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みんなみすべくきたすべく

ヴィークランドの絵

ロッタちゃん新
(承前)
 「長くつ下のピッピの世界展」➡➡で、ニイマンの絵➡➡を たくさん見ることが出来ましたが、リンドグレーンと言えば、ヴィークランドの絵と思っているようなカ・リ・リ・ロにとっては、ここで、初めて目にした「ちいさいロッタちゃん」表紙原画を見ることができただけでも、大きな喜びでした。この絵は、翻訳されているロッタちゃんシリーズ(山室静訳 偕成社)では、見ることができないからです。

 「ちいさいロッタちゃん」「ロッタちゃんのひっこし」は挿絵の本で、絵は白黒ですし、カラーで大型絵本の「ロッタちゃんとじてんしゃ」「ロッタちゃんとクリスマスツリー」にも、この表紙原画を見ることはできません。

 上のような図録を写した写真では、その素晴らしさが伝わらないのが残念ですが、ヴィークランドの描く、数々の花吹雪や、降りしきる雪の絵は、この画家ならではの美しさを伴って、リンドグレーンの作品に、深みを持たせていると思います。

 と、いうことで、ヴィークランドとリンドグレーンについても、ぼちぼち 書いていきたいと思います。
 そして、こんな時代だからこそ、リンドグレーンを読むことにも、意味があると思っています。➡➡

☆写真上は、「長くつ下のピッピの世界展」図録の「ちいさいロッタちゃん」
写真下、右は、「ロッタちゃんとじてんしゃ」(山室静訳 偕成社)、左は「ちいさいきょうだい」(大塚勇三訳 岩波)
ロッタちゃん2

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ニイマンの絵

ピッピ3
(承前)
 イングリッド・ヴァン・ニイマンの描いた絵本は、「ピーレットのやさいづくりーちいさな こどものための やさいばたけのおはなし」(ウルリカ・ヴィドマーク文 イングリッド・ニイマン絵 高橋麻里子訳 岩波)➡➡がありますが、43歳で早世した(自死)、ニイマン(1916~1959)は、リンドグレーン(1907~2002)と組んだ仕事を残しています。「長くつ下のピッピ」➡➡を中心に、短篇集「カイサとおばあちゃん」(リンドグレーン作 ニイマン絵 石井登志子訳 岩波)の挿絵もあります。

 この短篇集のタイトルになっている「カイサとおばあちゃん」は、「ぴちぴちカイサとクリスマスのひみつ」(リンドグレーン作 ヴィークランド絵 山内清子・訳 偕成社)➡➡という絵本にもなっています。
  ヴィークランドとニイマンが、同じ作品に絵をつけることは少ないので、一度、両方、見比べてみました。
カイサj
 また、「やかまし村」のシリーズ(リンドグレーン作 ヴィークランド絵 大塚勇三訳 岩波)は、ヴィークランドの挿絵で印象深いものの、ニイマンの「やかまし村」のシリーズもあったようです。(「長くつ下のピッピの世界展」には、展示されていましたが、今のところは未邦訳。)  (続く)
やかまし村j

☆写真上右、「長くつ下のピッピ」挿絵の原画(「長くつ下のピッピの世界展」図録)。左は岩波リンドグレーンシリーズ第23巻「カイサとおばあちゃん」の表紙。
☆ 写真下右、ニイマンの描く「やかまし村の子どもたち」「やかまし村の春夏秋冬」(「長くつ下のピッピの世界展」図録)、中央上「やかまし村のクリスマス」(おざきよし訳 ポプラ社)、左「やかまし村の子どもたち」大塚勇三訳 岩波)

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長くつ下のピッピの世界展

ピッピjjj
 関西ではとっくに終わってしまい、今頃?なのですが、京都えきミュージアムで「長くつ下のピッピ」の挿絵原画展に行きました。(~2019年3月4日:ほかに、名古屋、福岡、愛媛など巡回するようです。)この原画展は、ピッピの原画だけでなく、他のリンドグレーンの作品の絵、例えば、イロン・ヴィークランドのものもありました。

 ここでは、カ・リ・リ・ロの好きな、きりなく多いイロン・ヴィークランド➡➡  ⇒⇒の作品ではなく、近年、日本でも出版されたイングリッド・ヴァン・ニイマンによる「長くつ下のピッピ」の挿絵のこと。
イングリッド・ヴァン・ニイマンの絵本は、徳間書房から「こんにちは、長くつ下のピッピ」「ピッピ 南の島で 大かつやく」「ピッピ、お買い物にいく」、「ピッピ、公園でわるものたいじ」(石井登志子訳)が出ていますが、決定版として、「長くつ下のピッピ」も出ました。(全訳ではありません。)(写真右)
 また、岩波からは、ニイマンの白黒挿絵のついた菱木晃子訳のものが三巻出ています。(写真下)

 カ・リ・リ・ロ自身が子ども時代楽しんだ「長くつ下のピッピ」は、桜井誠絵、大塚勇三訳の、岩波愛蔵版でした。(写真左)➡➡ニイマンの絵より、年齢の大きく見えるお姉さんのピッピが描かれています。が、翻訳初版年を見ると、このお姉さんくらいの歳になっていたカ・リ・リ・ロとしては、馴染みやすかったとも思います。

  ニイマンは、直接、リンドグレーンと打ち合わせながら、≪ピッピは、9歳の女の子≫として、挿絵を描いたようです。
 初めは白黒の画で、挿絵本として、1945年に出版。その後、一部のおはなしが、絵本となりカラーの画がついて、1947年に出版。
 これらを比べてみると、挿絵のピッピと、絵本のピッピ、また、本のポスターとして描かれた写真中央の「ピッピの世界展」の案内紙も、少しづつ年齢差があるように見えます。(続く)
        ピッピj

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犬のスヴィップ

やかましjj
(承前)
「やかまし村」シリーズ(リンドグレーン文 ヴィークランド絵 大塚勇三訳 岩波)の「やかましむらの子どもたち」の中に「オッレが犬を手にいれた話」があります。
 
 親切とは縁遠い靴屋のスネルの番犬はスヴィップといい、辺り一帯でいちばんたちの悪い犬でした。いつも、犬小屋につながれ、誰かが靴屋に来ると、小屋から飛び出して、吠え付くので、子どもたちは、怖くてそばに寄ろうとしませんでした。
 スヴィップは、靴屋にしょうちゅう殴られ、食べ物をもらえないこともありました。どろだらけで荒ぽく、うなったり吠えたりいていたのです。
 が、親切なオッレが、遠くから「おまえはいい犬だね。そんなにやたらとほえちゃだめだよ。」と、話しかけ続け、おいしいものを持っていくと、吠えなくなってきました。そして、靴屋がけがをすると、オッレは「あなたの足がわるいあいだ、ぼくにスヴィップのせわをさせてくれませんか?」と申し出ます。で、散歩に連れ出し、犬小屋をきれいにし、食べ物をたっぷりやって世話をしますが、靴屋のスネルのけがが治ると、スヴィップは、元通りの生活に…オッレは何日も何日も悲しみます。そして、そんな息子を見ていられなくなったオッレのお父さんが・・・・

 「やかまし村」のシリーズは、ドラマチックな展開の話ではありません。子どもたちの日常が、淡々と、描かれていて、大騒ぎのお話や、ヒーローの活躍ものを期待すると、つまらない地味なお話集だと思う人もいるかもしれません。
 が、しかし、子どもの頃なら、きっと、こう思っただろう。きっと、こうしただろう。ということが、次々描かれ、なんだか心が落ち着いてくるのです。
 もちろん、子どもが子どもの時期に読んでもらったなら、共感しながら楽しむことができるでしょう。

  実は、この本は、年始早々、戌の日を待たずして、入院した娘が、読みたいから持ってきてと言った本でした。

 中学生になる頃まで、毎日親子で本を楽しみました。3人の子どもの内、2人は、活字中毒気味の読書好き、この娘は、読書をしない、活字から縁遠い大人になりました。
 お腹の子は、元気なのですが、本人は当分,寝たきりで、何もできない生活に「やかまし村」を所望。
  
 さて、今日は、戌年二回目の戌の日です。犬の絵本は、他にも、犬のダッチェス、犬のくんくん、犬のショーティ、犬のバディ・・・などなど、ありますが、またの機会に。

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犬のブッペ

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  戌年には関係なく、1歳8か月の孫は、「ぼくのブッペはどこ?」(イロン・ヴィークランド作 藤田千枝訳 福音館)が好きです。
 隠れている犬のブッペを探すのですが、それは、世によくある「〇〇をさがせ」と違って、絵に物語があって、主人公のぼくとブッペが心通う間柄であるのがわかる楽しい絵本です。
 孫は、この絵本を読んでもらうとき、得意げに、(ブッペは)ここ!と指さします。すると、大人は、「凄いねぇ。よくわかったねぇ。」と、彼女を褒めます。そして、また、読んでもらう。特に、初見の大人が、読むと、ブッペが本当にどこなのか、よく判らない。そんなとき、彼女は、得意満面「ここ!」

 この絵本は、リンドグレーンとよく組んでいるヴィークランド作です。いつも、生き生きとした子どもが描かれているので、好きな挿絵画家の一人です。
 思えば、孫の母親もこの画家が挿絵を描いた「やかまし村」シリーズ(リンドグレーン文 ヴィークランド絵 大塚勇三訳 岩波)が好きだったのを思い出します。(続く)
 

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40年前の演説

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(承前)
  岩波「図書」(2016年8月号)に掲載されていた三瓶恵子「ピッピの国の児童文学に広がる『暴力』」によると、彼女は、毎年「本の品評会」のセミナーに参加し、最近のスウェーデン児童文学の傾向を見てきたといいます。そこで、ここ数年の傾向として、いじめや自殺未遂など暗いテーマを取扱うものが多く、年々ますます、その傾向が強まり、児童書研究所の分析によると、2015年の特徴は「暴力」だとしています。

 また暴力シーンを描いた本は若者向け(13歳以上)に多かったものが、低学年向きのものにも拡大し、社会における格差や、移民・難民・戦争・子どもに注意を払わない親などをテーマにした本も多いと、しています。
 「ピッピの国」というイメージ「やかまし村」のイメージから、ずいぶんと離れているのがわかります。が、リンドグレーンも「川のほとりのおもしろ荘」や「はるかな国のきょうだい」などで、徐々に、暴力の問題や子どもたちに関わる問題も取り上げています。

 それで、三瓶恵子は、リンドグレーンの「暴力は絶対だめ! 」の演説を引用して、スウェーデンでは、子どもへの体罰が世界で初めて法律で禁止されたのが40年前だったとしています。

≪現時点で戦争が起っていなくても、世界には理解できないほど残忍なことや暴力、圧制があふれていて、子どもたちは、そのことについて間違いなく無知ではいられないのです。子どもたちは、日常的に見たり、聞いたり、読んだりして、ついに暴力は、当たり前に起るのだと思うことでしょう。ですから、物事を解決するには暴力以外の別の方法があることを、わたくしたちはまず自分の家庭で、お手本として示さなくてはならないのです。≫

  うーん、この40年も前の演説が、今も新鮮な現実。困ったものです。

 ・・・・と思っていたら、新聞に(2016年8月4日夕刊)、児童虐待が10万件を超え、特に子どもの前で配偶者に暴力を加えたり大声で怒鳴ったりする「面前DV(ドメスティックバイオレンス)」による心理的虐待の通報が目立つとありました。
 やっぱり、暴力は絶対だめ!

「暴力は絶対だめ!」 (アストリッド・リンドグレーン 石井登志子訳 岩波)
☆写真は、スイス ヴェンゲンナップ

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月刊「図書」

ほおずきj
  思えば、岩波の広報誌月刊誌「図書」を手元に置き出してから、40年。
 書店に行けば、無料でカウンターに置いてあるのは40年前も同じでしたが、毎月書店に行くわけでなく、取り忘れもあることから、結婚と同時に、岩波に、何年間分か、まとめて振り込んできました。

 いろんな連載があったり、特筆すべき特集があったり、安価で、確かな執筆者の文を読んできました。
最近の楽しみは斎藤美奈子「文庫解説を読む」の連載でしたが、ここでも書いておこうと思っている間に、24回目の最終回ということになってしまいました。24回じゃ一冊にならないなぁ・・・

で、今日は、それではなく、「図書」(2016年8月号)に掲載されていた三瓶恵子「ピッピの国の児童文学に広がる『暴力』」という文です。先日、リンドグレーンの「暴力は絶対だめ」を、ここでも紹介しましたが、その続き・・・なのか、その流れなのか、30年以上スウェーデン在住の三瓶恵子が執筆しています。

  三瓶恵子は、リンドグレーンのエーミールのシリーズ(ビヨーン・ベリイ絵 岩波)の訳者であり、評伝「アストリッド・リンドグレーン」(岩波)や、「人を見捨てない国、スウェーデン」(岩波ジュニア新書)の著者でもあります。(続く)

*「暴力は絶対だめ!」(アストリッド・リンドグレーン 石井登志子訳 岩波)
☆写真は、スイス ヴェンゲン

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ひげのおばさん

                 ひげ像j
(承前)
 映画「偉大なるマルグリット」を見た感想と、その内容を娘に話しました。アンダーグラウンドな登場人物の中に、「ひげ女」と呼ばれる髭の生えた女の人がトランプ占い師として出てきたというと、「あ!エーミールにも出てきた。ひげの女の人!」

 リンドグレーンの「エーミールと大どろぼう」です。
≪エーミールが年寄り馬に乗ってフルツフレードに「おおあばれ」しにでていくと・・・(中略)・・・大あばれしたい連中には、おもしろいものがいくらでもありました。サーカス・ダンス場、それに回転木馬など、たのしくゆかいな遊びのできる遊園地などがありました。・・・・それに、剣を飲む奇術師、火をはく奇術師、それから、あごやほおにぼうぼうとひげをはやした、でっかいおばさんがいました。・・・・(中略)・・・ひげがはえていたのが幸運で、おばさんは、お金をとってそのひげを見せものにし、かなりたくさんお金をもうけていました。≫
と、ひげのおばさんが登場し、エーミールと一緒に大泥棒をやっつけるという話です。

 実際に、イギリスの列車で、ひげの生えた女性を見かけたことがあります。もちろん、見せ物でなく、アンダーグラウンドな占い師でなく、市井の中年女性でした。ひげをぼうぼうとたくわえるのではなく、金色のひげがちょろちょろといった感じで、ちょうど映画に出てきた女性のような様子でした。
*「エーミールと大どろぼう」(アストリッド・リンドグレーン 尾崎義訳 ビヨルン・ベルイ絵 講談社青い鳥文庫)

☆写真は、ひげのおばさんではなく、スイス トゥーン Fulehung像(道化師)この街の伝説に由来するようですが、いかんせん、ドイツ語も苦手。

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暴力は絶対だめ!

サクシフラガ・アイゾイデスj
 連日のように、幼い子どもが虐待を受け、痛ましい結果になるニュースが流れます。
 信じられないような動機と、一様に、「しつけ」という言葉。
 幼い子どもが、粗相をするのは当たり前。泣くのも、わめくのも、彼らなりのコミュニケーション手段。

 かつて、自分自身も、なんで、泣きやまへんの?とイラッとしたことがないとはいいません。
 が、しかし、こんな可愛い笑顔、表情、動作、言葉・・・。幸せを分けてもらう方がずっとずっと多かった。

 「長くつ下のピッピ」の作者リンドグレーンは1978年ドイツ書店協会平和賞の受賞の際「暴力はぜったいだめ!」(岩波)とスピーチをします。そこでは、今まで人類が絶えず暴力に訴えてきたことを話し、その根本的解決を考えようとします。いつかはこの世界を動かすことになる現在の子どもが、今までどう扱われ育てられてきたかのか。ゲーテの言葉「人は自分が愛する人からのみ学ぶものである」を引用しながら、暴力に頼ったり手綱を引き締めたりせずに、子どもを育てたならば、永遠の平和を実現しうる新しい素質を持つ人間を生み出すことができるだろうか?と問います。

≪・・・子どもたちは、日常的に見たり、聞いたり、読んだりして、ついに暴力は、当たり前に起こるのだと思うことでしょう。ですから、物事を解決するには、暴力以外の別の方法があることを、わたしたちはまず自分の家庭で、お手本として示さなくてはならないのです。・・・・’中略・・・そうすることで、もしかすると、少しずつではあっても。世界平和に貢献できるかもしれません。≫

*「暴力は絶対だめ!」(アストリッド・リンドグレーン 石井登志子訳 岩波)
*「長くつ下のピッピ」(アストリッド・リンドグレーン 大塚勇三訳 岩波) 
☆写真は、スイスの花サクシフラガ・アイゾイデス。

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サクランボ会社

156ケンブリッジサクランボj
  「やかまし村はいつもにぎやか」  
(リンドグレーン文 大塚勇三訳 ヴィークランド絵 岩波)
 ≪・・・いつまでだって、すきなだけ、サクランボをおなかにつめこんでいてもいいのです、・・・とにかく、おなかがいたくなるまでは・・・。ええ、まい年、サクランボのなるころ、わたしたちは、ちょっとおなかをいたくします。でも、そのあとは、スモモの実がうれるころまでは、おなかをいたくしません。≫
 そして、サクランボ会社を作ったのは、ラッセとリーサとボッセ、それにブリッタとアンナとオッレのやかまし村の子どもたちでした。

 桃の類と並んで好きなのが、サクランボ。日本のおいしい桜桃。でも、なんであんなに高価なの?誕生日がこの季節だったら、サクランボのプレゼントがあるかもしれないな。来年から、誕生日を変えます宣言しようかな。いやいや、欲張ってはいけません。私の誕生日花はバラでした。だから、バラのプレゼント?いずれにしても、桃もサクランボもみんなバラ科!やっぱりバラが好きなんや。
・・・・が、しかし、やっぱり、くまのパディントン*のように誕生日が二回って言うのは、どう?夏に一回、クリスマスに一回・・・・と、すると、今は一体何歳?むむむむむ

 ともあれ、やかまし村の子どもたちのように、サクランボを、おなかがいたくなるまで食べてみたいなぁ。次は、スモモまで大丈夫なんだから。

*「やかまし村はいつもにぎやか」「やかまし村の子どもたち」「やかまし村の春・夏・秋・冬」(リンドグレーン作 大塚勇三訳 ヴィークランド絵 岩波)
*「くまのパディントン」シリーズ(マイケル・ボンド作 松岡享子訳 ペギー・フォートナム絵 福音館)

☆写真は、英国ケンブリッジの電話ボックス横のサクランボ。手が届きませんでした。

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