みんなみすべくきたすべく

からすのパンやさん

カラスのぱんや12
 先日亡くなった加古里子の絵本➡➡「とこちゃんはどこ」(松岡享子文 加古里子絵 福音館)があります。
 お母さんがちょっと目を離すと すぐにとことこかけだして どこかへいってしまう赤い帽子をかぶったとこちゃんを探す絵本です。
 幼い子は、赤い帽子のとこちゃんを、たくさん描かれた人の中から探し出すことに喜びを見つけます。これは、「ぼくのブッペはどこ?」 (イロン・ヴィークランド作 藤田千枝訳 福音館)➡➡で、子犬を見つけ出す楽しみを見つけていた当時一歳8か月の孫が2歳になった新しい楽しみでもあります。

 と、同時に、内容は2歳児には到底長すぎるお話の「からすのパンやさん」(加古里子 偕成社)にも、孫は楽しみを見つけ出しました。今度は探し出すのではありません。かといって、そのストーリーを楽しむのでもありません。写真に写る、いろんな種類のパンが描かれたページのとりこになっているのです。

 2歳前後は、言葉の爆発期と言われるくらい言葉が一気に増える時期です。
 また、「これは?」「これなに?」と、ものの名前を知ろうと、質問する第一質問期でもあります。≪*第二質問期は、3歳以降の、「なんで?」「どうして?」≫
 まさに、その時期にあたる孫には、このページに描かれた、各種のパンの名称を読んでもらうのは、大きな喜び。

≪ゆきだるまパン すいかパン ヘリコプターパン とんぼパン なすパン はぶらしパン・・・・・≫と実際にありそうなのから、そんなのあるの?といったパンも各種。
 また、自分でもわかるパンも多々あります。
≪うさぎパン  ねずみパン きりんパン ちょうちょパン ぶどうパン みかんパン パンダパン・・・・≫

 そして、一旦その名前が分かってしまうと、今度は、「かみなりパン 食べた」「ひこうきパン おとうさんと たべた」などと言い、楽しんでいるのです。

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へへののもへじ

へへののもへじj
≪まくら さよなら 
あさが きた
おきた 
ふく きた 
じょうずに
できた≫
で、始まるこの「へへののもへじ」(高梨章文 林明子絵 福音館)は、リズミカルな言葉遊びを楽しめる1冊です。

 この絵本全体を通じて言えるのは、少々、古臭い生活。つまり、昭和の匂いぷんぷんの室内・外です。近所の塀に落書きなんて。 今なら、よそのおうちの塀に落書きなんて、訴えられますよ。
≪あかんぼ ねむった
 やっと あそべる
そとへ でて
へいに らくがき 
へのへのもへじ
へへへ へたくそ
へへののもへじ
へんな らくがき 
みつかったって
へいき へいき
へのかっぱ≫

が、声に出して読んでみると、林明子の絵と相まって楽しさ倍増。林明子の描く、昭和の風景の片隅には、ちょっとした秘密も隠されていて、2歳の孫も、十分楽しんでいるものの、時代の問題か、否か、今や、出版されていないようです。

≪たべる
しゃべる 
すぐ さわぐ
たおして 
こぼして
ちらかして
あかんぼ いやいや
ぼくは いやいや
ぼくは にやにや
ぱぱは ひやひや
まま てんやわんやの
ゆうごはん≫

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かいじゅうたちのいるところ

かいじゅう48
 センダックの「かいじゅうたちのいるところ」(神宮輝夫訳 冨山房)については、いろんなところで話し、ここでも何度か書きました。➡➡
 子どもたちの心の深いところにはいり、子どもたちの心をつかむことのできる楽しい1冊であること。
 ただ、ぴったりくる年齢には個人差があり、怖がるが時期もあること。などなど。

 それで、この「かいじゅうたちのいるところ」人形を納戸(といっても、マンションの収納部)にしまっていますが、絵本も少しあるその空間へ、ある日、ちょこちょこ入ってきた孫は、それを見て、ぎゃー!と泣きました。しっかり歩けるようになった頃のこと。
 その後は、抱っこでしか、そこに入ってきませんでした。が、抱かれていても、気になって、ちらちら見ながらも、まだまだ怖い様子。
 それが、仕事で使うように出していた「かいじゅうたちのいるところ」に気付き、「怖くない?}「怖くない?」と聞きながら、「読んで」と差し出しました。それは、2歳になる少し前のこと。

 全文、聞けるかな?と思いつつも、
≪あるばん マックスが おおかみの ぬいぐるみを きると≫≪ おおあばれ≫と、読みだすと、身を乗り出して聞いています。
ついには、全文、そのまま聞き、「もう一回!」とせがみました。
 
 その後、孫にとって、この本は「怖い本」というタイトルに落ち着いたようで、読まない日はありません。ちなみに、「スモールさんはおとうさん」(ロイス・レンスキー わたなべしげお訳 福音館 童話館)➡➡は、そのタイトルどおり「スモールさんはおとうさん 読んで」と持ってくるので、「かいじゅうたちのいるところ」というタイトルを知らないわけではなさそうなのですが・・・・

 文字のない「かいじゅうおどり」の3シーンで、踊り出すとまで行きませんが、食い入るように見つめるのは、「月」の光。ページごとに変わっていくお月さまの形が気になる様子。

 「いるいるおばけがすんでいる」(ウエザヒル出版社)というタイトルだった時代から、この絵本を楽しんできたばあばであり、うちの子どもたちですが、こんなに幼くても惹きつけるものが、この絵本にあることは、孫に教えてもらったたくさんのことの一つです。

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どろんこハリーの秘密

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 どろんこハリーの絵本を紹介した年明け早々➡➡には、孫も、まだ興味を示さなかった「どろんこハリー」(ジーン・ジオン文 マーガレット・ブロイ・グレアム絵 わたなべしげお訳 福音館)ですが、今や、お話を聞いて、しかも、いちいち、蝶々だとか、小鳥だとか、子猫だとかを、指さして楽しんでいます。

 孫と この絵本を楽しんでいると、白黒で、はっきりくっきり描かれたこの絵本が、とても分かりやすい絵だと再認識できます。そして、わかりやすい展開。多分、黒いぶちのある黒い犬と、白いぶちのある黒い犬の差なんて、2歳の孫には、理解できていないと思います。ただ、ただ、わんわんが、・・・お風呂から逃げ出して、楽しそうに遊びまわって、最後はお風呂に入って・・・という、流れを楽しんでいるのだと思います。
 それで、細かい絵にも注意が向いて、面白いところのいっぱいある絵本だなぁ・・・と。

 そして、まだ、孫が気付いていない、ハリーの秘密。ハリーの身体がどんなに汚れようと、どんなにお風呂で綺麗になろうと、このわんわん、右耳が折れているの、知ってました??・・・それは、ハリーのシリーズのハリーすべてに当てはまります。
 支持されてきた絵本には、このちょっとした秘密が、隠れていることが多い…見つけてもらえたら、嬉しいなぁと思う、作者の遊び心だと思います。

*「どろんこハリー」「うみべのハリー」「ハリーのセーター」(ジーン・ジオン文 マーガレット・ブロイ・グレアム絵 わたなべしげお訳 福音館)
*「ハリーのだいかつやく/ハリーのうたうおとなりさん」(もりひさし訳 ペンギン社/こみやゆう訳 大日本図書)

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これがスモールさんのおはなしです

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(承前)
 「スモールさんはおとうさん」(ロイス・レンスキー わたなべしげお訳 福音館 童話館)
 白黒とあと一色で出来ていたスモールさんシリーズは、今では、カラー版で出ているのもあります。「スモールさんはおとうさん」(童話館)「カウボーイのスモールさん」「ちいさいじどうしゃ」「スモールさんののうじょう」「ちいさいひこうき」「ちいさいヨット」「おまわりさんのスモールさん」(以上 福音館)ですが、カラフルとはいえ、以前の白黒、あと一色のスモールさんのシリーズでも、十分にその世界を楽しめたと思います。
 上の写真は、「スモールさんはおとうさん」のカラー版と以前の版を並べてみました。カラーも白黒と一色の方も、どちらもその楽しい雰囲気は伝わってきますが、個人的には、色の特定をしてしまうカラーより、以前の素朴な色合いの方が好みです。

 おとうさんのスモールさんは、この2枚の絵でもわかるように、家事を率先してやっていて、おかあさんを時々一休みさせるところがあるのが、母親の私は、気に入っていました。もちろん、お父さんも一休みするところはあります。
 それに、下に写る≪水もれをなおしているスモールさん≫のページは、我が家の子どもたちが好きだったページです。腰に手を当て、少々上から目線で、そばにいるお母さんが似ていたからでしょうか。それとも、腹ばいになってみているスモールさんの3人の子どもたちが、うちの3人の子どもたちと重なったからでしょうか。

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いぬのティンカー

スモールさんjj
かつて35年以上前、我が家のスモールさんの絵本と言えば「ちいさいきかんしゃ」「ちいさいしょうぼうじどうしゃ」(ロイス・レンスキー わたなべしげお訳 福音館)の2冊が、長男の大のお気に入りでした。
 スモールさんご自慢の機関車の部位の説明のページと、消防自動車の部位の説明のページは、特に好きで、一人でページを開いてよく見ていました。
 今、孫(もうすぐ2歳!)が、食い入るように見るのは、消防自動車に、座ったまま乗っている犬のティンカーです。
火事で出動するときは、走ってきます。が、スモールさんが、消防活動で忙しい時は、画面に出てこないので、孫はいちいち聞いてきます。「わんわんは?」
 これは、先日書いた同じレンスキーの「はるがきた」➡➡ の時と同様です。が、ここで、孫の成長わかりますか?今は、わんわんを単に指さすよりも、わんわんが、いないことを気にして、所在を質問しています。

 閑話休題。
 そうなのです。スモールさんを描いたレンスキーは、犬好きに違いないのです。
 「ちいさいきかんしゃ」には、犬の登場は一度しかありませんが、「ちいさいじどうしゃ」にも、「スモールさんののうじょう」にも「スモールさんはおとうさん」にも「おまわりさんのスモールさん」にも、登場しています。「ちいさいヨット」に至っては、犬のティンカーも一緒に航海するのです。
 ということで、わんわんの登場しない、しかもカウボーイやパイロットという仕事が、まだまだ、想像しにくい「カウボーイのスモールさん」「ちいさいひこうき」は、2歳前の彼女には「もう一回おんで(読んで)」にはなりません。(続く)
 *スモールさんのシリーズ(ロイス・レンスキー わたなべしげお訳 福音館 童話館)

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マトリョーシカちゃん

マトリョーシカj
 このブログでも、加古里子の絵本をいずれまとめて紹介しようなどと考えているときの訃報でした。
 
 このマンションに引っ越しする際に、たくさんの絵本を処分しました。絶版絵本や、なかなか手に入らない絵本を手元に残し、今後も書店に並ぶだろうと思われる福音館の「林明子」のものだとか、「中川李枝子」のもの、そして「加古里子」のものは、傷みも激しいせいもありましたが、処分という形にしました。そんななか、場所を取らないペーパーバックの林明子、中川李枝子、加古里子は、残しました。

 そこで、2歳になったばかりの孫は「だるまちゃんととらのこちゃん」「だるまちゃんとだいこくちゃん」「マトリョーシカちゃん」という加古里子の代表作から、ちょっと横のペーパーバックの3冊を楽しむことになりました。

 写真に写るマトリョーシカ人形は、ロシアのお土産で、このブログにも一度登場したことがありますが➡➡、この入れ子人形で遊ぶのが、面白くなってきた孫に、加古里子の「マトリョーシカちゃん」を読むと、(・・・といっても、大抵の場合、全文ではありません)「もう、一回、よんで」。

 この絵本は、30年以上も前、うちの娘たちのお気に入りだったのを思い出しました。
≪――ぶからんら ぶからんら ぶかぶからんら――≫と、てふうきんを ならすユラユラ人形のイワンちゃんや、
≪――とんとん とんとん とんとことん――≫と、、つえをつくドングリ人形のイリューシャちゃん。
≪――とっとこ とっとこ とっとこと――≫と、やぎにのった、おしゃれ人形のアンドリューシャちゃんに、
≪――ぱかぱか がらがら ぱっぱかぱ――≫と、あくまたいじの帰り道のぺとリューシャ。
そして、
≪――ずんたか ずんたか ――おどったり、
――つんたら つんたら――うたったり、
――ぺちゃくちゃ ぺちゃくちゃ ――おしゃべりして
みんなで たのしく すごしましたとさ。≫

・・・と、歌のように、リズミカルな言葉が次々と出てくるのが、この絵本の魅力です。

加古里子の絵本の多くは、深い読み物とは違いましたが、親しみやすく、口ずさみやすい箇所があって、たくさんの子どもたちを魅了し、これからもし続ける絵本が多いと思います。

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おむつは いや いや おむつは いやよ

        人形j
お口の達者な孫は、歌が好きで、ついに、保育所でも替え歌を先生に聞かせてあげるほど。
♪ぴよぴよしてた~ら~ ばあばに なっちゃった♪などは序の口で、
♪おむつは いーや いや おむつは いやよ♪(「小さい秋見つけた」の後半のメロディ 目かくし鬼さんのところ)
♪あーなたのおなまえは?♪♪ブドウです(自分の名前を言わず、ブドウやイチゴなどと答えます)♪あら、すてきなお名前ね♪
♪グーチョキ バアバ グーチョキ バアバ なに つくろ なに つくろ みぎては じいじ ひだりては ばあば ばあばー ばあばー♪

 末は、替え歌歌手かなぁなどと、話しております。

 また、絵本を読んでもらうのも好きで、絵本の非常に細かい絵にまで気が付くので、ばあばとしては、老眼鏡必須の絵本タイムです。
 読み方の間違いをよく指摘した、長男の年齢にまだ達していないのが、幸いですが、いずれ、そのようなご指摘を受ける日も近いと思います。

 孫と絵本については、書くことが多く、というか、彼女の成長に、カ・リ・リ・ロばあばの筆が追い付かず、連休に突入。そして、孫は、2歳になります。
☆写真は、スイス シュタイン・アム・ラインで

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物語を味わう本とは少し違う

 マミーj
(承前)
 「参加型絵本」という記事がありました。(日経3月13日)
その文の最後が
≪物語を味わう本とは少し違う「参加型絵本」は、親子のコミュニケーションツールとして地位を築きつつある。≫です。

 親子のコミュニケーションツールと捉えると、これまで書いた開く絵本もその一つですし、赤ちゃんの絵本の数々もそうです。
 が、この記事のは、「触る」「手をたたく」「息をふきかける」など、読み手の身体を使う働きかけ、その「行為」の楽しさを売り物にしていて、コミュニケーションツールとはいえ、本というより玩具に近いものです。確かに、書かれてある文面を読み取って、働きかけるのですから、取説の楽しいバージョンとも言えましょう。不思議の国への小さな入り口でもあるでしょう。また、カ・リ・リ・ロは、やったことがありませんが、ゲームの入り口に近いのかもしれません。

 また、親は、子どもが参加しているのを見て、また楽しんでいる様子を見て、喜ばしく思い、うちの子は、読み取れて(あるいは、聞き取れて)次々アクションしていると、満足するのだと思います。そこが、親子のコミュニケーションツールといわれる所以です。
 
 ≪子どもの反応もよく、朗読に自信がない大人でも、子どもの注意を引き付けやすい本でもある≫・・・と、記事には、書かれていました。

 確かに、その場だけの子どもの反応に限るなら、きっと、子どもたちは大興奮の絵本なのでしょう。が、うちの、ボロボロになった絵本を見ていると、大興奮した絵本は「さんびきのやぎのがらがらどん」「かいじゅうたちのいるところ」以外思いだせません。(それらは、興奮して、破いてしまったページがある)淡々と、楽し気に聞いていて、あるいは、見ていて、「も一回、よんで」と言ってきた絵本たちばかりなのです。

 加えて、絵本を朗読しようと思ったことは、今まで1度もないし、自分がうまいか下手かなんか考えたこともないカ・リ・リ・ロは、ただ、ただ、自分が楽しいから、この楽しみを分かち合いたいと、自分の子どもたち、かつて出会った子どもたち、そして、学生やお母さんたちに読んできたのです。

☆写真は、アナログな開く絵本の「MOMMY?」(題名は、マミー?ですが、ミイラという英語、Mummyにかけています。)
 (センダック絵 Yorinks シナリオ Reinhart 紙工作:MDC Scholastic)

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ひらく えほん

ひらくえほんj
(承前)
 ちいさい絵本➡➡ おおきい絵本➡➡ 横長の絵本➡➡ ⇒⇒、縦長の絵本➡➡などありますが、ひらく絵本というのもあります。
 が、これは、破損しやすいこと極まりない。子どもが扱い、しかも、面白ければ、何度も何度も触るわけですから、破損も仕方ないというのが、ひらく絵本の宿命です。

 ということで、写真に写る おさるのジョージの作者(H.,A,レイによるじぶんでひらく絵本(『おかあさんとこども』、『さあ、たべようね』、『だれのうちかな』、『サーカスをみよう』(H.,A,レイ石竹光江訳、文化出版局)は、二代目。(孫の為ではなく、30年前の我が子のために購入)

 各ページが折返しになっていて、その折返しをひらくと・・・
例えば、「おかあさんとこども」では、ページを開くと、どうぶつのおかあさんのそばにはこどもたちが…。
「さあたべようね」では、動物園のどうぶつたちに餌をもっていくと、どんなどうぶつが食べるのかな?
「だれのうちかな」では、ページをひらくと、その家に住んでいるのが誰かわかるし、「サーカスをみよう」は、サーカスに出てくるのは誰かがわかるようになっています。
 それぞれ1冊1冊は小さくその軽いので、子どもが扱いやすいという面もあって、小さい子どもが自分で開いて、お話の展開を楽しめるようになっているのです。
その分、傷みやすく、我が家の30年以上前のは、ボロボロとなり、あんまり、子どもたちとの思い出も詰まっていたものですから、子どもが少々大きくなったときに、二代目を購入したと思います。
(続く)

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