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みんなみすべくきたすべく

でておいでよう

たまごのあかちゃん
(承前)
 科学の絵本を紹介していたら、恐竜の絵本になり、いつのまにか、この赤ちゃん絵本にも、つながりました。
 
「たまごのあかちゃん」(かんざわとしこ文 やぎゅうげんいちろう絵 福音館)。もしかしたら、科学絵本の第一歩なのかもしれません。

≪たまごのなかで かくれんぼしている あかちゃんは だあれ?でておいでよ≫と繰り返し、にわとりのあかちゃん、かめのあかちゃん、へびのあかちゃん、ぺんぎんのあかちゃん、そして、きょうりゅうのあかちゃんと続きます。最後の最後は、言葉はないものの、わにの赤ちゃん登場です。
 
 この絵本の(たまごから)「でておいでよう」の繰り返し、その楽しい呼びかけを、当時、2歳前後だった孫は、身振り付きで(おいでおいでと手招きする動作)楽しみ、いろんなものに手招きしていたのを思い出します。

 また、写真左上に写る、同じく、柳生弦一郎➡➡の絵による「いろいろおせわになりました」➡➡も最後は、恐竜の登場になっています。こちらは、わらべうたですが、描かれた絵に、楽しい秘密が隠れていて、大人も楽しめますから、ぜひ、ゆっくり、絵を隅々、ご覧あそばせ。

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きょうりゅうのかいかた

きょうりゅうj

「きょうりゅうのかいかた」(くさのだいすけ文 薮内正幸絵 岩波の子どもの本)

もう1冊、恐竜の絵本。これは、お話の絵本です。科学の絵本ではありません。画家の薮内正幸絵は、写実的な動物の絵を描き、たくさんの絵本を出版しています。この人の描いた福音館「どうぶつのおかあさん」「どうぶつのおやこ」など、小さい子どものための絵本は、我が家でもぼろぼろになった絵本です。

 写実的な絵ということは、実在する動物たちを丁寧に見た結果、描いたものなのだろうと思います。が、その画家が、見たこともない恐竜の絵を描いたところに、この絵本の魅力があるのではないかと思います。

≪ どうぶつずきのきょうだいのまきとめぐみのところに、ある日おとうさんが、きょうりゅうをもらってきました。
「ふたりで、 ちゃんと かうんだよ」≫
二人は、恐竜に どんというなまえをつけ、どんの家のために大きさを計り、ともだちの力も借りて、家を作り、食べ物を調達・・・
そして、子どもたちと どんは仲良く、遊び、「あしたは どんと なにをして あそぼうかな。」で終わります。
子どもたちと仲良くなる動物が恐竜なだけで、犬でもネコでも、身近な動物と飼い方はほとんど同じ流れです。

4月に4歳になる孫は、この絵本が好きで、何度も読んだようです・・・といっても、恐竜に関心というより、恐竜が市民生活を送るための手続きに関心があって、その箇所は特に暗唱しているそうな。それは、最後のページの登録カードに書いてあることで、予防注射の項「7がつ10かに ちゅうしゃずみ」等。最後には市役所のハンコと「まちのどうぶつとして とうろくをうけつけます 7月15日」という署名。

赤ちゃんだった孫も、こうやって、市民生活の一員の自覚を持っていくのか・・・なあーんてね。(続く)

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ちいさな虫のおおきな本

虫の本
(承前)
「もりのおくのクリスマスツリー」➡➡の作者ユーヴァル・ゾマーは、虫の絵本も描いています。
「ちいさな虫のおおきな本」(日本語版監修:小松貴 東京書籍)

虫が嫌いな人は、手に取らないかもしれませんね。表紙から小さな虫がたくさん描かれていますから。

が、苦手な虫もあるけど・・・くらいの人は、このちょっと、可愛げな大きな絵本は、絶対楽しめます。もちろん、虫にあまり偏見のない子どもたちなら、この絵本のなかに詰まっている、虫世界の知識も増えるし、綺麗な絵にも出会えます。

  花は好きだけれど、虫はねぇ・・・と、勝手なこと言っている人も居るでしょう。
 花が咲き、実がなり、樹木が育つのは、虫や他、生物が媒介しているのですから、時々は、花や葉や実を食い荒らす憎っくき虫なども、生きるためなんだねぇと余裕の気持ちで、接したい、
 地球の上に、同じく生を受けたご縁。子どもたちのように、偏見なく、この絵本を楽しみたいと思います。

 さて、この絵本には、カマキリが登場するのですが、孫は、夏の終わりに、じいじがバッタやカマキリを素手で掴んだことが、よほど、印象的だったらしく、そのことを、カマキリの箇所で、教えてくれました。カマキリは、こーんな手をしてるんだよ、と身振りを添えて…

 いわゆるお話の絵本ではありません。(自然)科学の絵本の場所にあります。

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おかあさんは、なにしてる?

マリノ (1)j
(承前)
 くんちゃんがお気に入りの孫(3歳)が、図書館で借りたのが同じドロシー・マリノの描く「おかあさんは、なにしてる?」(ドロシー・マリノ作・絵 こみやゆう訳 徳間書店)でした。

 なぜ、同じ作者とわかるのか、不思議です。片やクマの子だし、片や幼稚園に行く子どもたちの話です。もちろん、同じ画家ですから、色合い、雰囲気は同じなのですが、数ある図書館の絵本から選びだしたのも興味深いことです。ま、作者別になって、くんちゃんと並んでいた、単なる偶然だと思いますが・・・

 くんちゃんも、ほとんど、暗唱できるくらい、なんども読んでもらっていましたが、ある時、孫の母親が動画を送信してきました。孫が、母親に「絵本読んであげよう」と読んでいるシーンでした。
 お布団に寝そべって、お風呂上がりの吸水タオルを頭にまき、読んでいるのが、「おかあさんは、なにしてる?」でした。(毎晩、寝る前に、母親が3冊読むようですから、動画は、別の絵本2冊のもありました。)

 まだ、「サ行」や「タ行」が、しっかり言えない孫が読むのは、
「・・・ふたごのリンダと ライルが、がっこうで しゃんすう(算数)を ならっているとき、 リンダとライルの おかあしゃん(おかあさん)は、かいしゃで けいしゃん(計算)を ちています(しています)。・・・」「シュージャン(スーザン)が、ビーズのかざりを ちゅくっているとき(作っているとき)、シュージャンのおかあしゃん(おかあさん)は、シュージャン(スーザン)のあたらしい ふくを ちゅくっています(作っています)。」「マイケルが、しゃくぶん(作文)をかいているとき、マイケルのおかあしゃん(おかあさん)は、おばあちゃんに てがみを かいています。・・・・」

 しゃんすう(算数)がなにか、しゃくぶん(作文)が何かも、まったく知らない3歳の孫ですが、おかあしゃんお母さんの読んでくれるお話は、しっかりと耳にとどめ、楽しんでいる様子です。子どもに本を読んでもらえるなんて、なんて幸せなひとときなのでしょう。

☆上記写真は、「おかあさんは、なにしてる?」の表紙ですが、中央、ジェーンと手を繋いでいるのは、ジェーンのおかあしゃん
お母さんではありません。さて、だれでしょう? 

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くま、くるみ、くまんばち

マリノ (2)j
 くんちゃんのシリーズは、秋の今なら、「くんちゃんはおおいそがし」。夏なら「くんちゃんのもりのキャンプ」冬なら「くんちゃんのだいりょこう」クリスマスシーズンは、「くんちゃんのふゆのパーティー」などなど、四季折々の話があります。なので、保育現場で、日々、読んだり、家庭で、四季を感じながら楽しむことのできるシリーズです。

 作者のドロシー・マリノは、「ふわふわくんとアルフレッド」「おかあさん なにしてる?」「スティーヴィーとこいぬ」➡➡「ベンジーのもうふ」など、小さい子どもの生活を、その子の目線で、優しく描くことのできる作家です。(ただし、後ろ二冊の文は、マイラ・ベリー・ブラウン)

 それで、今夏、激しい夕立のあとの大きな虹を見た孫(3歳)に、「くんちゃんとにじ」を貸しました。
 繰り返し読めとせがんでいたようですから、次に、うちにきたとき、くんちゃんのシリーズ全冊、広げたら、「わぁ、くんちゃん、いっぱーい!!!」と、すべて、持って帰りました。
 するうち、保育園でアデノウィルスが流行し、孫もその洗礼を受け、高熱が出ました。
 夜、うなされながら、彼女がつぶやいたのは「くま、くるみ、くまんばち・・・・」という言葉。

 「くま、くるみ、くまんばち」は、「くんちゃんの「はじめてのがっこう」の中で、初め、学校になじめないくんちゃんが、優しい先生の導きで、教室に入るきっかけとなったシーンで、くんちゃんが大声でいう言葉です。

 高熱と戦う孫のつぶやいた一言は、彼女の奥の奥で力となっていた大事なものを見せてくれたような気がします。(続く)

くんちゃんのシリーズ(ドロシー・マリノ作)
「くんちゃんのだりょこう」(石井桃子訳 岩波)「くんちゃんのはじめてのがっこう」「くんちゃんのはたけしごと」「くんちゃんのもりのキャンプ」「くんちゃんとにじ」「くんちゃんはおおいそがし」(まさきるりこ訳 ペンギン社)「くんちゃんとふゆのパーティー」(あらいゆうこ訳 ペンギン社)
「おかあさんは、なにしてる?」(ドロシー・マリノ こみやゆう訳 徳間書店)
「ふわふわくんとアルフレッド」(ドロシー・マリノ 石井桃子訳 岩波)
「スーザンとマイケルはいちねんせい」(ドロシー・マリノ まさきるりこ訳 アリス館)
「スティーヴィーのこいぬ」「ベンジーのもうふ」(マイラ・ベリー・ブラウン文 ドロシー・マリノ まさきるりこ訳 あすなろ書房)

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ちいさなねこ

ねこ8j
 昨年、孫と「いたずらこねこ」(バーナディン・クック文 レミイ・シャーリップ絵 まさきるりこ訳 福音館)のことを書きました。➡➡
 あの頃も、そのあと、うちで長期間暮らしていた頃も、このこねこの話がとても気に入った様子だったので、他のこねこの絵本を持ち出してみました。
 それが、「ちいさなねこ」(石井桃子文 横内襄絵 福音館)でした。
 孫は、表紙を見るなり、「おおっきい にゃんにゃん」と指さしました。実は、表紙の絵は、話の主人公の小さな猫です。お母さんねこが見ていない間に一人で出かけていった子猫なのです。
 たしかに、おっしゃる通り・・・表紙には対象物が描かれていないので、画面いっぱいの大きい猫です。
 逃げ出して、こどもにつまりそうになり、自動車にひかれそうになり、大きな犬に通せんぼされる絵で初めて、この子猫の小ささがわかります。

 お話は、木に登り、降りられなくなった子猫をお母さんが助けに来て、おっぱいを飲んで「ああ、よかった」です。お話としては、子どもたちがよくわかる話なのですが、お話を聞いている小さな子どもには、写実的にきちんと描かれた絵が、よくわかる絵とは限らないということがわかります。
 較べてみると、「いたずらこねこ」は一本の線で距離を表し、一色だけ使われたところが小さな池で、かなりデフォルメされていましたが、それがかえって、お話を耳にするこどもたちには、よくわかる絵となって、楽しめるのだと思います。

☆写真の絵本「ちいさなねこ」の前にいるのは、「グリーンノウの子どもたち」(L・M・ボストン 亀井俊介:訳 評論社)に出てくるトービーの彫り物のネズミ。グリーン・ノウのお屋敷で買いました。横からのぞいているのは、スコットランドで買ってきた犬の指人形。

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手に負える

おまじない3
 先日、孫がきたとき、その前に持ち帰った絵本と交換に、また、違う絵本を持って帰りました。見ると、「スモールさんのシリーズ」(福音館)➡➡や、「ピーレットのやさいづくり」「(岩波)➡➡など、小型の絵本ばかりです。また、前回持ち帰らなかったブルンミのシリーズ「びょうきのブルンミ」➡➡ 、事前予約してきていました。

 「どろんこハリー」➡➡も、繰り返し読んでもらった事があったし、「ウルスリとすず」➡➡も内容を時々、家で話に出すようなのに、持って帰りません。もちろん、今現在ははとても怖い「かいじゅうたちのいるところ」は触りもしません。2歳になったばかりの頃は、食い入るように見ていたのに…➡➡
 
 2歳半の子どもは、自分が持ちやすい、めくりやすい本を知っているのでしょう。自分の手におえるものが、わかっているとしか思えません。いずれ、大判のババールの絵本を持ち帰る日が来るでしょうが、今は、自分の小さな手におさまる絵本を探し出しています。
 ちなみに前回持ち帰ったのは、「ゆうびんやのくまさん」「パンやのくまさん」(福音館)「おやすみアンニパンニ」「ブルンミとアンニパンニ」(風濤社)「7ひきのこうさぎ」(文化出版局)「スモールさんはおとうさん」(福音館)など。このときも、小型絵本中心です。

*スモールさんシリーズ「スモールさんはおとうさん」など(ロイス・レンスキー わたなべしげお訳 福音館)
*「ピーレットのやさいづくり」(ウォリカ・ヴィドマーク文 イングリッド・ニイマン絵 高橋麻里子訳 岩波)
*ブルンミとアンニパンニのシリーズ「おやすみ アンニパンニ!」「ブルンミとアンニパンニ」「びょうきのブルンミ」(ベロニカ 羽仁協子訳 風濤社)
*「ゆうびんやのくまさん」「パンやのくまさん」(「フィービ&セルビ ウォージントン作 間崎ルリ子訳 福音館)
*「7ひきのこうさぎ」(ジョン・ベッカー バーバラ・クーニー 岸田衿子訳 文化出版局)
☆写真は、スイス ルガーノ

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おおきくなっても

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 かつて、おばさんになってから行った大学院での修士論文は、平たく言えば、赤ちゃんとお母さんと絵本についての考察でした。その頃(15年以上前)は、日本の赤ちゃんの絵本は限定的で、イギリスのブックスタートからも論じたこともあって、わざわざ、イギリスから、赤ちゃん絵本を取り寄せたくらいでした。
 また、年々、お母さんたちに絵本の話をする集まりも、子どもが幼稚園、子どもが就園前、子どもが赤ちゃん・・・と、年齢が下がっていき、ついには、赤ちゃんの絵本中心の話をすることが増えました。
 今や、書店には、赤ちゃん絵本のコーナーが設けられ、しかも、結構なスペースで設置されています。そこには、抱っこして、読んでもらっている赤ちゃんも、多々、見かけられるようになりました。
 絵本への関心が広がったのは、いいことだと、単純に思います。少なくとも、そういった場所で、読んでいるお母さんお父さんは、楽しそうですから。願うのは、その赤ちゃんたちが、字が読めるようになって 大きくなっても、読んでもらえたらということ。

 赤ちゃんの絵本には、まだ、視力の弱い彼らが、見やすい絵であることや、リズミカルな言葉、身近な内容などなど、条件がありますが、ここで何度も登場する「おおきくなったら」(福音館)(チェコのわらべうた)➡➡   ⇒⇒   ➡➡は、その条件をたくさん満たしています。
☆写真は、4か月の孫と2歳半の孫が、お母さんに「おおきくなったら」(ヨセフ・ラダ 内田莉莎子訳 福音館)を読んでもらっているところ。

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ウルスリのすず

カリジェ25j
 「ウルスリのすず」(ゼリーナ・ヘンツ文 カリジェ絵 大塚勇三訳 岩波)
(承前)安野光雅の「旅の絵本」(スイス編)(福音館)に、申し訳程度に登場したのは、「ウルスリのすず」➡➡のウルスリですが、「ウルスリとすず」は、岩波から出版されたカリジェの6冊の絵本のなかでは、お話が一番短く、わかりやすい展開です。他の絵本よりも、スイスの風景の書き込みも少ない分、主人公の動きだけを見ることができます。

≪ずっと遠く、高い山やまの、そのおくに、みなさんみたいな男の子が、すんでいます。(中略)ほーら、これがウルスリ、山の子です。小さいながら、おとなみたいなかっこうです!あたまには、やまのてっぺんみたいにとんがった、とんがりぼうしがのっていますね。これは、いま、ウルスリのうちでねている、ヒツジの毛からつくったのです。そう、ウルスリのおかあさんは、毛をつむいだり、あんだり、おったりして、むすこのきものや、ぼうしをつくってくれるのです。おとうさんも、ウルスリのくつにびょうを打ってくれるし、しょっちゅう、いろんなものをつくってくれます。≫

・・・と、ウルスリの様子がよくわかります。そして、お母さんとお父さんに愛され育つウルスリが、一晩帰ってこない事件が・・・

 2歳半の孫に、この絵本の大筋を絵を見ながら説明しました。すると、大きい鈴(カウベル)小さい鈴、一晩帰ってこないウルスリを探す大人たち、泣いている親たち、朝になって帰ってきたウルスリ、みんなより大きい鈴で、意気揚々と歩くウルスリを、場面場面で理解したようです。というのも、3回ほど説明をせがんだ後、孫は、自分の母親に、この絵本を見せ、説明していたからです。
「ここはね、おかあさん、ただいまーって、いってるよ。大きな鈴もってきたんだよ」
カリジェjj

追記:この絵本は、「大雪」(ゼリーナ・ヘンツ文 カリジェ絵 生野幸吉訳)とともに長らく品切れになっていましたが、2018年11月に再版されるようです。(岩波「図書」10月号より)
☆写真上、スイス トゥルン カリジェの里の駅舎(2005年撮影)

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からすのパンやさん

カラスのぱんや12
 先日亡くなった加古里子の絵本➡➡「とこちゃんはどこ」(松岡享子文 加古里子絵 福音館)があります。
 お母さんがちょっと目を離すと すぐにとことこかけだして どこかへいってしまう赤い帽子をかぶったとこちゃんを探す絵本です。
 幼い子は、赤い帽子のとこちゃんを、たくさん描かれた人の中から探し出すことに喜びを見つけます。これは、「ぼくのブッペはどこ?」 (イロン・ヴィークランド作 藤田千枝訳 福音館)➡➡で、子犬を見つけ出す楽しみを見つけていた当時一歳8か月の孫が2歳になった新しい楽しみでもあります。

 と、同時に、内容は2歳児には到底長すぎるお話の「からすのパンやさん」(加古里子 偕成社)にも、孫は楽しみを見つけ出しました。今度は探し出すのではありません。かといって、そのストーリーを楽しむのでもありません。写真に写る、いろんな種類のパンが描かれたページのとりこになっているのです。

 2歳前後は、言葉の爆発期と言われるくらい言葉が一気に増える時期です。
 また、「これは?」「これなに?」と、ものの名前を知ろうと、質問する第一質問期でもあります。≪*第二質問期は、3歳以降の、「なんで?」「どうして?」≫
 まさに、その時期にあたる孫には、このページに描かれた、各種のパンの名称を読んでもらうのは、大きな喜び。

≪ゆきだるまパン すいかパン ヘリコプターパン とんぼパン なすパン はぶらしパン・・・・・≫と実際にありそうなのから、そんなのあるの?といったパンも各種。
 また、自分でもわかるパンも多々あります。
≪うさぎパン  ねずみパン きりんパン ちょうちょパン ぶどうパン みかんパン パンダパン・・・・≫

 そして、一旦その名前が分かってしまうと、今度は、「かみなりパン 食べた」「ひこうきパン おとうさんと たべた」などと言い、楽しんでいるのです。

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