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みんなみすべくきたすべく

やれやれ、あたたかい おちゃを いただいたのでした。

まちねずみ2
(承前)
ポターの描いた「まちねずみジョニーのおはなし」(ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)➡➡は、タイトルにこそ、田舎ネズミと出てきませんが、イソップ寓話を題材とした、田舎ネズミと町ネズミの絵本は、ほかにも何冊かあります。

例えば、写真上(大きい方の絵本)「まちのねずみといなかのねずみ」(ポール・ガルトン絵 木島始訳 童話館)と、写真下(大きい方の絵本)「とかいのネズミといなかのネズミ」(ケイト・サマーズ文 マギー・ニーン絵 まつかわまゆみ訳 評論社)***それぞれの写真にはポターの「まちねずみジョニーのおはなし」と「2ひきのわるいねずみのおはなし」も、写っています。

それぞれの絵本で、都会のネズミが田舎でごちそうになるのが、
≪いなかの こやにある いちばん おいしい チーズや ベーコン、とれたばかりの こむぎや とうもろこしを ならべました。のみものはというと、それは、いずみから くんできた たいへん きよらかな 水でした。≫「まちのねずみといなかのねずみ」

≪キャベツスープ クリのしおづけ 木のみいりパイ パン たねいりケーキ あたたかいアップルパイ プラムのおだんご≫「とかいのネズミといなかのネズミ」

今度は、田舎ネズミが町で食べたものというのが、
≪クリームあり、ジェリーあり、ケーキあり、あらゆる あっさりした ごちそうが いっぱいでした。チーズは、とびきり おいしいパルメザンチーズです。二ひきは、さいこうの シャンパンで、ほおひげを しめらせました。けれど、すてきな ごはんを、はんぶんも たべおわらないうちに いぬが ほえたり ひっかいたりする おとがして、二ひきとも どきっとしました。…≫「まちのねずみといなかのねずみ」

≪ティリーは 目を みはりました。 すごーい!ウィーンふうのチョコレートケーキ カスタードクリームいりのかしパン おにくの つまった ミートパイ あまい ビスケット イチゴジャムのつぼ タルトを ならべた おさら 大きな かたまりの チーズ!「さあ、じゃんじゃん たべましょうよ」と、ミリー。ところが、2ひきが ひと口も あじわわないうちに ネコが やってきました。いすに とびのって・・・≫「とかいのネズミといなかのネズミ」

はてさて、どちらのごちそうが、好みか、個人でそれぞれそれぞれあるとは思いますが、
各絵本で、田舎ネズミが、最後にこういいます。
≪あんしんがなくっちゃ、じょうひんさなんて なんだ? ものが いっぱい あったって、どきどき どきどきしながらじゃ なんのやくに たつんだい?・・・・・(中略)・・・・やっとのことで こやに たどりつくと、そのまま、すやすやと ねむれる やすらかさを とりもどしたのでした。≫「まちのねずみといなかのねずみ」

≪・・・でも、いなかの わたしの いえでは、あんしんして ごはんが 食べられるの!・・・・(中略)・・・・ティリーは いなかに とんでかえり、ソファーに くつろいで、やれやれ、あたたかい おちゃを いただいたのでした。≫「とかいのネズミといなかのネズミ」

 さて、次のポターのネズミの絵本は、下の写真左の、人形の家で奮闘している「2ひきのわるいねずみのおはなし」(ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)です。(続く) 

まちねずみ3

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しばふって、いいな!

しばふj

 ロジャー・デュボアザンの新刊がこみやゆう訳ででました。といっても、原作は1960年。

「しばふって、いいな!」(レオーネ・アデルソン文 ロジャー・デュボアザン絵 こみやゆう訳 瑞雲舎)

≪いまから いうもの あててみて。ながいのもあれば、みじかいのも ある。おひさまに あたると きらきら かがやき、いつのまにやら おおきくなって、あまい かおりで ちくちくしてて、ざらっとしてたり、つるっとしえたり、ひんやりしてたり。・・・・≫で、始まるこの絵本は、草のイメージの緑を基調に、人の視点、草の合間の小さな生き物の視点を繰り返します。
そして、最後は
≪さあ、ほしくさのやまに のぼって あそぼう! ふわふわで、きもちが よくって たのしいよ!あぁ、くさが あるって、ほんとうに しあわせ!≫

 昔、60年も昔、家の周りには、原っぱというところがありました。草がぼうぼうにはえて、バッタもいたし、蝶々も飛んできていた。今、都市部で、宅地造成地ではなく、どれだけの原っぱがあるでしょう。・・・ない?
 走り回れる芝生のようなところが、整備されているにしても、日常生活から距離があって、子どもたちの身近とは言えないような気がします。また、芝生に入ってはいけません表示も少なくない・・・。
 単に、しゃがんだり、見つけたり、引っ張ったり、ちぎったり、隠れたり、隠したり…

☆写真は、干支のネズミ探し・・・いました、いました。≪せんたくものを かわかすなら、のびた くさのうえが いちばん。ねずみにとっても いちばんだよ。なぜってーーーーやなやつに みつからないからね。≫のページと、表紙しばふのうえで こどもたちが おどったりしている絵。

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うみやまがっせん

やまうみj
「うみやまがっせん」(上沢謙二原案 長谷川摂子文 大島英太郎絵 福音館)
 昨日に続き➡➡、この絵本も、引っ張り合い、力合わせのおはなしです。
 この絵本は、申年に紹介したいものの、申年には、もうこのブログもやってないので、今回です。
 先日紹介した恐竜絵本の大島英太郎➡➡の絵になる 昔話のような、現代風の展開のようなお話の絵本(福音館 こどものとも年中版出身)「うみやまがっせん」です。

おさるがつりざおをかついで、山から海へ。
まず、つれたのは、大きなたこ。
≪「おまえなんかにつられてたまるか。さあ、そのさおを こっちによこせ」たこは ぐーんと いとを ひっぱった。「やあやあ、さおを とられてたまるものか。かえせ、もどせ。おさるは おこって「やっせ わっせ」と ひっぱった。さあ、うみと やまとの ひっぱりっこが はじまった。 おさるは うみのほうへ ずるずるずる。「おーい、だれか きてくれ」・・・≫

 ということで、まずはうさぎ、すると、海の助っ人は鯛。次ぎ、山の助っ人はたぬき 、海はひらめ・・・・・と続き、「えんやさの よいやさ」「やっせ、わっせ」とやるものの、ひっぱりこはどっちも動かない状態に。そこへ、現れたのが、だれあろう?昨日の➡➡「いどにおちたぞうさん」や「おおきなかぶ」と同じように、小さい存在の・・・・

 言葉のリズムがよくて、楽しい。繰り返しでメンバーが増えていくのも、楽しい。 
 そして、最後に現れたものに、現代風のシャレを感じます。
 え?何が、最後か?って。
 ヒントは、一番最後の常套句。
≪ちょっきん ぱらりこ ぷう はなしは おしまい。≫

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いちばんちいさいネズミ

いどにおちたぞうさん10
 
 ネズミ年だから、ネズミの絵本と思ったら、意外と、多いのですよ。いえ、とても多いのです。

 が、とりあえず、猫もネズミも出てくる絵本から。
 まずは、「おおきなかぶ」(A.トルストイ文 内田 莉莎子訳 佐藤忠良画 福音館)
 しかも、一番小さいネズミの力が発揮されてこそのこの話。このブログだけでも、すでに何度か紹介しているので、
➡➡  ➡➡  ➡➡  ➡➡この話に似たもう一冊を、ここでは紹介します。

「もりのなか」「またもりへ」(エッツ作 まさきるりこ訳 福音館)のエッツが描いた「いどにおちたぞうさん」(マリー・ホール・エッツ たなべいすず訳 冨山房)

≪むかし、ちいさいぞうさんが、ものほしのつなを はなにまいて、さんぽしていました。ところが いどにおちて どうしても でられません。≫
 そこへ馬がやってきて、引っ張って助けようとしますが、助け出せません。すると、牛が、次に山羊が、その次には豚、小羊、犬と、続きますが、どうしても、助けられないところに、ネズミがやってきて・・・・

 みんなが力を出し、小さいネズミの力も加わって、「いどにおちたぞうさん」では、井戸に落ち象さんは助かるし、「おおきなかぶ」では、おじいさんが植えた甘い大きなかぶも抜けたのでした。

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じめんのうえと じめんのした

じめんj

(承前)
先日の「つちづくり にわづくり」(ケイト・メスナー文 クリストファー・サイラス・ニール絵 小梨直訳 福音館)➡➡でも、地面の上と地面の下の絵が描かれていましたが、この「じめんのうえと じめんのした」(アーマ・E・ウェーバー文・絵 藤枝澪子訳 岩波子どもの本)は、全編、地面と上と地面の下の科学を、明瞭に無駄なく伝えてくれます。(絵は、画家が描いたものではなく、この植物学博士が自ら描いているので、他の科学の絵本とは、ちょっと差がありますが・・・)

 この絵本は、本当に重要なことーーー生命の繋がりのことを、こんなに簡単な言葉で、表現するのです。
最後にこうあります。
≪にっこうに あたった しょくぶつだけが くうきと つちから えいようぶつを つくります。
たいようが どんなに かんかん てっても、どうぶつは くうきや つちから えいようを とることは できません。
どうぶつは、しょくぶつを たべたり しょくぶつを たべる どうぶつを たべたりして、えいようを とらなければなりません。
だから、じめんの うえに すむ どうぶつも じめんの したに すむ どうぶつも。しょくぶつの おかげで いきているのです。≫

おお、人(動物)が陸の上で食べてきたものは、植物を食べて来たものだった!と、この自明のことに、改めて納得然り。
そういえば、狂牛病というのがありました。家畜の骨や内臓を原料とした飼料を食べさせたのが原因の一つだったのでしたね。
自然界の摂理を、無視したら、あかんのです。

 さて、写真にも写っているかと思いますが、(キリンの足もと、右下)ミミズが、またちゃーんと描かれているのです。とてもとても、小さく・・・
先の「つちづくり にわづくり」➡➡にも、ミミズが描かれていたし、「どこかで だれかが ねむくなる」➡➡でも、大きくミミズが描かれていました。これらから、考えるに、土のことを描くには、やはりダーウィンのミミズの研究➡➡を リスペクトして描いているじゃないかと、推測するのです。

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満月をまって

満月j
(承前)
 「どこかで だれかが ねむくなる」(メアリー・リン・レイ詩 クリストファー・サイラス・ニール絵 こうのすゆきこ訳 福音館)➡➡の詩を書いたのは、メアリー・リン・レイですが、この人は、バーバラー・クーニー(1917~2000)の最後の作品「満月をまって」(1999年)の作者でもあります。

「満月をまって」(メアリー・リン・レイ文 バーバラ・クーニー絵 掛川恭子訳 あすなろ)

メアリー・リン・レイは、作家であり環境保護活動家であると、紹介にあります。絵本「どこかで だれかが ねむくなる」も、そんな視点を持っていたのかと、納得がいきます。
 
 そして、この絵本は、環境保護と人権問題についての視点も併せ持ち、絵本の形をとってはいるものの、赤ちゃんや幼児に向けた絵本ではありません。日本では、絵本と言えば、小さい子どものもの、あるいは、一部のお洒落なお姉さんのものと思われがちですが、内容の深い絵本は、小学校中学年以上の子どもたちにも楽しんでもらいたものです。この主人公の年齢は9歳ですから、およそ、それくらいの子どもが、対象の中心なのだと思っても、間違いではないと思います。

 さて、今から100年以上前、アメリカ北東部ニューヨーク州ハドソンからそれほど遠くない山あいの地方で、かごを作って生計をたてる人たちがいました。
 木の声を聴き、風の歌を聴くカゴつくり職人たち、丈夫で美しいかごを作る技術は、父から子へと伝えられていきます。

 バーバラ・クーニーの描く、深く、丁寧な世界とともに、全編、詩的な世界が広がります。自然の中でのシーンだけでなく、かごを編む作業をするシーンでさえも。
≪台所はうすぐらくて、しーんとしている。ときどき、とうさんが、口をひらく。ビッグ・ジョーや、クーンズさんのときもある。山の木がしてくれたはなしを、かわるがわる、くりかえしはなすのだ。   ぼくも、山の木の声をききたいとおもう。でも、よる、耳をすましても、ぼくにはなんにもきこえない。   まきがパチパチはねる。いすがきしむ。木のリボンがゆかをたたく。ビッグ・ジョーがいう。「きく耳があれば、きこえるよ。」・・・≫

9歳になった満月の夜、やっと、お父さんとかごを、ハドソンまで売りに行けた「ぼく」でした。(ここは、同じバーバラ・クーニーの「にぐるまひいて」(ドナルド・ホール文 バーバラ・クーニー絵 もきかずこ訳 ほるぷ)➡➡を思い出します。)

かごを売り、買い物をし、お母さんにハドソンの話をしようと考えている帰り道、ハドソンの人たちから、酷い言葉を浴びせられてしまいます。そして。。。。。

≪・・・夜になって、ストーブがしずかになり、いえもしずかになったとき、「おいで」と、風のよぶ声がきこえた。   ぼくはついていった。くぐって、でて、くぐって、でて、夜につつまれた枝を、くらい枝を、くぐって、でて、くぐって、でて。風がかごをあんでくれるんだ。半月のかすかなあかりのもとで、木の葉の1まい1まいが、ぼくにむかってあいさつをおくってくるようだった。
 あさ、木の枝がいえのかべをやさしくこすって、ぼくをおこしてくれた。「木が大きくなっていく」かあさんがいった「木のリボンがのびていく。いつまでたってもつかえるかごが、たくさんできるね」   ぼくにはもうわかっていた。・・・・・いつまでたってもつかえるかご。ぼくのつくるかごは、そういうかごだ。・・・・・≫

蛇足:::いつまでたってもつかえるかご・・・・使い捨てでなく、最後は、自然に戻ることのできる製品が、現代は、多くない・・・・ということを考えるだけでも、心が痛い。

☆写真下は、スイス シャトーデーの切り絵美術館、民俗博物館➡➡
  かご12

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どこかで だれかが ねむくなる

おやすみなさいj
(承前)
もう1冊 続けて、クリストファー・サイラス・ニール絵による絵本です。「どこかで だれかが ねむくなる」(メアリー・リン・レイ詩 クリストファー・サイラス・ニール絵 こうのすゆきこ訳 福音館)

 おやすみなさいの絵本で、一番好きなのは、「おやすみなさいおつきさま」(マーガレット・ワイズ・ブラウン文 クレメント・ハード絵 瀬田貞二訳 評論社)に変わりがありませんし、同じ、マーガレット・ワイズ・ブラウン文 による「おやすみなさいのほん」(ジャン・シャロー絵 石井桃子訳 福音館)も、静かに描かれた世界に引き込まれます。なんといっても、おやすみ おやすみと呪文のように繰り返す、マーガレット・ワイズ・ブラウンの文は、心に安寧を呼びます。また、この2冊が瀬田貞二訳や石井桃子訳ということも、日本の子どもたちにラッキーだったと思うのです。

 さて、「どこかで だれかが ねむくなる」ですが、この絵本自体が、自然の生きものたちにおやすみをいう絵本です。
 他の自然科学絵本の入門絵本ではないにしても、クリストファー・サイラス・ニールの絵は、メアリー・リン・レイ詩にあっているかと思います。また、期せずして、この絵本にも、今年の干支のネズミが描かれていて、楽しい。

≪どこかで はちが おやすみのしたく ばらの ベッドで よるを まつ
どこかで ビーバー こえだの ベッドを つくる
どこかで くまが まるきの べっどに もぐる きっと こんなふうに
どこかで チューチューねずみたち
ちちゅうに ベッドを かくし ホーホーふくろうに めくらまし・・・・≫

 加えて、かのミミズ➡➡も大きく描かれています。
≪・・・みみずも つちに ねむる≫

ちなみに、写真右に写る「おやすみなさいおつきさま」(マーガレット・ワイズ・ブラウン文 クレメント・ハード絵 瀬田貞二訳 評論社)の、暖炉の右手にもちゃんと、ネズミがおりますよ。≪おやすみ ねずみさん≫
(続く)

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ライフタイム

ライフj
(承前)
 「ライフタイムーーーいきものたちの一生と数字」(ローラ・M・シェーファー文 クリストファー・サイラス・ニール絵 福岡伸一訳 ポプラ社)
「ゆきのうえ ゆきのした」(ケイト・メスナー文, クリストファー・サイラス・ニール絵 小梨直訳 福音館) 「つちづくり にわづくり」(ケイト・メスナー文, クリストファー・サイラス・ニール絵 小梨直訳 福音館)の2冊の絵を描いたクリストファー・サイラス・ニールは、「ライフタイムーーーいきものたちの一生と数字」という絵本も描いています。奥行きのない軽いタッチの絵ですが、自然科学絵本の入り口に立つ子どもたちには、馴染みやすいものかもしれません。

そして、ここで、また、つながったのは、翻訳者が、絵本『ダーウィンの「種の起源」--はじめての進化論』(サビーナ・ラディヴァ作・絵 福岡伸一訳 岩波)の訳者;生物学者の福岡伸一ということです。➡➡ ⇒⇒

ま、数字というだけで、距離を置きたいカ・リ・リ・ロですが、この絵本は、1~1000まで、丁寧に示してくれます。
前書きにあたるページで作者のローラ・M・シェーファーは、言います。
≪この本にでてくるのは、いきものの一生を調べてわかったさまざまな「数字」です。それぞれのいきものの観察記録や平均寿命をもとに考えました。…≫

もちろん、登場するいきものたちの解説や「平均」という言葉の説明も、本の最後についています。

また、訳者あとがきでは、
 いきものの生き方には、大きくわけて二つのタイプがあるとし、上記写真に写るタツノオトシゴのようにたくさん子どもを産むタイプと、少ない数の子どもを作り、一人前になるまで外敵から守り、大切に育てるタイプだあるとしています。人間は、このうち、後者ですが、
≪人間は長生きですし、他のいきものの餌になてしまうこともありません。一見、幸せそうに見えますが、ちょっと増えすぎたせいで、環境問題や食料問題、エネルギーの問題などになやまされています。この本には人間のことはでてきません。でも人間もいきものです。ほかのいきものとつながっています。……≫

 この絵本がアメリカで出版されたのが2013年、翻訳されたのが2015年。今は2020年。(続く)

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つちづくり にわづくり

つちづくり
(承前)
昨日の「ゆきのうえ ゆきのした」(ケイト・メスナー文, クリストファー・サイラス・ニール絵 小梨直訳 福音館)➡➡ の 文ケイト・メスナーと絵のクリストファー・サイラス・ニールは別の絵本も一緒に手掛けています。

「つちづくり にわづくり」(ケイト・メスナー文 クリストファー・サイラス・ニール絵 小梨直訳 福音館)です。

土を作り、作物を育てるという絵本は、
「ソフィーのやさいばたけ」(ゲルダ・ミューラー作 ふしみみさを訳 BL出版)➡➡姉妹編の「ソフィーのくだものばたけ」(ゲルダ・ミュラー作 ふしみみさを訳BL出版)➡➡がありますね。また、もっと幼い子ども向きには「ピーレットのやさいづくりーちいさな こどものための やさいばたけのおはなし」(ウルリカ・ヴィドマーク文 イングリッド・ニイマン絵 高橋麻里子訳 岩波)➡➡ というのも可愛い絵本です。

さて、この「つちづくり にわづくり」のどこが気に入ったかというと、「わたしはみんなのおばあちゃん」(ジョナサン・トゥイート文 カレン・ルイス絵 真鍋真訳 岩波)のように➡➡、またもや「おばあちゃん」が、いい仕事で登場するのです。最後のほうでは、おじいちゃんも登場。ただ、おばあちゃんの絵が、ちょっと若作りなのが気にならないわけではありませんが…

話は、春から、夏、そして、秋、冬の庭での出来事です。おばあちゃんと孫が土づくりをしながら、土のこと、収穫のことを話し合うのです。
春の日差しがきらきら眠たげな雪を解かす頃、
≪「このしたは どうなっているの?」と、わたしはきく。「じめんのしたは おおいそがしよ。ミミズや むしたちが ほったり、かきまぜたりして、つちを ふかふかにしている。もう みんな せっせと はたらいているの」≫

≪「スープができたよ」と、おじいちゃんの こえがするころには、そらに あきの おつきさま。おにわでは、かれた とうもろこしのくきが かさかさとゆれ、かぜも ふゆの においがする。でも、ながかった なつ、おいしかった なつは、まだ あちこちに のこっている。テントウムシや マルハナバチ、ミミズや アリたちが、あなにもぐったり みをひそめたり・・・・じぃっとして・・・≫

ここにも、ミミズが出てきました。他にも、何度かミミズがトンネルをほったり、小さく丸まったりと、表現され、また、文になくても、土の絵の中にミミズが、何度も描かれています。
「ダーウィンとミミズの研究」(新妻昭夫文 杉田比呂美絵  福音館 )とも、つながる1冊です。➡➡

加えて、この作家、ケイト・メスナーと、絵を描いたクリストファー・サイラス・ニールについては、またまた、つながっていきます。まずは、絵を担当したクリストファー・サイラス・ニールから。(続く)

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ゆきのうえ ゆきのした

ゆきのしたj
 今日は、立春。本来なら、関西でも一番寒い季節。もちろん、雪も降らないし、凍りもしません。だんだん、雪を見たことのない、雪がちらつくのさえ知らない日本の子どもも増えていくでしょうね。

 「ゆきのうえ ゆきのした」(ケイト・メスナー文, クリストファー・サイラス・ニール絵 小梨直訳 福音館)は、リズムのあるお話とともに、小さい子どもにもわかりやすい科学的な知識も示してくれます。
 雪が積もるとき、動物たちはどこにいるのか。
 リスに、みみずく、うさぎに、カエル、ビーバー、キツネ、クマに、マルハナバチ・・・彼らとともに、登場しているのが、3種類のネズミ。トガリネズミ、シロアシネズミ、ハタネズミ、それに、名前の付けられていないネズミを合わせると、4回ネズミが登場します。

≪ゆきのしたでは、ちっちゃな トガリネズミが、こおりの はしらの あいだを するり。ひんやりとした コケだらけの トンネルのおくに きえる。≫

≪ゆきのしたでは、シロアシネズミたちが うとうと。とりのはねや どうぶつのけを あつめて つくった すのなかで、からだを まるめ、くっつきあっている。≫

≪ゆきのしたでは、こおった トンネルに かりかり つめを たてて、ハタネズミたちが なつのごちそうの のこりを さがしあるいている。≫

≪しげみから ふさふさしっぽの キツネが いっぴき。じめんに むけた みみを すまして・・・よーく・・・よーく きいてから・・・ぴょーん と ゆきに とびついたけれど、えものは どこだろう。まえあしで ゆきを ひっかくと でてきたのは ネズミ。こりこり かりかりと ゆきのしたから ちいさく きこえていた おとのぬし。≫

それで、科学の絵本の多くには、後書きのところに解説があるのですが、アカギツネの解説には、こうありました。
「アカギツネが好んで食べるのは、ハタネズミ、トガリネズミ、シロアシネズミなどのほんのちいさなほ乳類ですが、冬にこうした生きものたちを見つけるのはかんたんなことではありません。でもキツネはとても耳がいいので、雪のしたにいるネズミなどの音をききのがしません。ネズミのうごく音がすると、キツネは飛びかかります。ときには4本足ぜんぶをつかって、雪といっしょにネズミをおさえこみ、ほりだして食べます。」

科学知識を簡単に伝えるのは難しいのです。(続く) 

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