FC2ブログ
 

みんなみすべくきたすべく

オノマトペ

ベッドjjj
(承前)
ジェイムズ・ドーハーティ画の翻訳された絵本が3冊だったように、➡➡   ➡➡ 「おしろのばん人とガレスピー」(小宮由訳 大日本図書) ➡➡ の作者ベンジャミン・エルキンの翻訳された絵本も3冊。

「ねむれない おうさま」(ベンジャミン・エルキン ザ・キャビンカンパニー絵 こみやゆう訳 瑞雲舎)は、≪むかし、ひろい うみと たかいやまをいくつもこえたところに、カールおうという おうさま≫の話です。
≪このごろ、カールおうは、ちっとも ねむれません。ひとばんじゅう ベッドの中で、もぞもぞしたり、ふとんを けとばしたりしていました。≫

 そこで、お城の大臣たちは「周りがうるさいから眠れないんじゃないか」と話し合い、
ブルブルやかましい飛行機、ガタゴトさわがしい汽車 ブンブン飛ぶ蜂、、ザワザワなるはっぱを静めるものの、キーキーきすむドアに油をさし、カツカツ響く廊下にカーペットをひき、ブーブーせわしいくるまを止め、クチャクチャうっとうしいチョコレートをとりあげ、ザーザーなる川をせき止め、ピーピーさえずることりを巣から追い出し、チクタクつぶやく時計を止め、ガラガラくずれる積み木を取り上げ・・・・

 が、カール王は、眠れません。
 そのとき、聞こえてきたのは・・・・
 で、カール王は眠るのでしたが、はてさて、カール王というのは?ヒントは、今日の写真。(スイス シャトーデー 「切り紙博物館」)

 このオノマトペ(擬音語 擬態語)を楽しむお話「ねむれないうさま」は、絵本でなく、お話を聴くだけでも楽しめるのではないかと思います。(続く)

PageTop

おしろのばん人とガレスピー

マウス一家3
(承前)
 もう1冊翻訳された、ドーハーティの絵になる絵本(幼年童話)があります。文は、ベンジャミン・エルキンで、翻訳は小宮由 「おしろのばん人とガレスピー」(大日本図書)です。

 らいおんこそ出てきませんが、「アンディとらいおん」(福音館)➡➡や「マウスさん一家とライオン」(ロクリン社)」➡➡のように、生き生きと動く登場人物たちが楽しい一冊です。

 遠い遠いある国に、世界中の誰よりも目がいい三人の兄弟が居て、3人は、お城の番人になりました。王様は、この三人をだませたものには、ダイヤモンドのあしらわれた金メダルを贈る・・・ということで、みんないろんな変装をしてお城に入ろうとしますが、だれ一人できません。そんなとき、えらそうに笑わなくなった3人の番人をだましてやろうと、ガレスピーのしたことは・・・・

 写真は、≪どんなにすごい人でも、だまされないことなんて きっとないんだし、だったら、いつもわらってくらすほうが よっぽどいいとおもった≫3人の番人と、3人をだませてダイヤモンドのあしらわれた金のメダルを胸に下げたガレスピーと、ガレスピーといつも一緒の犬、そして王様が楽しそうにしている最後のページを広げています。

 さて、作者のベンジャミン・エルキンは別の王様の出てくるお話も書いていました。(続く)

PageTop

アンディとライオン

マウス一家4
(承前)
 ジェームズ・ドーハーティの翻訳されている絵本で、文も絵もドーハティなのは、さきの「マウスさん一家とライオン」(安藤紀子訳 ロクリン社)➡➡とこの「アンディとライオン」(村岡花子訳 福音館)です。この絵本については、以前ここでも書いています。➡➡

 「アンディとらいおん」は村岡花子に翻訳されたのが1961年(原作は1938年)という、ロングセラーの1冊です。いわゆるカラフルな絵本ではありませんが、らいおんの本を借りてきて読みふけったアンディが、本当にらいおんと出会うシーンは、生き生きと楽しい。そして、らいおんのとげを抜いてあげたアンディは、らいおんとともだちに。その後、サーカスに戻った らいおんとアンディは再会。旧交を温め、町の行列の先頭を誇らしげに歩くアンディ、うれしそうならいおん・・・という絵本です。

 らいおんとアンディが再会を喜び合って、抱き合って喜んでいるシーンは、見ているこちらも嬉しくなります。特に、昨今、近づいてコミュニケーションしてはいけないというルールがありますから、たとえ、日本人でも、たとえ、日頃ハグの習慣などなくても、このシーンは、喜びの表現として素直に伝わってきます。
 
 ところで、大学などの授業のうち、対面授業を始めたところもあり、久しぶりに再開したときは、学生同士、ハグせんばかりの勢いで、再会の喜びを表現していました。教員としては、「密」はだめなのに・・・と、ぶつぶつ思っていたものの、先日、課題を忘れた、なくしたという学生に、最後通告を出したその授業の終了時、「せんせい、ありました。こんなとこに!」と、妙に折りたたんだそれをもって来た彼女と、思わず「やったね!」とハグしそうに・・・「いかんいかん」と言いながら、マスクの下で、にっこり。よかった・・・これで、全員の提出がそろった。(続く)

☆写真は、「アンディとらいおん」のいわゆる献辞のページ(右)絵本の左に貼ったのは、ニューヨーク図書館のライオンの写真(1999年4月撮影:&Co.T)。ニューヨーク図書館のライオンについては、これまでも書いています。➡➡  ➡➡

PageTop

すきにならずには いられなくなるよ

マウス一家1
マウスさん一家とライオン(ジェイムズ・ドーハーティ作 安藤紀子訳 ロクリン社)

「アンディとライオン」の作者ジェイムズ・ドーハーティの絵本です。版が小さいので、読み物の本かと思いがちですが、絵が多く、文字数もそれ程多くないので、「アンディとライオン」(村岡花子訳 福音館)が楽しめる子どもなら、同じく楽しめます。

 話は「イソップ」のライオンとネズミの話を下敷きにしています。ネズミのピンチを助けたお礼に、ライオンのピンチをネズミが助けるというもの。ただ、ちょっと時代とお国柄を思うのは、ライオンが助かったとき、≪おごそかに国家や賛歌を斉唱しました。≫とある箇所。(1958年作のアメリカ合衆国の作品)
 
 陽気なマウス一家は家族仲良く楽しそうです。
 ライオンも≪「あんなたのしそうな家族には、このところ ずっとあったことがなかったなあ」と、声にだしていい、それから、にこにこしはじめました。ライオンは、だれもみていないところでは、こうして わらうことがあるのです。≫と、優しい気持ちになります。

 この絵本の初めは、人の服を着たマウス一家のたのしそうな様子が、かなりデフォルメされたタッチで描かれてはいるものの、「アンディとライオン」同様、動きのある生き生きと描かれています。そして、ライオンが登場したところから、ああ、「アンディとライオン」の、あのライオンじゃないの?元気だったのね。

 そして、イソップを下敷きにしているものですから、一言あります。
≪「ライオンは ひどくいばるくさって、いやなやつに みえていたけど、しりあってしまえば、ほかのやつらと、ちっともかわらないようだな。すきにならずには いられなくなるよ。」≫

 今、ここを読むと、かの国は、このスピリットがいまだに浸透していなかった現実を考えます。
 ほかのやつらと、ちっともかわらないようだな。すきにならずには いられなくなるよ。(続く)

PageTop

タントニーのブタ

   アントニーj
(承前)
 上の写真は、スイス ロカルノのマドンナ・デル・サッソ教会➡➡で撮った聖アントニーの像の写真です。「黒い兄弟ージョルジョの長い旅」(リザ・テツナー作 酒寄進一訳 福武書店)の足取りをたどって行った教会でした、

 そんなスイス、イタリア語圏の小さな像と、「タントニーのブタ」の話がつながるのですよ。
 
小さすぎるブタのトコは、他のブタのように検査も通らず、聖アントニー施療院のペットになります。
 トコは、それまで、人からひどい仕打ちをうけていたものの、聖アントニーさまのブタになった以上、人は優しく接してくれるようになりました。
≪トコは、いままで人間からひどくされていたことを忘れ、安心し始めた。すべての生きものが、恐れる必要がないとわかれば、いずれはそうなるように。≫

 中でも、≪失せ物を探し出してくれるという聖アントニーさま≫に、なくした人形を探してくれるようお願いに来ていたベッシー・ポニーちゃんは、トコと仲良しに。
 そして、ベーコンになる運命から遠ざかっていたトコも、みんなに可愛がられて、肉付きのいい体に。それでは、困るということで、トコ自身が、元の身体に戻してほしいと聖アントニーにお願いに行くと、絵の中の聖アントニーがいいます。

≪「あなたは、ベッシー・ポニーのお人形を見つけることができませんでした。だから、やっぱり、わたしのすがたも、とりもどせないんでございますね。」と、トコはいった。「何をつまらんことを!」と、聖アントニーはいった。「もちろん、おまえのすがたをとりもどしてやれるさ。やろうと思えば。もっとも、わたしは、パデュアの聖アントニーではないが。」 「だれですって?」トコは聞いた。「もう一人の聖アントニーだ。その方が、失せ物を見つけてくださる聖人なのだ。」 「アントニーさまが、ふたりおいでになるので?」 「ああ、もちろんじゃよ、おまえ。だが、ばかどもは、わたしたちをとりちがえる。わたしのつとめは、おまえのような子ブタを守ることだ。ベッシー・ポニーの人形のような失せ物を見つけるのは、あの方だ。・・・・」≫

・・・というわけで、動物たちの守護者と言われている聖アントニーと、失せ物探しのパデュアの聖アントニーが存在することを、皮肉りながら、人形が見つかり、トコは板のように痩せたままでした。

≪タントニーのブタ!タントニーのブタ!
おまえが市場にきたときは、一文のねうちもなかったさ。
やさしく、かしこい
アントニーさまだけが、タントニーのブタの心をご存じだった。≫

・・・ということで、写真は銘板にパデュアの聖アントニーとあるので、失せ物を探してくださる方のよう。

PageTop

ヒナギク野のマーティン・ピピン

ライ3
(承前)
「ヒナギク野のマーティン・ピピン」(E.ファージョン文  イザベル&ジョン・モートン=セイル絵 石井桃子訳 岩波)
 これまで、面白おかしかった「ライの町の人魚」でさえも、ちょっとしたメッセージが入っていたことに気づいてみて➡➡、この「ヒナギク野のマーティン・ピピン」の中のお話の寓話性にも着目してみました。

 この本のあとがきで石井桃子が、「ナンセンスと寓話のいりまじったようなもので、他の六つのお話とは、あまり調子がかけはなれ、なぜ、この本にこういうものが、長々とはいってこなければならなかったかを、ふしぎに思います。」と評価しなかった「ニコデマスおじさんとジェイキン坊や」でさえも、今のカ・リ・リ・ロには、結構面白く読めました。確かに全体としては長々と教訓て臭く、蛇足のような位置づけではありますが、一つ一つのお話はとても短く、この短さで、大事なことを伝えようとしたファージョンの老婆心がちょっと楽しく思えました。「ヒナギク野のマーティン・ピピン」(1937年)はその姉妹版である「リンゴ畑のマーティン・ピピン」(1921年)から、15年以上も経ってできた本だと考えると、ファージョン(1881年~1965年)がまだ伝え足らないことを書いたとも考えられます。カ・リ・リ・ロが、気に入ったのはイタリア人が話した「自分で選んだ重荷は軽い」の話。

 そしてまた、かつて読んだときには、「エルシー・ピドック夢で縄とびをする」や「ウィルミントンの背高男」ほど楽しくなかった「タントニーのブタ」のナンセンスな筋運びも、ちょっと深いところに触れているのかとわかると、やっぱり面白く楽しめました。(続く)

*「ヒナギク野のマーティン・ピピン」は、6つのお話とそれをつなぐ前奏曲、第一~第五間奏曲、後奏曲などで構成されています。
6つのお話は、「トム・コブルーとウーニー」「エルシー・ピドック夢で縄とびをする」「タントニーのブタ」「セルシー・ビルのお話」「ウィルミントンの背高男」「ライの町の人魚」 そのあと、「洗たく物かごのなかの赤んぼう」「ニコデマスおじさんとジェンキン坊やがちえをさがしにゆく」(続く)

☆写真は、英国ルイスの町 ルイス城から、ケーバーン山(「エルシー・ピドック夢で縄とびをする」の舞台)を望む。右端に白亜が見えますが、海には面していません。ケーバーン山自体が主に白亜層でなっています。それゆえ、樹木が少なく、こういう丘(丘陵)をダウンといいます。(撮影:&Co.Ak)

PageTop

ライのマーメイドイン

ライ
(承前)
 なにゆえ、ライに行ったかは、以前、書き➡➡⇒⇒他でも書いているので、「ライの町の人魚」のお話の出ている「ヒナギク野のマーティン・ピピン」(ファージョン文 イズベル&ジョン・モートン=セイル挿絵 石井桃子・訳 岩波書店)のこと。
 何しろ、30年近く前、友人とイギリスに行ったのは、ファージョン探訪だったし、湖水地方のポター、ランサム探訪でした。そのあとは、サトクリフ探訪、ディケンズ探訪(少し)も加わって、果たして、何回イギリスに行ったか・・・ただ、子育て真っただ中の頃でしたから、多くは3泊か4泊の旅でした。
 
 さて、あの頃は、「ライの町の人魚」の話が興味深く、しかもその名前を冠したホテルがあるという楽しさに夢中でした、今回「ヒナギク野のマーティン・ピピン」全体を読み返すと、他の話にも、以前とは違った視点も生まれて、新鮮な気分で読み返していました。

 「ライの町の人魚」は、ライという海に面し、しかも海岸は、砂地でなく湿地近くの海で暮らす、人魚がウィンチェル嬢が、人の暮らす丘の上の町ライの生活に入っていくというお話です。アンデルセンの人形姫とちょっと似ています。が、大きく違うのは、ハッピーエンドなのです。
 言葉は、田舎言葉で、世間知らず(人の世界知らず)のウィンチェル嬢が、アンデルセンの人魚姫のように、声(言葉)と足(人魚の身体)を交換して、丘に上がるという結末ではなく、何も失うことなく、ライの「マーメイド旅館」で≪男たちを、老いも若きも、うっとりさせるために出かけ≫≪そのとおりのことをやり、今もやってる。≫のです。そして、≪いままでにこの世に生まれた人魚のなかで、ライの町の人魚ほど、その名を知られている人魚はいない。…ウィンチェル嬢は、まったく「天才」だったのだ。≫で、終わります。

 アンデルセンの人魚姫が、つらい思いをして、丘に上がり、悲恋に終わるのと違い、ウィンチェル嬢は、人魚のままで丘に上がります。
≪「もう出かける時間だ。」とセップがいった。「あたし、だいていっていただかなくちゃならないわ。」と、P・ウィンチェル嬢はいった。「あたし、あるけないんだから。」ウィンチェル嬢は、波うちぎわまで、ぱちゃぱちゃはっていって、それからあとは、セプティシマスが嬢をかかえていった。≫
 
 足があろうがなかろうが、田舎言葉であろうがなかろうが、洗練されていようがそうでなかろうが、向上心があり、コミュニケートすることを大事にする人(人魚)であれば、未来は明るい・・・・・

 昔この話を楽しんだときは、明るい気楽なお話の一つとして読んでいたのですが、軽く、単純なように見せて、実は、人生を励ますお話でもあったのが、やっとわかった次第。(続く)

☆写真は、ライのマーメイドイン(人魚亭)の廊下。(撮影:&CO.Ak)

PageTop

地図を見る

ケルト5

(承前)(***この文章を書いていたのは、コロナ自粛真っただ中の頃です。)
 ゆっくり本を読む時間や調べる時間が増えた昨今。図書館や書店が休みでも、自分の本棚の前に立つだけで、読み返したい本の多いこと。くらくらします。
 読書の連鎖は、とどまることを知らず、この度は、サトクリフからファージョンにつながるという嬉しい結果。

 ・・・・と、その前に、やっぱり地図(ROMAN BRITAIN)も見ておかねば…
「ケルトとローマの息子」➡➡の物語の後半の舞台となったロムニー・マーシュ(下の海岸線の緑の印)は、干拓してできた土地、いわば、海岸であり低地であったところとも言えます。だから、歴代、いろんな民族の侵入の場面となる場所です。この地のHPには、ローマ、アングロサクソン、バイキング、ノルマン、スペイン、フランス・・・からの侵略の入り口として、地図や絵などを公開し、その歴史を見ることができます。また、第二次世界大戦時のドイツ軍侵略の計画図ともいえるものも掲載されています。(1940年)それは、この海岸線のほかは、侵入しにくかった場所だとも言えます。

上記地図の右から二つ目の印がドーバーで、ここは大きくは白亜の崖があります。上から見張ることができますし、絶壁です。(もちろん大きな港もありますが)
ドーバー15

また、緑の印の左隣のオレンジの印は、ライで、入江とはいえ、沼地が続き、離れて高台になっています。
この左隣のオレンジの印はヘイスティングスで、白亜の崖も沼地もありませんから、やはり、侵入しやすかったと見え、近くの小高い丘でいわゆるヘイスティングスの戦い(1066年ノルマンディー公ギヨーム2世とイングランド王ハロルド2世)がありました。その隣のオレンジの印はイーストボーンですが、ここから船に乗って、西方向海岸線は、かのセブンシスターズといわれる美しい白亜の崖で、やはり絶壁。
セブン14

 ということで、この大陸と近いドーバー海峡に、面した海岸線のうち、侵入者が狙いやすかった地の一つが、ロムニーマーシュ➡➡だったとわかります。

  蛇足ながら、サトクリフファンなら、ああ、とため息がでそうな海岸線の町の一つ。一番右端のオレンジの印は、ルトピエ(リッチボロー)「ともしびをかかげて」猪熊葉子訳 岩波)そして、もう一つ、一番左端の町、アランデル➡➡。ここはちょっと内陸のように見えますが、当時は、もっと海岸線寄りだったように描かれています。(「運命の騎士」猪熊葉子訳 岩波)
 おまけに、地図の上部、緑の印はロンドニュウム(ロンドン)です。他にも内陸部でサトクリフ関連の地名をたくさん見つけるのは、今や老後の楽しみになりました。とはいえ、老眼には厳しいなぁ・・・(続く)

☆写真の地図は「ROMAN BRITAIN」 MAPです。ドーバーの写真撮影&Co.I.。 セブンシスターズの写真撮影&Co.Ak。

PageTop

ロムニー

アランデルj
(承前)
 サトクリフの多くの作品に共通するのは、主人公の少年・青年の成長ということと、それを支える友情や信頼や尊敬…一人では乗り越えられなかったかもしれないことの後ろ、あるいは横にいる人の存在です。時には、その風景や花、鳥、そして、犬も大きな役割を持って登場しますが、やっぱり、主人公に寄り添う人の魅力が大きいのも、作品の特徴なのだと思います。

 「ケルトとローマの息子」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)の主人公ベリックが部族から出て、ローマの奴隷になり、そこで出会う人の一人に、ローマの首席百人隊長ユスティニウスが居ます。
 ≪軍団の首席百人隊長であり、ローマ帝国の辺境の地に道路を建設したり、湿原の干拓をしたりした、その功績が有名な男だ。だが壁の前に立っているベリックの注意を引いたのは、その男の名声ではなく、彼の身にそなわっているなにかだった。実際、その男はだれといても目立った。がっしりして胸板が厚く、いかつい肩をしている。立ったところを見ると、奇妙なほど腕が長い。浅黒く引きしまった顔に、大きなワシ鼻。ひたいの中央にミトラの印をつけているが、その下でつながりそうな黒い眉は、砂漠のアラブ人を思わせた。だが手に持った酒杯から目を上げると、その目の色は意外にも、太陽の国の黒ではなく、澄んだ灰色をしていた。冷たい北の海の色だ。ときとして非情になることはあっても、けっして卑劣にはならない男の目だった。ああいう男に仕えることができたらいい。「あの男の奴隷ならよかった!」ベリックは思った。「あの男の奴隷ならよかったのに!」≫

 この首席百人隊長ユスティニウスは、自分を根っからの「土木技師」といい、再度、北へ(ブリテン)湿原の干拓に戻ります。それを最後の仕事として完成させたいという思いをもって、また、そこに蘇りつつある農場での生活のために。

 その干拓した土地というのが、今のロムニーマーシュという土地です。Romny 、つまりローマです。
 そして、ローマが作ったのが「リーの防壁」(Rhee Wall)。ただWallを壁と訳したいところですが、土手とか堤防と訳してみると、現在の水路と土手のような場所のイメージができるかと思います。
≪湿原の南橋にあるマーシュ島は、島といっても土地がまわりより二、三フィート盛り上がっただけの場所にすぎない。ほんの1マイルほどの島だが、「リーの防壁」と呼ばれる大堤防がここを守っている。さらにレマニス港の下手の北の水門から続いている砂利の堤も、この島の海岸線沿いを通っている。…≫

今、この辺りは牧草地になっていて、上質の羊毛でも有名なようです。が、このような土地は、現代の地球温暖化で様々な影響があるのではないかと、危惧します。実際、温暖化とは程遠かったローマンブリテンの時代も、三日三晩続く大嵐と戦うというのが、物語りのクライマックスとなるのです。

そして、この辺りのことを、地図で見、WEBの映像で見ましたら、おお、昔、訪ねたライの隣町ではないかですか?そうそう、あそこも、向こうに海が見えるものの、そこに行きつくまでは、沼のような湿地だった・・・なぜ、ライに行ったか?それは、以前にも書きましたが・・・➡➡(続く)

☆写真は、ロムニーではなく、英国 アランデル城から、イギリス海峡を見る。ロムニーは、この海岸線をずっと東方向、ドーバー海峡に近いところ。(撮影:&Co.I)

PageTop

ケルトとローマの息子

ケルト2
 ペスト禍を扱った作品➡➡  ➡➡  ➡➡ を、次々読んでいったのですが、シュティフター➡➡だけでなく、サトクリフにも疫病が関係する話があります。シュティフターもサトクリフも、大人も若年層も楽しめるという点では共通していると思います。

 「ケルトとローマの息子」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)
 この本では、他のペスト禍(疫病)とちがって、その話題を大きく取り扱っているわけではありません。ケルトの部族に助けられ育てられたローマの少年が、疫病神扱いされ、部族を出ていき、その後、ローマに奴隷となって、渡り、過酷な日々の後、またブリテンに戻り…という話ですから、疫病が、話のきっかけにはなっていますが、疫病自体を取り扱っているわけではありません。また、疫病と大きなくくりで書かれ、ペストやコレラ、スペイン風邪などと言わないのは、時代がローマンブリテン(西暦紀元頃~5世紀)だからです。

≪・・・作物は枯れ、羊は死んだ。獲物はとれず、そしてこの疫病だ。…一族にさらなる災いが降りかからぬうちに、こいつを追放せねばなるまい。そうでなければ、取り返しがつかぬことが起きるだろう。そう、追放だ。・・・・われらが問題にしているのは、彼がなにをしたかではない。彼がなんであるか、だ。彼に流れている血が、われらの神を怒られせているのだ。・・・≫

この血筋というアイデンティティーの問題は、サトクリフの多くの作品の底に流れるものです。この現代においても、疫病の出自にこだわり、そこを突き詰めたら、この災いが軽減するかのように思い込む輩がいるのですから、ローマンブリテンとしては、よくある話だったと思います。

 サトクリフの他のローマンブリテン4部作(猪熊葉子訳 岩波)に比べると、追放された少年ベリックの過酷すぎる運命や、登場人物が多く、人物構成が複雑だと感じるかもしれないものの、物語りの最後は、サトクリフの多くの作品同様、向こうに光が・・・・という結末が待っています。(続く)

「ケルトとローマの息子」(1955年)
ローマンブリテン4部作:(岩波)
「第九軍団のワシ」(1954年)
「銀の枝」(1957年)
「ともしびをかかげて」(1959年)
「辺境のオオカミ」(1980年)
☆写真は、英国 オックスフォード近郊

PageTop