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みんなみすべくきたすべく

妖精のキャラバン

キャラバン2
(承前)
「妖精のキャラバン」(ビアトリクス・ポター作 久野暁子訳 福音館)
写真左に写る挿絵は、毛が長くなりすぎたてんじくねずみのタッペニーの前で、やまねのシャリファが、オークの木の妖精の話をするところです。
≪・・・妖精っていうのは怒りっぽいものでね。オークの木の妖精は怒って悪さをした時もあったわ。この苔の上にお座りなさいよ、タッペニー。ベリンダもお客さまも。すてきなお話だから、できるだけすてきに話してみるわ。・・・≫

そこで、「妖精のキャラバン」の最終章は、やまねのシャリファが話す「オークの木の妖精」です。
≪英国のオークには、どことなくいかめしい、堂々とした気品があります。古代のブリトン人はオークを神様の木だと考えていました。それより後の時代のサクソン人は、オークを聖職者ドルイドの木として尊敬していました。ウィリアム征服王は国全体を調べて、『土地台帳』を作らせたことがあります。まだ地図がなかった時代でしたので、目印になるものをたくさん書き込みました。ハートフォードシャーのオークの木も、目印として『土地台帳』に書き込まれていました。これからお話するオークの木は・・・・≫

≪・・・とても大きな木を切り倒す作業は、本当に残酷です。斧が鈍い音をたてて振りおろされるたびに、木の奥深くに住んでいる緑色の妖精も痛がって苦しむのです。・・・・≫

 「オークの木の妖精」の話は、ポターが、伝えたかったと思われる大事なことの詰まった話です。この話から、「英国貴族、領地を野生に戻す」(イザベラ・トゥリー著 三木直子訳 築地書館)に、ちょっと寄り道してみます。(続く)

 加えて、蛇足ながら、この「妖精のキャラバン」で難点なのは、本当にたくさん登場する小動物たちに、みんな、しっかりとした名前が付けられていて、カタカナの名前が、なかなか覚えられない。途中から、ノートに控えていきましたが、この本が翻訳出版された2000年から20年経っている今となっては詮無いこと。あーあ・・・

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くつです!

ゴブリンj
 (承前)
「妖精のキャラバン」(ビアトリクス・ポター 文・絵 久野暁子訳 福音館)➡➡には、やまねや他の動物たちが話す、短いお話が、いくつか挿話されています。中には、センダック絵、ミナリック文「おじいちゃんとおばあちゃん」(松岡享子訳 福音館)の中の「こびとのゴブリン」の話を、ちょっと思い出す短いお話も入っています。
 「こびとのゴブリン」のことは、以前にも書きましたが➡➡、ともかく、うちの子どもたちのお気に入りの話でした。とくに、小人のゴブリンの後ろから ピッタ パッタ ピッタ パッタ ピッタ パッタとあとをつけてくるのが、靴だとわかった瞬間、息をひそめて聞いていた子どもたちがほっと息をしたのを覚えています。写真下側に写る「くつです。」(センダック絵)のページ。

 それで、ポターの「妖精のキャラバン」に入っているのは、ごわごわの黄色い毛のテリア、小さい皮のエプロンをつけた鍛冶屋のメトルが、話すヒーリス奥様の木靴の話です。(ヒーリス奥様というのは、ポターのことで、控えめに登場)
 小人のゴブリンの靴は、びっくりして脱げてしまって、持ち主のゴブリンのところに戻る、小さい子向きのお話でしたが、こちら「妖精のキャラバン」は、お話も少し長く、ファンタジックな世界が広がります。

 写真上側の絵(ビアトリクス・ポター絵)は、≪右のくつはすとんと下に落っこちた。地面で一回跳ねあがってから、今来た道をかけもどり、走って、走って、ジョシィ・キャンベルじいさんの傘のところまで戻った。すると、傘はひとつお辞儀して溝から出てきた。お弁当箱もちょこんとおじぎをした。くつはとび跳ねた。それから三人して道を走り始めた。≫のページ。
 それで、三人の行ったのが、大きな森の真ん中あたり。
≪どんどん道をたどって、藪の中をくねくね曲がって行くと、ずっと先の方に明かりが見えたんだ。銀色っぽい光で、月明かりがさしこんでいるみたいだったけれど、月ではなかった。空からさしこんでいるんじゃなくて、地面から湧きあがって上に向かって照らしているんだ。明るい場所は炭焼き場の床みたいに平らで、月光を浴びた湖のようだった。そして、その輝く床の上ではダンスパーティの最中だった。・・・・≫

 そこには、ありとあらゆる靴が集まっていて、一番華やかなガラスの靴と踊るのは騎士のブーツ、猫の長靴とカラバ侯爵夫人の靴は別のスッテプを踏み、赤い靴、切れ込みの入った布製の靴、モリスダンスを踊るつま先の長い鈴付きの靴、留め金のついた靴、かかとの高い靴、長靴に編み上げた靴、一緒にジグを踊るパンプスとサテンのサンダル・・・・(続く)

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てんじくねずみのタッペニー

キャラバン1
(承前)
 ピーター・ラビットシリーズ➡➡ ⇒⇒のような小型絵本ではなく、お話も長い挿絵本「妖精のキャラバン」(ビアトリクス・ポター文・絵 久野暁子訳 福音館)にも、たくさんのネズミさんが出てきます。
  毛が伸びすぎたてんじくねずみのタッペニーが主人公です。ネズミ年ということで探した普通のネズミの本が余りに多く、同じネズミ目とはいえ、ヤマアラシ亜目のてんじくねずみさんは後回しにしようとしていたら、「ピーター・ラビットの野帳  フィールドノート」(ビアトリクス・ポター絵 アイリーン・ジェイ  メアリー・ノーブル  アン・スチーブンソン・ホッブス 文  塩野米松訳  福音館)➡➡にもポターの描いたキノコのスケッチなどと一緒に掲載されているので(上記:写真左)、やっぱりこの際、楽しんでみました。

 てんじくねずみといっても、毛が短いのと、毛の長いアビシニアンが、グリーンジンジャーの国のマーマーレードという町に住んでいました。毛の長いアビシニアンの頬ひげに、毛が短いてんじくねずみは憧れています。で、少々、胡散臭い美容研究家が毛が伸びるという新しい特効薬を売り出すと、毛の短いてんじくねずみたちは、歯痛としもやけで悩まされ、短い毛さえも大して生えず、断る勇気もないタッペニーに,一瓶全部、注ぎかけてしまったのです・・・・
 で、毛むくじゃらになってしまったタッペニーは町を逃げ出し、牧草地へと。
 そこで出会ったのが、キャンプをしている奇妙な一行でした。四輪馬車の幌には「アレクサンダー・ウィリアム・サーカス」、幌の反対側には「コビトゾウ!芸をするぶた!ソールズベリーのやまね!本物の毛長いたち!」とありました。
 その一行は、傷心のタッペニーに優しく接し、タッペニーは仲間に入ることに。
「一緒に来るかい、タッペニー。楽しいし、こしょうの実も氷砂糖も、君の分け前をあげるよ。一緒に来て、サーカスの仲間にお入りよ。」みんなが口々に声を上げました。そして、黒ぶたのパディは言います。「今日ここで会えたのは運が良かったね。・・・・」

 この部分、ちょっといいでしょう?仲間に入れてもらう・・・仲間になる・・・子どもたちが、求めていることです。

 そして、サーカスはいろんな場所に行き、いろんな小動物たちと出会い、いろんな話を聞くのです。そんな中、上記写真左にあるサルノコシカケの左の暗い影に潜んでいるのが、当初、タッペニーに優しい言葉をかけた黒豚のパディです。

 行方不明になったパディは、トード・ストゥール Toadstool (Toad:カエル Stool:こしかけ)を食べ、何かにとりつかれたようなのでした。(トード・ストゥール Toadstoolは、毒キノコ一般をさすようです。)ところが、パディが隠れている「ピーター・ラビットの野帳  フィールドノート」の絵のキャプションには、サルノコシカケ Bracket fungiとなっています。調べてみると、さるのこしかけ Bracket fungi (Bracket 張り出し棚 fungi 菌類の複数形)の類は、毒のものはほとんどないとありましたから、毒キノコを食べて、精神状態も混乱をきたしているパディが、逃げ込んだ安全な場所を意味するのが、サルノコシカケだったといえるかもしれません。(続く)

☆写真右 黒豚パディが偽物の鼻をつけ、コビトゾウに扮しています。その頭の上に毛むくじゃらのテンジクネズミのタッペニー 

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永久の平和が存在する場所は、自然をおいて他にはありません。

ダッチェスj
「ピーター・ラビットの野帳  フィールドノート」(ビアトリクス・ポター絵 アイリーン・ジェイ  メアリー・ノーブル  アン・スチーブンソン・ホッブス 文  塩野米松訳  福音館)

(承前)
 ビアトリクス・ポターが、キノコの研究とスケッチを続けているときに、一番、心を許したのが、郵便配達夫のチャーリー(チャールズ・マッキントッシュ)でしたが、彼は、ビアトリクスが子どもの頃から夏過ごす家に郵便を配達してくれていた人でした。

 ビアトリクスの日記に、こうあります。
≪鋲のついた半長靴をはいたチャーリーが大股で歩いた後をたどりながっら、水たまりから水たまりへと跳ねてついていくのは、私の楽しみな遊びの一つだった。数学の得意な人ならば、彼が何千マイル歩いたかを計算できたかもしれないが、私には考えも及ばぬことであった。彼の後任の郵便配達夫は、三輪車を持っていたので、足を痛くすることはなっくなったかもしれないが、近代生活や便利な機械というものは、個性とか自然誌研究には縁のないものだ。スコットランドの田舎の郵便配達夫といえば、ほとんど、例外なく何らかの学問に優れている。たぶん、それは長時間にわたる孤独な思索と観察がもたらした結果なのだろう。≫

鋭い指摘です。思索と観察・・・これは、ポター自身が身につけていたものですが、郵便配達夫のチャーリー、のちパースシャーのナチュラリストと呼ばれたチャールズ・マッキントッシュの姿を見ていたのです。同じように、郵便配達夫で思い出す人がいます。宮殿を建てたシュヴァルです。  ➡➡

閑話休題。
ともかく、その論考を共に歩んだのが、当時の英国階級社会では、学問から遠かった郵便配達夫の男性だったところが興味深いことです。そして、下手な専門家や学者より、彼に師事したポターは、彼の死後、こう書きます。
≪50年前、チャーリーは鋭い観察眼を備えた、第一級のフィールドナチュラリストでした。そして、一生の間、学び続ける研究者でもありました。その名前と業績が、生まれ育った土地に記され、称えられることは、彼にとってもっともふさわしいことです。永久の平和が存在する場所は、自然をおいて他にはありません。もし、後世の人々が、老いも若きも、チャーリー・マッキントッシュのように自然を学んでくれたら、素晴らしいことだと思います。≫

☆写真は、『パイがふたつあったおはなし』(石井桃子訳 福音館)犬のダッチェスさんに手紙を届けた郵便配達夫が後ろに描かれていますが、チャーリーでしょうか・・・

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ピーター・ラビットの野帳

きのこj
(承前)
 この際、ビアトリクス・ポターのネズミの絵本だけでなく、もっと、角度を変えても、ポターを見てみたいと思います。
ピーター・ラビットシリーズとは、趣を異にする「ピーター・ラビットの野帳  フィールドノート」(ビアトリクス・ポター絵 アイリーン・ジェイ  メアリー・ノーブル  アン・スチーブンソン・ホッブス 文  塩野米松訳  福音館)は、ポターの自然環境保護のルーツや、彼女が描いた菌類の絵と共に、絵本から見たポターと、一味違う彼女の才能に、驚かされます。

 芸術に秀でる人は、優れた五感を持っていると思いますが、彼女は、人並外れた観察眼も持っていたと思われます。しかも、ただ、描いただけでなく、その菌類(主に、きのこ)について、論考し、絵を残しています。

 が、しかし彼女の論文のその後の詳しいことはわかっていず、ロンドンリンネ協会の議事録によれば
≪「ハラタケ属の胞子発生について」と題された、ミス・ヘレン・B・ポターの論文は1897年4月1日読み上げらています。女性だったので、ビアトリクスは自分で発表することもできませんでしたし、会合に出席することもできなかったのです。代わりにジョージ・マッシー氏が読むことを引き受けてくれましたが、当日の発表の中心はシスルトン・ダイヤ―氏でした。ビアトリクスのスケッチが会員の前で紹介されたかは不明で、リンネ協会にも、論文に関する資料は何も残っていません。≫

はあ?ひどい扱いです。
今、この現代の日本でもいまだ、医学部入試差別が厳然と残っていた(いる)ように、女性と学問は、さらに距離があった時代、しかも当時30歳前後の女性の研究でした。当時の学者たちと議論したいものの、相手にされず、のちになってやっと、彼女の論考の正当性が認められていくのです。

 それで、当時のキノコの専門家たちの多くを、リスペクトできなかったポターでしたが、唯一、まともな議論、あるいは、キノコなどの提供のやり取りしていたのが、郵便配達夫のチャーリー(チャールズ・マッキントッシュ)でした。(続く)

☆写真は、「ピーター・ラビットの野帳」の上に、我が家で収穫した「しいたけ」置いています。しいたけの菌床(冬場限定)を買って、暗いところに置いていたら、何回か収穫できるので、冬のお鍋に重宝しました!

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アプリイ・ダプリイ・セシリ・パセリ

セシリ・パセリj
(承前)
ビアトリクス・ポターのわらべ歌の絵本は二冊あるのですが、日本では、馴染みのない英国のわらべ歌中心なので、どうしても、「ピーター・ラビット」などのおはなしの絵本の陰に隠れてしまいがちです。が、ここにも、ネズミさんたちは描かれています。

 写真左に写る二枚のネズミさんが、アプリイ・ダプリイです。「アプリイ・ダプリイのわらべうた」(中川李枝子訳 福音館)
≪アプリイ・ダプリイ、ちっぽけな ちゃいろの ねずみ、だれかさんの おうちの とだなへ おでかけ。
 だれかさんの とだなは なにもかも すてき、ケーキに チーズ ジャムに ビスケット ―――ねずみのすきな ものばかり!≫

写真右上に写るのも「アプリイ・ダプリイのわらべうた」にある、
≪くつのなかに すんでいた おばあさんを しってるでしょう? ほら こどもが おおぜいで どうしていいやら わからなかった。≫のページです。

そして、写真下は、「セシリ・パセリのわらべうた」(中川李枝子訳 福音館)の最後のページの伝承の歌にちなむ なぞなぞ。
≪ニニイ、ナニイ、ネティコート、はいてる しろい ペティコート、おはなは あかい―――ながく たっているほど せが ひくくなるもの なあに?≫
 
 今回、ネズミ年にちなんで、ポターの作品から、ネズミを探していったわけですが、探すと、本当にたくさんのネズミさん。
そして、50年近く前に初めて目にしたこのシリーズは、相変らず、可愛く、楽しい。
加えて、丁寧に見れば見るほど、ポターの絵の奥深さ。単なる挿絵ではなく、もちろん、ちゃんとそこには、自然を愛するスピリットがありました。若い時には、気づかなかった彼女の視点が、やっとこの年になってしっかり味わえます。
 ポターは、「まちねずみジョニーのおはなし」➡➡ のときも「セシリ・パセリのわらべうた」のときも、視力の衰えを気にしていたようです。が、今、同じように視力の衰えたカ・リ・リ・ロにとって、ピーターラビットのシリーズは、今までより、さらに大切な絵本となりました。(続く)

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仕立てと裁断

グロースター12
(承前)
≪ねずみが 3びき すぅわって、糸をつむいでおりました。
ねこが とおって、のぞきこむ。 おまえさんたち、なにしてござる?
ぬっております、紳士のふくを。
わたしもはいり 糸をきるのを 手つだおか?
いえいえ けっこう、おねこさん、あなたのくいきるのは わたしたちのあたま≫

 「グロースターの仕立て屋」(石井桃子訳 福音館)➡➡には、いつくかのわらべ歌がはいっていますが、当初の手書き本では、さらにたくさんのわらべ歌が入っていたようです。ポターはビクトリア朝のわらべ歌が好きだったのです。
 そして、少し、絵を書き直し、私家本で出版をします。これは、大方の予想に反して、よく売れ、ポターを勇気づけます。それで、出版社により、さらに、わらべ歌の部分は削られ、絵も一部削除されたものの、今に至るまで、楽しめる「グロースターの仕立て屋」ができました。1903年のことです。「ピーター・ラビットのおはなし」が1902年、「リスのナトキン」が1903年

 それで、ポターを喜ばせたのが「仕立てと裁断」という業界雑誌に、長くて好意的な書評がでたことでした。
≪仕立てに関して書かれたこれまでになく美しい物語と考えられる。」「この本はわれわれの顔にほほえみを浮かべさせると同時に、目に涙をもたらしたことをうちあけたとしても恥じることはない。」(続く)

*参考:「ビアトリクス・ポターの生涯  ピーター・ラビットを生んだ魔法の歳月ー」(マーガレット・レイン著 猪熊葉子訳 福音館)

☆写真は、英国 グロースター 「グロースターの仕立て屋」のようなお店の二階の展示➡➡

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グロースターのネズミ

お皿j
(承前)「グロースターの仕たて屋」(ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)
 多分、ポターの描くネズミの本の絵の筆頭が、この「グロースターの仕たて屋」だと思っています。ネズミの本以外だとしても、ピーターラビットシリーズの中でも、一番好きな作品かも、と考えていたら、ポター自身も一番気に入っていた作品だとあって、嬉しくなりました。昨日、シリーズ後半の「まちねずみ ジョニーのおはなし」の中での気に入った2枚の絵のことを書きましたが、➡➡、この「グロースターの仕たて屋」の中には、ポターの持てる力を最大限に生かしたと思われる絵が、何枚も入っています。その芸術性の高さは、ここでいうまでもありません。

 この絵本のことは、以前、グロースターに行った時に書いています。➡➡  ⇒⇒  ➡➡
  
 30年近く前、英国湖水地方に行って、ピーター・ラビット他、ベアトリクス・ポターの描く世界を楽しんできたことがありました。が、この「グロースターの仕立て屋」に限っては、舞台が湖水地方じゃないのです。イングランド西部のグロースターという歴史ある町。➡➡➡➡

 仕立て屋さんのお仕事を手伝うのが、ネズミの小さな手という発想が、楽しい。確かに、刺しゅうや他、細かい伝統工芸などの手仕事を見ると、本当にこれって人の手でされたもの?と思うことが多々ありますから。
 それに、もう一つこの本で楽しいのは、いつもは偉そうな猫が、悔い改めているところ。先日のネコ巻ダンゴ➡➡にしても、どうも、ポターは、ネズミを贔屓気味のような気がします。(続く)

☆写真の「グロースターの仕立て屋」の絵本には、ネズミたちが ポターのヒルトップの屋敷に実際にあったカップなどを背景に描かれています。特に、写真下右に描かれた、青いシノワズリーのシュガーポットは、イギリスではよく見かける陶器です。カ・リ・リ・ロも一時期、この青い食器を好んで集めていた時期がありました。アンティークというほどのものではなく、プリントされたものですが・・・

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2ひきのわるいねずみのおはなし

ぽたー4
(承前)
「2ひきのわるいねずみのおはなし」(ビアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)
ポターの描く小動物たちは、それぞれの生態に沿って動いていて、人間にとって都合の悪いことも、彼らには。自然な動きであることがわかります。
 2ひきの「わるい」ねずみが、散らかしてしまったのも、話を読むと納得するし、人形たちは、なすすべもないのも自明のこと。
 警備に警察官のお人形を置いても、それは、単にお飾りにすぎないのは、ネズミの奥さん(ハンカ・マンカ)が、ネズミの赤ちゃんを抱いて、「ほれ!見てご覧。あれが、警察官のお人形だよ」と、見物に行っている絵で、その皮肉とユーモアに気づきます。

 が、彼等は、底意地の悪い悪者でないことを示すのが、ハンカ・マンカは、掃除に行く・・・などの、行動から、読み取れます。
 ここが、擬人化をしていても、人間の性質そのものを真似ているわけでないところだと思います。
 だから、ポターの作品を読んだ後は、結局、そんな悪い人(動物)いなかったやん。という気持ちになるのではないかと思います。何故なら、彼等は、動物の生態に沿って、動いていたから、当然よね…と、読み手を納得させるのだと思います.。当然ながら生きるか死ぬかという場面も、多いのですから。

 同じように、ポターより少し後にアリソン・アトリーという作家が居て、この人はポターのように絵も文もというわけではありませんが、イギリスの自然を細かく描き、小動物を扱ったお話を、ポターより、はるかに多くを残しました。
 実は、このアリソン・アトリーの作品で、ネズミを扱ったものから、作文していたのですが、ポターを読み返すと、ポターの作品の力を感じ、自然環境問題が身近に迫っている昨今、ポターの描く、真の自然・その生態に、改めて恐れ入ったという敬意をこめて、ポター作品とその周りから先に紹介している次第。(続く)

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やれやれ、あたたかい おちゃを いただいたのでした。

まちねずみ2
(承前)
ポターの描いた「まちねずみジョニーのおはなし」(ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)➡➡は、タイトルにこそ、田舎ネズミと出てきませんが、イソップ寓話を題材とした、田舎ネズミと町ネズミの絵本は、ほかにも何冊かあります。

例えば、写真上(大きい方の絵本)「まちのねずみといなかのねずみ」(ポール・ガルトン絵 木島始訳 童話館)と、写真下(大きい方の絵本)「とかいのネズミといなかのネズミ」(ケイト・サマーズ文 マギー・ニーン絵 まつかわまゆみ訳 評論社)***それぞれの写真にはポターの「まちねずみジョニーのおはなし」と「2ひきのわるいねずみのおはなし」も、写っています。

それぞれの絵本で、都会のネズミが田舎でごちそうになるのが、
≪いなかの こやにある いちばん おいしい チーズや ベーコン、とれたばかりの こむぎや とうもろこしを ならべました。のみものはというと、それは、いずみから くんできた たいへん きよらかな 水でした。≫「まちのねずみといなかのねずみ」

≪キャベツスープ クリのしおづけ 木のみいりパイ パン たねいりケーキ あたたかいアップルパイ プラムのおだんご≫「とかいのネズミといなかのネズミ」

今度は、田舎ネズミが町で食べたものというのが、
≪クリームあり、ジェリーあり、ケーキあり、あらゆる あっさりした ごちそうが いっぱいでした。チーズは、とびきり おいしいパルメザンチーズです。二ひきは、さいこうの シャンパンで、ほおひげを しめらせました。けれど、すてきな ごはんを、はんぶんも たべおわらないうちに いぬが ほえたり ひっかいたりする おとがして、二ひきとも どきっとしました。…≫「まちのねずみといなかのねずみ」

≪ティリーは 目を みはりました。 すごーい!ウィーンふうのチョコレートケーキ カスタードクリームいりのかしパン おにくの つまった ミートパイ あまい ビスケット イチゴジャムのつぼ タルトを ならべた おさら 大きな かたまりの チーズ!「さあ、じゃんじゃん たべましょうよ」と、ミリー。ところが、2ひきが ひと口も あじわわないうちに ネコが やってきました。いすに とびのって・・・≫「とかいのネズミといなかのネズミ」

はてさて、どちらのごちそうが、好みか、個人でそれぞれそれぞれあるとは思いますが、
各絵本で、田舎ネズミが、最後にこういいます。
≪あんしんがなくっちゃ、じょうひんさなんて なんだ? ものが いっぱい あったって、どきどき どきどきしながらじゃ なんのやくに たつんだい?・・・・・(中略)・・・・やっとのことで こやに たどりつくと、そのまま、すやすやと ねむれる やすらかさを とりもどしたのでした。≫「まちのねずみといなかのねずみ」

≪・・・でも、いなかの わたしの いえでは、あんしんして ごはんが 食べられるの!・・・・(中略)・・・・ティリーは いなかに とんでかえり、ソファーに くつろいで、やれやれ、あたたかい おちゃを いただいたのでした。≫「とかいのネズミといなかのネズミ」

 さて、次のポターのネズミの絵本は、下の写真左の、人形の家で奮闘している「2ひきのわるいねずみのおはなし」(ベアトリクス・ポター作 石井桃子訳 福音館)です。(続く) 

まちねずみ3

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