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みんなみすべくきたすべく

ひさしぶり

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 新学期になって、授業に出向くまでは、しんどさが勝っていました。マスク二重にしなくちゃ…プリント配るときは消毒か・・・通勤の乗り物も、当然、気をつけねば…一日で済まそうとしたものですから、お昼を挟んで3コマ(90分×3)立ちっぱなしは、この年寄りには堪えます。

 とはいうものの、若い人たちと会うのは、とても楽しい。
 馬鹿っぽい動きをしていても、気取っていても、何しても可愛い。ま、孫みたいなものです。

 深く考えてないかもしれません。今の若い子は・・・(昔の若い子も)
が、未来がまだまだある・・・時間がいっぱい!わかってもらえないだろうけど、老体には、時間は有限。
 
 授業に行く前は、この契約が終わったら、もうやめよう・・・と、考えていたのに―――ここ、2-3年申請してはいるものの、大人(雇用する側)の都合に押し切られ、一部しか減らすことができていません。―――帰り道、楽しかったな、次回はどこまで話そう?などと考えている自分に気づき、元気をもらえたのだとわかります。

 変異コロナの広がりは、この1年間の個人の努力を超越し、この1年間の無策を簡単に凌駕したように思います。せっかく再開されたお稽古も休み、プールだって、人と人とがつながる学校だってどうなるかわからない・・・
  
☆写真は、キレンジャク 尾羽のきれい事! 

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京都1

 お休みだった古筆のお稽古の再開と、桜の京都。天気も上々。
 平日午前中も早い時間なら、人出も少なく、万事OK。
 円山公園の枝垂れ桜は、もうかれこれ、50年近く見に行っています。が、こんなにゆっくり見られたことはなく、一時期、弱って気の毒に見えた、この枝垂れ桜も、元気な姿。よかった。
京都2
京都31
 円山公園隣の知恩院さんの三門(国宝)も桜。
 境内の奥でも桜。
 春の風にあたりながら、ゆっくり、桜の花の満開の下。
京都5
京都6

そして、紅葉(楓)も「花」盛り。

京都4

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いかなごの季節

かわせみ50
 高級魚になったとしても、神戸生まれ神戸育ちのばあばとしては、いかなごを少しでも、炊かないと春が来ない・・・のではないかと、思ってしまい、明石の魚の棚まで買いに行く始末。報道されていたより、小ぶりで、本当に綺麗。
 
 この冬は、高級魚の氷見のぶりも、島根ののどぐろも食べることができました。東京の料亭などの需要が減ったから、回ってきたと魚屋さんは言っていました。それでも、高かったけど…
イカナゴ

 コロナ禍、自粛生活で、家での行動や、家の中の装飾を見直す時間が増えたと言います。日常を考えるとマイナスは多いけれども、ちょっとした非日常にも楽しみがあるのが、わかる日々でもあります。

 保存食を作ったり、歩く距離を延ばしたり、一人でも、お茶を入れて、ゆっくり飲んだり、今まで手を出さなかったような本の読書をしたり・・・・。

 まだ、まだ続くであろう毎日を、一回きりの今日の日を、楽しく過ごしていきたいものです。

ことり25 (2)

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カメラじいじ

めじろj
 カ・リ・リ・ロが写真を撮るのが好きなのは、父親から受け継いだものと考えられます。➡➡しかも、昔と違って、フィルムカメラではないので、いくらでも撮ることができるので、気楽です。
 夫は、2019年夏に行ったスイスで、携帯カメラでもいいのが撮れて以来、カメラに、カメラ自体に興味がわき、今や一眼レフを抱え、休日等、近場をうろうろ。特に、歩いて行ける近場、あるいは、職場近辺に、川や池や木々があって、そこに暮らす鳥たちを撮るのが、面白い。いいカメラとレンズ(まだ、不満があるようですが・・・・)を手にした夫は、シャッター速度、露出などなど、カ・リ・リ・ロは、まったく気にしなかったことに力を注ぐカメラ愛好家となっています。

 以前は、小鳥・・・と、十把一絡げに見ていた夫が、その鳥の名前を調べ、鳴き声の違いに気づき、花の蜜を吸うメジロ、地を這うように虫を探すウグイスの違いを知り、縄張り意識の高いカワセミは、それぞれの川・池で見かけ・・・など、奥が深い世界に片足突っ込んでいます。

 昨今、彼のような、カメラをぶら下げたじいじたちは、近辺、出没しているようで、若い人なら、「いまここに、○○いるよ」とツィートしそうな場面も、カメラをぶら下げたじいじたちは手招きで、声をひそめ「ほら、あそこ。あそこ」と指さし等で、情報交換しているようです。中には、双眼鏡も首からぶら下げ、小鳥たちを探し出し、カメラでパシャリ。というじいじたちも居るらしい。
 実際、知り合いの定年退職したじいじは、撮影した鳥の写真を、今や同僚ではなくなった娘にラインを通して送ってきています。この人も、いわば、近隣にお住まいなので、もしかしたら、夫とどこかですれ違っているということは大いに考えられます。

 さて、最近、ここに掲載した鳥の写真の何枚かは、夫の写真を、勝手にトリミングしたりしながら使っています。(ただ、夫の写真を掲載しても、撮影&CO.のイニシャルを入れる手間を省いていますが・・・)(続く)
☆写真上は、紅梅にメジロ。写真下は、コゲラ。小さなキツツキです。
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努力義務

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(承前)
 ベンジャミン・フランクリン自伝➡➡に書かれてあったのは、種痘をしないで子を亡くし後悔する父親の姿でした。➡➡
 日本でも、ワクチン接種については、しないとか、するとかという声が聞こえます。しかしながら、何故、この日本でワクチン開発が遅れているのかは、大きな疑問でした。ワクチンより、儲かる研究開発には、どうなんだ?
 
 ここで、素人が調べ知ったこと。
 うちの子どもが幼い時にした3種混合接種(ジフテリア・百日咳・破傷風混合ワクチン)などは、義務接種でしたが、カ・リ・リ・ロがその昔接種されたものは罰則付きの義務接種だったようです。第二次世界大戦後。
  ところが、法的罰則付きというのを外し、義務接種となったものの、健康被害などの問題が起こり法的救済制度ができ(1976年)、訴訟なども起こり、公衆衛生、生活水準も向上したからとかいう理由(?)もあって、何度かの予防接種法改正改正の後、1996年義務接種から勧奨接種、義務規定から努力規定、任意接種に。そういう経緯もあって、世界水準からワクチン接種が減ることになったようです。
 で、2007年頃、10代から20代(大学生に多かった。)に麻疹(はしか)が流行。つまり、義務じゃない接種はしてなかった。また、近年、風疹の流行も話題になっていました。うちの30台の娘たちは中学のときに接種しましたが、男子はしてませんでしたから。他に子宮頸がん(ヒトパロマ―ウィルス)のワクチンでも問題になっていましたね。

 今や、定期接種、努力義務、勧奨接種などの文言。
 義務ではなく努力せよ・・・なのです。すべての責任負わないからね・・・と。

 今回のコロナワクチンは、努力義務のある勧奨接種という 新しい予防接種法の改定に基づくものらしい。
 なにゆえ、日本のワクチン開発が遅れているか、あるいは、何故、優秀な研究者が他国で研究し続けるか、深い闇を見たような気がします。
 ノーベル医学・生理学賞を取った4人の日本の研究者が、現時点の医療崩壊防止だけでなく、ワクチン開発や長期展望に立った研究についても、声を上げている報道や、その後についての報道も、声が小さくなっているような気がします。誰が、音量を下げているんだろう。

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多いこと、多いこと

ろうばいj
 
例年のことながら、秋辺りから、まず、クリスマス絵本を全部出し、次は、クリスマスカードのために(訳出するために)本を探し、次は、干支の本を引っ張り出し、その関連本も次々出し・・・しながら、改めて 気づくのは、読んでない本、読み足りない本、もう一度読みたい本の多いこと、多いこと。
 残された時間の割に、残された本の多いこと、多いこと。
 さらに、新しい興味に伴う読みたい本、知りたいことの 多いこと、多いこと。
 コロナで突然ということも考えられる昨今、もっと本気で、本を読もうと決意した1月が終り、春は近いはず。

☆写真は、雨上がりの蝋梅。

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Here Comes The Sun

ノアj
 アメリカの大統領就任式で、レディー・ガガ➡➡が国歌斉唱していましたね。上手いなぁ。胸に着けていた大きな黄金のブローチ、オリーブの枝をくわえた鳩でした。

 同じ式典で、22歳の女性詩人アマンダ・ゴーマンが、詩The Hill We Climbを朗詠。この若さの人を選ぶアメリカに感心。

 あとからみた、トム・ハンクス司会で、リンカーンの座るリンカーン記念堂の前で行われた米大統領就任記念コンサート(イブニングコンサート)にも、魅了されました。ヨーヨー・マも含め、多数の歌手たちが出演するも、カ・リ・リ・ロには、ブルース・スプリングスティーンとジョン・ボン・ジョヴィくらいしかわからない。じいさんになっている二人ともよかったし、特にジョン・ボン・ジョヴィの歌うビートルズのHere Comes The Sun。軽くて明るくて、前向きでよかった。
 歌詞の最後 It's all right.の繰り返し。 心が 落ち着きます。
 ≪Here comes the sun, and I say It's all right ほら、太陽がのぼってきた 大丈夫なんだよ≫

 他国のことながら、今は、地球上に 歌が響くように願います。
 そして、詩人のアマンダ・ゴーマンさんの詩の最後、
≪ there is always light   いつも 光は そこにある
if only we are brave enough to see it 光を見る勇気さえあれば
if only we are brave enough to be it 光になる勇気さえあれば≫
 
☆写真は、ピーター・スピアーの絵本「ノアのはこ舟」(松川真弓訳 評論社)

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元気でおろね

モーモーjj

 すっきりしない2020年からまだ先の見えない2021年になりました。
 年明け、先ばかり見ていて、足元を見ていなかったら、つまづいてしまいました。日頃、車に乗らず歩き、プールに通い・・・していても、反射神経の衰え。で、少しの段差で、ずっこけることに。お医者さんの世話になるようなものではなく、孫たちとも楽しいお正月を過ごしましたから、ご心配なく。ただ、ちょっと、なさけない・・・
 ま、新年早々のアクシデントは、このあとの厄難をひっかぶってくれ、今後の注意喚起だと思っています。

 さて、いただいた年賀状には、今年度で賀状をやめるというご報告も複数ありましたが、1月・2月に海外に行ったご報告もありました。バルセロナ、モロッコ・・・すでに、他にお話を伺っていたのが、ニース、シドニー、ハワイ、パリ、そして、イスラエル・・・みなさん、1月・2月だったというのですから、本当に、ぎりぎりセーフ。
 多分、この1年も、下手したら次なる年も、海外は無理。それよりも、渡航解禁になったときに、足元のしっかりした元気な年寄りでいなくては。

  そういえば、ご近所のおばちゃんたちが、路上で新年のあいさつを交わしたあと、別れ際「元気でおろね。(元気でいましょうね。)」と、言い合うのを耳にしましたが、年賀状やクリスマスカードの文言の多くが、例年「今年もよろしく」だったのが「お元気で」「乗り切りましょう」などに代わっていたのが、今この時の、人々の気持ちだと思います。

☆写真は、「モーモーまきばのおきゃくさま」(マリー・ホール・エッツ文・絵 やまのうちきよこ訳 偕成社)の表紙

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新しき年の始の初春の今日降る雪のいや重け吉事

朝焼けカヌーj
新しき年の始の初春の今日降る雪のいや重け吉事

(万葉集 最後の句 第二十巻 4516 大伴家持)
(平仮名)あらたしきとしのはじめのはつはるのきょうふるゆきのいやしけよごと(*あたらしきではない)
(万葉仮名)新  年乃始乃 波都波流能 家布敷流由伎能 伊夜之家餘其騰
(現代語訳)新しい年のはじめの 新春の今日を降りしきる雪のように、いっそう重なれ吉きことよ
*いや・・・程度がはなはだしいさまを表す副詞「や」に接頭語「い」の付いたもの
*元旦の雪は豊年の瑞祥と考えられていた。
******参考:万葉集(4) 中西進 講談社文庫

☆写真上は、冬の朝、日の出と共に、力強く前に進む若者。写真下は、2021年元旦の初日の出。

日の出

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Silent Nights & Days

くるみわり2
 新聞に「物語の中のクリスマス」という連載がありました。ドイツ文学者の松永美穂氏による4回のものでした。(最終回は「くるみわり人形」➡➡。)

 その中に、アンデルセンの「モミの木」について書かれた文があって、その最後に、こんなことが・・・
 ≪昨年の12月、ドイツのメディアには「クリスマスツリーがいかに環境に悪いか」との記事が相次いで出た。ドイツで買われるクリスマスツリーは年間3000万本。植林、運搬、焼却の過程で、多くのCO2が排出される。じゃあ、長持ちするプラスチックのツリーならいいのかというと、ポリ塩化ビニルでツリーを作ることでやはり多くのCO2が排出され、しかもプラスティックは自然に分解しないからさらに問題なのだそうだ。「クリスマスツリー恥ずかしくないの?」という見出しを読み、近い将来、各家庭でツリーを飾る習慣は廃れていくかもしれない、という予感が頭をよぎった。≫

 あーあ。この箇所はショックでした。
 冷静に考えると確かにそうです。
 
 数々の「クリスマスツリー」の絵本が思い浮かびます。何冊かは、クリスマスの後、切った木を森に戻したり➡➡   ➡➡、切らないでそのまま森で祝ったり➡➡、何冊かは、森で切ってきて飾ったり➡➡  ➡➡・・・うーん、どうなっていくんだろう。

 この年末は、粛々と暮らしなさいとのこと。いわれなくても、精一杯、努力しているつもりです。
 さらなる Silent Nights&Days。
 次なる年は、いい年になりますように。

 年末・年始 しばらく、拙文休みます。

☆写真は、「くるみわり人形」(E.T.A.ホフマン ラルフ・マンハイム英語訳 渡辺茂男日本語訳 イラストレーション モーリス・センダック ほるぷ出版)

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