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みんなみすべくきたすべく

枯れ葉

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 葉っぱが主人公のおはなしは、どうも最後が、寂しい。「葉っぱのフレディ」も、「かえでのジョニー」も。
 葉っぱに、人の人生のすべてを重ねようとするからか、最後が・・・・

 明日を信じる小さい子どもたちより、もう少し大きくなった子どもたちが読めば、感じるところがあるやもしれません。日本は、どうも、絵本=小さい子の物、字の読める子は、絵本じゃだめ、という風潮がありますが、字の読めるようになった小学生にも、絵本で、楽しみを見つけ出してほしい・・・

  さて、チェコのD.ムラースコーヴァ―の話に出久根育の絵のついた「かえでの葉っぱ」(関沢明子訳 理論社)は、しっとりと葉の生き方(?)を伝えてくれます。もちろん、これも最後が寂しい。

 チェコに在住する出久根育の絵は、チェコの空気を伝えてくれるかのようです。かつての彼女の作品は、かなり、シュールな画風で、好きになれませんでしたが、チェコ在住以降なのか、どうなのか、変化しているように思います。

*「かえでの葉っぱ」(D.ムラースコーヴァ―文 関沢明子訳 出久根育絵 理論社)
*「葉っぱのフレディ」(レオ・バスカーリア みらいなな訳 童話屋)
*「かえでのジョニー」(アルヴィン・トゥレッセルト文 ロジャー・デュボアザン絵 晴海耕平訳 童話館)
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かぜ フーホッホ

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「かぜ フーホッホ」(三宮麻由子文 斉藤俊行絵 福音館)

 上の写真の絵のように、風が吹いて、枯れ葉が、一斉に落ちてくるのは、楽しいものです。
 頭に葉っぱがのり、がしゃがしゃがしゃと辺り一面の枯れ葉を踏みしだくのは、大好きでした。
 雪がほとんど降らない神戸育ちですから、空から舞い降りてくるものは落ち葉であり、踏みしめるのも、枯れ葉でした。
 もうずいぶんな年齢になっても、この絵のような情景は、わくわくするものです。

 この絵本は、お話の絵本ではありません。風の音、風が吹くときの空気、風の動き・・・目には見えない風の命を読む絵本です。
≪・・・ヒューロルルル かぜの うずまき くすぐったーい おちばの おいかけっこ チッチリ チッチリ カシュクシュ カシュクシュ≫
≪けやきのきが ゴワー おちばが シャリシャリシャリシャリ チャロチャロチャロチャロ かぜ フーホッホ!≫

 各自、こんなふうに聞こえるとは限りません。そこが面白いところ。耳をじっと澄ませ、身体で感じる・・・すると、いろんな音が聞こえてくるはず。

 文を書いた三宮麻由子氏は、幼くして視力を無くされた人です。他に「おいしいおと」「でんしゃはうたう」「そうっとそうっとさわってみたの」「ウグイス ホケキョ」「おでこに ピッ」(いずれも福音館)など、音を表現したものだけでなく、体感を表現したものあります。

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どれにしようかな

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 いいお天気の3連休、近所で、手作り市のイベントがあり、各自小さなストールで、作品を売っていました。そんな中、古本やさんも出店していました。状態のいい絵本がたくさん! 
 うーん、どれにしよう?うーん、これかな?えーっと、こっちは?
 夢中になっていたのは、ばあばと孫の親と孫の叔母。
孫は、適当に引っ張り出して、「これ読んで」というものの、孫の母親は、「これこんなにきれいのに安い!」 、 孫の叔母は、「これ、好きやったわ・・」と、個々人勝手にページを繰っています。
 つまり、孫以外は、みんな、古本の絵本に夢中となっていました。

 結局、およそ1000円で、手に入れたのは、
 孫の母親の好きだった「ロッタちゃんとじてんしゃ」(リンドグレーン文 ヴィークランド絵 やまむらしずか訳 偕成社)…新品のようでした。

クリスマスには、かかせない「クリスマス・イブ」(マーガレット・ワイズ・ブラウン文 ベニ・モントレソール絵 矢川澄子訳 ほるぷ)➡➡・・・これも綺麗な状態。

そして、まだまだ綺麗な「もりのなか」(エッツ作 まさきるりこ訳 福音館)➡➡
 
 もちろん、この3冊は、孫の本棚のためのもので、今は孫には、少々難しいものも入っていますが、いいお買い物でした。ただ、欲しかったものは、他にもたくさんあって、歩いて持ち帰れないくらいになったかもしれません。

 そして、何より、嬉しかったのは、娘たち(孫の母親と叔母)が、楽しみながら、グッドチョイスをしたことでした。

☆写真は、芦屋市 谷崎潤一郎記念館の紅葉➡➡。この前でイベントをやっていました。

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詩ってなあに?

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「詩ってなあに?」(ミーシャ・アーチャー 石津ちひろ訳 BL出版)
 ダニエルが公園に行くと、「公園にて 詩の発表会 日曜午後3時 参加者募集中」というポスター。
 毎日、ダニエルは、蜘蛛の巣のクモ、オークの木の上のハイイロリス、穴の中のシマリス、水に飛び込むカエル、蒲の茂みの傍でカメ、滑り台のかげでコオロギ、月明かりの中のフクロウという面々に「詩ってななに?」と聞いてみます。

 それぞれが教えてくれた答えを発表するダニエル。
 それが、詩。
 
 コラージュの手法でできたこの絵本。秋にぴったりの美しい絵本です。どのページも、写真に撮って、ここに載せたいくらいですが、そうもいきませんので、ぜひ、手に取ってみて。
 
 絵を楽しんでみたら、詩の世界に近づけるかも?
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ソフィーのくだものばたけ

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 果物が、特に美味しい季節です。栗は、果物と言わないのかもしれませんが、栗は、絶対美味しいし、柿は甘すぎて美味しいし、
梨は、和も洋も、甲乙つけがたい美味しさ。葡萄は、やっぱり、美味しいし、みかんだって、もはや甘く、リンゴは、いよいよ出番だと、みずみずしく美味しい。いちじくがすんだのは寂しく、桃も、もはや遠い、サクランボは、もっと遠い。が、苺は近いかも・・・日本では、あまり食べないプルーンの実も夏には食べて来たし、アルプスではブルーベリーもラズベリーもいただきましたっ!!

 以前、紹介した「ソフィーのやさいばたけ」(ゲルダ・ミュラー作 ふしみみさを訳 BL出版)➡➡の姉妹編の「ソフィーのくだものばたけ」(ゲルダ・ミュラー作 ふしみみさを訳BL出版)という果物好きには、ご贔屓の一冊が、今夏、翻訳出版されました。

 この本では、ソフィーは南フランスに引っ越すことになり、果物つくりに本腰を入れていきます。
 この絵本も、お話の絵本ではなく、科学絵本のジャンルに入るものですから、図鑑的な要素もたくさんあります。
 また、見返しの部分には、花と実が綺麗に描かれ、どの実がどの花かあてるのですが、なかなか難しい。バナナの花やパパイヤの花なんか、知らなかった・・・
 本文にも、まだまだ知らない果物や実のことが出ていて、興味深く、楽しい絵本です。

 サクランボのページでは、
≪ちょうど食べごろだな。今夜、友だちや近所の子を招待して、サクランボパーティをしよう!≫
そして、ソフィーたちが準備すると
≪夕方、友だちがあつまった。ミシェルはギターをひき、エレーヌおばさんは、おいしいサクランボのタルトをやいてくれた。みんなで食べたり、のんだり、歌ったり、すっごく、たのしかった!≫

ここで、思い出すのが、「やかまし村はいつもにぎやか」(リンドグレーン文 ヴィークランド絵 大塚勇三訳 岩波)の「サクランボ会社」ですね。➡➡

☆写真は、スイス グリュイエール城の石塀に広がる小さな洋梨。撮影した時は、まだ食べるに早そうです。
写真下は、スイス ミューレンのこけももですが、「ソフィーのくだものばたけ」には、≪コケモモの木は、北欧やユーラシア大陸北部の寒い地域にはえます。コケモモは、生ではすっぱすぎるので、ジャムやジュース、果実酒にすることも多いです。フランスではよく、イノシシ、ウサギ、シカなどの肉といっしょに食べます。≫とありました。
 
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ねられんねられん

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(承前)
 カ・リ・リ・ロは、かつて、昼寝もできない体質で、その分、夜更かしは出来ず、朝早いのは得意という毎日でした。
 が、しかし、早起きは変わらないものの、夜中に目が覚めると、なかなか「ねられん ねられん」状態に。すると、日中、電車で、眠れるように、昼寝もできるように、晩御飯が済むと、9時のNEWSを見る前に、うたた寝するようになりました。こんな睡眠のとり方は、老化を加速させているんだろうと考えると「ねられん ねられん」。
 
 絵本の「ねられんねられん かぼちゃのこ」(やぎゅうげんいちろう 福音館)のように、かなぶんのあさちゃんがいないと、「ねられん ねられん」のだろうか。
 
 もしかして、画家の柳生弦一郎も三冊のかぼちゃの絵本➡➡には、「眠る」テーマ?があるので、もしかして、「ねられん ねられん」状態なんだろうか・・・それとも、反対に、快眠で思いつく 愉快な発想なんだろうか・・・・
☆写真は、スイス ミューレン

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かぼちゃの本

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(承前)
 なぜか、この時期、ハローウィンで盛り上がる街の風景で、カボチャも俄かに人気者になっています。
 現場で、絵本を子どもたちに読む人たちには、ハローウィンの絵本や、せめて、かぼちゃの絵本を探すことも増えています。➡➡

 そんなとき、やぎゅうげんいちろうの、カボチャの絵本が、毎年出ているのに、気付きました。(この画家、きっと、カボチャすきなんだろうなぁ)

 かつて、うちの子どもたちが小さい頃、月刊のかがくのともなどに、やぎゅうげんいちろうの絵本が何冊が出ていました。「はなのあなのはなし」「あしのうらのはなし」「おしっこの研究」(いずれも福音館)などなど、からだに関する絵本の数々にイラストをつけたような感じのもので、絵本単体としては、愉快な絵ではあるものの、ごちゃごちゃした感が、否めませんでした。

 が、しかし、小さい子どものための絵本「たまごのあかちゃん」「いろいろおせわになりました」➡➡ 「おでかけばいばい」シリーズ(すべて、福音館)になってくると、ずいぶんと、絵が、すっきりしてきて、眼鼻のはっきりしたキャラクター、そこに、さりげなく描かれているユーモアのセンスが光っていると思います。
 で、1943年生まれの彼が、最近 出版しているのが、上のカボチャの絵本なのです。吹っ切れたような無駄のない画風は、小さい子の眼に留まりやすく、リズミカルな言葉運びとともに、楽しい展開となっています。(続く)

☆写真 真ん中が、昨日の「なむちんかむちん」右が「むむたい ねむたい」左が「ねむれんねむれん かぼちゃのこ」(すべて福音館)

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なむちんかむちん

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(承前)
 おまじないの絵本といえば、やぎゅうげんいちろう作「なむちんかむちん」(福音館)が可笑しい。
 このおまじないの言葉は、
≪なむちんかむちん なむちんかむちん おおきなれ おおきなれ なかそとなかそと しものおならや かみのおならや せっけんばこは あわでぶくぶく≫

 大きくなりたい野菜の子どもたちが、かぼちゃのおばあさんに大きくなる「おまじない」をかけてもらうものの、そらまめくんだけが大きくなりすぎてしまいます。(それは、なぜでしょう?)
 そこで、やり直しを訴えますが(ここが、まず、可笑しい!!!)、おばあさんは眠ってしまい、ちょっとした怪我もしてしまいます。
 それを見ていた鶏のおばさんが、横やり入れるものの、翌日、やり直してもらうことに。大きくなり過ぎたそらまめくんは、家に帰って、お母さんに報告すると、お母さんの対応が、優しい。(しかも、可笑しい!)さらに、次のページは、大きくなり過ぎたそらまめくんは、小さくなり過ぎたお布団をかぶって寝ます。(その絵が、可笑しい!)
 で、次の日、今度は、きちんと「おまじない」をかけてもらって、ふつうに大きくなったそらまめくんでした。

 小さすぎる子どもたちには、この本のユーモアが分かりにくいところもありますが、幼児なら、このユーモアとおまじないの言葉を楽しみます。ましてや、そばで、もし、聞いている大人が居れば、大笑いしてしまうこと、請け合います。

 それにしても、やぎゅうげんいちろうの絵本➡➡の絵は、年々、単純化され、見やすいものとなっています。(続く)
☆写真は、スイス ルガーノ

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ちちんぷいの ぷいぷいぷい

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 先日、幼稚園に行っている一人の女の子に会いました。その女の子は、ふざけて遊びまわっていましたが、大人ばかりの場所では、飽きてきていました。そこへ、頭をコツン!
  よそのばあばではありますが、その子の頭を両手で抱え、「いたいの いたいの とんでいけぇー」といいました。「もう痛くない?」と聞くと、「うううん まだ」というので、もう一度「いたいの いたいの とんでいけぇー」と繰り返しても、まだ、もう一回と、そのつぶらな瞳が言っています。で、今度は「いたいの いたいの あっちいったね」と、いうと、にっこり笑って、遊びに戻って行きました。
 世界中に、この「痛いの痛いの飛んでいけ」のおまじないがあるようです。(TVのCMで、各国のをやってます)どれも、スキンシップも伴うおまじないで、子どもを思う大人の気持ちは、万国共通ということなのでしょう。

「ぐりとぐらのおまじない」(なかがわりえこ作 やまわきゆりこ絵 福音館)という手のひらサイズの小さな絵本があります。
「ちちんぷいの ぱっ」「ちちんぷいの ぱくっ」「ちちんぷいの ぴん」「ちちんぷいの ぷいっ」「ちちんぷいの ぱっぱっぱ」・・・・と続きます。
「ちちんぷいの ぷいぷいぷい」のページには、手を前に組む象さんの絵が描かれています。
≪はずかしくて しんぞう どきどきするときは しずかに そっと てをあわせ ちちんぷいの ぷいぷいぷい ぷいぷいぷいは ききめあり≫
 
 実は、先の女の子、大人ばかりの部屋に入るとき、「こわーい」「はずかしーい」を連呼して、なかなか部屋に入れなかったのです。だから、「いたいの いたいの とんでいけー」だけでなく、入口のところで、「ちちんぷいの ぷいぷいぷい」とおまじないしてあげればよかった。(続く)
 

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あめのひ かぜのひ

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今年は、台風が、しかも強烈な台風が、たくさんやってきましたね。多分、年々、大変なことになるだろうと、素人でも予想できます。災害となってしまうような大風は、困りますが、頬に気持ちいい風は、気分もよくしてくれます。

「あめ」と同じく、子どもたちにとって、非日常な気候が、風の吹く日なのかもしれません。
オルセンの「あめ」「かぜ」➡➡*もありますが、新しい絵本では「あめのひ」「かぜのひ」(サム・アッシャー作・絵 吉上恭太訳 徳間書店)という絵本もあります。

 おじいちゃんと一緒に暮らす「ぼく」が雨の日、風の日に、外にでて、自由に楽しんで帰ってくる・・・・

 帰ってくると、雨の日には、
≪うちにかえると、かわいた くつしたに はきかえて、 あつい ココアを のんだ。おじいちゃんが いった。「まっていると、いいことが あるもんだな」「うん」 あしたも あめ、ふるといいな。≫

また、風の日には、
≪うちに はいると、おちゃを のみながら おじいちゃんが いった。「いっしょに ぼうけんするのは、たのしいもんだな。」「うん」あしたも かぜ、ふくといいな。≫

と、どちらも、二人でお茶しているシーンで終わるのです。(イギリスの絵本です。)

二冊とも、絵が魅力的で、遊び心に溢れています。

「あめ」(イヴ・スパング・オルセン ひだにれいこ訳 亜紀書房)
「かぜ」(イヴ・スパング・オルセン 木村由利子訳 文化出版局/ひだにれいこ訳 亜紀書房)


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