みんなみすべくきたすべく

テキスタイルミュージアム

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(承前)
 かつて、ザンクトガレンに行ったときには、テキスタイル美術館が、この街にあることを知りませんでした。娘が刺繍やレースや、そういう仕事に携わるようになってから、娘の父親も、その分野に関心が生まれました。
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 以前、レマン湖畔 モルジュの街で手芸店に入った時、≪今や、スイス刺繍というのは、ザンクトガレンでのみ。そこのミュージアムに行ったら、見られるよ。≫などと教えてもらっていたので、次回行ったらと、娘の父親は目論んでいたようです。
 
 で、ザンクトガレンに行くことに。
 しかしながら、結局、今夏は、娘もスイスに後半一部合流し、娘は自分自身で、テキスタイル美術館に行くことになりました。ところが、娘より先に行って、情報をと思う父親心は、ザンクトガレン行きを変更せず、綺麗な展示品を見ることになったわけです。
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 今、巷に流行る、レースの服ですが、このしっかりした厚みのレースは、ゴージャスで美しい。
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ヴェヴェイの小さな家

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(承前)
 レマン湖畔、ヴェヴェイの街はずれにあるル・コルビジェの「小さな家」の中には、何枚かの絵が飾られています。上の写真に写る絵の額には、窓の向こうのレマン湖が写っているのがおわかりいただけるでしょう。
 つまり、右を見れば湖、左を見れば絵画。(反対でも同じ)
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 この三枚目の左の絵は、どうもル・コルビジェの考えだした、人間が立って片手を挙げた寸法と建物の寸法の黄金比とやらに関係ある絵のようです。(モデュロールというらしい)その点について、カ・リ・リ・ロには難しくて、よくわからないのですが、この横長の「小さい家」の比と同じように思える建築物が、レマン湖畔のいろんな場所で見かけたのは事実です。どれも景観を邪魔せず、すっきりとレマン湖を望んで立っているのが共通していました。かつて、村長さんに敬遠された「小さな家」が、ヴェヴェイ以外でも、増えていたのでした。(続く)ル14j 

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ル・コルビジェの小さな家

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(承前)
 ル・コルビジェが両親に日の光と共に送った小さな家は、近隣では、本当に小さいものでした。が、とても機能的。ル・コルビジェのお母さんが100歳まで暮らした家ですから、生活の匂いも残って居ます。
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小さな扉を開けると洗面だったり、収納の仕切りは、部屋に仕切りになったり、窓がないと通気の悪いところは、高い場所に窓があり、トイレ・台所・バスタブ・洗面・暖房・・・そして、湖を見渡し、くつろげる大きな空間。そのくつろぐ高さには大きな窓があり・・・
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 面積の狭い、しかも細長い家として、使い勝手の良いものを考えたら、ああなった。とはいえ、狭い空間なら、日本もお得意ですから、日頃、広い空間になれている人たちが感心する点があったとしても、こんなん日本にあるわ・・・と、少々冷めた目で見たものもなくはないです。
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 今や庭の木が切り落とされなくなってはいますが、木があれば、もっと素敵だったに違いないと思います。湖からでも、建物自体が見えるようにしたんでしょうが、やっぱり、木陰のある家の方が、住まいとしてはふさわしいはず・・・(続く)
 
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レマン湖の小さな家 

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(承前)
 さてさて、スイス2016のレマン湖報告に戻ります。

 レマン湖畔ヴェヴェイは歴史ある街です。
 そんなヴェヴェイの街はずれに、ル・コルビジェの「小さな家」が世界文化遺産登録されたのは、つい先日のこと。登録された時にはすでに、レマン湖に行く予定を組んでいましたから、これは、当然行ってみなきゃ・・・

 家の見学は絶対晴れた日にしようと思っていて、まずは、船での周遊の時に、湖側から撮った写真が、上のものです。かなりのズームで撮っています。かつて、村長が「自然に対する冒涜」とした理由がよくわからないくらい、その家は、岸壁のようで、探し出すのも大変です。ネスレ本社の丸いビルが目印でなかったら、難しかったでしょうね。
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 それで、レマン湖滞在の一番のお天気の日に、ヴェヴェイ駅から20分ほど歩いて、その「小さな家」に行きました。
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 お天気の日を選んだ理由は、おわかりでしょう?
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小さな家の大きな(長く続いた)窓から、レマン湖の光と風を感じられると思ったからです。ル・コルビジェが、両親に送った最大の贈り物、それは、建築物ではなく、その陽光だとわかります。(続く)
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イエニッシュ美術館

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(承前)
 ヴェヴェイのイエニッシュ美術館は、邸宅だったところを美術館にしたようで、こじんまりとしていました。玄関わきで、子どもたちのワークショップはが、開催されていましたが、鑑賞者は、我々以外は一組だけ。
 静かで落ち着いていて、ゆっくり鑑賞できました。先のココシュカホドラーの充実は、ネスレ150周年の提供でもあるらしいのですが、思わぬところで、いいものを眺めることができ、満足でした。この美術館の前にネスレミュージアムに行って、なんとなく、すっきりしていなかったので、特にそう感じたのかもしれません。

 周りは、歴史的な建物や、あるいは歴史を守ろうとする建物があって、中世の街並みの残る商店街とは違う雰囲気がありました。
 下の二枚は、イエニッシュ美術館の同じ踊り場の窓から撮ったものですが、まるで、ロシア教会とキリスト教会が隣にあるかのように見えました。(実際には丘の上と道路沿い)古いガラスなので、歪んで写っています。(続く)
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よく似てるよ

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(承前)
 さて、イエニッシュ美術館、昨日の右の絵は ピカソのバルセロナのカテドラルの中庭の噴水の絵です。 

 他にも、この美術館には、16世紀~18世紀イタリアのものが、けっこう展示されていて、それも充分楽しみました。
 で、以下、誰かの絵に似ていると思いませんか?
 次の二枚は、繊細な紙の裏表に書かれていて、17世紀のもの。チャールズ・メリン作。一番下のは、18世紀ヴェネチア ピエトロ・アントニオ・ノベーリのもの。
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それにしても、アーディゾーニにそっくり。(続く)

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シーニゲプラッテから見えた三山

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(承前)
 見ました。見ました、。
 シーニゲプラッテからアイガー・メンヒ・ユングフラウ。
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 今回もシーニゲプラッテでは雨に降られ、三山を見ずに降りてきたことを書きました。(→→)
 あちこちから、三山を見ることが、今回の目的の一つでもありましたから、夫は、とても残念そうにしてました。
 そうしたら、なんと!イエニッシュ美術館に、ありましたよ。
 3回足を運んだ中で、一番見えた時の風景を覚えていましたから、タイトルを見るまでもなく、夫も「シーニゲプラッテや!」
そのあと、いつになく、熱心に絵画鑑賞に励む夫でした。
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☆写真上から、ホドラーの「シーニゲプラッテから」、二番目は2013年のシーニゲプラッテから、三番目はホドラー「レマン湖とアルプス」 四番目はホドラー「シャンペリーのギザギザしたところ」。五番目はホドラー「グラモント」、一番下は左ホドラー、右はさて?(続く)

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ココシュカコレクション

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(承前)
 ヴェヴェイには、イエニッシュ美術館という美術館があります。
 ここは、晩年、ヴェヴェイに移り住んだココシュカの財団のものも多くあり、見ごたえのある美術館でした。
 ウィーン ベルヴェデーレ美術館では、ウィーン世紀末美術のクリムトやエゴン・シーレと並んでココシュカもありました。あの時は、エゴン・シーレに圧倒され、ココシュカの迫力も影をひそめていたくらいです。
 ココシュカのことをよくしりませんでしたが、、エゴン・シーレより強く、歪んだ線や荒々しいタッチが、ウィーン世紀末という混沌とした時期と重なり、彼らの病んだともいえる背景を見るような気がしていたのです。その後、2014年のチューリッヒ美術館展の時にも5点のココシュカが来ていました。
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 ところが、ヴェヴェイのココシュカの静かなこと。いわば、毒気がない。が、もしかしたら、このとげとげしさの取れた晩年のココシュカの作品は好きかもしれません。別人が書いたような作品を見ていると、ココシュカのそれまでの人生を知りたくなり、帰国して調べると、案の定、クリムトやエゴン・シーレに、負けずとも劣らないスキャンダラスな時代があったようでした。(続く)
☆写真は上から、ココシュカ自画像。花瓶の花。レマン湖

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ローゼンガルト・コレクション

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(承前)
 ルチェルンの「ローゼンガルト・コレクション」美術館に行きました。
 元スイス国立銀行の建物を改築しただけあって、広々としています。この日は、ほとんど、人が居ない。
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 画商の父と、その娘アンジェリーナ親子の収集品が、美術館で鑑賞できるのですが、ここのピカソ(晩年のもの)とパウル・クレーの展示の充実していること!!印象派の作品も、マチスもルオー(写真上 左下)も、シャガールの実物のパレットもよかったけれど、やっぱり、ピカソとクレー!!

 個人的に交流深かった晩年のピカソの作品も多く、特に、この美術館を建てた、アンジェリーナ・ローゼンガルトの肖像画の何枚かは、見たことが無かったので、興味深かったです。(写真上、左上)

 それに、クレー。4年前のベルンのクレー美術館のときにちょっと、作品が少なくてがっかりした話は、ここでも書きましたが、こんなところに、こんなにクレーがたくさん!
 そんな中でも、クレーの「小さなX(X -chen)」の絵(写真上、右下)は、どこか日本の漢字の遊びのような、あるいは、優しいユーモアのようなものを感じ、心に残りました。で、後から、解説を読んでみると、「小さなX(X -chen)」は、アンジェリーナが16歳のとき、画商見習いでの初給料で買ったものとか…ヒャー 
 ともあれ、集められているクレーの作品は、クレーの中でも暖かい遊び心に満ちたものが多かったような気がします。

 蛇足ながら、このブログを書き始めた頃、フランス文化論の先生に、ピカソ・クレー・フェルメールが好みだと言った話(→→)を覚えていますか?
 このコレクションのピカソとクレーの充実を見てると、比較にならないとはいえ、すごくシンパシーを感じるわい!
*ローゼンガルトのスペルのさいごはARTなのですね。(続く)

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