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みんなみすべくきたすべく

入江泰𠮷記念 奈良市写真美術館

新薬師寺5
 (承前)
 上の写真の中央奥の屋根は昨日の新薬師寺➡➡です。
 手前、水を配した敷地は入江泰𠮷記念 奈良市写真美術館です。

 実は、コロナ禍、ヨーロッパが凄ーく遠い国になったせいか、それは全く関係ないか・・・・ともかく、個人的に日本の古典に近づく時間が増えました。古事記や日本書紀にも近づいてみましたが、いかんせん、漢字の名前が長すぎて、ロシア文学を読んでいるのと変わりなく、なさけないことに、現在のところ挫折。

 ところが、万葉集。これは、完全に(やっと)はまってしまいました。これには、特に一冊の本からつながっていく個人的な流れがあるのですが、この件は後日、書くとして、まずは、「入江泰𠮷 万葉花さんぽ」(中西進 文 小学館文庫)。この本に使われている写真の美しさ。
 それにまた、先日行った中宮寺➡➡の木造菩薩半跏像の写真は『岩波日本の美術の流れ 7-9世紀の美術 伝来と開花』にも、中宮寺が張り出す写真(絵葉書など)も、入江泰𠮷撮影のものでした。

 ということで、奈良市写真美術館でやっていた「入江泰𠮷 万葉大和路」展(~2020年11月15日)に行ってみたというわけです。
 これには、最近、カメラにはまっている夫も充実の鑑賞をしていました。
 カ・リ・リ・ロは写真の横にある万葉集の歌と写真を楽しみ、夫は、歌はほとんど見ず、レンズの絞り方とかシャッター速度のことばかり考えて鑑賞。

そして、美術作品も、画集で見るより、やっぱり実物・・・というように、写真も、本に印刷されているものより、実際に大きく引き伸ばされ、額に入っているものは、迫りくるものがあり、よかった。今のように簡単に画像処理もできないフイルムカメラの時代に、こんな写真が撮れたのか…すごい。(続く)

☆写真下は、写真美術館近くの民家そばにいた 鹿さん

新薬師寺6

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風雨に耐え

法隆寺25
(承前)
 法隆寺の内部のお宝は、撮影禁止ですが、風雨に耐えうる場所の木造彫刻は、撮影可能だし、白日の下にあるので、隅々まで楽しめます。下の写真は、中門(上記写真、中央)にある、日本最古の阿吽の金剛力士像(修復は重ねられているようですが)。個人的には、吽形象の右手が、ちょっと気になります。
法隆寺1
法隆寺2

 金堂(上記写真 左手)にある、最古の木造四天王立像は、飛鳥時代のものです。そして、静かな様子で佇む四天王の様子と比べると、その足下で、苦しむ様子の邪鬼は、可笑しい。これらは撮影禁止なのですが、五重塔(上記写真 右手)の屋根の裳階(もこし:軒下壁面に付いた庇状構造物)で頑張っている邪鬼は、見ていて楽しい。がんばれ!
餓鬼1

餓鬼2

 また、金堂を支えている獅子や象、またかっこよく柱を飾る龍も、おりますよ。(続く)
餓鬼14

餓鬼13

法隆寺3

餓鬼10

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イザベラとロレンゾ

バジル2j
(承前)
 さて、次は、ジョン・エヴァレット・ミレーの「イザベラ」。(*ミレーは、オフィーリア➡➡の画家)
 左手に3人並んで嫌なお兄さん。、妹のイザベラとロレンゾをにらんでいるでしょう。一番手前のお兄さんなんか、妹が優しくなでている犬を蹴飛ばそうとしているし、苦々しく、クルミを割ってもいます。恋人同士が分け合っているのは、真っ赤なブラッディオレンジだし、ちょっと見えないのですが、そのお皿の絵は、首切りの絵らしい。そして、その5人以外は、我関せずと、お食事中。給仕も入れたら絵には13人。バルコニーには、植木鉢も見えます。また、昨日、書いたように、3人の兄弟とイザベラとロレンゾのほかは、少々、階級が違う人々。(*参考:「ラファエル前派画集 女 」ジャン・マーシュ 河村錠一郎訳 リブロポート)

 14世紀のボッカチオ「デカメロン」では、淡々と話が進むので、こんなお食事の場面はありません。また、賤しい身分という表現は、時々見られますが、当時、英国ラファエル前派集団が表現したかった、階級社会については、深入りしていません。(続く)

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二人を隔てるもの

イザベラj
(承前)
 ラファエル前派集団の画家たちは、キーツの詩に連作挿絵をつけようとしたらしく、それには、「聖アグネス祭の前夜」 や「イザベル、またはバジルの鉢」(キーツ詩集 中村健二訳 岩波文庫)があり、ホフマン・ハントは、昨日の絵➡➡と、もう一枚、上の「倉庫で机に向かうロレンゾ」を描いています。まだ、ロレンゾが生きて、働いているときの絵です。
 
 つまり、昨日の絵「バジル」は、バジルの鉢を抱え、悲嘆に暮れている箇所の絵で、今日の絵「倉庫で机に向かうロレンゾ」は、ロレンゾがイザベラの高慢な兄のもと、倉庫の中で仕事をしながらも、イザベラがそっと入ってくるのに気づいている様子を描います。
 が、恋人たちを隔てる硬い直線。あるいは、二人の間の犬。
 そしてまた、ここには、恋愛事情を表現しているだけでなく、当時、身分の違う恋人たちの仲を引き裂く原因となった階級意識についても描かれているようです。それは、背景に描かれている搾取される側の人々です。これは、次に、紹介する連作挿絵仲間のジョン・エヴァレット・ミレーの「イザベラ」という絵にも登場しています。

(*参考:「ラファエル前派画集 女 」ジャン・マーシュ 河村錠一郎訳 リブロポート)(続く)

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バジル

バジルj
 コロナ第一回自粛ベランダ菜園で、夏場に取れすぎたのは、青じそと、パセリと、バジルでした。どれも、香草。
 青じそのかかりすぎた冷ややっこ。
 刻んだパセリで、中身が見えない冷製スープ。
 そして、モツァレラとトマトとバジルの料理では、まだ減らないので、毎朝の卵焼きに溢れるほど入れるバジル。

 で、バジルの生命力を見ていたら、一枚の絵を思い出しました。
 英国ラファエル前派集団のホフマン・ハントの「イザベラとバジルの鉢」です。バジルの鉢を抱えた、女性。なんで、バジル?足元には、バラの花、落ちてるやん・・・

 昔、英国ラファエル前派集団にはまっていた時期がありました。ほとんどが、見ていて励まされるような絵画ではありません。どちらかといえば、おどろおどろしいし、意味深長。
 絵に描かれた、部屋の設えや花も、その象徴するもの、その意味するもの、を描いているらしく、絵を見ながら、その物語を読むことを楽しんでいました。「物語る絵」といわれるのが、それらの絵でした。そして、その画家たちの背景も、ほとんどが、意味深長。

 で、今更ながら、調べてみると、このホフマン・ハントの絵は、ボッカチオ「デカメロン」第4日第5話にある話であり、その後、それを土台に英国詩人のキーツが書いた「イザベラ、またはバジルの鉢――ボッカチオに取材した物語」(キーツ詩集 中村健二訳 岩波文庫)という詩から生まれた絵なのです。
 おお、デカメロン。14世紀フィレンツェ、ペスト禍で集まった10人が一日10話ずつ話した10日間の話。

 「バジル」の絵は、キーツのこの箇所。
≪それから、絹のスカーフのなかに――アラビアで摘まれた貴重な花々の香水や、冷たい螺旋の管から爽やかに抽出された高貴な液体が甘く匂っている――彼女はそれを包んだ。その墓として 植木鉢を選び、なかに首を置くと、 土をかぶせ、その上に香しいバジルを植え、 それをいつも自分の涙で湿らせた。・・・・≫

 ボッカチオ「デカメロン」第4日第5話では・・・
≪帰宅すると、その頭とともに寝室に閉じこもった。百度も千度も頭のあらゆる部分に接吻し、その頭上で辛い涙を流した。長いあいだ泣いたから涙で頭がきれいに洗い清められたほどである。そこで大きな鉢を選んだ。マヨナラやバジリコなどを植えるのに用いる大鉢である。頭を美しい布で包んでその中に安置すると、上に土をかけた。そしてその土の上にサレルノ産の美しいバジリコを何株か植えた。それにそそぐのは薔薇やオレンジの花を蒸留して拵えた水か、さもなければ自分の涙だけであった。それ以外の水をかけることはけっしてない。そしていつもこの鉢の近くに座ることが習いとなり、その鉢を熱い想いをこめてうっとりと見つめていた・・・・≫(平川祐弘訳 河出文庫)

**恋人たちの名は、「キーツ」では、イザベラとロレンゾ。「デカメロン」では、リザベッタ、ロレンツォ。
***恋人を殺したのは、彼女のお兄さんのたちですが、キーツでは2人の兄。デカメロンでは3人の兄。((続く)

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チェスセット

チェスj
(承前)
「バウハウス展」には、お洒落な家具やティーセットとともに、玩具もありました。今は、ネフ社という玩具メーカーがその意匠を持っているようです。
展示を見ていくと、「あ!これ、うちにある!」

 そうです。上の写真のチェスセットです。まったく同じ。やはり、今は、ネフ社のもの。家に帰って、引っ張り出すと、箱には、バウハウスと書いてあるではありませんか!
 
 家族誰も、チェスが出来ず、宝の持ち腐れでもありますが、ただ、あまりにお洒落で、いつか、誰か、これを飾っても(使っても)おかしくない空間を用意できる人のためにと、他の玩具と一線を画して保存していました。

 それにしても、これを買ってくれた私の母、つまり、子どもたちのおばあちゃん、単に、綺麗だからという理由で、買ってくれたような気がします。今更ながら、そのセンス、いいなぁと思います。ほかにも、たくさん、ありがとう。

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バウハウス展

バウハウス85
 西宮市大谷記念美術館「きたれ、バウハウス展」(~12019年12月1日)に行きました。副タイトルには、「造詣教育の基礎 開校100年」とあります。
 カンディンスキーやポール・クレーが先生をしていたこと、ナチスに閉校に追い込まれたこと・・・・・その時代だったことぐらいしか、知識がありませんでしたが、今回足を運んだのは、建築を勉強している甥が、ちょっと、この流れの末端の勉強をしているからでもありました。

 建物の下にある総合芸術をコンセプトに、家具、設え、写真など、そして、もちろん、建築の基礎から、学べる学校だったのがわかりました。
 前半、学生たちの課題作品が並んでいたあと、カンディンスキーやクレーなどの先生の作品コーナーに来た時、作品を見ただけで、今までと違うのがわかり、さすが、先生・・・と、何故か、ほっとしました。課題ではない、伸びやかさが感じられたのだと思います。

 館内は、学生さんと思しき若い人たち、一目でそれっぽい様相の人(アート関係)で、にぎわっていました。ダサい我々、母娘のようなものでも、体験型コーナーは楽しめましたし、現代も作られている当時のレプリカの椅子に座って満足したりもしてました。(続く)

☆写真下は、左手前パウル・クレー「ホフマン風の情景」、上カンディンスキー「小さい世界」 右シュミット「デッサウ市の案内パンフレット」、中央の紙細工は、入場半券。
バウハウスj


 

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流転100年

小大君14
 京都国立博物館「流転100年 佐竹本36歌仙絵と王朝の美」展に行きました。(~2019年11月24日)
分割され、37枚になったものが31枚集結したのが、この展示で、個人蔵をこの規模で集めるのは、なかなかないと思われます。

 三十六歌仙というのは、歌人藤原公任が選んだ飛鳥時代から平安時代の歌人36人ですが、その歌仙画は、鎌倉時代に多く描かれたようです。そして、その歌仙画の最高峰とされるのが、この佐竹本というもの。旧秋田藩主 佐竹侯爵家に伝わったもの。が、大正時代に売りに出されたものの、余りに高価なため、日本の経済界が動き、結局、分断されること。
 切断された歌仙画は、くじ引きで分けられ、37枚に分けられた画は、引き取り先の身元は明らかではあるものの、バラバラの運命をたどった・・・・
 ということで、所有者はそれぞれであるものの、それぞれが趣向を凝らした表具をしたものですから、今回その違いを見るのも楽しい。歌と一帯となった坂上是則の≪みよしのの 山の白雪 つもるらし ふる里さむく なりまさりゆく≫は、なかなか見ごたえがあります。
 少々、色あせたものが多い歌仙画を目を凝らしてみるのも楽しいことですが、贅沢な刺繍や、織や、他、表具を楽しむのも一興だと思います。

 それで、くじ引きで、分けられたものの誰もが、華やかな十二単をまとう女性歌仙の画を求めたようです。で、ポスターにもなった小大君(こおおぎみ)は、前期は、展示されていず後期11月6日~の展示のようです。ただし、小野小町は前期だけです。

 ちなみに、下の小大君は、古筆の先生の床の間に飾られていた複製です。
       小大君10

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東山魁夷のスケッチ

東山魁夷j
 2019スイス報告も途中ながら、東山魁夷展に行きました。
 今年は、京都 大山崎美術館の「東山魁夷スケッチーー欧州の古き町にて」です。(前期~2019年10月27日 後期2019年10月29日~12月1日)
 2018年京都国立近代美術館でやっていた「生誕110年 東山魁夷展」➡➡とは規模がずいぶん違うものの、小さな規模だからこそ、爽やかな風の吹く日、大山崎山荘美術館での美術鑑賞は、楽しいものになりました。

 作品の多くは長野県信濃美術館 東山魁夷館所蔵のもので、ヨーロッパの空気が伝わる作品がたくさんありました。安野光雅の作品?と思うようなヨーロッパの街角の絵もありました。また、北欧の絵もありましたが、ドイツやオーストリアを描いたものは、スイスの風景と、近いものがあって、ちょっと懐かしい気持ちで鑑賞しました。
東山3j

 さて、美しい芸術作品を見ても、混雑にうんざりしたり、会場の設えを楽しめなかったりすると、せっかくの作品も印象が薄れがち。したがって、大々的に宣伝したもの、あるいは、会期終盤で、チケット処理の物見遊山客の多い展覧会も、残念なことに。
 実際、スイスから帰ってきて、お稽古前に一つ行ったものものの、混雑し過ぎてて、常設展のみで、退散ということもありました。

 ここ、大山崎山荘美術館では、時々、小規模の団体が居るには居るものの、会期初めの頃だったせいか、ストレスなく鑑賞できました。また、この美術館は、立地がよく(見晴らしとお庭)、しかも、ヨーロッパの匂い(イギリス、テムズ上流を意識した立地に造り)がする建造物、ここに行くだけでも、豊かな気分になれます。しかも、有難いことに、この日は、天気も上々で、大満足の鑑賞となりました。

 これで、紅葉の季節なら、もっと、いいだろうなぁ、と欲張りな考え・・・この展覧会は、前期後期に分かれているので、後期も行ってみようかな。
東山2j

 

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セガンティーニ

せがん10

 工事中のセガンティーニ美術館の展示は、市民ホールで見られるというので行きました。が、自宅に、その絵の陶板まで飾って、その絵に惚れ込んだ人の影響もあって、見に行った『生成(生 )』『存在(自然)』『消滅(死)』の三部作は、ルガーノ美術館➡➡に貸し出し中!!え!その三部作って、セガンチーニ美術館から門外不出と言われていたのに・・・・・ウッソー!ま、その三部作は大きく、市民ホールは小さく…仕方ないか・・・

 が、何故か日本語の案内ヘッドホーンを貸してくれました。古くから日本人が訪れているところは、日本語の案内があるのです。

閑話休題。
セガンティーニは、アルプスを舞台に作品を描いた人でした。
印象派とは様子の違う、くっきりした稜線の描き方は、アルプスの澄んだ空気の中描かれていったからにちがいありません。
青すぎる空の色のようですが、このブログに掲載しているスイスの写真の空の青さを見ていただくと、セガンティーニの描く空の青さが、誇張や強調でないのがわかります。上記、セガンティーニ、特にその作品「消滅(死)」に惚れ込んだ人の書いた本のタイトルは、「あの空の色」(松村栄子 マガジンハウス)。

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