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みんなみすべくきたすべく

手に負える

おまじない3
 先日、孫がきたとき、その前に持ち帰った絵本と交換に、また、違う絵本を持って帰りました。見ると、「スモールさんのシリーズ」(福音館)➡➡や、「ピーレットのやさいづくり」「(岩波)➡➡など、小型の絵本ばかりです。また、前回持ち帰らなかったブルンミのシリーズ「びょうきのブルンミ」➡➡ 、事前予約してきていました。

 「どろんこハリー」➡➡も、繰り返し読んでもらった事があったし、「ウルスリとすず」➡➡も内容を時々、家で話に出すようなのに、持って帰りません。もちろん、今現在ははとても怖い「かいじゅうたちのいるところ」は触りもしません。2歳になったばかりの頃は、食い入るように見ていたのに…➡➡
 
 2歳半の子どもは、自分が持ちやすい、めくりやすい本を知っているのでしょう。自分の手におえるものが、わかっているとしか思えません。いずれ、大判のババールの絵本を持ち帰る日が来るでしょうが、今は、自分の小さな手におさまる絵本を探し出しています。
 ちなみに前回持ち帰ったのは、「ゆうびんやのくまさん」「パンやのくまさん」(福音館)「おやすみアンニパンニ」「ブルンミとアンニパンニ」(風濤社)「7ひきのこうさぎ」(文化出版局)「スモールさんはおとうさん」(福音館)など。このときも、小型絵本中心です。

*スモールさんシリーズ「スモールさんはおとうさん」など(ロイス・レンスキー わたなべしげお訳 福音館)
*「ピーレットのやさいづくり」(ウォリカ・ヴィドマーク文 イングリッド・ニイマン絵 高橋麻里子訳 岩波)
*ブルンミとアンニパンニのシリーズ「おやすみ アンニパンニ!」「ブルンミとアンニパンニ」「びょうきのブルンミ」(ベロニカ 羽仁協子訳 風濤社)
*「ゆうびんやのくまさん」「パンやのくまさん」(「フィービ&セルビ ウォージントン作 間崎ルリ子訳 福音館)
*「7ひきのこうさぎ」(ジョン・ベッカー バーバラ・クーニー 岸田衿子訳 文化出版局)
☆写真は、スイス ルガーノ

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おおきくなっても

えほん2j
 かつて、おばさんになってから行った大学院での修士論文は、平たく言えば、赤ちゃんとお母さんと絵本についての考察でした。その頃(15年以上前)は、日本の赤ちゃんの絵本は限定的で、イギリスのブックスタートからも論じたこともあって、わざわざ、イギリスから、赤ちゃん絵本を取り寄せたくらいでした。
 また、年々、お母さんたちに絵本の話をする集まりも、子どもが幼稚園、子どもが就園前、子どもが赤ちゃん・・・と、年齢が下がっていき、ついには、赤ちゃんの絵本中心の話をすることが増えました。
 今や、書店には、赤ちゃん絵本のコーナーが設けられ、しかも、結構なスペースで設置されています。そこには、抱っこして、読んでもらっている赤ちゃんも、多々、見かけられるようになりました。
 絵本への関心が広がったのは、いいことだと、単純に思います。少なくとも、そういった場所で、読んでいるお母さんお父さんは、楽しそうですから。願うのは、その赤ちゃんたちが、字が読めるようになって 大きくなっても、読んでもらえたらということ。

 赤ちゃんの絵本には、まだ、視力の弱い彼らが、見やすい絵であることや、リズミカルな言葉、身近な内容などなど、条件がありますが、ここで何度も登場する「おおきくなったら」(福音館)(チェコのわらべうた)➡➡   ⇒⇒   ➡➡は、その条件をたくさん満たしています。
☆写真は、4か月の孫と2歳半の孫が、お母さんに「おおきくなったら」(ヨセフ・ラダ 内田莉莎子訳 福音館)を読んでもらっているところ。

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ウルスリのすず

カリジェ25j
 「ウルスリのすず」(ゼリーナ・ヘンツ文 カリジェ絵 大塚勇三訳 岩波)
(承前)安野光雅の「旅の絵本」(スイス編)(福音館)に、申し訳程度に登場したのは、「ウルスリのすず」➡➡のウルスリですが、「ウルスリとすず」は、岩波から出版されたカリジェの6冊の絵本のなかでは、お話が一番短く、わかりやすい展開です。他の絵本よりも、スイスの風景の書き込みも少ない分、主人公の動きだけを見ることができます。

≪ずっと遠く、高い山やまの、そのおくに、みなさんみたいな男の子が、すんでいます。(中略)ほーら、これがウルスリ、山の子です。小さいながら、おとなみたいなかっこうです!あたまには、やまのてっぺんみたいにとんがった、とんがりぼうしがのっていますね。これは、いま、ウルスリのうちでねている、ヒツジの毛からつくったのです。そう、ウルスリのおかあさんは、毛をつむいだり、あんだり、おったりして、むすこのきものや、ぼうしをつくってくれるのです。おとうさんも、ウルスリのくつにびょうを打ってくれるし、しょっちゅう、いろんなものをつくってくれます。≫

・・・と、ウルスリの様子がよくわかります。そして、お母さんとお父さんに愛され育つウルスリが、一晩帰ってこない事件が・・・

 2歳半の孫に、この絵本の大筋を絵を見ながら説明しました。すると、大きい鈴(カウベル)小さい鈴、一晩帰ってこないウルスリを探す大人たち、泣いている親たち、朝になって帰ってきたウルスリ、みんなより大きい鈴で、意気揚々と歩くウルスリを、場面場面で理解したようです。というのも、3回ほど説明をせがんだ後、孫は、自分の母親に、この絵本を見せ、説明していたからです。
「ここはね、おかあさん、ただいまーって、いってるよ。大きな鈴もってきたんだよ」
カリジェjj

追記:この絵本は、「大雪」(ゼリーナ・ヘンツ文 カリジェ絵 生野幸吉訳)とともに長らく品切れになっていましたが、2018年11月に再版されるようです。(岩波「図書」10月号より)
☆写真上、スイス トゥルン カリジェの里の駅舎(2005年撮影)

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からすのパンやさん

カラスのぱんや12
 先日亡くなった加古里子の絵本➡➡「とこちゃんはどこ」(松岡享子文 加古里子絵 福音館)があります。
 お母さんがちょっと目を離すと すぐにとことこかけだして どこかへいってしまう赤い帽子をかぶったとこちゃんを探す絵本です。
 幼い子は、赤い帽子のとこちゃんを、たくさん描かれた人の中から探し出すことに喜びを見つけます。これは、「ぼくのブッペはどこ?」 (イロン・ヴィークランド作 藤田千枝訳 福音館)➡➡で、子犬を見つけ出す楽しみを見つけていた当時一歳8か月の孫が2歳になった新しい楽しみでもあります。

 と、同時に、内容は2歳児には到底長すぎるお話の「からすのパンやさん」(加古里子 偕成社)にも、孫は楽しみを見つけ出しました。今度は探し出すのではありません。かといって、そのストーリーを楽しむのでもありません。写真に写る、いろんな種類のパンが描かれたページのとりこになっているのです。

 2歳前後は、言葉の爆発期と言われるくらい言葉が一気に増える時期です。
 また、「これは?」「これなに?」と、ものの名前を知ろうと、質問する第一質問期でもあります。≪*第二質問期は、3歳以降の、「なんで?」「どうして?」≫
 まさに、その時期にあたる孫には、このページに描かれた、各種のパンの名称を読んでもらうのは、大きな喜び。

≪ゆきだるまパン すいかパン ヘリコプターパン とんぼパン なすパン はぶらしパン・・・・・≫と実際にありそうなのから、そんなのあるの?といったパンも各種。
 また、自分でもわかるパンも多々あります。
≪うさぎパン  ねずみパン きりんパン ちょうちょパン ぶどうパン みかんパン パンダパン・・・・≫

 そして、一旦その名前が分かってしまうと、今度は、「かみなりパン 食べた」「ひこうきパン おとうさんと たべた」などと言い、楽しんでいるのです。

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へへののもへじ

へへののもへじj
≪まくら さよなら 
あさが きた
おきた 
ふく きた 
じょうずに
できた≫
で、始まるこの「へへののもへじ」(高梨章文 林明子絵 福音館)は、リズミカルな言葉遊びを楽しめる1冊です。

 この絵本全体を通じて言えるのは、少々、古臭い生活。つまり、昭和の匂いぷんぷんの室内・外です。近所の塀に落書きなんて。 今なら、よそのおうちの塀に落書きなんて、訴えられますよ。
≪あかんぼ ねむった
 やっと あそべる
そとへ でて
へいに らくがき 
へのへのもへじ
へへへ へたくそ
へへののもへじ
へんな らくがき 
みつかったって
へいき へいき
へのかっぱ≫

が、声に出して読んでみると、林明子の絵と相まって楽しさ倍増。林明子の描く、昭和の風景の片隅には、ちょっとした秘密も隠されていて、2歳の孫も、十分楽しんでいるものの、時代の問題か、否か、今や、出版されていないようです。

≪たべる
しゃべる 
すぐ さわぐ
たおして 
こぼして
ちらかして
あかんぼ いやいや
ぼくは いやいや
ぼくは にやにや
ぱぱは ひやひや
まま てんやわんやの
ゆうごはん≫

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かいじゅうたちのいるところ

かいじゅう48
 センダックの「かいじゅうたちのいるところ」(神宮輝夫訳 冨山房)については、いろんなところで話し、ここでも何度か書きました。➡➡
 子どもたちの心の深いところにはいり、子どもたちの心をつかむことのできる楽しい1冊であること。
 ただ、ぴったりくる年齢には個人差があり、怖がるが時期もあること。などなど。

 それで、この「かいじゅうたちのいるところ」人形を納戸(といっても、マンションの収納部)にしまっていますが、絵本も少しあるその空間へ、ある日、ちょこちょこ入ってきた孫は、それを見て、ぎゃー!と泣きました。しっかり歩けるようになった頃のこと。
 その後は、抱っこでしか、そこに入ってきませんでした。が、抱かれていても、気になって、ちらちら見ながらも、まだまだ怖い様子。
 それが、仕事で使うように出していた「かいじゅうたちのいるところ」に気付き、「怖くない?}「怖くない?」と聞きながら、「読んで」と差し出しました。それは、2歳になる少し前のこと。

 全文、聞けるかな?と思いつつも、
≪あるばん マックスが おおかみの ぬいぐるみを きると≫≪ おおあばれ≫と、読みだすと、身を乗り出して聞いています。
ついには、全文、そのまま聞き、「もう一回!」とせがみました。
 
 その後、孫にとって、この本は「怖い本」というタイトルに落ち着いたようで、読まない日はありません。ちなみに、「スモールさんはおとうさん」(ロイス・レンスキー わたなべしげお訳 福音館 童話館)➡➡は、そのタイトルどおり「スモールさんはおとうさん 読んで」と持ってくるので、「かいじゅうたちのいるところ」というタイトルを知らないわけではなさそうなのですが・・・・

 文字のない「かいじゅうおどり」の3シーンで、踊り出すとまで行きませんが、食い入るように見つめるのは、「月」の光。ページごとに変わっていくお月さまの形が気になる様子。

 「いるいるおばけがすんでいる」(ウエザヒル出版社)というタイトルだった時代から、この絵本を楽しんできたばあばであり、うちの子どもたちですが、こんなに幼くても惹きつけるものが、この絵本にあることは、孫に教えてもらったたくさんのことの一つです。

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どろんこハリーの秘密

ハリーj
 どろんこハリーの絵本を紹介した年明け早々➡➡には、孫も、まだ興味を示さなかった「どろんこハリー」(ジーン・ジオン文 マーガレット・ブロイ・グレアム絵 わたなべしげお訳 福音館)ですが、今や、お話を聞いて、しかも、いちいち、蝶々だとか、小鳥だとか、子猫だとかを、指さして楽しんでいます。

 孫と この絵本を楽しんでいると、白黒で、はっきりくっきり描かれたこの絵本が、とても分かりやすい絵だと再認識できます。そして、わかりやすい展開。多分、黒いぶちのある黒い犬と、白いぶちのある黒い犬の差なんて、2歳の孫には、理解できていないと思います。ただ、ただ、わんわんが、・・・お風呂から逃げ出して、楽しそうに遊びまわって、最後はお風呂に入って・・・という、流れを楽しんでいるのだと思います。
 それで、細かい絵にも注意が向いて、面白いところのいっぱいある絵本だなぁ・・・と。

 そして、まだ、孫が気付いていない、ハリーの秘密。ハリーの身体がどんなに汚れようと、どんなにお風呂で綺麗になろうと、このわんわん、右耳が折れているの、知ってました??・・・それは、ハリーのシリーズのハリーすべてに当てはまります。
 支持されてきた絵本には、このちょっとした秘密が、隠れていることが多い…見つけてもらえたら、嬉しいなぁと思う、作者の遊び心だと思います。

*「どろんこハリー」「うみべのハリー」「ハリーのセーター」(ジーン・ジオン文 マーガレット・ブロイ・グレアム絵 わたなべしげお訳 福音館)
*「ハリーのだいかつやく/ハリーのうたうおとなりさん」(もりひさし訳 ペンギン社/こみやゆう訳 大日本図書)

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いぬのティンカー

スモールさんjj
かつて35年以上前、我が家のスモールさんの絵本と言えば「ちいさいきかんしゃ」「ちいさいしょうぼうじどうしゃ」(ロイス・レンスキー わたなべしげお訳 福音館)の2冊が、長男の大のお気に入りでした。
 スモールさんご自慢の機関車の部位の説明のページと、消防自動車の部位の説明のページは、特に好きで、一人でページを開いてよく見ていました。
 今、孫(もうすぐ2歳!)が、食い入るように見るのは、消防自動車に、座ったまま乗っている犬のティンカーです。
火事で出動するときは、走ってきます。が、スモールさんが、消防活動で忙しい時は、画面に出てこないので、孫はいちいち聞いてきます。「わんわんは?」
 これは、先日書いた同じレンスキーの「はるがきた」➡➡ の時と同様です。が、ここで、孫の成長わかりますか?今は、わんわんを単に指さすよりも、わんわんが、いないことを気にして、所在を質問しています。

 閑話休題。
 そうなのです。スモールさんを描いたレンスキーは、犬好きに違いないのです。
 「ちいさいきかんしゃ」には、犬の登場は一度しかありませんが、「ちいさいじどうしゃ」にも、「スモールさんののうじょう」にも「スモールさんはおとうさん」にも「おまわりさんのスモールさん」にも、登場しています。「ちいさいヨット」に至っては、犬のティンカーも一緒に航海するのです。
 ということで、わんわんの登場しない、しかもカウボーイやパイロットという仕事が、まだまだ、想像しにくい「カウボーイのスモールさん」「ちいさいひこうき」は、2歳前の彼女には「もう一回おんで(読んで)」にはなりません。(続く)
 *スモールさんのシリーズ(ロイス・レンスキー わたなべしげお訳 福音館 童話館)

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おむつは いや いや おむつは いやよ

        人形j
お口の達者な孫は、歌が好きで、ついに、保育所でも替え歌を先生に聞かせてあげるほど。
♪ぴよぴよしてた~ら~ ばあばに なっちゃった♪などは序の口で、
♪おむつは いーや いや おむつは いやよ♪(「小さい秋見つけた」の後半のメロディ 目かくし鬼さんのところ)
♪あーなたのおなまえは?♪♪ブドウです(自分の名前を言わず、ブドウやイチゴなどと答えます)♪あら、すてきなお名前ね♪
♪グーチョキ バアバ グーチョキ バアバ なに つくろ なに つくろ みぎては じいじ ひだりては ばあば ばあばー ばあばー♪

 末は、替え歌歌手かなぁなどと、話しております。

 また、絵本を読んでもらうのも好きで、絵本の非常に細かい絵にまで気が付くので、ばあばとしては、老眼鏡必須の絵本タイムです。
 読み方の間違いをよく指摘した、長男の年齢にまだ達していないのが、幸いですが、いずれ、そのようなご指摘を受ける日も近いと思います。

 孫と絵本については、書くことが多く、というか、彼女の成長に、カ・リ・リ・ロばあばの筆が追い付かず、連休に突入。そして、孫は、2歳になります。
☆写真は、スイス シュタイン・アム・ラインで

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おはよう おやすみなさい おつきさま

おやすみなさいj
(承前)
 中川李枝子文の絵本は、言葉がリズミカルで、楽しい空気がにじみ出ます。押しつけがましいところがなく、自然な言葉使いが、子どもたちが受け入れてきた背景だと思います。➡➡

 上の写真の「おやすみなさい おつきさま」(マーガレット・ワイズ・ブラウンさく クレメント・ハード絵 瀬田貞二訳 評論社)は翻訳絵本ではありますが、瀬田貞二のリズミカルな訳によって、日本の小さな子どもたちも楽しめる1冊です。

 うちの末娘が小さい頃、この絵本をいつも抱えていたことを思い出すと、今、まだ2歳になっていない孫に、早いかなと思いまだつつも、読んでみると、「も、いっかい おんで(読んで)」。
 
 ≪おおきな みどりのおへやのなかに でんわが ひとつ あかい ふうせん ひとつ えの がくが ふたつ――――≫
で、始まるこの絵本。読みながら、「ああ、いったい何度、読んだだろう」と懐かしい気持ちになる ばあば。
 もちろん、末娘であるところの叔母さんも、「この本、大好きやってん」と、愛おしそうな視線。

写真で、開いているページの≪おやすみ おへや≫の次から、続く≪おやすみ  〇〇さん≫の繰り返し。
何度読んでも、心が落ち着いてきます。

いつのまにか、暗くなっていく部屋の様子に眼を凝らしながら、耳では ばあばの声を聞いている孫。

ちょろちょろ動き回っているネズミさん、 暖炉の火・・・・「しずかにおし」というおばあさん。どの画にも興味津々の孫。
最後のページで暗くなった部屋のベッドで寝ているウサギさんを見ると、こうやって、眠りにつく幸せを想います。

とはいえ、先日、朝早く、起きてすぐ、まだ、パジャマも、おむつさえ変えていないのに、「これ、おんで(読んで)」と、孫が差し出したのは、この絵本 「おやすみなさい おつきさま」。

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