みんなみすべくきたすべく

紅葉より団子

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春に行った鞍馬口の本法寺と妙顯寺➡➡。満開の桜、しかも京都なのに、人が少なくて、いいお花見だったので、紅葉のこの季節にも、行ってみました。京都のたいていの桜の名所は、紅葉も期待できるのです。(下の写真は、前に枝垂桜。後ろに紅葉)
はるにはしだれj
 春には行かなかった妙覚寺も合わせて、三つのお寺が、夜には、紅葉のライトアップをしているようですが、平日の昼間、やっぱり、全然、人が居なくて近辺静かです。
 桜も紅葉も,どこで見ても綺麗けれど、京都の歴史と共にある桜や紅葉は、また格別。

 春に次いでなので、今度は道にも迷わず、楽しみました。裏千家と表千家の並ぶエリア➡➡で、ちゃーんと美味しいものも食べましたしね。花より団子、紅葉より団子。(写真は、釜揚げ団子です。)(続く)
もみじj

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蓮華寺

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 10月は台風が続けてきたりして、晴天の日が少なく、やっと秋らしい晴天が続いて、いい感じと思っていたら、その一日だけ、何故か雨。お天気女も、お稽古の度に晴れるわけもなく、ま、仕方ない、と行ったところは、京都大原三千院、ではなく、その手前、八瀬と三宅八幡の中間にある洛北 蓮華寺という小さなお寺。
蓮華寺2j
 解説によると、元は今の京都駅付近にあったこのお寺、応仁の乱(!)後、荒廃していたのを1662年に移転とありました。再興の際には石川丈山他、当時の文化人の協力があったとも、ありました。
 ということで、本堂も庭園もこじんまりはしていても、紅葉時期は、楽しみなところ。
 今回は、少し早かったのですが、さらに紅葉が進み、お天気に恵まれれば、静かでいいところ。
 小さなお寺の大きな銀杏の木は、すでに黄色くなっていました。
蓮華寺4j

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(続) 自然はいかに恵み深いことか。

モンブラン1j
(承前)
 もう一つ、スイス旅行の最後の最後に。
 レマン湖畔に宿泊するのは、美味しいパンやチーズがあるだけではありません。ダリアの花壇が美しいからだけでもありません。
 遠くに、モンブランが見えるからです。
 夏の山は、ガスが上がらない朝の方がはっきりくっきり見えます。登山家ではないカ・リ・リ・ロにとって見目麗しい山を眺めることは大きな喜びです。とはいえ、連泊したとて、毎朝機嫌よく、見えるわけではありません。

モンブラン2j

モンブラン4j

 モンブランは標高もさることながら、そのすそ野が広い(ようです)。日本の白山も、すそ野が広い山のようですから、同じ白い山と名付けられたのは偶然とは言え興味深い。
 すそ野が広くて高いーーーつまり、遠くからでも(どこからでも)、その姿を見る(拝む)ことができるーーーつまり信仰の対象になりうるのではないかと考えます。
 少なくとも、カ・リ・リ・ロは、朝日に輝くモンブランの美しい姿に、毎回、手を合わせてしまいます。健康をありがとう。
・・・と、いいながら、もはや秋も秋、モンブランと言えば・・・(続く)


モンブラン5j

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貴族的な名前の街

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  (承前)
 ドーデ― 「アルプスのタルタラン」 (畠中敏郎訳 岩波文庫)➡➡ ⇒⇒ には、レマン湖畔のことはも少し書かれています。
≪・・・タラスコンの登山家達は、釋放されて、シヨンの城から遠ざかって行ったが、誰だって彼等以上にその蔽いかぶさるような、ロマンチックな憂愁を強く感じたものはあるまい。彼等はミュラー館へ寄って、荷物と旗とを取り、昨日食べる暇のなかった畫飯代を拂い、それから汽車でジュネーブへと急いだ。雨が降っていた。滴のしたたる窓ガラスを通して、タララン、ヴヴェ―、ローザンヌなど貴族的な避暑地の名前が讀まれる。赤屋根の小家や、珍奇な灌木のある小庭が、樹の枝や屋根の小塔や、旅館の露臺なぞの水のしたたる湿った被衣(ヴェール)の下に過ぎて行く。≫

 だらだらと続いたスイス報告もおよそ終わりです。北スイスから始まって、中央アルプス、そして最後はレマン湖。
 あの唯一無二のアイガー・メンヒ・ユングフラウの景色は、あきらめきれないし、レマン湖の穏やかさは捨てがたい。何よりも、自然そのものが「美味しい」。加えて、美術館巡りも充実。・・・・ということで、スイスに行くために、次の年まで頑張ろうという気持ちになっています。いろんな条件が増えてきて、機嫌よく行けるのも、そうそう多くないだろうし。

 シヨン城から今度は船に乗り、ヴェヴェイに行きました。ヴェヴェイに近づくにつれ、かのル・コルビジェの小さな家➡➡を探しましたが、本当にどこかわからないくらい小さくて、昨年、行ったからわかるのであって、知らない人には、まったくわからないほどのもの➡➡。そんな小さな小さな建物が、当時は批判されたと思うと、不思議な気がします。今は、完全に湖岸になじんでいますから。

 コルビジェj

 とはいえ、湖岸の大きな大きな建物である、シヨン城は景色そのものとなり、心に深く残ります。
シヨン15j 
☆写真一番上は、ヴェヴェイの街の紋章。 
 

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シヨン城

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(承前) 
 2005年に初めてこのシヨン城⇒⇒に行ったときは、今ほど、整備されていなかったように思います。今や博物館としての機能もあり、
また、メディアを使って、わかりやすく、歴史や古いものもふんだんに楽しめました。

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シヨン2j
 ドーデ― 「アルプスのタルタラン」 (畠中敏郎訳 岩波文庫)➡➡ ⇒⇒ にシヨン城のこんな記述があります。
≪・・・理由も判らずに急に自分が幽閉された此のシヨン城は、スイスの中で一番人の訪れる史蹟の一つである。サヴアの伯爵達の夏の離宮となり、ついで國事犯監獄、それから武器弾薬庫となった後、今日ではリギ・クルムやテルスプラッテと同じように、一つの名勝地に過ぎない。しかし其處に憲兵の屯所があり、此の土地の酔っぱらいや不良青年どもの「豚箱」が置いてあった。しかしそういう連中は此の平和なヴォ―州ではごく稀なのだから豚箱はいつでも空っぽで、番人は其處に冬の薪を貯蔵しているのである。・・・≫(続く)
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シヨン5j

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☆一番下の写真、向こうにダン・デュ・ミディ(南の牙)7つのギザギザ山が見えます。スイスとフランスの国境あたりです。

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モントルーの青い空

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 秋も深まってきた中、いまだ夏のスイス旅行の報告です。
 さて、今夏最後は、お盆休みだった娘と合流、レマン湖東半分を周遊しました。
まず、モントルーの湖岸に立つクィーンのフレデリー・マーキューリーの像を見て、モントルーからシヨン城まで続く、花の道を一時間歩きました。花の道なら、もう少し距離が短いとはいえ、モルジュのダリアの道➡➡の方がよく手入れされているような気がします。
 
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 さて、シヨン城につくと、10年以上前に来た時より観光客向けに整理され、内部は見やすくなっていました。(続く)
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グリュイエール城

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(承前)
 チーズを食べに行っただけではありません。このグリュイエールというところ。食べたところは、いわゆるグリュイエール城の門前町。
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 一見質素に見えるグリュイエール城が、この丘の中心なのです。11世紀から16世紀までグリュイエール伯爵家のものだったようですが、その後、いろんな人の手に渡り、今は博物館のようになっています。
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 外観に比べ、内部は、結構ゴージャスで、かつての繁栄がみることができます。フランス式の庭も、綺麗に整えられています。が、しかし、ここの一番の贅沢は、周囲の景色だと思います。
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 北側に開けた土地、背後には山、明るい日射し、濃い緑・・・何より、見晴らし抜群。

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ラクレット

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(承前)
 もともと、スーパーで売っているような日本製の大量生産チーズを、卵料理にいれたり、ピザに載せたりというような、食べ方しか、できなかったチーズ。
 それが、モルジュのチーズ屋さん で売ってもらった出来立てナチュラルクリームの優しい味を知ってから、今までよりもチーズが楽しめるようになりました。

 で、チーズの名前でもあるグリュイエールで、チーズ料理!と考えました。
 しかも、本場でラクレット・・・(食べたことがなかったのです。映像で見たり、食べた人の話を聞いたり・・・「初めは熱くていいけど、冷めてくると硬くなるし…ジャガイモだけだし・・・・」と、大満足の声は少なかった)
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 さて、夫は、チーズフォンデュのハーフ&ハーフ(「モワティエ・モワティエ」:グリュイエールチーズとヴァシュランというクリーミーなチーズの半分半分。くせのないまろやかな味)、カ・リ・リ・ロは、電熱器にのったラクレット。
 チーズの他には、パンと小さいジャガイモとピクルスのみ。
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 電熱器の上のヒーターがラクレットを溶かし、その溶けたチーズを、くるりとこちらに回し、とろけた部分をパンやジャガイモにつけて食べる。(日本でなら、ブロッコリーやアスパラやピーマンやベビーコーンやミニトマトなどなどもするだろうな・・・などと考えてはいけません)
** ちなみに、ラクレットとは、フランス語のラクレ…「削る」から来ていて、熱で溶けたラクレットチーズをナイフで削ります。(というか、とろっとろになっているので、ナイフで取ります。)バターのようでもあり、外はかりっと香ばしかったりするので、美味しい!当然、冷めたらおいしくない。
 昔は、串にラクレットを刺し、暖炉で溶かしながら、食べてたんでしょう。
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 で、帰国して百貨店でラクレットチーズを見ると、ひぇー、た・た・たかいっ!
 それに、どうもラクレット食べた人たちの話では、専用電熱器などというものではなく、片方をフライパンなどで溶かしたものだったそう・・・
  ということで、ラクレットを日本で美味しく食べるには、費用がかさみ、あの小さくておいしいジャガイモを見つけるのも大変で、単純な作りの専用電熱器を用意するのも困難なので、また、いつか・・・ということにしました。(続く)
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☆写真一番下は、グリュイエール城が丘の上にちょこと見えています。

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お持ち帰りチーズ

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 さて、スイス報告も、北スイス、中央スイスの次は、西南スイス、レマン湖畔です。
 泊まったのは、チーズ屋のおばちゃんの居るレマン湖ほとりモルジュです。
 ・・・が、今年は会えなかった。3日通ったのに・・・どうしたんだろう?アルバイトと思えるまったく英語を解さない若い女の子に 拙い英語で聞くわけにもいかず・・・
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 とはいえ、日本から保冷バッグに保冷剤を持参していたので、旅程最後、例のナチュラルクリームチーズ(新鮮な牛乳から作る新鮮なチーズ)を購入、二重のジップロックに入れ、あらかじめ、部屋の冷蔵庫で冷やしておいた保冷剤とともに、保冷バッグに入れ、スーツケースに入れて帰国しました。
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 はてさて?結果からいうとOKでした。が、しかし、発酵が進み、凄い匂い。したがって、現地では、あんなに柔らかだった外の白い部分も、少々硬くなり、食べられはしたものの、やっぱり、味はおちていました。
  とはいえ、チーズの本場、グリュイエールに行ってきましたよ!(続く)
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映画「セザンヌと過ごした時間」

セザンヌj
 あのサント·ヴィクトワール山と南仏の陽光が写るはず・・・と映画「セザンヌと過ごした時間」に行きました。

 少年時代から、仲の良かった、二人、ゾラとセザンヌ。
 「制作」➡➡(制作」上下 (エミール・ゾラ 清水正和訳 岩波文庫)の発表後、仲たがいをしてしまう二人。
 互いに支え合ってきたはずなのに・・・
 
 「このシーン、絵に描かれている」、「あの絵かな?」という映像が何度も出てきて楽しい。
 当時の画家たちが、時々出ていたり、名前が出されたり、ちょっと散漫ではあるけれど、時代が変わるときって、そういう混とんとしたところもあるのかと、おとなしく鑑賞。

 原題は「セザンヌとわたし」・・・つまり、ゾラの目を通して見たセザンヌの生き方、なので、ゾラは生真面目でいい人、セザンヌは、奔放で口が過ぎる・・・という描かれ方でした。
 いずれにしても、二人とも、あの光を浴びて育ち、あのパリの空気の中、生きた人たちだったことはわかりました。
 
 そして、エンディングロールに最後に写るのは、光を浴びるサント·ヴィクトワール山。そこに、セザンヌの描いた絵が、重ねられていきます。何枚も何枚も・・・。
 もしかして、この最後のシーンが、一番好きかも・・・

☆写真は、スイス バーゼル美術館 セザンヌ「サント·ヴィクトワール山」

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