みんなみすべくきたすべく

夜明け

       レマン湖よあけj
  講演なら、ここらで、「ご静聴ありがとうございました」というところですが、長々と書き綴ったときは、どう言うんだろうか?
 
・・・老眼も手伝って、かつてより、納得のいかない写真が増えましたが、その分、フィルム写真でなくなったのをいいことに、コンパクトデジカメは、およそ、いくらでも写真が撮れ、その中から、いいのを選ぶことができます。 小さな暗室まで作っていたカメラ親父の我が父親が生きていたら、なんというだろうか・・・と思ってみたり。

 で、メールをくださった方や、直接お会いした方には、今回の旅先レポートのベストショットの写真はどれだと思う?と、お聞きしていました。ヒントは「9月中」。
 嬉しいことに、10人中9人までが、同じ写真を指摘してくださいました。
☆写真は、レマン湖のよあけ。ブリエンツ湖のよあけは、こちら⇒ 

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チューリッヒとジュネーブ

チュー3j
(承前)
 このブログを始めてから、パリに行ったときは、ロダンとカミーユのことに力を入れ、2013年のスイスの時は、クライドルフのこと、テムズのときは、ホワイトホースカントリーのこと、2015年のスイスの時は、ランボーの詩、という具合に、少しはテーマを持ってのぞんだ旅行レポートでした。
 が、しかし、今回のスイスは、「珊瑚集―仏蘭西近代詩選」(永井荷風・岩波文庫)を携えていったものの、ほとんど使えず、有難いことにお天気に恵まれた1000枚ほどの写真の整理に振り回されたレポートになりました。
      チュー2j
 もう、ここいらで、スイス報告を終わりにしますが、スイスの入口のチューリッヒと、ジュネーブの写真もあるので、最後に使います。
 今回はチューリッヒ発着でしたし、前回はジュネーブ・・・と、チューリッヒとジュネーブは、その町自体をほとんど歩かず、およそ、飛行機の発着にしか使っていません。が、そんな短い滞在ながら、二つの都市は、印象が全く違います。
チュー1j
ジュ1j
 片や、すっきりとした印象で、片や活気のある雑然とした印象です。雰囲気は、チューリッヒとベルンが似ていて、ジュネーブとローザンヌが似ている感じがする。前者がドイツ語圏、後者がフランス語圏です。
 一つの国とは言え、ずいぶん、違う感じがするのは、日本に来た外国の方が、東北と東京、京都と沖縄・・・・など、各地の違いを感じるのと同じなのでしょうか。
 
 さて、特命大使の頃はどうだったのか?
(*スリッキ、スリッキ=チューリッヒ セネヴァ、ゼネーヴァ=ジュネーブ)
特命全権大使 米欧回覧実記 (久米邦武編 田中校注 岩波文庫)
≪「ズリッキ」郡ハ、瑞士中ノ一大郡ニテ・・・・瑞士ニテ紡績ノ名所ナリ、且鉄ヲ制作シ、紙ヲ抄シ、楽器ヲ造ル、凡製造ノ盛ナルコト、瑞士ニ於テ、西ハ「セネヴァ」東ハ「スリッキ」トテ、高名ナル地ナリ・・・≫
≪「ゼネーヴァ」郡ハ、地籍元ヤヽ大ナリシニ、仏国ヨリ削ラレ・・・・・当時は、瑞士第一ノ都会ニテ、時辰惟儀(とけい)ノ名所ナリ、「レマン」湖ノ尾ナル河口ニヨリテ、市街ヲ開ク、是此湖ノ一ニ「ゼネーヴァ」湖ト称スル所以ナリ・・・・「モンブラン」山、雪色ヲ輝カシテ湖上ニ立ツ、風景目ヲ拭ウ・・・・≫
            ジュ2j
☆写真は、上から3枚がチューリッヒ駅近辺。下2枚はジュネーブ港近辺。最後の写真には、ジュネーブから見たモンブランが写っています。モルジュから見たモンブランは 

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レマン湖

レマン2j
(承前)
 スイスに行くたびに、何回かレマン湖遊覧船(定期船)に乗り、やっと、レマン湖をぐるっと一回りできました。
この湖が魅力的なのは、東西に広がった形・・・つまり、南側斜面が多く、日当たりよく明るいということです。かつてのローマ軍の道であったとか、入植地であったとか、そのローマ軍のワインのための葡萄畑が湖の斜面に広がって、今や世界文化遺産に指定されているとか・・・
レマン3j
 今回、4つの湖を回っても、ルチェルン湖は複雑な形で、必ずも南向きとは限らないし(ただ、地形が複雑で、素人にも面白かった)、トゥーン湖もブリエンツ湖も、美しい水の色に心を奪われますが、南側斜面には山が迫りすぎ、開発される余地がないのです。
レマン5j
 他、列車で横を通っただけの湖も、同じように南斜面がなかったり、南北に広がる湖だったりと、なかなかレマン湖のような南に大きく広がる湖は少ないと思います。日本の琵琶湖も南北に大きい。
     レマン4j
 レマン湖は、それぞれ湖畔の小さな街から見るのもいいし、船上から見る葡萄畑や集落も、魅力的です。
 ・・・と、レマン湖観光局の回し者ではありません。

特命全権大使 米欧回覧実記 (久米邦武編 田中校注 岩波文庫)にも出ています。
レマン湖遊覧
≪船ニ上ルトキ、夕陽ハ正ニ湖西ニ沈マントス、是ヨリ船ヲ発シテ帰港ス、「ヴェヴェー」下ヲスキルトキ、夕陽已ニ没シ、「ローザン」ニ及ヘハ、燈火欄トシテ、瞑色湖ヲ払フ、「ニョン」ニテ月出テ、「セネーヴァ」ニ至レハ、府中ヨリ岸上ニ烟花ヲ挙ゲテ待ツ・・・・≫
(続く)
☆写真2番目は、土砂降りの雨の中、遊覧船から撮ったシヨン城。他はモルジュから撮ったレマン湖。
 今までに、ニヨンから撮ったレマン湖は→→。ヴェヴェイから撮ったレマン湖→→ 船に乗って撮ったのが→→ イヴォアールから撮ったのが→→ モントルーから撮ったのが→→ 他、今まで使ったヨットの写真は、すべてレマン湖

                レマン1j

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湖 四つ

み1j
(承前)
 「せっかくだから」と欲張りになり、山と湖、また、あわよくば、美術鑑賞まで、と盛り込んだ夏の旅行でした。(もはや、すっかり秋ですが…)
み4j
 スイスの山の情報は、綺麗な風景写真と共に、多くの人の知るところだと思います。が、しかし、山に比べて少ないのは、レマン湖など、スイスの湖の情報ではないでしょうか。
 また日本にも美しい湖や池や水辺は多くありますから、わざわざそこまでいかなくてもと思う人も多いのだと思います。
湖1j
 今回初めてルチェルン湖とブリエンツ湖に行きました。それに、トゥーン湖とレマン湖、都合4つのスイスの湖を回ったことになりますが、どれもゆったりと楽しい時間を持ちました。(続く)
☆写真上からルチェルン湖(リギ山から)・ブリエンツ湖(ギースバッハから)・トゥーン湖(シュピーツ駅から)・レマン湖(モルジュで:山の向こうにはモンブランがあるはずですが、この日は見えませんでした。)

み5j

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かしこには不思議なる月の光に照らされて

      ダリ4j
 アンリイ・ド・レニエエ
≪かしこには不思議なる月の光に照らされて
眠れる昔(いにしえ)の花園の咲きて簇(むらが)る花の中
屋根に鐘鳴る高楼(たかどの)に聳え(そびえ)し塔の数多く・・・・≫(「珊瑚集ー仏蘭西近代抒情詩選」 永井荷風訳 岩波文庫)

             ダリ1j
(承前)
 レマン湖畔モルジュの街の美しいダリアのことは、昨年も書きました。(→→
 昨年のホテルがモルジュの街の東端なら、今回は西端といったところでしたから、今年も朝の散歩でたくさんのダリアを楽しみました。
 ダリ2j
 スイスでは、ほんの何か所しか街に出かけていませんが、花多きモルジュの街と、つい比べるものですから、少々の花壇があったくらいでは、花が少ないなぁなどという感想を持っていました。多分、街任せで花作りをせず、この街の人が中心になってダリアを植えているという「心のこもった花作り」が、いいのだと思います。(続く)
        ダリ3j

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モルジュの朝市

もる7j
(承前)
 ルチェルンについで、モルジュでも朝市に行くことができました。かつて、この町の近くに住んでいたオードリー・ヘップバーンもよく買いに来ていたとか・・・
 が、昨年より店が減っているような気がします

 実際、牛・豚・鹿のサラミしか売ってなかったお兄ちゃんが居ないし、オーガニックのリップクリームを売っていたおばちゃんもいなかった・・・
  もしかして、地元の人もスーパーの便利さに流れて行っているのかなとも思ったりしました。
もる6j
 が、かのチーズ屋のおばちゃんとすれ違い「ボンジュール」と挨拶できたのは、何よりうれしかった。日本の変わった小さいおばちゃんが印象的だったのでしょうね。向うから挨拶してくれたんですよ。私には、西洋人のおばちゃんの見分けが即座にしにくいけど。(続く)
      もる5j
 

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ネスト ミュージアム

ネス4j
(承前)
 ヴェヴェイの街には、食品会社のネスレの本社があります。何故こんなところに?
        ネス1j
 ネスレは今年創業150年らしく、それを記念してヴェヴェイ駅裏に「ネスト(ネスレ)ミュージアム」を、2016年6月にオープンさせたようです。・・・・駅に近いので、雨宿りも兼ねて行ってみました。

 ネスレのトレードマークが、巣に餌を運ぶ母子鳥だというのは、よく知られていますが、何故、そんなマーク?
 創業者アンリ・ネスレが栄養不足に陥る赤ちゃんのために、スイスの乳牛の乳から試行錯誤の末、粉ミルクを作った工場とオフィスがあったのがヴェヴェイのようです。だから、巣(ネスト)マークも餌を運ぶ母子。それにネスレは英語のネスト。
ネス2j
 ・・・とミュージアムでお勉強。
 が、創業の志はわかったけど、どういう流れで、インスタントコーヒーに、というのは、よくわからなかった。我々が、英語のイヤホンが聞き取れないというだけではないと思うなぁ・・・ミュージアムは、さながら、アミューズメントパークの一施設のように、映像と音響効果で、面白くできていました。
 
 かつて、途上国で粉ミルク問題があったとか、コーヒー豆を採集した人たちの問題だとか、なんやかや、どこかでちゃんと説明してもいいのじゃないかと思います。今や、世界中で、スープのブイヨンも、きっと勝つチョコレートも売られているんだし、あのちっぽけな濃縮コーヒーに至っては、凄い勢いで街に進出しているんだし、負の部分も明らかにしてこそ、クリーンな部分を誇れるんじゃないかい?
 と、考えるものの、そもそもミュージアムなんだから仕方ないのかと思ったり・・・例えば、古美術が、一体どうやってそのミュージアムにたどりついたかが、すべてクリアでないように。

       ネス3j

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チーズ屋さん

モル2j
(承前)
 旅先で、辺鄙な場所以外は、ホテルの夕飯を食べることは少ないです。その分、ゆっくり食べるスペースの確保ができるような部屋を予約します。特に、湖畔は、夕方、風が心地よく、なんでも美味しくいただけるような気がします。

 我が家のルーフバルコニーも、かつてレマン湖畔モントルーのホテルのバルコニーで味わった開放感を持ちこもうとする発想でした。
 
 今回、連泊したホテルの近くのパン屋さんは、昨年からの贔屓で、チーズ屋さんは、初めてでした。
 店を開けた途端、チーズの匂いの凄い店でしたが、オーナーの奥さんがとってもいい人で、都合3日とも通ってしまいました。彼女はフランス語なので、時には、店に居た顧客の人の英語を介してチーズを日本に持ち帰れないか、相談したりしました。(無理です)

 実は、カ・リ・リ・ロは、ピザや、サンドウィッチに入っているようなチーズ以外(つまり、本物のチーズ)は苦手でしたが、チーズ屋のおばちゃんお薦めのチーズを、だまされたつもりで食べてみたら、なんと美味しい。
 ここには、地酒ならぬ地ワインやチーズ関連食品が並んでいました。ここで買ったハーブ入り塩煎餅と、チーズと、葡萄とワインは、絶妙でした。さながら、ワインと葡萄の親子丼食べですね。
 ヨーグルトもいっぱい並んでたなぁ・・・(続く)
 モル3j
        モル4j

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トンネルを抜けるとそこは湖だった

ヴォーj
(瑞西2016前半から:承前)
 ベルンからレマン湖に続く路線に乗ると、こんもりした木の連なりをいくつか見過ごし、そのあと、トンネルを抜け、一気に斜面をくだりローザンヌに向かいます。その右手にレマン湖が目の前に広がる様は、何度見ても、わくわくする風景です。世界文化遺産に登録されているラヴォー地区の葡萄畑の上から降りてくるのです。

 その描写は「特命全権大使 米欧回覧実記」  (久米邦武編 田中彰校注 岩波文庫)に。(→→

 美しい自然、厳しい自然と背中合わせのドイツ語圏から、解放的なフランス語圏に入ると、こちらまで、解放的な気分になります。(続く)
☆写真上、左集落はローザンヌ、山の斜面はラヴォー地区の葡萄畑の始まり。
 写真下、モルジュヨットハーバー 向う岸は、エビアン。
            もるj
 

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登山鉄道 その2

シーニゲ4j
(承前) 
  スイスの登山電車や・ケーブルに、少々肩入れするのは、その仕事にいつも感心するからです。
  こんなところに!ええっ!信じられなぁい!という場所に軌道を敷き、岩を削り、トンネルを掘り、よくもまあ、こつこつとこんな上まで・・・と、スイスの真面目な仕事ぶりを目にするからです。手抜きやごまかし、はたまた偽装などしていては、生命に関わるのですからね。安全を作るという自負心。かつての日本も、こんなにこつこつやっていたはず。
  ニーセンケーブルj
ニーセン階段j
 日本にも同じものはあるし、実際、カ・リ・リ・ロが子どもの時からなじみ深い神戸六甲山のケーブルなど、各地あるのは、存じておりますよ。が、しかし、山の高さやその勾配を考えると、やっぱり、よくもまあ。の言葉が出てくるわけです。 どれも、真面目に、ちゃちゃちゃちゃと、あるいは、がたごとがたごとと、誠実な音を響かせ、登山しない者までも頂上にあげてくれるのです。ありがたいこってす。
ギースj
ギース12j
               ロートj
蒸気機関車j
  一番上は、シーニゲプラッテへ(向うに二ーセン山)
  二番目は、ニーセン山へ、
  三番目は、ニーセン山頂上駅の降り口階段。
  四番目は、ギースバッハヘ(眼下はブリエンツ湖)
  五番目は、ギースバッハ船着場へ
  六・七番目は、ロートホルンへ(一番後ろに蒸気機関車)
  八番目(一番下)は、リギ山へ  (瑞西2016後半に 続く) リぎj

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