みんなみすべくきたすべく

こどものとも

かきj
(承前)
 「おおきくなったら」⇒⇒にしても、「しゅっぱつ しんこう!」⇒⇒にしても、「くだもの」⇒⇒や「いちご」⇒⇒にしても、うちの一代目は、月刊の福音館こどものとも年少版でした。
 いずれも、セロテープで補強しているものの、要はボロボロ。
 それは、今に始まったことではなく、この家に引っ越してくる前の家でも、そんな状態でした。
 
 その収納の多い一戸建ての家から、収納の少ないマンションに引っ越すとき、たくさんの本を整理処分しました。
 そんな中、子どもたちの誕生から購入し続けていた「こどものとも年少版「」他、「「かがくのとも」や「たくさんのふしぎ」に至るまでのペーパーバックの月刊誌は、傷みもあるし、玉石混交でもあって、整理処分対象になりました。
 が、子どもたちに段ボール箱いっぱいのペーパーバックを見せると、
 「うーん、これは捨てたらだめ」
 「これは大事にしなきゃ」
 「あ、これこれ 懐かしいなぁ」・・・
 などと、三人三様で、何冊かずつ選びだしたものですから、さきの「おおきくなったら」などなどは、今も我が家にあるというわけです。

 その後、我が30歳代の3人の子どものときにはなかった赤もちゃんえほんというジャンルが、日本の市場にも登場し、月刊「こどものとも0・1・2」(福音館)というものもでました。これは、ページ数は少ないものの、ボードブック(厚紙でできている)なので、購入し続けたら、もっと凄いことになっていただろうと思います。

☆写真上は、1週間に一度通る道に、たわわに実る柿、なのですが、もう3週間も誰も鳥も食べずに、ずいぶん熟しています。渋柿だろうか・・・写真下も、同じく1週間に一度通る道の山茶花。遠く向こうは大阪平野。

かき2j

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絵本「いちご」

いちごj
(承前)
 「しゅっぱつ しんこう!」(山本忠敬さく 福音館)⇒⇒は、ボロボロになったペーパーバックの年少版こどものともでしたが、孫のために新しい1冊を購入。
 「くだもの」(平山和子 福音館⇒⇒も然り。
 が、未だ、ボロボロのままの1冊ながら、孫のお気に入りが、「くだもの」と同じ作者の「いちご」(平山和子 福音館)です。
 ペーパーバックの、その本も、他の二冊同様、表紙と中身が外れたもののですから、セロファンテープで修理。そして、経年劣化したテープは色づき、凄い1冊に。
 この絵本がボロボロになったのは、長女(孫の母親)が大好きな絵本だったからです。
 そして、いま、長女(母親)が読むその中身に、劣化はなく、最後のページで、いちごがみんな「さあ、どうぞ」「さあ、どうぞ」「さあ、どうぞ」・・・と、言い出す楽しさは、やっぱり、そのまま。いちごの好きな子どもの心を誘います。
 
 今は季節外れのいちごですが、先日、冷凍いちごで、ヨーグルトにかけるソースを作ってみました。すると、どうでしょう。秋の香りとはまったく違う、苺の甘い甘い香りが漂いました。
 いちごの好きな大人の心を誘う香りでした。「さあ、どうぞ」
☆写真は、英国 ケルムスコットマナーのいちご⇒⇒

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しゅっぱつ しんこう!

 しゅっぱつしんこうj
「しゅっぱつ しんこう!」(山本忠敬さく 福音館)

この絵本のことを書くのは、30年以上ぶりかもしれません。今や、30代半ばを過ぎた長男が、大好きだった絵本です。うちのは、子どものとも年少版のペーパーバックですから、ボロボロもボロボロ。
 
 「しゅっぱつしんこう!」はおかあさんとみよちゃんが、特急列車に乗って、急行列車に乗り換えて、普通列車に乗り換えて、おじいさんの家に行く話です。新幹線さえ出てきません。自動改札でもなく、みよちゃんが手渡しで、改札の駅員さんに切符を見せて駅にはいるところから始まっています。うちは、当時、自家用車ではなく、電車利用だったということも大きな関心につながっていたかもしれません。

 さて、先日、同じ福音館こどものともの新刊で、ロンドン二階建てバスを扱ったペーパーバックが出版されたとき、この30年以上の年月を思い、「隔世の感」があるなぁ・・・と、思いました。絵本のなかの街は、ロンドンという、異国の地。おとうさんとおでかけに二階建てバス。乗車は、カードをかざし、「チケットプリーズ」と車掌さんが回ってくると、マシーンにカードをかざします。ロンドン市内観光の雰囲気も漂う絵本です。

 そこで、その「隔世の感」の新刊を長男に見せますと、「これって、ただ乗ってるだけのお客さんやん」と言います。確かに、カードをかざし、窓から見えるものを楽しみ、日本ではほとんど見ることのない赤い二階建てバスに乗っているお客さんの男の子とお父さん。
 長男は続けます。「これより『しゅっぱつ しんこう!』やろ。あれは、いい絵本や。自分が運転手のような気分になれる。」「あの『出発 進行!』という言葉がええねん」

 確かに…英国の二階建てバスの二階の一番前の席は、眺めも良くわくわくするスペースです。が、子どもは、移り変わる景色より、乗り物そのものが、一番の関心事なのだと思います。
  
 うちでは、長男以外の二人の女の子は、長男ほど、この「しゅっぱつ しんこう!」を読んでいなかったような気がします。男の子は乗り物好きやからね、長男は保育所に電車で通っていたからねなどと、勝手に思い込んでいました。

 ところが、孫の女の子、この「しゅっぱつ しんこう!」が大好きなのです。何度も読めとせがみます。特に、「出発進行!」と文の中で3度繰り返すのですが、その度に、小さなこぶしをあげ、「しんこー!」と言います。自家用車移動で電車をほとんど利用したことのない子が、「しゅっぱつ しんこう!」の絵本を楽しむのです。

 おじさん(長男)がいうように「出発進行!」という言葉の臨場感。それを楽しんでいるかのようです。(続く)
☆写真は、「きゅうこうれっしゃ しゅっぱつしんこう!」のところで、こぶしをあげています。

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まるで長くて はでな吹き流し

北斎2j
(承前)
 写真上は、北斎の富嶽三十六景「隅田川関屋の里」 下は、ランドルフ・コルデコットの「ジョン・ギルピンのゆかいなおはなし」(ウィリアム・クーパー文 ランドルフ・コルデコット絵 吉田新一訳 ほるぷ)の一場面。
 北斎(1760~1849)は、長生きで、しかも、最後まで力を発揮できた日本の画家。
 ランドルフ・コルデコット(1846~86))は、長生きとは言えない英国の画家。

 片や、日本の浮世絵師。片や英国で、エドモンド・エヴァンスという彫版師(彫師、印刷)のもと、仕事をした挿絵画家。
 馬の疾走の絵ですから、特段、ジャポニズムの影響云々をかざさなくてもいいと思いますが、北斎の富嶽三十六景「隅田川関屋の里」を見ると、コルデコットを思い出すのです。

 そこで、今回、どの絵だったかな?と「コルデコットの絵本 復刻版 全16冊」(福音館)を探してみました。
 3頭の馬の疾走だから、「3人のゆかいな狩人」(The Three Jovial Huntsman)だと勝手に思い込んでいました。が、何度か、3人の狩人たちが馬で疾走はするものの、北斎そっくりという感じではありません。
 それに比べて、「ジョン・ギルピンのこっけいな出来事」(ジョン・ギルピンのゆかいなおはなし)は、馬は一頭ながら、ジョン・ギルピンがマントを翻して馬で疾走するシーンが、北斎のそれに似ているのです。

 北斎にしても、コルデコットにしても、生き生きと物語る絵という点で共通していて、どちらも何度見ても、楽しい。

≪・・・「まあ そういそぎなさんな!」と彼が声をかけても効き目はなく たずなをあれこれ引いたけど だく足は すぐギャロップになる    こうなると ギルピンは前かがみ  まっすぐにすわってはいられず  両手で たてがみに しがみつく 力いっぱいしがみつく   馬のほうは そんなぎょし方を されたことがないので 背の上に 何をのせているのか ますます疑いをつよめた   ギルピンは  もう命がけ 帽子とかつらが吹っとんだ 出かけるときにはこんあ目に あおうなどとは思わなかった    風を切るので マントはばたばた まるで長くて はでな吹き流し あげくのはてに ボタンははずれ マントはさっと吹きとんだ・・・・≫
(復刻版解説書 吉田新一訳)

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やわらかく ゆでて くりーむ

       もんぶらん栗 35
(承前)
 ≪「どんぐりを かご いっぱい ひろったら おさとうを たっぷり いれて、にようね」
 「くりを かご いっぱい ひろったら、やわらかく ゆでて、くりーむに しようね」≫
 この言葉は、「ぐりとぐら」(中川李枝子文 大村百合子絵 福音館)です。
きりきんとん1j
 秋になり、栗が店に出回ると、ぐりとぐらのこの言葉を思い出します。
 ましてや、ケーキ屋さん、和菓子屋さんの連なる百貨店のスィーツ売り場では、さらに、この言葉が頭の中をぐるぐる。
「ああ、おさとう たっぷり」
「ああ、やわかくゆでて くりーむ!!!」
くりきんとん2j
 果物は総じてどれも好きなのですが、この「栗」も特別の位置に存在しています。(果物の類いか否かは、別問題として)
 というのも、栗は、美味しい栗ほど中もクリームのようになっているのを知ってはいても、如何せん、それを口にするまでに、どれだけの手間がかかることか・・・指は痛くなる。手はしんどくなる。むいても、むいても、家族で食べるには、ほんのちょっと・・・という厳しい現実があり、調理済み、しかもそれが丁寧な出来上がりだとすると、もう手を合わせたくなるような気分になります。

 で、秋と言えば、栗・・・「渋皮煮」に「くりきんとん」、それに、できれば、栗の産地の「和栗モンブラン」。というのも、かつて、パリで食べたモンブランが甘すぎて(大きすぎて)、「うっ」となりながら食べて以来、和栗の、どこか遠くに渋みを感じるモンブランのファンです。
 ということで、レマン湖畔で見たモンブランも、お口に入るモンブランも、どちらもいいでしょ!

☆写真は上から、モンブランみたいなイタリア風丹波栗のモンブラン。二番目は京都老舗の栗きんとん。三番目は、丹波栗のモンブラン。四番目は、栗と抹茶のスィーツバイキング。これも、パリと同じくらい甘いものの、お昼のバイキングですからサラダもあって、サラダにお醤油味のドレッシングをかけ、口直しをしながら、およそ完食。
もんぶらんj

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ひとあし、もうひとあし

いたずらこねこ
(承前)
 今回は、まごとえほんではありません。
 わかいひととえほんです。

 小学校の教員をしていたとき、子どもたちに絵本を読み、お母さんたちの集まりで、お母さんたちに絵本を読み、もちろん、自分の3人の子どもたちにも絵本を読んできました。そして、ここ10年以上は、学生たちにも絵本を読んでいます。

 そんななか、学生たちからもパワーをもらうことがありますが、先日「いたずらこねこ」(バーディン・クック文 レミイ・シャーリップ絵 まさきるりこ訳 福音館)の時もそうでした。

 私語の多い学生たちを固定席に変えたら、概ね静かになりました。で、絵本が見やすいように前方は空けておきました。そんな前方席も埋まったその時間、「いたずらこねこ」を読んでみたら、ねこが後ずさりする頃から、なんだか空気が変わってきたのを感じました。そして、後ろの小さな池に足がかかる!その瞬間には、学生たちが息をひそめるのが伝わってきました。で、ページを繰ると、ばっちゃーん!!!・・・・・あーあ(ほらね!)

 小さな子どもたちも、学生たちも、息をひそめるところは同じ。
 
 この横長の絵本には、よけいなものが一切書かれていません。横に長い一線と、こねこの住処を表す木塀、亀の住処を表す小さな池、そして、こねこと亀。色は、小さな池の青緑色。
 距離感を表す横一線が有効的です。他に色を使わないことが、小さな池を強調しています。まどろこしいような物語の展開が、時間の経過と最後のスピード感を表現しています。
 そして、繰り返す言葉・・・「やがて、かめは、ひとあし、もうひとあし、また もうひとあし まえへでてきました。そして こねこは、ひとあし、もうひとあし、またもうひとあし うしろへさがりました。・・・」

☆写真の聞き手たちは、右から「げんきなマドレーヌ」他(ルドウィッヒ・ベーメルマンス作 瀬田貞二訳 福音館)のマーちゃん、「ラチとらいおん」(マレーク・ベロニカ作 とくながやすとも訳 福音館)のらいおん、スコットランドのわんわん

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いたずらこねこ

たいこたたいた50
(承前)
 孫は、絵本を読んでもらうのが好きらしく、我が家に来ても、絵本を次々と母親やばあばに読んでほしいと持ってきます。
 今それは、いわゆる赤ちゃんの絵本の数々で、ばあばがかつて修士論文に赤ちゃんと母親と絵本の関係を論じたときに用意した絵本も多く、また、現在の授業で使う絵本もたくさんあります。
 そんななか、昨日書いた「えをかくかくかく」(エリック・カール作 アーサー・ビナード訳 偕成社)は、あかちゃん絵本ではなく、簡単なお話の流れがあって、言葉を楽しみ、絵を楽しむ絵本の一冊です。

 孫は、いま 判別可能な語彙がまだまだ少ないものの、「にゃあ にゃあ」や「わんわん」などは、言えるものですから、いわゆる赤ちゃん絵本ではありませんが、 「いたずらこねこ」(バーディン・クック文 レミイ・シャーリップ絵 まさきるりこ訳 福音館)を、見せました。「ほら、にゃあにゃあ の本よ」と。
 もちろん、お話を全文 読むわけではありません。赤ちゃんと絵本の関係は、まずは母親と絵本を挟んで楽しむことなのです。

 「ほら、かめさん」
 「ほら、にゃあにゃあだね」
 「あれー、頭をひっこめたね」 
 「あららぁ あんよもなくなった」
 「あらあら にゃんにゃんが後ろにさがっていくよ」
 「あれあれ にゃんにゃんの足が あぶない!」
 ばっちゃーん!!!
 「たいへん たいへん」
 「いそげや いそげ」
 「ああ、やれやれ、かめさんも にゃあにゃあも おうちにかえりましたとさ」
・・・と、原作者(訳者)には申し訳ない読み方ではありますが、孫は、「もう1回」と小さな指を立て、再度読むことに。
 で、そのあと、彼女は、とことこと、その絵本を持ち、母親のところに。
 そして、読めとせがんだのです。
 さらに、何度も何度も読んだ後、孫は、ハイハイをして、かめさんになり、危なっかしい後ろ歩きで にゃあにゃあにもなって、遊びました。
 
 自分の気に入った絵本を一番好きなお母さんに読んでもらいたい。
 楽しかった、面白かったのを、他の誰でもないお母さんと分かち合いたい。

 いずれ、近い将来、この子はこの絵本を最後まで聴く日が来るでしょう。
 そして、その母親は、「もう1回」とせがむ小さな指のことを、ばあばになっても忘れないでしょう。(続く)

☆写真は、「おおきくなったら」(チェコのわらべうた ヨセフ・ラダ絵 うちだりさこ訳 福音館)➡➡を読んでもらっているところ。

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2匹のねこ あおときいろ

   青と黄色
  先日、バーゼル美術館のフランツ・マルクの動物の絵と、エリック・カールの絵本「えをかくかくかく」(アーサー・ビナード訳 偕成社)のことを書きました。➡➡(と、いっても、その文を書いていたのはスイスから帰ってすぐのことでした。)

 で、最近、1歳半の孫に母親が「えをかくかくかく」を読んだあと、バアバがバーゼル美術館のフランツ・マルクの絵の写真を見せますと、(10月26日の一番上の作品「二匹の猫 青と黄色」) 「にゃあ にゃあ」と指さし喜びました。

 とげの刺さった大人の目には、猫のようにもキツネのようにも見える青と黄色の動物でしたが、孫は即座に「にゃあ にゃあ」。
 エリック・カールが「あおいうま」や「みどりのライオン」を描くのも、なんの不思議もないように、孫は楽しみ、
 「きいろいうし」のページでは「もぉー」と指さします。
 母親は相好を崩し、つわりを忘れ、バアバは、かつてを思い出し、元気をもらいます。(続く)
 (カテゴリーに「まごとえほん」の項、増やしました。)
☆写真は、スイス バーゼル美術館 フランツ・マルク「二匹の猫 青と黄色」 

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こんがり黄金色

ハイジ23j
(承前)
 むかし、ハイジを読んだとき、チーズが好きではなかったせいか、チーズより黒パンや白パンが気になっていました。
 が、今となっては、ハイジのおじいさんが火にかざすチーズのことは、チーズの好きな人や子どもには、たまらんものだということがわかります。

≪なべのところに行って、大きい方をおしのけ、くさりにかかっていた小さいなべを手もとにひきよせると、かまどの前の、まるい台座のついた木の三脚にどっかりすわりこんで、火をふき起こしました。なべはやがてことこと煮え立ってきました。おじいさんは、長い鉄のくしに、大きなチーズのかたまりをつきさして、なべの下の火にかざし、あちこちむきをかえてはぜんたいが黄金色になるようにあぶりました。≫
≪おじいさんは、パンの厚切りと金色のチーズをのせてやって、いいました。「さあ、おあがり。」≫
≪ハイジはパンにやわらかいチーズをぬって、せっせと食べました。よくやけたチーズは、バタみたいにやわらかくて、パンととけあってすてきな味わいでした。あいまあいまにやぎの乳をのみながら、ハイジは心からたのしそうでした。≫(矢川澄子訳)

 これこそが、ラクレット⇒⇒なのですね。こんがりと黄金色。バタのように柔らかく・・・うーん、また、食べたい!


 「ハイジ」(ヨハンナ・シュピリ作 上田真而子訳 岩波少年文庫/矢川澄子訳 福音館古典シリーズ)
⇒⇒(古本海ねこさん3月10日の項) 
☆写真上は、スイス マイエンフェルト村ふもと近くのハイジの水飲み場。
下は、スイス グリュイエール駅近くのチーズ工場。
ラクレット7j

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自由な美術

フランツ3j
 エリック・カールの絵本「えを かくかくかく」(アーサービナード訳 偕成社)➡➡は、巻末の「この絵本のはじまり」という一文によれば、そこには、ドイツナチス政権下の頃「堕落した美術」として見てはいけなかったマルクの複製画を、美術学校の先生がそっと出してきてエリック・カール少年に見せたことが書かれています。
 先生は言います。≪「残念ながら、学校では自由な美術をおしえることはできない。しかし見てごらん。フランツ・マルクの絵はすばらしくのびのびしているだろ?ナチスのやつらはまったくわかっちゃいないんだから。」≫そして、カール少年は驚くものの、のちにマルクの絵から多くのことを学んで影響を受け、≪この「えを かくかくかく」のふしぎな色の動物たちは、あの日からずっと、ぼくといっしょにいきてきてくれたんだ」≫とエリック・カールは語っています。

 そのフランツ・マルクの絵にバーゼル美術館で会いました。今までも他で見ていたのかもしれないものの➡➡、今回は、「ああ、これ、フランツ・マルク!」と、目に飛び込んできました。
フランツ2j

 興奮気味に「これよ!孫が好きな絵本の画家が、好きな画家やん!」と、夫に伝えるものの、夫は絵本「えを かくかくかく」自体がわかりませんから、「ふーん」とスマホを向けるだけでした。

 ばあばには、「ぼくは えをかく。 えをかけば・・・」で始まるこの絵本の言葉が聞こえます。
 こんなに自由に生き生きと、絵を描いている!12歳のエリック・カールが影響を受けたフランツ・マルクの動物たち。

 フランツ・マルクの画像は見たことがあります。が、しかし、実物は、やっぱり違う。孫と一緒に鑑賞したかったなぁ。
フランツ1jj
 ***蛇足ながら、フランツ・マルクとカンディンスキーらが起こした「青騎士」というグループの青騎士第一回展に出品したピカソやクレー、アンリ・ルソーも近くに展示されていました。
☆写真は、一番上がフランツ・マルク「二匹の猫 青色と黄色」二番目と三番目は「動物の運命」いずれもスイス バーゼル美術館

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