FC2ブログ
 

みんなみすべくきたすべく

ロバのおうじ

リュート1
 ソプラノとリュートのコンサート➡➡に行く前、娘に「リュート、初めて聞きに行く」と話すと、「いいなぁ。ロバの王子が弾いていたやつでしょう。」
 そうなのです。「ロバのおうじ」(グリム童話より M.ジーン・クレイグ再話 バーバラ・クーニー絵 もきかずこ訳 ほるぷ)を、彼女は思い出したのです。

 カ・リ・リ・ロにしても、もしかしたら、この絵本で、知ったかもしれません。
 そして、一時期、ロンドングローブ座に毎年のように出かけていた頃、エリザベス朝宮廷音楽のCDを持ち帰り、家でよく聞いていました。多分、その時に、リュートの音を楽しんだのが、初めだったと思います。それにしても、実際の演奏には、なじみがありませんでした。

 で、「ロバのおうじ」です。写真下の挿絵は、グリム童話(ホフマン絵 大塚勇三訳 福音館)の「ろばくん」のものですが、話のルーツとしては、同じものの、ホフマンの方は、簡潔な昔話。それに比べるとクーニーの絵本の方は、人物描写もあって、長い物語になっています。

 強欲な王様の 生まれてくる子どもにかけられた呪文は、ロバそっくりに生まれてくることでした。誰かが、その姿かたちを気に留めず、心から愛するようになるまで、ロバそっくりの姿でいなければならないのでした。・・・・で、大きくなったロバそっくりの王子を愛してくれるお姫様が現れて、ハッピーエンド!

 王子がお姫様の心を捉えた一つは、王子が習得したリュートの弾き語りでした。

≪あるあさ おひめさまが つぎのきょくをせがんだので ロバの王子はいいました。「では、こんどは おひめさまに キスしてもらって うれしさのあまり きんいろにかわった バラのうたをひきましょう」≫

≪「・・・ね、こんどは たのしい うたにして!」そこで ロバの王子は そらを とびたがった ひきがえるという みじかい こっけいなうたを うたいました。これをきくと にわしは くまでを とりおとすほど わらいころげるし りすは けらけら わらって まつのきから おっこちるし、おひめさまも わらって わらって なみだが でるほどわらいました。≫

・・・と、おひめさまの心を捉え、お姫様の前から居なくなろうとするときの、台詞も、ちょっと、素敵に決まっています。
≪おひめさまは かおをあげました。「とおくへ?でも あなた どこへも いかないでしょう?」「いかなきゃならないんです。」とロバのおうじはいいました。「ぼくのうたが きけなくなっても さびしく おおもいになるかもしれません。でもいなくなっても うたは おもいだせます。」「さびしいのは うたが きけなくなることじゃないわ」とおひめさまは いいました。「あなたが いなくなることよ!」≫

・・・うーん。これは、ラブロマンスものじゃあ、ありませんか。
リュートと愛の歌、バレンタインデーにふさわしい・・・

PageTop

ねこどけい

ねこどけいjj
「ねこどけい」(きしだえりこ作 やまわきゆりこ絵 福音館)と「せっけんつけてぶくぶくぷわー」(岸田衿子文 山脇百合子絵 福音館)のことちゃんは、同じ女の子。
けれども、出てくる猫は違うねこ。
「ねこどけい」のねこは、ねねこ。
「せっけんつけてぶくぶくぷわー」の二匹は、ねえこと にいこ。

ねねこは、鳩時計のハトが気になってしようがありません。鳩時計の屋根に飛び乗り、まどに入ろうとします。すると、鳩が出てこなくなって…というお話。

ねえことにいこは、ことちゃんと一緒に洗濯をします。
≪せっけんつけて もく もく もく ぷく ぷくぷわー よーく あらって ごしょ ごしょ ごしょ≫
すると、うさぎさんと りすくんと くまさんも、やってきて一緒にお洗濯。せっけんつけて、もくもくもく、よーくあらって ごしょごしょごしょ。せっけんつけて、きれいなみずでゆすいで、しぼって、のばして、干して・・・・・飛んで行って・・・・と、いうお話。

PageTop

アンガスとねこ

アンガスj
 「アンガスとねこ」(マージョリー・フラック 瀬田貞二訳 福音館)

昨年の犬の絵本の時に、アンガスのシリーズを紹介しました。➡➡  ⇒⇒  ➡➡

 今回は、猫が中心的役割の「アンガスとねこ」です。シリーズの中でも、この絵本に描かれているユーモアは秀逸で、絵本と言うものの「めくる」という機能を活用し、話に「落ち」をつけるかのように、話の次が知りたくなります。
≪・・・ひごとに、おとなになるにつれて、アンガスは いろんなことを おぼえました。  かえるが とべることや、≫・・・で、ページをめくると≪じぶんが とべないことも、≫と、池にはまって、ずぶ濡れのアンガス自身の絵。
≪ふうせんが≫と、風船をおいかける絵をめくると、≪われることも!≫と、割れてしまった風船に茫然自失のアンガスの絵。

それで、ねこに出会い、好奇心いっぱいで近づくものの、猫は冷たく、気をもませるだけ・・・で、猫を見失ったアンガスは、二階の窓からのぞいてみます。
≪・・・まどのそとをのぞいても、・・・≫と窓をのぞくアンガスの絵をめくると、≪うちのにわにも、となりのにわにもとーーーどこにも ねこのすがたはありませんでした。≫と、窓から見える周囲の風景。(その窓のすぐ横に、猫は居ます)

 絵本は、アニメーションのように動きません。子どもたちは読んでもらい、「めくる」という動作で、頭の中で、お話が動き出すのです。

PageTop

長ぐつをはいたねこ

長靴ねこj
「長ぐつをはいたねこ」(ハンス・フィッシャー やがわすみこ訳 福音館)

もう1冊、フィッシャーの猫の絵本➡➡  ➡➡ です。
この絵本の中表紙には、「原作は、シャルル・ペロー 絵物語に仕立てて注釈をつけたのは ハンス・フィッシャー」とあります。
フィッシャーの絵のタッチは、軽く、デッサンのような筆致ですが、それが、この有名なお話、狡猾な猫のお話を、楽しいものにしています。
 動きの多い猫の様子を、いろんな角度から描くことにより、猫が、いろいろ頭を働かせているのが、わかります。長靴を履く練習も然り、王様に捧げものをする様子も然り、一番可笑しいのは、「世にも恐ろしい顔つきを鏡の前で練習をしているシーンです。それに、大男に会いに行くときなんかは、≪大男となるとちょっぴりこわく、せいぜいおめかしして、けいきをつけて乗り込む≫シーンも愉快です。

そして、最後のネズミをぺろりと食べるシーンも、象→ライオン→ネズミと、大きさをうまく描き分けているので、軽妙なまま、納得です。

☆写真 絵本の前には、ブルンミ (ラチと)らいおん フルリーナ

PageTop

こねこの ぴっち

konekono.jpg
「こねこのピッチ」(ハンス・フィッシャー 石井桃子訳 岩波)
このブログにも、以前、こねこのぴっちのことは書いています。➡➡  ⇒⇒

 大判のぴっちも岩波子どもの本の小型のぴっちも、どちらも可愛い「ぴっち」です。この気になる版型のことについては、以前も紹介した沼辺信一さんのブログに詳しい。➡➡

 ただ、上記写真のように並べてみると、小型のほうには、角にベルをつけているひょうきんなやぎとお父さんねこのまり(マウリ)などが削られています。その点は、やっぱり残念だと思っていたら、昨日の「たんじょうび」(ハンス・フィッシャー 大塚勇三訳 福音館) ➡➡ も大型絵本ではありますが、最初の動物たちを紹介しているページの絵では、あひるの数が足りません。右端の池のあひるが半分というところからみても、もしかしたら、原画には、ちゃんと、池が描かれ、あひるの数もちゃんと描かれていたのではないと推測するのです。それとも、初めの原書から、そうなっていた?
 こんなこまかい事、大したことではないかもしれません。が、しかし、子ども心を失わない子どもの本の作家は、子どもがごまかして描くことを嫌うことを知っていますから、もしかしたら、日本の大型絵本も原画を少しは削っているのかもと思った次第です。

 ともかくも、ぴっちという可愛い名前のきょうだいたちの名前も可愛いのですよ。大人は、ぴっちのことしか覚えていないことが多いけれど、子どもたちには、お馴染みの名前。ぐりぐりとぐろっき、それにぱっちにみっちにぴっちです。(「かもさんおとおり」のコガモたちの名前を思い出した人も居るかも?)

☆写真は、スイス チューリッヒ古本屋さんウィンドー 右は、クライドルフ「Blumenmarchen」(「花のメルヘン」佐々木田鶴子・訳 ほるぷ出版)

   ここねこのぴっちj (2)

PageTop

ねこの マウリとルリ

こねこのぴっち2j
「たんじょうび」(ハンス・フィッシャー おおつかゆうぞう訳 福音館)は、犬のベロと共に、二匹の猫のマウリとルリが活躍する話です。

リゼッテおばあちゃんの飼っているのは、おんどりが一わに、めんどりが六わわ、あひるが七わわに、うさぎが八ひきわ、それに やぎ一ぴきと、ベロとマウリとルリです。ベロとマウリとルリの三匹は家の中で寝てもいいかわりに、うちの仕事を手伝います。くつみがきもしますが ついでにいたずらもします!というシーンが、上のシーンです。お話を聞いている子どもは、絵を見て「こんないたずらかぁ」と楽しみます。
 絵本は、書かれている話が、子どものわかる形で絵になっていることが大切なことです。

 さて、リゼッテおばあちゃんのお誕生日を、動物たちがお祝いするこの話。みんなが力を合わせ準備したものは、花やケーキやりんごの並ぶテーブルに、お芝居の出し物、夜には、アヒルの池の周りに、リンゴにつけたろうそく飾りでしたが、リゼッテおばあちゃんが「このおくりものは なによりすてきだわ!」と言ったのは、3週間前から隠していた、ねこのあかちゃんたちでした。
 そして、最後の真夜中のページで、一匹、きょとんと起きている子猫が描かれています。その子猫こそが・・・・・(続く)

PageTop

100まんびきのねこ

ねこ7j
「100まんびきのねこ」(ワンダ・ガアグ 石井桃子訳 福音館)のことを以前に書きました。➡➡   ⇒⇒横長の絵本の時にも書きました。➡➡

 猫の絵本だからといっても、こんなに何度も書いたのだから、もう書くこともないかなと思いつつ・・・・・・それに、石井桃子のリズミカルな訳で楽しめることを再度書くというのでもありませんが、石井桃子訳の丁寧な日本語について。

 おじいさんが100まんびき、一おく 一ちょうひきのねこを連れて帰ったものの、結局、骨と皮ばかりにやせこけた1匹の猫が残ります。
≪「まあまあ、かわいそうに」と、とてもとしとったおじいさんがいいました。「おまえは、どうして ひゃっぴきのねこ、せんびきのねこ、ひゃくまんびき、一おく、一ちょうひきの ねこといっしょに、たべられてしまわなかったのだね?」「はい、でも、わたしは ただの みっともない ねこでございます。」と、こねこはいいました。≫
 この「ねこでございます。」という丁寧な言葉遣い。「ねこです」とも「ねこなんだもーん」とも言えるところです。
 この子猫が、媚びるわけではなく、礼を尽くして、おじいさんとおばあさんの前に居ることは、この一言で伝わります。

 子どもに媚びた表現を使うことは、日本語を習得しようとしている幼い子どもたちに失礼なことだというメッセージを受け取ることができます。

PageTop

その続き

カリジェj
(承前)
 よほど、嬉しそうな顔をしていたのでしょう。絵本提出、絵本を読む その授業後、学生の一人が、「先生が、どんなに授業を楽しんでいるか、家族の人に見てもらおう」と、言いました。
 実は、一人一人の読むシーンを、教員の備忘として、写真に撮っていたので、教卓には、カメラが置いてありました。そのカメラで、複数の学生も写る自撮り風の写真を撮ってくれました。

 さて、その日、帰宅すると、喪中だった人からのお便りが届いていました。
「・・・・学生たちに絵本をよんでおられるとのこと、・・・・・(中略)・・・・・一生の仕事、若い頃からの 熱意そのままを続けておられるのですね・・・・・(中略)・・・・・・・・お正月、「せいめいのれきし」➡➡ を「改訂版」➡➡とともに、テーブルに置いていたら、(36歳の息子が)「なつかしい!おもしろかったなぁ。これはすごくたのしんだ」と言っていました。そこには、≪震災後、カ・リ・リ・ロさんたちより贈られる≫とメモあり・・・・」

 そうなのです。阪神淡路大震災の直後、彼女の家は全焼、絵本もみんな焼けてなくなりました。その時、小さな支えになればと、仲間を募って、絵本を送ったらしい・・・

 図らずも、今日は、1月17日。1995年1月17日5時46分52秒のことでしたね。年年歳歳、いろんなことを、どんどん忘れていくものの、小さな種は、ちゃんと、どこかで、芽吹いているものだと、改めて感謝することでした。

*「せいめいのれきし」(バージニア・リー・バートン作 石井桃子訳 岩波)
*「せいめいのれきし 改訂版」(バージニア・リー・バートン作 いしいももこ訳 まなべまこと監修 岩波)
☆写真は、スイス シュタイン アム ライン アドラーホテルのカリジェ壁絵➡➡

PageTop

目がキラキラ

朝焼けj
12月に、≪重い絵本を持参して、腰が痛くなったことなど吹き飛ばすような楽しい作品に出会えますように・・・≫と、学生たちの課題について書いた➡➡そのご報告。
 
 あの授業時間も当初の思惑を裏切る学生たちの可能性を垣間見たのですが、結果も、なかなかのクオリティの高さ!!
 問題はあるものの、市販のホワイトブックを使い、簡易装丁の工作にしなかったことも、よかったと思えます。ほとんどの人が、各自の思いを込めて丁寧に作っていたからです。(あくまでも、すべての学生ではありませんが・・・)
 それに、約80人(2クラス)の作品に、誰一人として同じものがなく、やっぱり、お話は無限大だったことを実感した次第。

絵のうまい学生も、そうでない学生も、お話の筋を練り、構成、そして自らの表現方法を考えていました。
作成の条件は、≪「子どもとどんなところを楽しみたいか、を考えながら作る。」≫でしたが、学生たちは、自らが楽しんだ作業だったようです。

 また、全員がみんなの前で、その作品を読むということまでが課題でした。これもよかった。
ほとんどの学生が小さい子のように、目をキラキラさせて、友人たちの絵本に食い入るように、聞き入っていたからです。
 彼らの顔を見ていると、みるみる吸収していくのがわかりました。
 友人の読み方、友人の絵本の出来・・・そして、自分の順番が来て・・・

 あんまり、熱い空気が漂ったので、予定していなかったものの、その1時間の授業で「得たもの」などの感想を書いてもらったら、それも、いつになく、本気で書いている人が多かった。
 
 絵本を楽しみ、その楽しみを分かち合う・・・もう少し、頑張ります。(続く)

PageTop

ねこがいっぱい

ねこ1j
・・・というわけで、近隣では、山から下りて、人や作物地に被害を加えるイノシシより、にゃんにゃんとして、小さい子にもなじみ深い猫さんは、絵本も多い…

「ねこがいっぱい」(グレース・スカール作 やぶきみちこ訳 福音館)
 この絵本は、2018年戌年の戌の日に書いた「いぬがいっぱい」(グレース・スカール作 やぶきみちこ訳 福音館)、➡➡の「ネコ」編です。

 実は、安産の思いを込めて、「いぬがいっぱい」を書いたものの、あの一日前に、娘は入院していたのです。それから半年以上にわたる大変な日々はご存知の通り。前期高齢者にならんとする今年は、落ち着いて暮らせますように。
 

PageTop