんWEBでしたが、当時、同じ古本屋さんに、他に何冊も同じ献辞の本が出ていたので、弟の関係者が処分したのが、わかりました。英国を遠く離れ、縁もゆかりもない、ここに何故か、在るのです。

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ヴラマンク

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リビングの壁に、
モーリス・ド・ヴラマンク(MAURICE DE VLAMINCK1876-1958)
のリトグラフがかかっています。フランス語の証明書には、1964年にリトグラフにされたとあります。HAUTE FOLIE(激情27)という題名です。
もらったんです!
昨年までお邪魔していた、ディケンズの講読は、毎年、数人以下の老若女の受講生でした。その教授が昨年退職なさるときに、いつも先生の坐っている後ろの壁にかかっていたその絵を、「持って帰るか?」と声をかけていただいて、はい!
車で行っていたのと、ヴラマンクと言う画家を他の受講生が知らなかったから、私に、おはちが回ってきたのだと思います。ラッキー! リトグラフと言えど、日仏両証明書と一緒にあった保険証の金額は、高額でした。

 フランスの画家、ヴラマンクのことは、リリアン・スミスの「児童文学論」*で知りました。「げんきなマドレーヌ」*の作者、ベーメルマンスのことを書いている箇所に「・・・ベーメルマンスが『マデライン』のなかで、色を使って描いたパリの画は、気楽な、別に深刻味のあるものではないが、一人ならず本格的な画家――たとえば、ヴラマンクのような人の影響を示しているとはいえないだろうか。・・・」とありました。
それで、ヴラマンク、WHO?ということで調べたことがあったのです。画家の紹介は訳注を読むだけではわからないので、絵も探してみたことがありました。確かに、ヴラマンク前半のエネルギッシュな絵の雰囲気と明るさは、「マドレーヌシリーズ」にも「山のクリスマス」*にも、影響が感じられます。
 もらった絵は、画面下半分に大地が色濃く描かれていて、明るいと言うより落ちついた印象の絵です。良く見ると、画面上半分、ほんのり明るい空に巻き起こる暗い雲、それに伴う風、それで揺らぐ糸杉(?)が描かれていて、今この後起こる、天候の激変を物語っているように見えます。しかも、中央に描かれたどっしりした田舎家群は、その激変など、関係なく、そこに静かに在る・・・そのコントラストが、この一枚の絵にあるなぁと、思っていたら、先の「児童文学論」の訳注に「・・・後年の作品は、暗い色を使い、光と影の劇的な対象をとらえている。」とありました。

*「児童文学論」(リリアン・スミス著 石井桃子・瀬田貞二・渡辺茂男訳・岩波書店)
*「げんきなマドレーヌ」(ベーメルマンス作 瀬田貞二訳 福音館書店)
*「山のクリスマス」(ベーメルマンス作 光吉夏弥訳 岩波書店)

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春は近いはず

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あんまり、日差しが明るかったので、ダウンコートを着ないで外出したら、なんと、みぞれ様のものが、ぱらつき、さぶっ!
友人が言うには、今年も早くクリーニングに出したでしょ?
いえ、今年は、まだです。
いつも2月にオーバーとか出して、3月に寒いって言うてるやん。
だって、あれは、2月にだしたら早割があるから。
ああ、今年は、まだ家にあったのに、ダウンコート。

昨日は、この市でも、黙とうのサイレンが鳴りました。
今朝の新聞の見出しに「生きているのが恩返し」とありました。
この世に生を受けたこと、大事にしたいと思います。
東北地方は、まだまだ寒いだろうと思います。お大事になさってください。

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北斎

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先日、京都文化博物館で開催されている「北斎展」に行ってきました。前後期総入れ替えということで、前期に続き2回目でした。
さっき刷り上がったかと思うばかりの刷りの素晴らしいのもありました。もちろん、北斎の大胆な構図、ユーモアには、いつも魅了されます。今回、特に楽しんだのは、百人一首を描いたシリーズでした。百人一首を思いだしながら、端に書いてある文字を追うと、有名な歌ばかりなので、どうにかこうにかわかります。が、百人一首をなんと、江戸風にアレンジしていることか。
例えば、有名な「春過ぎて、夏きにけらし しろたへの 衣干てう 天の香久山」という持統天皇の歌ですが、白い布を干している人たちの左で、おしりをこちらに向けたおじさんが川で洗濯しています。持統天皇もびっくりです。また、「君かため おしからさりし 命さえ 永くもかなと おもひけるかな」(藤原義孝)という「熱い」歌に、北斎は温泉の湯浴みから出て風にあたって涼んでいる女、お風呂につかっている男を描いていて、思わず笑ってしまいました。確かに湯浴みは「熱い」。

「北斎を通し私は自然の壮麗さを学び、さまざまな事物により永遠に変わらない美が構築されていくさまを知る。」は、今回のコレクションの中心となったミッチェナー氏の言葉です。(図録より引用)永遠に変わらない美の構築・・・・・そうですよね。これに出会いたくて、絵画を見、音楽を聴き、文学を読む。

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いかなご

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初めての写真掲載に「いかなごのくぎ煮」というのも、どうかな?と思ったものの、この辺りの「春」といえば、各家庭から匂って来る、くぎ煮を炊く匂いです。稚魚ゆえに、新鮮さが命で、調味料の差こそあれ、各家庭の秘伝も、さほどなく、時間さえあれば、わりと簡単にできるので、たくさん炊いて、いろんなところに配る人も居ます。
 今年は、先週、第一弾を明石魚の棚で購入し、昨日、近くで購入。で、合計6キロ。毎年、味見やお鍋に残ったものを、いやしいこのお口に入れるため、口の周りに、くいしんぼのぶつぶつが・・・

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お元気通信№120

2011年3月11日に地震そして津波、そのうえ、原発事故がありました。被災地から遠く離れたこの地でも、1995年1月17日に、阪神淡路大震災がありました。
それまで、1985年1月から毎月「お元気ですか」という通信を書いて、友人・知人に出していました。3人の子育てのことと、私と子どもたちの好きな本のことを書いていました。結局、そのはがきによる通信は200号(2002年1月)まで書きましたが、以下は、その1995年1月末に書いた文面です。(一部加筆修正)

お元気ですか  NO120 1995/1/31  
 膝までに積み上げた本の中に、「さんびきのやぎのがらがらどん」*が見えました。2週間ぶりに、子どもに本を読もうという気持ちが、出てきたのです。元気が出そうだったから、張り切って読みました。何故か、声が途切れます。何故か、途中で読めません。どこに、持っていったらいいのか分からない、やるせなさ。あの日から初めて声を上げて泣きました。このはがきをお出している方々の、消息が全てつかめた今朝のことです。
ひとは誰でも、/そのひとにだけに秘められた、/そのひとだけの世界を持っている。/この世界に、最良のときがあり、/この世界に、最悪のときがある。/けれども、すべて私たちには/隠されたままなのだ。///ひとりの人間が死ぬとき、/かれとともにかれの初雪も死ぬ。/かれの最初の接吻も、/かれの最初のたたかいも・・・・/かれは自分とともに/すべてのものを持ち去ってしまう。///私たちは、友人や兄弟について/何を知っているか。/もっとも深く愛したものについて/何を知っているか。/私の父について/あらゆることを知っている私たち、/その私たちは何も知らない。///人びとは先へ先へと進んでいく・・・・/あともどりはない。/人びとの隠された世界は/二度とよみがえらない。/私はいつも新たに、/このとりもどしのきかない世界を/叫びたいのだ。//////<エフゲニー・エフトゥシェンコ詩「ことばと人生 ことばと哲学」(藤本雄三著)より>

 この詩は、あの後の大雨の日、緊急に避難させていただいたお宅で、見つけた一粒の栄養剤です。山の上で、これからも、何かと不安の多い我が家ですが、家族みんな元気です。毎日のように、詩を書いていた我が家の詩人(8歳)も、あの日から、10日たって、やっと溢れる思いを書き出しました。その中の一つです。「とびらをひらいて」とびらをひらいて/みてみよう。/世界は、こんなに/広いのだ。
*「さんびきのやぎのがらがらどん」(マーシャ・ブラウン作瀬田貞二訳福音館書店)

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