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みんなみすべくきたすべく

横山大観展

      横山大観j
 西日本では、大雨被害の全貌がなかなかわからないまま、梅雨明けし、××あづい!日々がやってきました。
 まだ、孫二人と産後の娘が居るものですから、古筆のお稽古は さぼり、せめてめの気晴らしにやっぱり、京都でお昼を食べたいと出かけたものの、やっぱり××あづい! そんな京都を歩く気なんかしませんから、新聞屋さんにもらったチケットで行ける涼しい京都近代美術館「生誕150年 横山大観展」の後期展示(~2018年7月22日)へ。

 あらあら、平日の午前なのに、とても混雑しています。みなさん新聞屋さんからもらったチケットがあるのだろうか?など、思いながら展示を見ました。
 自ら見たいと思って行ったのでないからかもしれません。 
 「富士といえば大観、大観といえば富士」というものの、たくさんの富士山の絵を見ながら、「やっぱり、北斎の富士の方が好きやわぁ…」とか、かなりデフォルメされた六曲一双の屏風絵「群青富士」を見ながら、デフォルメの山の屏風なら室町時代に描かれた「日月山水図屏風「」➡➡の方が好みかも」・・・などと、勝手なことをつぶやきながら、見て回りました。

 戦争画家としての横山大観というフィルターはなかったものの、単に好みの問題か、絵葉書も買わずに美術館を後にしました。
 同じ戦争画に関連して思い出すのは、藤田嗣治⇒⇒ですが、日本画壇に残り、こうやって、生誕150年と大きく優遇されているように見える横山大観との差は、どこなのだろうか?と考えるものの、結局は日本に戻らなかった藤田と、日本で叙勲された日本画家の違いだろうかと、考えたりもしました。

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名作の帰還

白沙村荘14

(承前)
 千葉のDIC川村記念美術館が手放した橋本関雪の「琵琶行・木蘭・秋桜老猿」の3作品は、橋本関雪記念館美術館で、見ることが出来ました。「名作の帰還 〜琵琶行・木蘭・秋桜老猿」展(~2018年5月13日)
 今まで、別の美術館にあった作品が、関雪の邸宅に戻ってきたのですから、それは、文字通り「帰還」。
 
 琵琶行も、木蘭(ムーラン)も大きな6曲一双の屏風です。題材は、どちらも、中国のもの。片や白居易の詩「琵琶行」であり、片や男装をして従軍し帰還した木蘭(ムーラン)の話)。(娘は、ディズニーのアニメで知っていました。マイネームイズ ムーランと。)(*写真右の案内紙上部。**写真下の記念館前、テッセンの向こうのポスター)

 「琵琶行」は、未完の屏風も並べられ、その違いを楽しむことが出来ました。また、「琵琶行」の全文もプリント配布されていて、浅学のカ・リ・リ・ロには、ありがたいことでした。
 左遷されている白居易が、船着き場で耳にした琵琶の音。それは、かつて花街で名をはせた女の調べ。が、今は彼女も寂しい身の上で、その話を、自らの不遇の身の重ね、身を乗り出して聞く白居易が描かれています。(解説参考)*写真の図録左下、白い着衣が白居易。
 が、この屏風の魅力は、右隻にその歌とは関係のない一人の老人が描かれ、左隻にしっかり描かれた物語絵とのバランスを取っていることだと思います。老人の象徴するものが、「琵琶行」の歌を深めていると思うのです。*写真の図録中央上

 が、今回、初めて知った関雪の出自は、個人的に興味をひくものでした。
 関雪の生まれは、神戸の湊川付近の今の楠木町辺り。へぇー!カ・リ・リ・ロも小さい頃、湊川公園近くの中華料理店に祖母とよく行ったなぁ・・・
 関雪の父親は漢文の著書のある儒学者で、明石の海からとった海関。だからその子も、一字もらった、関雪。
 京都の人だと思い込んでいましたが、神戸出身ね。
 海と山の神戸。港町神戸は、異国に門を広げ、異国文化を取り入れるのは日常。
 神戸の空気が、橋本関雪の身体に流れていると知った以上、もっと その絵を見たいものだと思いました。

 また今回見られたもう1枚は、「秋桜老猿」という猿の絵(*写真右の案内紙下部)でしたが、十二支の絵も描いているようなので、ぜひ、見たいと思いました。関雪自身、たくさんの動物を飼い、中でも絵にのこるグレーハウンドやボルゾイなどの洋犬は30頭も飼っていたらしいのです。

白沙村荘jjj

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もう1冊の ひらく えほん 

木j
(承前)
「木」(木島始文 佐藤忠良画 福音館)
 写真に写るこの絵本は、この個所だけが、開く絵となっています。
 淡々と、木との交流を描いたこの絵本、この個所で、「うっ ひやあっ」と声を上げるように、見ていた子どもたちも「おお!」と目を見張ります。

≪おおきな木は なにを かんがえているのかな おおきな木を えに かくと おおきな木は いろいろ はなしをしてくれる≫で始まるこの絵本。
淡々と、大きな木の様を絵と言葉にしていきます。

≪さあ こっちに おいで 木のぼりをしにおいで と おおきな木は しずかに 木のぼりを さそって まっている   よし うむっ うむっ だきついて のぼってみよう≫

・・・で、このひらくページです。
うっ ひゃあっ  みどりの はなびの まんなかに おおきな木は うたいながら たっている≫

 自然の声を聞く・・・なかなか、忙しい子どもたち、そして、大人たちも、その忘れがちな声を聞いたような気持ちになる1冊です

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乗合馬車の愚痴が聞こえる

平安j
 日本列島が凍りつく今日この頃。
 久しぶりの京都にお稽古の日。お稽古前の遠足は、お寺の拝観は寒いし、お庭は今は寂しいということで、京都国立近代美術館の「ゴッホ展ー巡りゆく日本の夢」(~2018年3月4日)に行ってきました。
 東京で見たものの➡➡、その後、「ゴッホの手紙 上・中・下」(硲伊之助訳 岩波文庫)を読んだり、3冊のドーデ―「タルタランシリーズ」(岩波文庫)を読んだりしたので、もう一度、見たいと出かけました。
 すでに、ここで紹介した絵をもう一度丁寧に見る楽しみもさることながら、やっぱり、かの「タラスコンの乗合馬車」では、乗合馬車の愚痴が聞こえてきそうで、思わずにんまり。しばらく、見入って耳をすませておりました。あまり人が群がっていないのが幸い。

  もし、今から「タラスコンの乗合馬車」を見に行く予定のある方は、ぜひ、「陽気なタルタラン」(小川泰一訳 岩波文庫)だけでも、いえ、せめてこのブログに引用した部分だけでも➡➡知ってると、ちょっと楽しいかもです。(続く)

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ギャロービー・ヒル

ホックニーj
(承前)
 「ボストン美術館の至宝展ー東西の名品、珠玉のコレクション」(~2018年2月4日 神戸市立博物館)➡➡では、ゴッホもよかったし、ジョン・シンガー・サージェントもよかったし、歌麿も、陳容もよかったけれど、もしかしたら、一番、心躍った作品は、そして、行きつ戻りつ、何度も眺めたのは、ディヴィッド・ホックニーの「ギャロービー・ヒル」のような気がします。

 なんと、伸びやかで美しいイギリスの田園風景。ああ、遠くに見えるパッチワークのような畑。遠くの空の霞んだ様子。
 イギリスの絵画と言えば、ラファエル前派のダークな色合いを思い浮かべがちですが、ホックニーの描くのは、あの明るい田園。
 イギリスと言えば、曇りがちの風景を思い浮かべがちですが、ホックニーの描くのは、夏のあの明るい空。

 イギリス生まれのホックニーは、アメリカ西海岸を拠点に活動したようですから、この明るさは、その光なのかもしれません。
 けれど、そんな先入観なしに、この絵を見たとき、あのイギリスの田園以外浮かびませんでしたから、ホックニーもきっと、時折見ることのできる夏の日射しのイギリスの田園を描いたものだと、勝手に解釈いたします。
 その後、調べたら、ここは北イングランド ヨークシャー州のギャロービー・ヒルでした。

 この絵は、大きな油絵なので、離れて見ると一層、わくわく。

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九龍図巻

ゴッホ14j
(承前)
  「ボストン ボストン美術館の至宝展—東西の名品 珠玉のコレクション」(~2018年2月4日 神戸市立博物館)➡➡は、古代エジプト美術から中国、日本、フランス、アメリカ、版画・写真.、現代美術まで幅広く展示されています。東京上野で見てきたテーマを浮世絵とフランス近代絵画に絞った二つの美術展とは、ずいぶん違います。➡➡  ➡➡ アメリカの複数のコレクターからの寄贈の展示でもあるので、まあ、多種多様な展示とも言えます。写真画面上は、以前の「ボストン美術館展 日本の至宝」➡➡の図録表紙ですが、日本のものに特化し、曽我蕭白の「雲龍図」を展示の目玉にしていました。そのときに来ていた墨画の曽我蕭白「風仙図屏風」(1770年頃)も、今回、神戸の「ボストン美術館展」にも来ていました。

 「ボストン美術館展」は、テーマこそ違え、毎年のように、開催されているせいか、混雑していず、珍しく、ゆっくり見ることが出来ました。
 中でも、陳容という中国の人の描いた絵巻、「九龍図巻」(1244年)紙本墨画淡彩は、10メートルに及ぶ画面に9匹の龍が自由にのびのび、生き生きと描かれていて、楽しいものでした。今まで、このように龍の生活(?)が描かれたものを見たことがなかったので、十分に鑑賞しました。

 この絵巻「九龍図巻」は、小さいながらも、その迫力に圧倒されてしまいます。この作品が13世紀にすでに描かれていたというのですから、日本の画家も、龍の絵は、素晴らしい手本があったことよ、と思いました。
 「九龍図巻」に描かれている龍のおおらかさも、かの大きな国、かの歴史ある国だからこそ生まれたのだろうと思うと、きっと、もっとたくさん存在するであろう古い中国の龍の絵を見たいものだと思いました。(続く)

☆写真下は、「九龍図巻」の”黒雲のなか老年の龍(左の白髪頭)が若い龍(右上方)に教えを授けているシーン”…龍も年を取ったら白髪になるんだ!

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ローベル・ド・セヴリュー

ゴッホ13j
(承前)
 「ボストン ボストン美術館の至宝展—東西の名品 珠玉のコレクション」(~2018年2月4日 神戸市立博物館)➡➡に、ジョン・シンガー・サージェントの作品も2点来ていました。サージェントの作品は、カ・リ・リ・ロの名前のもとになった絵➡➡だけでなく、肖像画の素描➡➡も好きですが、今回の展示の絵は、初見でした。

  いかにも、裕福な女性の肖像画「フィスク・ウォレン夫人と娘レイチェル」(写真左)より、緊張した姿勢で立っている男の子の肖像画「ローベル・ド・セヴリュー」(写真右)が印象的でした。
  この男の子は、手から逃げ出してしまいそうな子犬を抱いているので、緊張している様子が伝わってきます。顔は正面を向いていますが、いつのまにか、揃えていただろう足は、離れ、力が入っています。
 
 先日来、見てきたゴッホの肖像画とまったく違う描き方だし、それぞれのモデルの生活もずいぶん違ったものだったでしょう。シンガーのものは依頼による高価な仕事に対し、ゴッホは描きたい人を描き、当時はお金に縁遠かった。この二人の画家には、まったく共通点はありません。
 しかしながら、二人の画家が、その人物の本質を見ようと描いた肖像画には、時を超え、その人が、そこで息をしているかのように我々に語ってきます。

 若い時に比べ、肖像画も楽しめるようになったのは、現実でも、いろんな人生を見る経験が増えたせいかもしれないと思います。(続く)

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ボストン美術館展

    ゴッホ5j
(承前)
 先に絵ありき、ではなく、先に映画を観て、美術鑑賞というのも、面白いです。
 
映画「ゴッホ最期の手紙」➡➡の影の主人公ともいえる郵便配達人ジョゼフ・ルーランとその妻の肖像画が展示されている 「ボストン ーーボストン美術館の至宝展—東西の名品 珠玉のコレクション」(~2018年2月4日 神戸市立博物館)に行きました。

  郵便配達人ジョゼフ・ルーランの絵を描くにあたって、ゴッホは、弟テオに、こんなふうに紹介しています。
≪青い制服に金モールの飾りをつけ、髭を生やした大きな顔の、ソクラテスによく似た「郵便配達夫」だ。タンギー爺さん➡➡みたいな熱狂的な共和主義者で、ほかの多くの人たちよりもずっと面白い人物だ。≫≪「郵便配達夫」を自分が感じたように描くことができるかどうか、僕にはわからない。・・・・・(中略)・・・・残念なことになかなかこのモデルは座ってくれないが、どうしてもやっぱり仕上げてみたい、知的モデルの絵を。≫*「ゴッホの手紙 中」(J,v.ゴッホ―ボンゲル編 硲伊之助訳 岩波文庫)
 ゴッホは、郵便配達人ジョゼフ・ルーランが制服を着た絵を、この全身像と胸像の何枚か描いています。

 ルーランと、その家族が、アルルで友人のほとんどいなかったゴッホにとって、大事な存在だったのは、このジョセフの絵だけでなく、息子のカミーユ(映画「ゴッホ最期の手紙では重要な役回りでした)、それに妻のオーギュスティーヌ・ルーランも描いているところからも、よくわかります。この一家でのひと時は、癒される時間だったのかもしれません。

 実際、かの耳切事件の直後、親身になって世話をしてくれたのがルーランだったことからも、ルーランの存在は大きいものでした。
 事件後すぐの弟テオへの手紙1月1日付に、こうあります。(事件は12月23日夜)
≪ゴーガンが君をすっかり安心させてくれると思う。多少絵の商売の件でもね。近いうちにまた制作を始めたい。家政婦と友人のルーランが家の中を片付けてくれたので、すっかり整頓した。・・・・・(中略)・・・・・ルーランは本当に親切にしてくれた。他の人たちが承知する前に、退院できるように機転を利かせてくれた。≫*「ゴッホの手紙 下」(J,v.ゴッホ―ボンゲル編 硲伊之助訳 岩波文庫)
 その後、ルーランは、転勤になってしまい、ゴッホの周りから、また一人居なくなり、その後、ゴッホは、精神病院へ・・・

 実は、郵便配達人ジョセフ・ルーランと息子のカミーユ・ルーランの絵は、2016年秋の東京都美術館「ゴッホとゴーギャン展」➡➡に来ていました。
 この時は、「ゴッホの手紙」もまだ読んでいなかったせいもあって、郵便配達人ジョゼフ・ルーランの絵をしっかり見てきたわけではなかったと、今更ながら思います。
 
くわえて、スイスのオスカー・ラインハルト美術館アム・レマーホルツ➡➡に、ゴッホが描いた、アルルの病院の絵が2枚ありましたが、年が明けたら「ゴッホの手紙」(岩波文庫)のことを書くつもりなので、そのときに。(続く)

☆写真下は、一枚の絵ハガキ。二人の肖像画がそろって日本にくるのは初めてだとか。左:郵便配達人ジョゼフ・ルーラン、右:子守唄 ゆりかごを揺らすオーギュスティーヌ・ルーラン夫人

ゴッホ12j

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Starry, Starry Night

ゴッホ9j
(承前)
 映画「ゴッホ最期の手紙」➡➡の最後では、「Starry Night Over the Rhône」(ローヌ川の星月夜:パリ オルセー美術館所蔵)の絵が登場。リアン・ラ・ハヴァスの歌う「Starry, Starry Night」が流れます。そして、ナレーションと字幕。
 ここで、うるっと来ない人なんているんだろうか・・・

 有名な激しいタッチの「星月夜(糸杉と村)」(ニューヨーク近代美術館所蔵)より、この「ローヌ川の星月夜」➡➡の方が、好みです。優しい星の光、川面に写る光・・・。映画のエンディングでこれを使う監督も同じ気持ちなのかと、またうるうる。映画を観てつくづく感じたことは、映画製作者たちのゴッホへの愛でした。

 今まで、偏った見方で見ていたと思えるゴッホの作品の中に流れる大きな愛や、南仏で得た明るい光や、ドーデ―が描いたような、南仏の人情。
 心を病む孤独な人、ゴッホなどと捉えるのは、やめることにしました。
 
「ゴッホの絵は、生前一枚しか売れなかった」という言葉で映画は終わります。
ああ、ゴッホは居ない・・・無性に哀しかった。
歌は流れます。「Now I understand what you tried to say to me,」(今なら わかる あなたが 言おうとしたこと」(続く)

***リアン・ラ・ハヴァスの歌う「Vincent (Starry, Starry Night)」にも愛が溢れ、少々センチメンタルではありますが、いい歌です。詩がとてもいい。Don McLeanの1971年作とか***

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映画「ゴッホ最期の手紙」

ゴッホ8j
(承前)
 東京都美術館の「ゴッホ --巡りゆく日本の夢」(~2018年1月8日)を見る前に、この映画「ゴッホ 最期の手紙」を観ていたら、絵画鑑賞する目も違っていたことだろうと思います。

 油絵風のアニメーションでできた映画でした。実写の部分もあったような気がするのは錯覚らしく、全編アニメーションといい、その出来栄えは見事。アニメーションにありがちな、薄っぺらな感じでなかったのは、油絵風だったからでしょうか。それとも、実写を油絵風にするという、しんどい作業から生まれたからでしょうか。
 一つの例をあげるなら、写真右のゴッホの肖像画に、うねうねと描かれた背景がありますね。そのうねうねが動き出すとともに、ゴッホも動き出すという仕掛け。

 話は、郵便配達人ジョゼフ・ルーランの息子が、父の友人で自殺したゴッホが弟テオに宛てた最後の手紙を託され、パリへと向かうものの、テオはすでに亡く・・・・・・それで、ゴッホの最期をたどるうちに、その死因が、本当に自殺だったのかと疑問が湧いていき、ゴッホの生前の人となりを追うとともに、その謎に迫ろうとするミステリータッチ。
 久々に面白い映画でした。

 見たことのある絵が次々と動き出し、自然な形で、風景となり、肖像画として見たことのある人物が、次々と、話し始め、動き始める。ずっと昔に見たひまわりが一面に咲いていたゴッホとゴーギャンの実写の映画より、ずっとリアリティがあって、画家の本質に迫るものがあると思いました。(続く)

 ☆写真右は、ゴッホ自画像(1889年)「世界の巨匠 ゴッホ」(ウィリアム・フィーヴァー 水沢勉訳 岩波)、左は、麦わら帽子をかぶった自画像「ゴッホの手紙」(エミル・ベルナール編 硲伊之助訳 岩波文庫)

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