みんなみすべくきたすべく

翻訳は無上の精読

鍵j
 「大人に贈る子どもの文学」(猪熊葉子 岩波書店)
(承前)
 さて、猪熊葉子の翻訳考はまだ続きます。
≪翻訳者は、その世界に入り込み、子どもの登場人物だけに目を向けるのではなくて、大人の登場人物たちを見ることなく素通りしてはなりません。そうしなければ作品の構造が明らかに見えてこないでしょう。これが堀口*のいう「翻訳は無上の精読」の結果という意味でしょう。精読というと、一見ただ言語上の問題であるかのように理解されるかもしれず、誤訳がなければよいと思われるかもしれませんが、実は作品自体の構造分析を含んでいることを知っていなくてはならないと思います。そしてその上、翻訳者には自国の言葉を自在に正確に使う能力と、訳そうと試みる作品の要求する的確な言葉を選んで使える能力が必要です。このような難しさを達成できたなら、はじめて読者を強い力で作品のなかに引き込む翻訳が誕生するのでしょう。優れた翻訳がしばしば創作であると評されるのは、そういうときなのではないでしょうか。≫

 そうでした。この高い意識に裏付けされた猪熊葉子訳で、ゴッデンもピアスもノートンもボストンもエイケンもネスビットも・・・・・そして、サトクリフ!にも出会ったのでした。

 カ・リ・リ・ロにとって、岩波から出ている猪熊葉子訳のサトクリフの歴史小説「第九軍団のワシ」「ともしびをかかげて」「太陽の戦士」「王のしるし」そして、「運命の騎士」!の5冊**に出会ったことは、それまでの読書体験をひっくり返すくらいの勢いで、心に響いたのを思い出します。

 確かに、ピーター・ラビットやプーに会いたくて、あるいは、真夜中の庭やハヤ号、グリーンノウに触れたくて、そしてまた、ファージョンの世界をたどりたくて、何度も、英国に足を運びました。
 が、一番底にあったのは、猪熊葉子訳で出会うことのできたローズマリー・サトクリフの描くブリテンの風を感じたかったと、今にして、思うのです。

*堀口大學
**のちに、「銀の枝」と「辺境のオオカミ」が加わりました。
☆写真は、サトクリフ「ケルトの白馬」のホワイトホースカントリーにあった塀の鍵

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・・そんなわけで、10月半ばになりそうです。

     教会j
  私より1歳年下の彼女からメールをもらったのは9月18日のことでした。
 ここ数年は、毎年のように、イギリスなどに児童文学探訪に出かけていた彼女は、5月頃、渡英し、かのマーメード・インの絵葉書をくださっていました。それで、その時の話などをお聞きしようと、もう一人の友人と日程を調整するも、なかなか合わず、「・・・そんなわけで、10月半ばになりそうです。」というメールをいただいたのが、最後になりました。
 そのときの添付写真が、上の写真で、彼女のキャプションには、≪「運命の騎士」でベービスが徹夜で祈りをささげた教会です。≫とあります。
 
 そしてまた、7月に交換したメールには、「本当にイギリス旅行は楽しくて今も密かに反芻して味わっております。夢が一つかないました。」とあります。その時の添付写真が下のものです。彼女のキャプションには、≪ミルン一家が住んでいたお家のクリストファー・ロビンです。≫とありました。

 信じられません。
 こんな形で10月半ばにお会いするなんて。合掌。
☆写真撮影:&Co.Yoko
 「運命の騎士」(ローズマリ・サトクリフ キーピング絵 猪熊葉子訳 岩波)
 「クマのプーさん」(A.A,ミルン シェパード絵 石井桃子訳 岩波)

      ミルンj

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まじらなかったことはない

スーパームーンj
 (承前)
 「ケルトの白馬」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)で、「まざっていく」こと、「第九軍団のワシ」(猪熊葉子訳 岩波)で、「まじっていく」こと。この「闇の女王にささげる歌」(ローズマリー・サトクリフ作 乾侑美子訳 ほるぷ出版)では、「まじらなかったことはない」ことについてです。

 ≪世継ぎの姫エスィルトは、ジギタリスのようなそばかすのある白い肌に青い目、母親に似て背が高く、そのほかほとんどのことが、見かけも心も母親似でした。父のプラスタグスからエスィルトが受けついだのは、日ざしの中の栗毛馬そっくりの髪の色だけでした。 そうしてネッサン、夏至の火の燃えているあいだに生まれたおちびさんは、ほかのだれでもなく、あくまでもネッサンでした。ただ、この姫の内には、古い民の姫がひそかに生きているようでした。あの小さな肌のあさぐろい人々、馬の民がくるよりさらに前に、この地にいた人々の血が流れていました。というのも、征服した民の血が、征服された民の血と、どういう形にしろ、まじらなかったことはないのですから。年老いた乳母が、そういうことだったとうけあいました。が、そういう乳母自身があさぐろい肌の人々の一人なのです。 ネッサンは小鳥みたいに小さく、髪は黒く、大きな目は雨を思わせる灰色でした。・・・≫

 また、サトクリフの「アネイリンの歌――ケルトの戦いの物語」(本間裕子訳 小峰書店)では、色が黒くてがっしりした父親に愛されていないと思っている色白で痩せ型の少年プロスパーが主人公となっています・・・が、これは、また別の話です。
☆写真は、2014年9月9日のスーパームーンと言われた月。下は、ぼんやり遠くに写るアフィントンの白馬。
               
               ケルトの白馬遠いj

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部族の蜂起から変わる

      イケニ女王j
(承前) 
 サトクリフの「第九軍団のワシ」をはじめとする何冊かのローマン・ブリテンものを読んでいると、ローマ人の立場、あるいは、ローマ化されていったブリテンの視線で読み進むので、自ずと、ブリテン島に溶け込んでいった、あるいは溶け込もうとするローマ人側にたって読んでいます。

 ところが、 「闇の女王にささげる歌」 (ローズマリー・サトクリフ 乾侑美子訳 評論社)は、卑劣な侵略者としてローマ人(軍)を描いているものですから、今度は、原始的な殺戮を繰り返す女王であっても、そりゃ、ローマが卑怯やから仕方ないね。という視点になります。人間の尊厳すら踏みにじったら、そりゃ、怒るわ!
 
 そして、その怒りを、サトクリフは、残忍さで読み進めなくなるくらいの表現を使っても、描き切りました。
 この話を読んでいると、侵略者・征服者と、被征服者の争いの繰り返しが、地球のどこかで、もう2000年以上も続いているのだとわかるのです。現在の地球上で実際に起こっているような問題が、あるいは、清算してこなかった現実が、ほとんどすべて、この話の中にはあるからです。

 サトクリフは、あとがきでこんなことを書いていました。
≪女王と姫たちへのローマ人のあつかいは、単に残忍で粗野だというだけでなく、もっと悪い、命そのものへの冒涜、ということになります。また、そのあとに起こったことも、部族の蜂起から、聖戦へと変わります。そうして、聖戦ほど、あらゆる戦いのなかでもっとも残虐で無慈悲な戦いはありません。≫(続く)
       
         こうまj

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イケニ族の女王

ロンドン像横j
(承前)
 昨日のカエサル像は、ニスイス ニヨンの街はずれ、人通りのないところに立っていましたが、イケニ族の女王ブーディカ像は、凄い人並に囲まれています。ただ、この日、女王ブーディカ像を見ているのは、カ・リ・リ・ロくらいなものです。そう、この像は、ロンドンの真ん中、国会議事堂の時計ビッグベンの真ん前の地下鉄出入口に設置されてます。しかも、像の下にはテント張りのお土産屋さんもあって、銘板すら見えません。

 ルブリンの仲間のイケニ族が北に移動し、「ケルトの白馬」」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)は終わりました。のちのイケニ族の女王の話は「闇の女王にささげる歌」 (ローズマリー・サトクリフ作 乾侑美子訳 ほるぷ出版)です。サトクリフの作品には珍しく、女性が主人公です。

  テムズ沿いの ブーディガ像を実際に見てみると、作品を読んだイメージと違う女王がそこにいることに気づきます。実際の像は、勇猛であるものの、エレガントさと、女性特有のしなやかさを表現しているような気がします。
 サトクリフの描いたブーディカ女王は、確かに、女性としての美しさも、女王としての責任感や、気品や勇気をも持った女性ではありましたが、時代的に見ても、もっと素朴で、荒々しく、たくましい女性だととらえています。
 馬の種族といわれていたイケニ族だけに、立派な女王の戦車を引っ張るロンドンの像。でも、これでは、まるで、敵方ローマの女性の像のようにみえます。(ローマの女性は戦いませんでしたが)馬もスマートだし。

  「闇の女王にささげる歌」を歌うのは、「竪琴」のカドワンです。
≪女王ブーディカの命の歌なら、馬の群れのことも歌いましょう。森と沼地のあいだに広々と広がる牧場で草をはむ馬たち。誇らしげに頭を上げる雄馬、足ばかり長い二歳馬、訓練された戦車用の馬、子をはらんだ雌馬たちのことを。さらに、沼地の果てに巨大な翼を広げて落ちていく夕日のことも。葦の茂る湖とまがりくねる小川とが、落ちる日の輝きを受けとめて天に投げもどし、ついには大地と空とがともに燃え上がるかと見える、あの夕映えのことも歌わねばなりません。秋の夜、北から渡ってくる雁のこと、カッコウの声がくぐもる真夏の森の外れの、緑の香る木下闇(こしたやみ)のこと、戦場におもむく王の青銅の盾をいろどる赤い渦巻き模様のこと・・・。≫(続く)

          仔馬j

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まじっていく

             カエサルj
(承前)
 「ケルトの白馬」のイケニ族ルブリンの時代(~紀元前1世紀)から、100年以上経ると、「第九軍団のワシ」の舞台、ローマンブリテン(紀元後1世紀~)の時代になります。 
  「第九軍団のワシ」には、こんなことが書いてあります。
≪・・「叔母と叔父は、カミラとよびます。でも本当の名前はコティアよ。」少女はいった。「あの人たち、なんでもローマ風が好きなの。おわかりでしょ。」
「あなたはローマ風が好きじゃないんですか?」マーカスはたずねた。
「わたしが? わたしはイケニ族なのよ!…(略)・・・」
・・・・・・・(中略)・・・・・・・・
「カミラとよばれればラテン語で返事をするわ。でも着物の下のわたしはイケニよ。夜着物をぬぐ時、わたしはいうの。『ほら、これで明日の朝まではローマとはおわかれよ!』 ≫

 このコティアの言葉から、部族の誇りと、今の生活との折り合いをどうつけているかが、よくわかります。いがみ合うだけでなく、戦うだけでなく、個人のレベルでは、敷居を低くし、友好的に「まじっていく」のが、常だったのでしょう。ただ、それには、時間が必要だということも、サトクリフの作品群からわかります。
 サトクリフは、英国の歴史を書きながらも、その中身は、歴史のデキゴトを書いているわけではありません。「人」 と「人」を描いているからこそ、こうやって、時代も異なり、国も異なる読者を魅了できるのだと思います。

 ≪エスカやマーカスやコティアのような人間間のことなら、このへだたりはせばめることができ、そのへだたりを越え互いに触れ合うことができるようになる。そしてそうなれば以前にそのようなへだたりがあったことは問題ではなくなるのだ。≫(「第九軍団のワシ」より)(続く)

*「ケルトの白馬」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)
*「ケルトの白馬/ケルトのローマの息子」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ちくま文庫)
*「第九軍団のワシ」「銀の枝」「辺境のオオカミ」 (ローズマリー・サトクリフ著 猪熊葉子訳 ホッジス挿絵 岩波) 

☆写真上は、スイス ニヨンのカエサル像。下は、テムズ河畔に居た小ぶりで足ががっしりした馬。
≪…マーカスはローマで時々御したアラブの馬たちのことを考えた。この馬たちはアラブの馬たちよりも小さかったーー背丈は掌の幅で計って十四くらいだろう、とマーカスはあたりをつけたーー毛足が長く、体の大きさに比して、そのつくりはがっしりしていた。しかしそれなりに調和がとれていて、全くすばらしい一組だった。…≫(「第九軍団のワシ」より)

うしじゃない馬j

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まざっていく

餌を食むj
(承前)
  ≪イケニ族は馬を飼育する『馬族』で、野生の馬を慣らし仔馬を育てて、馬の数を増やしていく。だから彼らにとって財産とは、金銀ではなく、所有している馬の数だった。力強い雄馬、調教前の二歳馬、仔馬を産んでくれる雌馬、二頭立ての戦車をひくよう調教された軍馬・・・・。白亜の丘陵地帯にたどり着いた彼らは、この草原が馬の放牧に適していることを見てとった。こここそ、自分たちの土地…。≫(「ケルトの白馬」 ローズマリ・サトクリフ 灰島かり訳 ほるぷ出版)

 こうやって、サトクリフは、まず初めに、イケニ族であるルブランたちが、いずれ白馬を書くことになる布石を打ちます。が、サトクリフの面白さは、この構成力だけではありません。

 ≪征服者の血には必ず、先住民の血が混ざっていた≫ルブランを主人公に据えることにより、歴史が、年号の羅列や征服者や為政者たちのものではなく、いわゆる無名の人間一人一人が生まれ、生きた証しだと表現するところに、面白さがあると思います。それは、サトクリフの他の歴史小説「第九軍団のワシ」「ともしびをかかげて」「銀の枝」「運命の騎士」「太陽の戦士」「王のしるし」などにも、共通しています。

 歴史は、他を排除していくことだけでなく、まざっていくという事実でもあり、あるいは、簡単に百年といっても、その間に世代は変わっていくのだという事実でもあります。こんな当たり前のことに着目する歴史小説に、それまで出会ったことがなかった私は、初めて、サトクリフに出会ったとき、目から鱗が落ちました。(続く)

*「ケルトの白馬」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)
*「ケルトの白馬/ケルトのローマの息子」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ちくま文庫)
*「第九軍団のワシ」(ローズマリー・サトクリフ著 ホッジス挿絵 猪熊葉子訳 岩波)
*「ともしびをかかげて」(ローズマリー・サトクリフ著  キーピング挿絵 猪熊葉子訳 岩波)
*「銀の枝」(ローズマリー・サトクリフ著 キーピング挿絵 猪熊葉子訳 岩波)
*「辺境のオオカミ」(ローズマリー・サトクリフ著 キーピング挿絵 猪熊葉子訳 岩波)
*「運命の騎士」(ローズマリー・サトクリフ著 キーピング挿絵 猪熊葉子訳 岩波)
*「太陽の戦士」(ローズマリ・サトクリフ著 キーピング挿絵 猪熊葉子訳 岩波)
*「王のしるし」(ローズマリー・サトクリフ著 キーピング挿絵 猪熊葉子訳 岩波)

☆写真上は、ホワイトホースカントリーの馬。下は、「白馬」を望むロングコット村の13世紀の教会(The Parish Church of St Mary the Virgin)。新しい窓は18世紀のもの。

                    チャーチj

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白い馬の描き方

地図j
(承前)
 ≪「・・・・丘をけずって描けば、馬の形は消えることはあるまい。今から後、いつの時代でも、偉大な馬を目にした者は、ここが偉大なるアトレバース族の地であることを胸に刻むことになる。」クラドックは開いた両手で、自分のひざをパンと打った。「仔馬の産まれる春がまためぐり地面に草がおいしげっても、偉大な馬は変わることなく、ここがわれわれの栄光のちであることを語り続けるだろう」≫と、ルブリンたちを追い詰めた敵将はいいます。

 それを聞いたルブリンは、≪最初は小さな形を描き、それをかざせば、遠くに描くべき線を見つけることができる?≫と思い至りますが、「あなたの馬を、あなたの丘いっぱいに広がる太陽の馬を作るつもりはない・・・・命令されて作った馬には、神は魂を吹き込んではくれない。おれが作る馬は光のともらないランプのように、なんの力も意味もない、ただのぬけがらでしかない。あなたは確かに馬を手に入れるが、しかしそれは手に入れる価値のないものだ」と言い切るのです。
 そして、ある交換条件のもと、敵将の「太陽の馬」であり、自分たち一族の「月の馬」を作ることになります。

≪一本の美しい線が、弓のように反った首から背中、そして尻尾へと、途切れることなく流れていく。ピンと立った耳から尻尾の先までは、大股で百四十歩以上。ところが胴体は非常に細く、もっとも広いところでも四歩を少し出るだけ。頭は鷹の頭のようだし、向う側の足は二本とも、胴体に接するところがない。しかしそんなことは問題ではなかった。ルブリンは今、馬の形そのものをなぞろうとしているのではないのだ。ひばりがさえずり、流れる雲が影を落とす丘の上に描こうとしているのは、馬が秘めているもの、力であり美しさであり、そしてエポナ御自身の姿だった。≫(続く)

*「ケルトの白馬」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)
*「ケルトの白馬/ケルトのローマの息子」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ちくま文庫)

☆下の写真にはSwindon行きの青い列車が写っています。多分、この列車に乗れば、白馬を見上げ見ることができるのだと思います。

                        列車と白馬j

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ケルトの白馬

ホワイトホースj
(承前)
≪高くそびえる丘の要塞を離れると、右手になだらかな土地が広がる。丘の下のほうでは、麦が栽培されており、刈入れをひかえて、麦の穂が銀色に光っている。そのはるか向こうの低地には、うっすらと青い森が見える。左手は北の方角にあたり、森が近い。人がすっぽりかくれるほど高くのびた草がびっしりとはえていて、近づくと呑み込まれてしまいそうだ。太陽が空高く輝き、ひばりの声が聞えるなか、戦車は白い丘の稜線をひたすら走った。≫(「ケルトの白馬」ローズマリー・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)

 下の写真に撮り切れていませんが、この辺りの稜線は、ゆるやかに延々と続き、本当に美しいものです。
 そんな中、選ばれたこの斜面。テムズの恵みを受けた谷合いの土地が見渡せるこの地にこそ、白い馬は描かれたのだとわかります。
 サトクリフは、この鉄器時代の遺物***から、大いなるイメージを広げました。もしかしたら、そうだったかもしれないと思わせる面白さ。ローズマリー・サトクリフ(1920~1992)の作品は、何度読んでも新しい発見があり、新鮮なワクワク感は、いつも同じです。(続く)

*「ケルトの白馬」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)
*「ケルトの白馬/ケルトのローマの息子」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ちくま文庫

***サトクリフが、この「ケルトの白馬」を書いたのは1977年ですが、1995年には、最新技術により、この「白馬」が、鉄器時代よりもっと古い青銅時代のものではないかと判明したようです。そのことをサトクリフが知っていたら、また違った話ができていたのかと思うと、それも楽しい。
               ぽにーj

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White Horse Country

 白馬j
(承前) 
  ローズマリ・サトクリフの「ケルトの白馬」の始まりはこうです。
≪このあたりの丘は、高く低くゆるやかにうねって、どこまでも続いている。その丘のうねりのいちばん高いところに…≫

 ああ、 ずいぶん離れたところから、「白馬」を見たものです。
 歩いて丘に登りもっと近くに寄るという方法もあったのですが、カ・リ・リ・ロほど熱く「ケルトの白馬」が見たいわけではない連れと一緒ですから、これでも十分です。

 しかも、ファリンドンのインフォメーションの女性に、「白馬を全部みたいならヘリコプターね。歩くのに自信があるなら、この道伝いに西に行けば、ずっと白馬が見られる」と教えてもらった道を、歩きました。途中で写真を撮り、お屋敷の門のところで、一体お屋敷はどこ?と、キョロキョロしたり、熟したアプリコットを拾ったりしながら、2時間以上かけて歩きました。白馬の村アフィントン村(Uffington)まで、まだ2マイル以上はありましたが、歩いたのもすでに5マイルはあったでしょう。
 実は、先日UPしたファリンドンのフォリータワーのある丘から見た風景に白馬が写っています。つまり、この辺りは、牧草地であり、畑であるので、尾根に描かれた白馬は、遠くからでも、人々に見えるというわけなのです。そして、この地域は、「White Horse Country」と呼ばれています。

 初めは、小さくしか見えない白馬に、「ちいさっ!」とか「ああ、もっと近づきたい」などと思っていましたが、インフォメーションで紹介してもらった道は、いつもいつも白馬が見え、いつもいつも白馬が見てくれていました。というわけで、結果的には、「白馬」の白い線だけを見るより、「ケルトの白馬」の舞台の広がりと雰囲気を体感できたような気がしています。

 さて、帰りも同じだけ歩くのかと、少々げんなりしていたら、本数の少ないファリンドン行きのバスに偶然乗り合わすことができました。
 バスに乗って、白馬が見えない角度になると、少々気になり、ましてや、オックスフォードに向かう帰りのバスで、どんどん「White Horse Country」から離れて行くときは、センチメンタルな気分に。

≪険しい谷や突きでた丘のあいだで、道がみえかくれしている。谷を越えると、古の馬追い道に出る。それを北に向かってたどっていく。どこかで、彼らは振り返るだろう。ルブリンにはよくわかっていた。そして山肌のあの偉大な白馬を見るだろう。一度でいい。あとは振り返ることなく、北を指して進むがいい。山と海と湖に囲まれた遠くの輝く土地をめざして。≫(続く)
*「ケルトの白馬」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ほるぷ出版)
*「ケルトの白馬/ケルトのローマの息子」(ローズマリ・サトクリフ作 灰島かり訳 ちくま文庫)
☆写真は、Fernham村 からLongcot村に続く道で撮りました。 

アフィントンまで遠いj

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