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みんなみすべくきたすべく

東山魁夷展

 東山1j
スイス2018報告は、まだ続くのですが、久しぶりに京都のお稽古に行く前に出かけたのは、京都国立近代美術館でやっていた「生誕110年 東山魁夷展」(~2018年10月8日)。

 「本当の『あお』にであう」と添えられているように、綺麗な青を中心に、色で目を楽しませてくれました。ヨーロッパの古都を描いたものもありましたが、この画家は具体的なものより、色彩のイメージを深めていく風景画が得意なのだと思います。
 「白夜光」という北欧の旅のあと、描かれたものが、今回の絵画のなかでは、一番印象に残りました。光の取り入れ方が一段と美しいものになっていたと思うのです。

 そして、唐招提寺御影堂修理のために、御堂内部にあった東山魁夷の描いた襖絵が再現展示されています。修理のため、ここ数年は見られないという襖絵ーー唐招提寺御影堂障壁画を間近に見るのは、なかなかないチャンスでした。これは、圧巻でした。
 襖絵ですから、大きく、表裏に描かれています。その労力たるや・・・と思っていたら構想から10年。しかも67歳のときに第一期完成、72歳のとき第二期完成と解説されていますから、うーん、凄い。

 芸術の鑑賞というのは、実物を目の前にした臨場感?空気?が大事な要素だと考えている者にとって、襖絵などは、図録でみても仕方ありません。

それから、どんな鑑賞も、「よかった」「面白かった」「力をもらえた」「楽しかった」等など、様々な感想がありますが、この東山魁夷展は、「綺麗だった」。
 

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江戸名所図屏風

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 もう一つ美術館に行きました。出光美術館「『江戸名所図屏風』と都市の華やぎ」展(~2018年9月4日)です。
 今まで京都で見たいくつかの「洛中洛外図屏風」の影響を受けた「江戸もの」だろうと考えていました。
確かに、街を俯瞰し、一種の観光案内となっている点は、同じでした。
 が、江戸の方は、観光案内というより、そこに描かれた人物を眺めるものでした。
 京都の「洛中洛外」のほうは、雲の上から、都を眺めていますから、おのずと、人物も小さく少ない。が、江戸名所図屏風の方は、名所案内を兼ねつつも、あまりにたくさんの人物の動きや遊びを伝え、当時の活気までも伝わってきます。絵の中の一人ひとりを検証していったら、面白そうだけど、膨大な人たちです。
 それに、お上りさんでもあるカ・リ・リ・ロには、洛中洛外の名所案内のほうが、イメージしやすいものですから、どうしても、江戸の名所図というより、人物を楽しんでしまいます。今も昔も、江戸には、人がたくさんいるんですね。

 展示には、洛中洛外図もあり、中でも「祇園祭礼図屏風」は、鉾の先の絵までしっかり描かれていますので、巡行の順番もわかり、楽しいものでした。やっぱり、京都シンパなのです。 

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美しい尾の牝牛

 牛j
 東京都美術館 隣の国立西洋美術館では、「ミケランジェロと理想の身体展」(~2018年9月24日)をやっていましたが、今回は、それをパスして、常設展だけみました。

ここの所蔵には、ジャン・デビュッフェの「美しい尾の牝牛」があるのですが、この自由な牛の絵、けっこう好きです。
美術館の解説によると、「・・・・彼はさらに絵具に土を混ぜることによって絵画と自然との断層を埋めようとし、さらには木の葉や蝶の羽根を画面に貼りつめて、自然を一層象徴的に表わしている。」とのこと。ふーん、スイスの山の上の本物の美しい尾の牝牛さんと比べてみてどうだろう?

牛jj

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没後50年 藤田嗣治展

藤田j
 スイスでは、お天気に恵まれていたので、自然を満喫することが多く、美術館にはいかなかったものですから(一つの玩具博物館を除いて)、スイスの帰り、東京で娘と待ち合わせ行った美術展は、ちょっと、新鮮な気持ちでした。

 テーマごとに開催されていた藤田嗣治展やその関連展には、今までも行った事があります。➡➡  ⇒⇒ 

 今回の東京都美術館は、「没後50年 藤田嗣治展」(~2018年10月8日:京都近代美術館2018年10月19日~12月16日)ということで、東京美術学校(現:東京芸大)時代のものも展示され、また憧れのパリに行った頃の、いろんな画家の影響の見える初期の作品もあって、今までとは違う楽しみ方ができました。
 もちろん、戦争画家としての作品も展示され、最終的には、フランスに帰化した頃の作品まで、藤田嗣治の一生の作品の流れを見ることが出来ました。
 サインが漢字込みの時代があったり、FOUJITAとあったり、FUJITAとあったり、漢字のみの時代があったり、FOUJITAしか書かない時代があったり・・・と、変遷、変化があることは知っていましたが、作品も、少しづつ揺れ動いているように見えました。

 どの画家にも、いろんな時代や時期があるようですが、こうやって、一生分を並べてもらうと、作品を描く、その画家のその時の心の動きやありようが、伝わってくるようで面白かったです。
 個人的には、子どもを描いたものが好みです。

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横山大観展

      横山大観j
 西日本では、大雨被害の全貌がなかなかわからないまま、梅雨明けし、××あづい!日々がやってきました。
 まだ、孫二人と産後の娘が居るものですから、古筆のお稽古は さぼり、せめてめの気晴らしにやっぱり、京都でお昼を食べたいと出かけたものの、やっぱり××あづい! そんな京都を歩く気なんかしませんから、新聞屋さんにもらったチケットで行ける涼しい京都近代美術館「生誕150年 横山大観展」の後期展示(~2018年7月22日)へ。

 あらあら、平日の午前なのに、とても混雑しています。みなさん新聞屋さんからもらったチケットがあるのだろうか?など、思いながら展示を見ました。
 自ら見たいと思って行ったのでないからかもしれません。 
 「富士といえば大観、大観といえば富士」というものの、たくさんの富士山の絵を見ながら、「やっぱり、北斎の富士の方が好きやわぁ…」とか、かなりデフォルメされた六曲一双の屏風絵「群青富士」を見ながら、デフォルメの山の屏風なら室町時代に描かれた「日月山水図屏風「」➡➡の方が好みかも」・・・などと、勝手なことをつぶやきながら、見て回りました。

 戦争画家としての横山大観というフィルターはなかったものの、単に好みの問題か、絵葉書も買わずに美術館を後にしました。
 同じ戦争画に関連して思い出すのは、藤田嗣治⇒⇒ですが、日本画壇に残り、こうやって、生誕150年と大きく優遇されているように見える横山大観との差は、どこなのだろうか?と考えるものの、結局は日本に戻らなかった藤田と、日本で叙勲された日本画家の違いだろうかと、考えたりもしました。

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名作の帰還

白沙村荘14

(承前)
 千葉のDIC川村記念美術館が手放した橋本関雪の「琵琶行・木蘭・秋桜老猿」の3作品は、橋本関雪記念館美術館で、見ることが出来ました。「名作の帰還 〜琵琶行・木蘭・秋桜老猿」展(~2018年5月13日)
 今まで、別の美術館にあった作品が、関雪の邸宅に戻ってきたのですから、それは、文字通り「帰還」。
 
 琵琶行も、木蘭(ムーラン)も大きな6曲一双の屏風です。題材は、どちらも、中国のもの。片や白居易の詩「琵琶行」であり、片や男装をして従軍し帰還した木蘭(ムーラン)の話)。(娘は、ディズニーのアニメで知っていました。マイネームイズ ムーランと。)(*写真右の案内紙上部。**写真下の記念館前、テッセンの向こうのポスター)

 「琵琶行」は、未完の屏風も並べられ、その違いを楽しむことが出来ました。また、「琵琶行」の全文もプリント配布されていて、浅学のカ・リ・リ・ロには、ありがたいことでした。
 左遷されている白居易が、船着き場で耳にした琵琶の音。それは、かつて花街で名をはせた女の調べ。が、今は彼女も寂しい身の上で、その話を、自らの不遇の身の重ね、身を乗り出して聞く白居易が描かれています。(解説参考)*写真の図録左下、白い着衣が白居易。
 が、この屏風の魅力は、右隻にその歌とは関係のない一人の老人が描かれ、左隻にしっかり描かれた物語絵とのバランスを取っていることだと思います。老人の象徴するものが、「琵琶行」の歌を深めていると思うのです。*写真の図録中央上

 が、今回、初めて知った関雪の出自は、個人的に興味をひくものでした。
 関雪の生まれは、神戸の湊川付近の今の楠木町辺り。へぇー!カ・リ・リ・ロも小さい頃、湊川公園近くの中華料理店に祖母とよく行ったなぁ・・・
 関雪の父親は漢文の著書のある儒学者で、明石の海からとった海関。だからその子も、一字もらった、関雪。
 京都の人だと思い込んでいましたが、神戸出身ね。
 海と山の神戸。港町神戸は、異国に門を広げ、異国文化を取り入れるのは日常。
 神戸の空気が、橋本関雪の身体に流れていると知った以上、もっと その絵を見たいものだと思いました。

 また今回見られたもう1枚は、「秋桜老猿」という猿の絵(*写真右の案内紙下部)でしたが、十二支の絵も描いているようなので、ぜひ、見たいと思いました。関雪自身、たくさんの動物を飼い、中でも絵にのこるグレーハウンドやボルゾイなどの洋犬は30頭も飼っていたらしいのです。

白沙村荘jjj

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もう1冊の ひらく えほん 

木j
(承前)
「木」(木島始文 佐藤忠良画 福音館)
 写真に写るこの絵本は、この個所だけが、開く絵となっています。
 淡々と、木との交流を描いたこの絵本、この個所で、「うっ ひやあっ」と声を上げるように、見ていた子どもたちも「おお!」と目を見張ります。

≪おおきな木は なにを かんがえているのかな おおきな木を えに かくと おおきな木は いろいろ はなしをしてくれる≫で始まるこの絵本。
淡々と、大きな木の様を絵と言葉にしていきます。

≪さあ こっちに おいで 木のぼりをしにおいで と おおきな木は しずかに 木のぼりを さそって まっている   よし うむっ うむっ だきついて のぼってみよう≫

・・・で、このひらくページです。
うっ ひゃあっ  みどりの はなびの まんなかに おおきな木は うたいながら たっている≫

 自然の声を聞く・・・なかなか、忙しい子どもたち、そして、大人たちも、その忘れがちな声を聞いたような気持ちになる1冊です

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乗合馬車の愚痴が聞こえる

平安j
 日本列島が凍りつく今日この頃。
 久しぶりの京都にお稽古の日。お稽古前の遠足は、お寺の拝観は寒いし、お庭は今は寂しいということで、京都国立近代美術館の「ゴッホ展ー巡りゆく日本の夢」(~2018年3月4日)に行ってきました。
 東京で見たものの➡➡、その後、「ゴッホの手紙 上・中・下」(硲伊之助訳 岩波文庫)を読んだり、3冊のドーデ―「タルタランシリーズ」(岩波文庫)を読んだりしたので、もう一度、見たいと出かけました。
 すでに、ここで紹介した絵をもう一度丁寧に見る楽しみもさることながら、やっぱり、かの「タラスコンの乗合馬車」では、乗合馬車の愚痴が聞こえてきそうで、思わずにんまり。しばらく、見入って耳をすませておりました。あまり人が群がっていないのが幸い。

  もし、今から「タラスコンの乗合馬車」を見に行く予定のある方は、ぜひ、「陽気なタルタラン」(小川泰一訳 岩波文庫)だけでも、いえ、せめてこのブログに引用した部分だけでも➡➡知ってると、ちょっと楽しいかもです。(続く)

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ギャロービー・ヒル

ホックニーj
(承前)
 「ボストン美術館の至宝展ー東西の名品、珠玉のコレクション」(~2018年2月4日 神戸市立博物館)➡➡では、ゴッホもよかったし、ジョン・シンガー・サージェントもよかったし、歌麿も、陳容もよかったけれど、もしかしたら、一番、心躍った作品は、そして、行きつ戻りつ、何度も眺めたのは、ディヴィッド・ホックニーの「ギャロービー・ヒル」のような気がします。

 なんと、伸びやかで美しいイギリスの田園風景。ああ、遠くに見えるパッチワークのような畑。遠くの空の霞んだ様子。
 イギリスの絵画と言えば、ラファエル前派のダークな色合いを思い浮かべがちですが、ホックニーの描くのは、あの明るい田園。
 イギリスと言えば、曇りがちの風景を思い浮かべがちですが、ホックニーの描くのは、夏のあの明るい空。

 イギリス生まれのホックニーは、アメリカ西海岸を拠点に活動したようですから、この明るさは、その光なのかもしれません。
 けれど、そんな先入観なしに、この絵を見たとき、あのイギリスの田園以外浮かびませんでしたから、ホックニーもきっと、時折見ることのできる夏の日射しのイギリスの田園を描いたものだと、勝手に解釈いたします。
 その後、調べたら、ここは北イングランド ヨークシャー州のギャロービー・ヒルでした。

 この絵は、大きな油絵なので、離れて見ると一層、わくわく。

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九龍図巻

ゴッホ14j
(承前)
  「ボストン ボストン美術館の至宝展—東西の名品 珠玉のコレクション」(~2018年2月4日 神戸市立博物館)➡➡は、古代エジプト美術から中国、日本、フランス、アメリカ、版画・写真.、現代美術まで幅広く展示されています。東京上野で見てきたテーマを浮世絵とフランス近代絵画に絞った二つの美術展とは、ずいぶん違います。➡➡  ➡➡ アメリカの複数のコレクターからの寄贈の展示でもあるので、まあ、多種多様な展示とも言えます。写真画面上は、以前の「ボストン美術館展 日本の至宝」➡➡の図録表紙ですが、日本のものに特化し、曽我蕭白の「雲龍図」を展示の目玉にしていました。そのときに来ていた墨画の曽我蕭白「風仙図屏風」(1770年頃)も、今回、神戸の「ボストン美術館展」にも来ていました。

 「ボストン美術館展」は、テーマこそ違え、毎年のように、開催されているせいか、混雑していず、珍しく、ゆっくり見ることが出来ました。
 中でも、陳容という中国の人の描いた絵巻、「九龍図巻」(1244年)紙本墨画淡彩は、10メートルに及ぶ画面に9匹の龍が自由にのびのび、生き生きと描かれていて、楽しいものでした。今まで、このように龍の生活(?)が描かれたものを見たことがなかったので、十分に鑑賞しました。

 この絵巻「九龍図巻」は、小さいながらも、その迫力に圧倒されてしまいます。この作品が13世紀にすでに描かれていたというのですから、日本の画家も、龍の絵は、素晴らしい手本があったことよ、と思いました。
 「九龍図巻」に描かれている龍のおおらかさも、かの大きな国、かの歴史ある国だからこそ生まれたのだろうと思うと、きっと、もっとたくさん存在するであろう古い中国の龍の絵を見たいものだと思いました。(続く)

☆写真下は、「九龍図巻」の”黒雲のなか老年の龍(左の白髪頭)が若い龍(右上方)に教えを授けているシーン”…龍も年を取ったら白髪になるんだ!

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