みんなみすべくきたすべく

保護色

バッタさんj
 「バッタさんのきせつ」(エルンスト・クライドルフ作 佐々木田鶴子訳 ほるぷ)は、以前紹介しましたが、この写真に写るバッタさんは、夫のいい耳で発見したバッタさんです。背の低い草地から、チキチキチキ・・・・ 

 で、下の写真をよーく見て。玩具のゴムのとかげではありません。正真正銘の黒いトカゲの子。なにゆえ、子どもとわかるかと言うと、実は、この隣にもっと大きいお母さんトカゲがいたからです。じゃ、お母さんはどこ行った?はい、私が「だれ、通路の真中にゴムのトカゲ置いたりして、踏んだら、滑っちゃうでしょ。」と、つまんで脇にのけようとしたら、なんと!逃げた!きゃあ。子どもは、なんのことかわからず、じっとそこに。慌ててシャッターを切ったあと、すぐそばの草のかげで待っていたおかあさんと走り去りました。
                       とかげj

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フクロナデシコのおばさまたち

        おぼうしj
 いつもならあまり花に興味のない夫に、この写真の花が、たくさん咲いていたので「ほら、お帽子、かぶっているみたいでしょ。」と何度も吹き込みながら歩いていたら、山の上の植物園に売っていたクライドルフの絵本にこの帽子のおばさんが出てきたのをみて、「おお、うまいこと描いてる!」
ふくろなでしこj

いくつか並べます。
やぐるまj
        ヤグルマj
「みどりのふくをきた
あおい ツリガネソウちゃん
綿毛の白い糸をもってて ちょうだいな
わたしが 糸をとって
そして つむいだのよ
あたたかくて やさしい
おひさまのもとで」(後略)
(「花のメルヘン」(エルンスト・クライドルフ作 佐々木田鶴子訳)
わたj
               ふわふわj
              「あわいブルーのアトラジェナよ
               ほのかににおう 美しいひとよ
               紺碧の湖上にかかり
               ただようように かすかにゆらぐ」(後略)
              (「アルプスの花物語」エルンスト・クライドルフ作 矢川澄子訳)
               もしゃj

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棘のある人たち

はなをすみかにj
 下の写真に写るカル二ナ・アカウリス(キク科)は、地べた低く生えていました。さながら、上の写真の「花を棲みかに」の表紙左の女の子が、後ろに手をついて、どっかり座っているように。他の花も地面に張り付いているかのように描かれています。
                   アカウリスj
 また、このカル二ナ・アカウリスは、棘のある葉っぱを持ちます。アザミたちj
 そんな特徴を「アルプスの花物語」では、棘のあるアザミの類と並び、服だけでなく鼻先までとがったつんつん顔にしています。
 アザミたちが、棘のない右端の紫の花(エリンギウム)を「自分を守る棘も針もないじゃないか。上から下まで、ふにゃふにゃ、しんなりして」と馬鹿にすると、エレガントなエリンギウムは、「意地悪だから、棘があって、人の顔をひっかくんでしょう。善良だったら、棘なんかいらないから、なくていいの!」と言いながら、去っていく絵なのです。(参考:「クライドルフの世界」図録2012年BUNKAMURAミュージアム)
                 むらさきj
*「花を棲みかに」(エルンスト・クライドルフ作 矢川澄子訳 童話屋)
*「アルプスの花物語」(エルンスト・クライドルフ作 矢川澄子訳 童話屋)
                    しろj
☆上の花から、カルニナ・アカウリス(キク科)、エリンギウム・アルピウム(セリ科)、ミツバチのとまっているキルスム・スピノシスムム(アザミ科)

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エーデルワイス

エーデルワイス花j
 映画サウンドオブミュージックで歌われ、音楽の教科書にも出ている「エーデルワイス」ですが、花は、一時期乱獲され、今や、人目につくところには咲いていないらしい。写真のエーデルワイスも、いわゆる花壇で栽培されていたものです。花には綿毛があるので、うっすらと雪をかぶっているようにみえるもの愛らしい。

 控えめなエーデルワイスの花は、クライドルフの絵本の中に何度か登場します。クライドルフの描く花は、その生態をも描いていることが多く、写真「アルプスの花物語」と「Der Gartentraum(庭の夢)」に描かれた小さくていたいけなエーデルワイスを見ると、実際のエーデルワイスも、きっと岩場や、人知れない場所に、ひっそりと咲いているのではないかと想像できるのです。(エーデルワイスEdelweißは、ドイツ語で「高貴な白」という意味)

「エーデルワイスや どうしてそんな
あぶない崖っぷちにいるのかね
おまえを摘みにくるひとを
絶壁からつき落とすためかい?」
「あたしが ここに
こんなきわどいとこにいるのはね
あたしをめっけた腕白坊主に
うんとうんと大事に思わせるためよ」
・・・・(後略)・・・
「アルプスの花物語」(矢川澄子訳 ほるぷ)
えーでるわいすj
 ☆写真上の本は「アルプスの花物語」。絵ハガキと絵本「Der Gartentraum」は、シーニッゲ・プラッテ植物園で買いました。

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アルニカ

       アルニカj
 スイスの貧しい子どもたちがイタリアの煙突掃除婦に売られていた時代の話「黒い兄弟」 (リサ・テツナー作 酒寄進一訳 福武書店)の中に、こんなシーンがあります。
≪ジョルジュのお母さんの目の前の蛇を息子のジョルジュが鎌で射止めると、お母さんは気を失ってしまいます。そのとき、ジョルジュは急いで「アルニカ」の葉を摘んでくると、その葉をよくもんでお母さんに嗅がせます。すると、お母さんはすぐに気が付き、二・三度額の汗をぬぐってジョルジュに軽くうなずくと、なにごともなかったように再び草刈りを始めるのです。≫

 そう、この「アルニカ」。
 エルンスト・クライドルフの「アルプスの花物語」 (矢川澄子訳 ほるぷ)に、アルニカ姉さんが、バッタたちの治療をしている絵があります。クライドルフの凄いところは、絵自体の力量もさることながら、その花の生態を踏まえて、絵にしているところです。水辺に生えるものは、水辺のお話、岩場に生えるものは岩場のお話などなど、ですが、ここでもアルニカに備わる薬効を踏まえて絵にしているのです。バッタさんは、アルニカの薬効を知っていて、頼っているのですね。手前の治療済みのバッタさんたちのくつろいでいること。

 実は、この前のページには、トリカブトらの花が描かれ、さながら兜をかぶった軍人たちが丘の上からバッタの兵士たちを見るという、戦争の気配が感じられる一枚です。軍人たちが有毒なトリカブトだということ、次のページが、傷ついたバッタたちを癒すアルニカであること。クライドルフの深い思いを感じます。

 で、写真右に写るのは、スイスのスーパーのレジ近くで、最後の小銭処理のために買ったアルニカクリーム。筋肉疲労などに擦りこむなどとありました。(多分)
 予想通り、菊っぽい匂いです。

*テツナーの「黒い兄弟」は、一時期「ロミオの青い空」というアニメで放送されていたらしいですね。

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クライドルフの絵本

              200クライドルフ絵本j
クライドルフ展から続き)
(承前)
エルンスト・クライドルフの絵本で、現在日本で出版されているのが、5月に福音館から復刊された「ふゆのはなし」と「くさはらのこびと」(大塚勇三訳)、それに、新刊の「バッタさんのきせつ」(佐々木田鶴子訳 ほるぷ)です。他、詩画集のような「アルプスの花物語」「花を棲みかに」「妖精たち 小人たち」(矢川澄子訳 童話屋)「花のメルヘン」(佐々木田鶴子訳 ほるぷ)等も復刊してほしいなぁ・・・

真夏に 「ふゆのはなし」  (大塚勇三訳 福音館)
 クライドルフの繊細でユーモアに満ちた絵を知ってしまうと、その虜になる人が多いと思います。ところが、お話の視点から見ると、詩的な内容だとはいえ、お話が、盛りだくさんで、散漫になっているのは否めません。それから、原画はどれも、もう少し明るい感じがするのに、福音館から出版されたものは、ずいぶん落ち着いた色合いになって、「地味」な様子です。紙質の問題もあるかもしれません。特に1902年以前の「くさはらのこびと」の原画の紙質と、1931年にできた「バッタさんのきせつ」では、紙質がずいぶん異なっておりました。

 ただ、誤解のないように付け加えると、「地味」な絵本が、人気がないといっているのではなく、お話の構成が優れ、子どもたちにわかりやすいものであれば、表紙や中身の絵が、少々「地味」でも関係ないのです。例えば、エッツの「もりのなか」「またもりへ」(まさきるりこ訳 福音館)は、表紙の地味さに関係なく、子どもたちの大好きな絵本です。

 クライドルフは、表紙や見返し、タイトルデザイン、全体の色調等、トータルで絵本作りをしていたと思います。だから、復刊された「ふゆのはなし」の表紙より、もともとの原書の「ふゆのはなし」の表紙≪白雪姫と小人が雪合戦をしているところ≫のままで日本でも出版すればよかったのではないかと思うのです。「ふゆのはなし」と言うタイトルから受けるイメージも、暗い感じがするのですから、明るく楽しそうな、もともとの原書の表紙はぴったりです。ここでも、誤解があるといけませんが、復刊された表紙の絵は、お話の中で使われ、以下の文章があることによって、その絵は、美しさを増します。
≪ほんのりかがやく沙の衣装をきて、頭にはダイヤモンドのかんむりをかぶり、白雪姫は青い氷の上をすべっています。氷の精たちにとりかこまれながら、白雪姫は、きれいなカーブを氷にえがいて、こんどは近く、こんどは遠く、こんどは円天井の下をすべりぬけ、それからまた、ひらけた氷の上にあらわれて、すべります。空には星のきらめく、うつくしい夜で、金色にかがやく三日月が、夜をいっそうあかるくしています。≫

 さて、絵本「ふゆのはなし」の内容をちょっと・・・
かの白雪姫が、7年ごとに7人の小人を訪ねてくることに気付いた,「いとこ」の3人の小人たちが、雪深い中、訪ねて行く話です。で、10人の小人たちと白雪姫は楽しい時を過ごします。・・・え?白雪姫を助けた王子さまはどうしたか?って?・・・はい、はい、ちゃんと書いてありますよ。

☆写真は、一番上に置いてある黒地が、「アルプスの花物語」(矢川澄子訳 童話屋)。右、バッタの絵が見えるのが「フィッツェブッツェ」(パウラ・デーメル、リヒャルト・デーメル文 若林ひとみ訳 ほるぷ出版)。その右上、緑の小人が見えるのが「くさはらのこびと」。一番下に敷かれているのが、「花のメルヘン」(矢川澄子訳 ほるぷ出版)。それで、中央絵本の表紙が「ふゆのはなし」の原書表紙(「クライドルフ展カタログ」)

追記:一番下に敷かれている「花のメルヘン」の見返しの絵を初めとして、他クライドルフの絵本には、日本の浮世絵や「KATAGAMI」の影響が見られます。

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クライドルフ展

              スカビオサ・ルキダとカンパヌラ・ロンボイダリスj
 やっぱり、原画でしょう。ははは・・・行ってきましたよ。またもや弾丸東京ツアーでした。かきつばた弾丸ツアーから、もう2カ月以上たったし・・・? 誘ってもらえる時がご縁と解釈し、行ってきました。ははは・・・

 なんとかして、原画を見たかったのは、「エルンスト・クライドルフの世界―スイス絵本のよあけ―」(小さな絵本美術館)に、こんなことが書いてあったからでした。
≪クライドルフのあの精緻な挿絵の表現は、彼の大理石を使いこなす製版技法と、印刷経験に秀でた職人の鋭い感覚が一体化した手仕事の粋です。したがって、クライドルフの絵本がスクリーンプロセスによる製版に置き換えられると、絵肌が変わって透明感と深見がなくなり、線も色もメルヘンを語らなくなります。いわば、似て非なる複製絵本になってしまいます。現在の絵本の大量生産の時代にあって、クライドルフの絵本の美しさを再現することは至難の業です・・・≫
 と、現在福音館書店相談役の松居直氏が脱帽したのです。

 クライドフが石版画に並々ならぬ労力を注ぎ、そこから生まれた100年以上前の美しい絵本たち。
 よくよく観察された本物の花や蝶などは、擬人化されているものの、「媚び」や嘘っぽさがありません。それは、花の様子だけでなく、葉の様子、あるいは、生えている場所の特徴などもつかんで、丁寧に描かれ、擬人化されているからです。蝶や虫たちも、多分同じことが言えるのだと思います。しかも、その花の種類たるや、素人の私には、数えきれません。

 自然を愛し、自然と向き合うことができる画家だったのだとわかります。特に、それを感じたのは、絵本の花や虫を描いている作品からでした。小さな生き物たちに、いのちを与え、それぞれが、その他大勢として描かれていないのです。生き生きと楽しんで描いているのが、見ている者に伝わってきます。そして、一つの花、一匹の虫、それぞれを丹念に見ていくと、思わず笑みがこぼれます。
 油絵や、自然以外のテーマの作品もありましたが、精彩さを欠くような気がします。
 クライドルフは、小さな生き物が、好きだったんだ・・・

 そして、この展覧会では、花の絵の横に、(すべてではありませんが)、実際のアルプスの花の写真が、説明とともに貼ってあって、絵を見る楽しみをより大きくしてくれました。
 それにまた、先日、見に行った「KATAGAMI展」とも繋がるところもあり、行ってよかった「クライドルフ展」でした。
(「クライドルフの絵本」に続く)

☆この「クライドルフ展」は、東京の後、郡山、富山、横浜と2013年の2月まで巡回するようです。
☆写真は、スイス・グリンデルワルト付近、左カンパヌラ・ロンボイダリス(キキョウ科)、右スカビオサ・ルキダ(マツムシソウ科)

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バッタさん

           166スイス花畑j
 『虫愛ずる姫』(堤中納言物語)とまではいきませんが、子どもの頃から、結構虫は嫌いではありませんでした。(ただし、ゴキブリ以外)
 これは、多分、父親が昆虫好きで、大きな網を持って、信州や、遠く台湾まで蝶を捕りに行ったりしていたことに関係すると思います。また、凝り性の父親は、標本作りも得意で、結果、亡くなったとき、某昆虫館にギフチョウ等の標本を寄贈させていただきました。こちらは、まったく似ませんでしたが・・・
 すごく幼い頃、父と草むらに、バッタ捕りに行って、面白いように捕れたのは、今でも、はっきり覚えています。バッタは、前から捕まえるという単純さに、はまったのです。そして、それは、年経て、花を育てるときに、花にやって来る害虫たちを撃退するテクニックにつながりました。

 「バッタさんのきせつ」 
(エルンスト・クライドルフ作 佐々木田鶴子訳 ほるぷ)

 「バッタさんのきせつ」は、クライドルフ作です。現在も、これからしばらくも、東日本では、クライドルフ展が開催されるようですが、西日本は残念ながら、この新刊(といっても、1930年刊)と、福音館の復刊「ふゆのはなし」「くさはらのこびと」で楽しむしかありません。何冊かは、ほるぷや童話屋から出版されていましたが、今は出ていません。

 スイス生まれのクライドルフは、体調を崩してからはアルプスのふもとの村で暮らすようになり、アルプスの自然を、その絵本の中に丁寧に描きました。特に、大きな自然の中の小さな生き物に対する、確かな観察眼。図鑑のように、小さな生き物たちを描ける画家は、いくらでもいるでしょう。それが、彼の手にかかると、ぴったり最適な擬人化となり、本当らしく、生きる友人となって行きます。絵本は、図鑑ではありませんから、お話とともに、生きる絵が必要なのです。
 以前、クライドルフの「アルプスの花物語」などにでてくる花と、実際の花の写真と比べて見たことがあります。ほとんどが、実際の花と特定できました。多分、全部、特定できる草花なのでしょう。

『おくさんたちのボーリング』(「バッタさんのきせつ」より)
≪バッタのおくさんも ボーリング
ボールをかまえるのも のんびりと
ピンにあたらなくても へいきなの
それより おしゃべりがだいじだから≫
 この詩の前には、『ボーリング』という詩が出ているのですが、男のバッタさんのボーリングの構え方と、おくさんの構え方を見比べるだけでも、楽しいです。バッタさんは、左から二番目のバッタさんが特にかっこいい。奥さんの方は、今から投げようとする左利きの奥様の構えが、力強くてOK!(力こぶあります)

*「くさはらのこびと」「ふゆのはなし」(クライドルフ作大塚勇三訳 福音館2012年5月復刊)
*「アルプスの花物語」(クライドルフ作 矢川澄子訳 童話屋)

☆ 写真は、6月のスイス グリンデルワルト(撮影:&Co.A)

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