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みんなみすべくきたすべく

打ち出の小槌

    打出2
(承前)
 阿保親王古墳➡➡から、南に行ったところには金津山古墳があります。ここの解説には、この辺りの村民を愛した阿保親王は、万一の飢饉に備え、この塚に財宝を埋めたという伝説のことが書かれています。今は、写真のように大きな木が中心に生えている後円部のみが円墳状に残っている古墳です。

 また隣接する地名は打出小槌町と、なんともめでたい地名。伝説によると、
≪むかし、打出村にお金持ちの長者が住んでいた。長者は小さな小槌を持っていて、その小槌を打ち振ると何でも願い事がかなえられるという宝物であった。この小槌は元は打出の沖に住んでいた竜神が持っていたもので、どういう経緯で長者の手に渡ったのか不明ながら、一つ困ったことに鐘の音が聞こえてくると、それまで打ち出した宝物のすべてを失ってしまうそうな…≫

 ・・・とまあ、どちらかというと、豊かな象徴のような伝説が多いその辺り、打出という地名は、西国街道が京の都から南西に下って初めて海岸に打ち出る場所だからと言われているようです、
打出1

 さて、古墳のすぐ近く、打出小槌町にあるのが、市の図書館の分室です。それは、国の登録有形文化財に登録されている旧松山家住宅松濤館です。そこは、小川洋子の『ミーナの行進』に登場する図書館です。この本には、この町の山手側のことや今も続くお店のことなんかも出てきます。

 また図書館に隣接する児童公園には、大きな檻があり、かつては、サルなどを飼っていたようです。そして、そこは、村上春樹の長編第1作目の『風の歌を聴け』に登場します。今は、劣化した檻とサルなどのイラストで解説が残っているのですが、そのイラストの猿が読んでいる本のタイトルは「海辺のカフカ」。

 してみると、この打出の地・・・新しい小槌を振りながら、次の伝説を生んでいこうとしているのかな、と思ったりします。そんな目で一番上の写真を見ると、打出の小槌のような形に見えてきませんか。

 梅雨入り前、古墳から現代小説まで、なかなか楽しい一回りでした。
打出3

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不要不急の外出(梅雨前)

業平1
 梅雨になる前に、真夏になる前に、もう一回り・・・のきっかけになったのは、この町にある業平橋や業平町、果ては伊勢町、公光町のこと。
 業平は在原業平で「伊勢物語」のモデルとなったと言われる人。この町に歌碑があることは、かつてここの欄でも書きましたが、➡➡実際、この人の別荘は、この近辺にあったとされています。また、公光町の公光は、謡曲《雲林院》の芦屋公光のことで、『伊勢物語』のファンだった公光は、夢で在原業平の霊に出会い・・・。史実と伝説が混在する業平と公光ですが、二人の祠が、とてもとても小さいながらもあって、しっかり、「伊勢物語」を読めていない者としては、またまた、広がる読書の連鎖に圧倒されています。(実は、今コロナ禍のせいで、お休みとなっている古筆のお稽古は「伊勢物語」が題材なのですよねぇ・・・この際、自粛生活の間にちゃんと読んでおきゃよかった・・・・)
阿保2j

 ・・・・と思ったら、浅学極まりないカ・リ・リ・ロに、この町の親王塚町というのもつながっていることを教えてくだった方が・・・そうなのです。親王塚という宮内庁が管理している古墳(現状は直径36m、高さ3mの円墳を方形の集合が囲む)があるのは、知っていました。(ただ、そこは、親王塚町に隣接する翠ヶ丘町にあり、翠ヶ丘は、元々は、こんもりした緑が多い場所で、御陵に翠松があるとされるかららしい。)
 さて、そこは、昨日の天神山ほど高い位置にはありませんが、今は、立派な木に囲まれ、周りとはちょっと違う雰囲気の空間です。浜から見ると、なだらかに海抜があっていて、昔なら、そこから浜が見渡せたでしょうし、夜の漁火や大阪湾の岸も見えたと思われます。
 で、業平と どうつながるか?親王塚に祀られているのは、在原業平の父親の阿保親王(といわれるも、実際は違うようです)。薬子の変(810年)に関わり、大宰府に流されたものの、帰京を許され、いわば、このシーサイドに別邸を構えたのではないかと伝説が・・・京都から淀川などを使って尼崎の海まで来られるようになって、そこで風光明媚なこの浜を見わたせる別邸をというのは、考えられます。(今は浜から遠いです)しかも、この辺りには、この阿保親王にまつわる伝説が他にもあって・・・(続く)

☆写真は上から、業平・公光の祠。阿保親王古墳。最後はその阿保親王廟への道標。歩道に突っ立つそれは、少々、通りを邪魔してました。

          阿保j

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天神山

芦屋神社1
 この町の小高いところに横穴式石室古墳のある天神さんがあります。平安時代の36歌仙の一人猿丸大夫の墓もあります。神社の解説によると、1400年前には、辺りの山々を聖地とあがめる豪族が居たとされていますから、この神社本体は、明治時代からのもののようでも(また、阪神淡路の震災の被害により、復興されたようです)、この地は、古い土地のようです。今は、瀟洒な家々が、面前に立っていますので、海まで見通せませんが、かつては、間違いなく海まで見え、果ては、大阪湾の向こう側、紀伊半島の一部も見渡せたと思います。さらに、この背景の山の上からは、もしかしたら、須磨・明石(海峡)まで見えたかも?源氏物語のロマンまで広がります。
芦屋神社2

 ・・・ということなんかは、あまり考えずに、ただ不要不急の小遠足に、歩ける距離に住む友人と行きました。坂を上るのがきつくなっている年齢の者にとっては、境内のご神木の下で、ゆっくり座って、おしゃべりするのは、生き返るひと時でした。「気持ちいいねぇ」「風が心地いいねぇ」。
 御神木はオガタマノキらしく、招霊(オキタマ)、これが転じてオガタマノキと名付けられた説がありました。
  帰って調べると、この神社はこの町の総鎮守であり、世にいうパワースポットだとか・・・ ふーん。
      芦屋神社3

 そういえば、平日の午前中でしたが、この小さな神社にしては、次々、お参りしてました。
 パワースポットやご利益のことなど、わかりませんが、今この現代でも、清々しい気持ちになれたこの地、昔は、見晴らしもよかったわけですから、風光明媚な立地であるのは、確かです。多分、モミジの時期も、いいでしょうね。
芦屋神社4

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夏はすぐそこ

6月j
先週のマルベリーだけでなく、ほら、こんなにグミの実も可愛い。

・・・・と思ったら、大きすぎるぅー!!!のタイサンボクの花。いい匂いです。低い場所で咲いていたので、香りも楽しみました。ほんのり優しいこの香り・・・香水にもありますね。泰山木じゃなく、マグノリアといえば、納得?ちなみに、本日6月8日の誕生花がタイサンボクとしているところもありました。(*で、この次の朝、もう一度見てみたら、無残にも、茶色く変色し、香りもなし)
6月2

・・・と思ったら、これでもかと花をつけている白いアジサイ。ハナショウブウブの向こうには白い柏葉アジサイ。
6月4
6月5

・・・・と思ったら、半分化粧の半夏生➡➡もスタンバイ。本当に夏が近いです。
6月3

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不要不急の外出(5月末)

ブーゲンビリア3
 4月から建築デザインの職に就いている甥は都内で一人暮らし。新入社員であるものの、元からバイトしていた会社のようで、在宅ではなく、自転車通勤しています。
 都心のお洒落なイメージの住所。が、その部屋は古いアパートの1階で、畳の部屋。ル・コルビジェに感化されている彼が畳の部屋?とも思いましたが、そこは柔軟な若者。コルビジェと一時期暮らしていたアイリーン・グレイ➡➡にインスパイアされたチェア&テーブルを図面からおこし、作ってもらったよう。で、それは、畳の上に設置しても、跡が残らない曲がったパイプ製。
     ブーゲンビリア1j

 するうち、今度は、花のある家に関心が向き、彼の部屋の写真を送ってくれました。観葉植物に囲まれた、畳の部屋でした。また、窓の外の小さな土の部分に植えた花の写真も。彼の実家(妹夫婦の家)の小さな庭には、バラがたくさん植えられていましたから、甥も花には親和感が大きいものと思われます。
 彼の亡き祖父(カ・リ・リ・ロと妹の父親)が、植物が好きで、サボテンの温室を作り、カメラが好きで、現像するための暗室を作り、上等でない骨董が好きで、日本画を習っていたことを思い出します。彼が生きていたら、孫と趣味趣向が同じであることを喜ぶだろうなぁ・・・と、考えるのです。

 で、甥は、カ・リ・リ・ロの以前の家にも薔薇が植わっていたことを思い出してくれ、花のある家への何かアドヴァイスを、と可愛いこと言ってくれます。
あじさい1j

 もちろん、伯母は、イギリスで複数の庭巡りをした資料や図録、写真をまとめて送りましたよ!!!
 それ以来、ご近所の散歩も花と家のバランスまで見るようになり、伯母さんとしても、楽しい視点が増えました。
 それで、今回使った写真は、イギリスの庭の写真ではなく、ご近所の花々。それも、バラの盛りの終わった5月末のもの。上二枚は、真っ赤なブーゲンビリアの絡まるおうち。薔薇と違って、葉の緑がほとんど見えないので、ともかく真っ赤です。一番下の写真のお玄関先、アジサイの下に犬の置物が居るのが可愛い。他より早咲きのこのアジサイとそばに佇む、白いヤマボウシ。

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この町の春

ばら 13
 書き貯めている文章をUPするより、この静かな春の美しさを共有したい。
 手入れも悪く、ひょろひょろと伸びたバラの蕾。でも、綺麗な子でしょ。

 気がかりで、すっきりしない気持ちの日々ですが、植物たちは目に喜びを与えてくれます。もう、つつじなんて・・・
ばら1

 それにしても、新緑が美しく、まだ、4月とは思えません。小さな小さな銀杏の葉の若葉・・・可愛い。
はる3
 葉桜になっても、桜のトンネルの朝の散歩は気持ちいい。
はる1

 この町では、在宅勤務の増えた夫のように、カメラ片手に外出しているおじさんをよく見かけるようになりました。今の若いもんのような、メディアリテラシーも足りないので、ついつい、アナログなカメラ散歩になるのかもしれません。三脚立てて、チューリップを接写しているおじさんを、公道でみましたよ。うーん、遠くへ行けない、時間あるのに・・・という感じですね。
ばら13

いつも多くのバラに先駆けて咲くのは、ナニワノイバラ。ごくそばの陰になったところには、スズランも、咲き始めました。
はる5
はる4

白い藤もきれいです。
はる2 

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春の青空

春2
ここ何年かのうちで、一番青空が多い春だと思いませんか。
春霞などという優雅な言葉でなく、黄砂やPM2.5などという文言が連日聞こえていたのに、今年は、聞きませんね。
ハナミズキが、苞を広げて綺麗です。桜ほどではありませんが、この辺りにはハナミズキが多いです。

春3
モッコウバラもたわわに咲き誇り、藤も、連休や5月を待たずに満開です。

春5

春4
・・・・と思ったら、ひんやりした風になびいていたのは、眩しいばかりの青若葉。
この町をぐるぐる回っているうちに、4月も下旬。月日が経つのが早いようで、遅いようで。

春1

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不要不急の外出(四月下旬)

八重桜j
 八重桜もついに満開になりました。写真右は、葉桜になったソメイヨシノ。今年は長く咲いていました。

校舎j
 この写真は、休校になったままの小学校の門のところ。そして、校舎へと向かう通路の花々。歓迎の4月を彩る花々。子どもたちの登校はなくても、用務員さんは、水やりと手入れを欠かさず、子どもたちが戻ってくるのを待ってくださっているのが、伝わってきます。
校舎jj
 そして、毎週のように、つぐみを撮っていますが、今回写ったものを見ると、地面には、こんなにドングリが落ちていたことに、気が付きます。日頃、雑に生きているものとしては、ゆっくり、いろんなものを見ることができる時間を有難く思います。

ツグミjj
 
最後は、川べりの イソシギ。
イソシギ12j

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花盛り

 キャナル3

こんなときでも花盛り。川沿いも、運河沿いも、公園も・・・

キャナル1

キャナル4

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不要不急の外出(続々)

源平j
平日の不要不急の外出は、主に、甘いもの探しですが、休日(夫が休みの日)の不要不急の外は、近所周りの散歩です。花がたくさん咲いていて、今が、まだ3月中旬だということを忘れそうです。

ベニバナj
 特に、ベニバナトキワマンサクの写真は、かつて2012年4月中旬にUPしていますから、➡➡ 一か月も早いことになります。うーむ。

ユキヤナギj
 それに、不要不急の外出のできない、夫の在宅の時は、家族の若いもんに教えてもらったWEBの映画を、テレビの画面で見ることもしています。夫の会員カード(夫は音楽のために購入したようです)なので、夫の接続を待って見ています。65歳以上は、感染したらリスキーという情報もあり、二人ともジムに行けないこともあって、仲良く(!)同じ画面を鑑賞しています。映画の趣味が、まったく合わない夫婦ではありますが、今のところ、カ・リ・リ・ロの趣味を押し付けて見ていますので、名画再鑑賞といった感じです。

☆写真は、上から、源平咲きの梅、ベニバナトキワマンサク、ユキヤナギ、菜の花(の類)
菜の花j

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