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みんなみすべくきたすべく

名画と解剖学

サージェントj
 「名画と解剖学」(原島広至 CCCメディアハウス)という本を見ました。副題は、ー『マダムX』には なぜ鎖骨がないのか?-ーです。表紙の絵は、ジョン・シンガー・サージェント➡➡の『マダムX  ピエール・ゴートロー夫人』(1883-4)です➡➡。この夫人の名前は、バージニー・アメリ・アヴェーニョ・ゴートロー。

 確かに鎖骨が描かれていない・・・が、アクセントになっているのが、頭を動かす強力な筋である「胸鎖乳突筋」(らしい)。この本によると、≪「胸鎖乳突筋」は、通常、顔を前に向けた状態では、あまり目立たない。しかし、横を向くと「胸鎖乳突筋」が次第にはっきりと見えてきて、特に胸骨に近い腱の部分は明瞭に浮き出る・・・(後略)≫

 へぇー。・・・とまあ、こんな調子で、有名な絵画や彫塑の骨や頭蓋骨や筋や目や歯、ひいては動物の肢や骨・・・などなどの説明が続きます。ふーん・・・とはなりますが、解剖学や病理など、もっと知りたい人は、さらに調べないといけないかもしれません。
 タイトルだけの時は、美術好きの医療関係者の著作だと思っていたのですが、そうではなく、自らが描き、解剖学の知識が豊富な人の著作です。

 それにしても、世に残る絵画や彫塑は、本当に、骨の髄まで よく見て造形したのだとわかります。無意識に描いたことが、遺伝や、病巣まで読みとろうとすればできるようなのです。

 で、何故、マダムXには、何故鎖骨がないのか?
≪・・・肩を下げ、胸を張って背中で肩甲骨同士を近づけると、鎖骨が胸郭を構成する肋骨に近づくために体表ではあまり目立たなくなる。しかし、肩を上げたり前に出すと鎖骨と胸郭を構成する肋骨が離れるために、鎖骨が見えてくる。つまり、鎖骨を描かないことにより、なめらかな肌を強調しているだけでなく、胸を張って堂々とした姿勢を表現していた可能性がある。≫

 ここで、このモデルの背景に戻ります。この ピエール・ゴートロー夫人バージニー・アメリ・アヴェーニョ・ゴートローは、親子ほど年の離れた富裕なフランス人ピエール・ゴートローの妻で23歳のアメリカ女性でした。また、26歳だったこの絵の画家サージェントもアメリカ人でした。≪華やかなパリで、当時は田舎者とみられていたアメリカ人同士は、彼らを軽んじていた人々の鼻をあかそうと意気込んだに違いない。≫と、解説がありました。
 なるほど、そういう見方ができるんですね、という「名画と解剖学」でした。 

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古典の中の猫

花桃1
猫の絵本 関連ではなく、最近、気になっている涅槃図の猫 関連で見つけたのが、「猫の古典文学誌ー鈴の音が聞こえる」(田中貴子著 講談社文芸文庫)でした。

 読んでみると、涅槃図の猫について書かれているのは、ごく一部で、しかも、著者は、涅槃図の多くの実物をご覧になっていないこともあって、深く掘り下げたものではありませんでした。

 ともあれ、専門である中世国文学の猫を中心に、日本古来から、いろんな形で、猫が表現されてきたことは、よくわかりました。愛猫家と自称されているので、その辺の掘り下げは愛のこもった深いもののように思います。

 そして、ここにも源氏物語。これは、あの猫。あの御簾を引っ掛けたあの猫。柏木と女三宮出逢いのあの子猫の登場。

 先日書いた、夕霧が藤袴を差し入れるのも御簾ごし➡➡で≪御簾のつまよりさし入れて≫という「藤袴」の話より、この「若菜」の方が、御簾の役目が ずっと印象的。子猫という小道具がアクティブだから、映像としてイメージしやすい。

 御簾ごしに蹴鞠を見ている女たち、そんなとき、子猫が少し大きな猫に追いかけられて、御簾の下から潜り抜け走り出るも、つけられていた長い綱が、ひっかかって、逃げようと引きずる間に、御簾の端が、めくれ上がり、室内の女三宮たちは、外に居た柏木達の目に触れることに…で、この一瞬で、柏木はフォーリンラブ・・・そのあと、柏木は、女三宮の猫を手に入れ・・・「ねうねう」と鳴く (この鳴き声が意味深長) 猫を可愛がり・・・そして・・・・
 
☆写真上左側に、白黒の猫が写っているの見えますか?近くの公園の八重で紅い花桃の木。
 花桃2

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さくら

向こうに桜16
(承前)
「チェリー・イングラムーー日本の桜を救ったイギリス人」(阿部菜穂子 岩波)には、太白桜の他、数々の桜が出てきます。
この本の中では、評価の低い位置づけのソメイヨシノも、個人的には好きです。辺り一帯が、明るく輝いているように見えるからです。また、満開のそれを見上げている人々の表情にも、春が来た喜びが表れているからです。もちろん、一本だけ咲き誇るような山桜でも、喜びの表情で見上げているのは、同じだと思いますが、今や、絶対数の多いソメイヨシノの満開は、春が来たことと、強く結びついています。

 ただ、この絶対数が多い・・・というところに、この筆者は着目し、かつての戦争で「桜イデオロギー」としての象徴ともつなげています。初めは、吉野の桜が江戸でも見ることができる、という発想でしたが、育成しやすいソメイヨシノは、どんどん増えていった経緯、そして、戦争。

 イングラム氏の親族の看護婦だった女性は、日本軍の捕虜だった・・・という過去があります。その過去は、多くを語られなかったものの、のちに取材を受け、その全容がわかります。そして、最後まで。彼女の庭に「桜」が植えられることはなかった・・・
 ・・・これを読んで、情けなかったのは、もちろん日本軍が犯した、愚かな行動のことですが、それよりもっと、残念だったのは、そういう史実や裁判結果など、知らなかったし、学んだ経験もなかったことです。

 が、しかし、その捕虜問題に深い関心を持ち、しかも桜の研究と開発に力を入れた現代の日本人が、「償いの桜」という思いで、計五八種類の松前桜の穂木を贈った話で、この本は終わります。その人物がいいます。
「うわべの親善ではなく、日本人の行った過去の歴史をしっかり踏まえて新しい関係を築かなければ、真の友好は生まれない。」

 戦時下では、日本だけでなく、各地で、蛮行が行われていたという大きなくくりで、知っていたとはいえ、一体、我々は、過去の歴史をしっかり学ぶ姿勢をもっているだろうか。いろんな史実をなかったことと,言っていないだろうか。しかも、声高に。
 桜を見ながら、また一つ、考えなければならないことが増えました。

 それにしても、寒い日の続いた関西のソメイヨシノは、長く我々を楽しませてくれました。また、遅く咲く八重桜と重なって、今年の関西の桜の季節は長い・・・
☆写真上は、神戸 向こうに望むは、大阪湾。
  八重桜

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太白桜

太白2
 先日「春爛漫の候」➡➡に書いたように、「チェリー・イングラムーーー日本の桜を救ったイギリス人」(阿部菜穂子 岩波)には、たくさんの桜が出てきます。
 日本の桜に魅せられたイギリス人、コリングウッド・イングラムが、イギリスに苗を持ち帰り、接穂しながら、増やし、あるいは、日本から送ってもらいしながら、イギリスの地で、桜を増やします。そして、日本ではなくなってしまったと当時は思われていた桜の品種を里帰りさせたという事実、その後の桜と日本、そしてまた、その後のイングラム氏を追跡したルポタージュが、この本です。

 が、なにしろ、このイングラム氏は1880年生まれ、明治政府発足が1868年ですから、ずいぶん、昔の話です。初来日が1902年、そのあと、何回か訪日しますが、100歳を越えて没するまでに、第一次世界大戦、第二次世界大戦をはさみます。そんな激動の時代に、愛する桜たちに捧げた情熱、熱意の大きさに驚かされます。

 さて、話の中核になる桜ーーーそれは、太白という名の桜です。
       太白1

 この太白桜、里帰り物語のきっかけは、イングラムが京都で見た掛け軸に描かれた白い桜の絵。その頃、どこを探しても見つからなかった桜の絵。イングラムは、自分の庭に咲いている「太白」を思い出し、日本に里帰りさせることに。
 1928年にまずイギリスから船便で送られた太白の穂木…枯れてしまっていました。翌年も同様。その翌年も。するうち、水分不足に気付き、大根に刺して送ってもらう4年目だったものの、水分が多く、腐ってしまいます。
 船便が暑い赤道を通るのが、いけないのではないか、
 今度は、ジャガイモに刺した穂木は、シベリア鉄道経由、ウラジオストクからナホトカ、舞鶴、そして、京都へ。そして、オオシマザクラに接ぐとイギリスから着いた太白の穂木は、うまく、台木につながって成長(1932年)し、若木からまた穂木をとって接木。そして、仁和寺や平野神社などに植樹され、イギリスから里帰りした桜であることを解説する立札が添えられたというわけです。
 1931年には満州事変が起り、太平洋戦争の道を歩んでいた日本と、日英同盟を解消されていた敵国となりつつあったイギリスとの交流ですから、それに関わった人たちの大きな熱意がなければ、太白桜は、どうなっていたでしょう。
太白3

 その里帰りを受けた京都の造園業者の孫、第16代目がいうのです。
「太白は白の大輪やからね。真っ白でもただ白いのとちごうて、どうゆうたらええかな。気品があるていうのんか、風格がありますわな。もともと日本からイギリスに渡った桜やのに、あちらで紳士的な雰囲気を身につけて帰ってきたようですわ。」(続く)

☆写真は、大阪 造幣局通り抜けに咲く太白桜(~2019年4月15日)。40年以上行った事がなかったものの、大阪の風物詩です。小雨降る日だったので、空いているかと思いきや、外国人観光客の皆さんの多い事。今年は、造幣局の遅咲きの桜たちはまだ満開とはいきませんでしたが、横を流れる大川沿いのソメイヨシノは、満開。三番目の写真の背景は、造幣局博物館。
・・・で、家に帰り、2017年に仁和寺➡➡で撮った写真を見直すと、多分、これが、御室仁和寺の太白桜と思われるもの。仁和寺の御室桜は、みんな背が低い。

        太白5

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自然美と其驚異

満月j
(承前:その1) 
 さて、「自然美と其驚異」(ジョン・ラバック著 板倉勝忠訳)後半のことについて書くのですが、この文は、先日の岩波文庫春の復刊➡➡から続くのか、しつこく、クィーン➡➡から続くのか・・・?

 先般書いた➡➡第一章序論は、自然美と幸福、自然への思慕、風景の翫味、イングランドの風景、極光、四季と続きます。
そして、第二章は動物の生活、第三章も動物の生活(つづき)、第四章は植物の生活、第五章森林と原野、第六章山岳、第七章水、第八章河と湖沼、第九章海、そして第十章天という構成です。

カ・リ・リ・ロとしては、第六章以降アルプスやスイスの川、湖など出てくるので、行った事のある地域は想像もでき(この箇所については、いずれまた書くつもりです。)、自然科学ものである「自然美と其驚異」も、意外と読める・・などと、思っていたら、最後の第十章「天」の箇所で、頓挫してしまいました。

 例えば、小惑星の節では、
≪各惑星と太陽との距離の相互関係は一定の法則に準ずる。今試みに0、3、6、12、24、48、96といふ3以下二乘で進む級數を取って、更らに其の各々に4を加へると、4、7、10、16、28、52、100というふ數字が出る。然るに各惑星と太陽との距離を見ると3.9(水星)、7.2(金星)、10(地球)、15.2(火星)――52.9(木星)、95.4(土星)といふ風になっている。…≫

うーん・・・・数字が続くと、冷静になれない頭には、ちっとも楽しくない・・・(旦那に、この個所、読んで聞かせたら、興味深そうでした)

 が、しかし、この「自然美と其驚異」の最後に、「天」を持ってきたことを考えるのは、ちょっと楽しい事でもありました。もちろん、小さなもの、身近なものから、壮大なものへという、構成の妙もありましょう。
 が、この時代(1892)に天を論じるのは、いかに天文学が大事な位置にあったかを物語っているようです。
 アメリカのライト兄弟が初の有人飛行(1903)するまで、航海というものの重要さ、すなわち、航海術、しいては、星の位置、天候を考えることは、最重要課題だったと言えるのでしょう。
 とはいえ、今もその課題がすたれたわけでなく、先日の「はやぶさ2」(小惑星探査機)のニュース【2019・2・22「りゅうぐう」に着陸】は、数字に頭を悩ませることなく、興味深いものでした。そのあとのニュース【2019・3・20 りゅうぐうに水分がふくまれている物質 】も、ちょっと、わくわくするものでした。

・・・・・で、クィーンのブライアン・メイです。この人は天文学の学位を持っているのですが➡➡、その彼が「はやぶさ2」を応援するツィートをしたとか、JAXAにビデオメッセージを寄せたとか・・・世界的有名人が発信すれば、大きな力になる昨今、天文学という学問のすそ野を広げる一助になったと思います。
 そして、難しい漢字だらけの「自然美と其驚異」(1892)も、WEBでのスピード感ある発信も、同じことを、我々に伝えているのだと、わかります。
 時には、謙虚な気持ちで、天を仰ぐ・・・自然の一員としての人の務めかと思います。

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マンフレッド 

アルプス13j
(承前)
岩波文庫 春の復刊(2019年2月)は、まだ他に、戯曲だけでも4冊購入。

バイロン「マンフレッド」(小川和夫訳)も、電車用の薄い戯曲の文庫本です。(Manfed 1817)
シューマンやチャイコフスキー他が、劇のための楽曲にしたり、交響曲などにしています。
恥ずかしながら、クラシック音楽側からのアプローチではなく、この話の舞台が、スイス アルプス だったから手に取ったとも言えます。

マンフレッドは人間でありながら、万能の力を持つ持つものの、忘れたい過去があり、その忘却を可能にしたいがために精霊たちを呼びます。が、手に入れること(獲得)は可能なのに、自己忘却は出来ず、死という喪失に向かっていくという大筋です。

バイロンが、スイス・アルプスを舞台に設定し具体的な地名も書かれています。解説によると、スイスのジュネヴァ湖(レマン湖)に数か月滞在、その後、アルプスを越えイタリアに。「マンフレッド」の最初2幕は、このスイス時代に書かれたとされています。

モンブランj
≪第二の精霊の声:モン・ブランは山の王様。はるか昔に岩の玉座で、雲の衣装を身にまとって、雪の冠をいただいた。腰のめぐりに森の帯しめ、手には雪崩を抱いている。あたりどよめくその雪球もおいらの指図がなければおちない。氷河の冷たい塊は、休まず日毎に前へと進むが、立ち往生するのも、おいら次第だ。それがしこそはこの地の精、山にお辞儀をさせるのも、洞ある山麓(もと)まで揺ってやるのも、朝飯前だが―――そのおいらに何の用かね?≫
滝j

第二幕第一場では、「ベルン・アルプス山中の小屋」とあり、第二場では「アルプス山中の低い谷間――飛瀑かかる。」とあり、第三場では「ユングフラウの山の頂上。」とあり、この辺りの伝説の人であるウィリアム・テル➡➡の名前も出てきます。
ユングフラウ12j
テル12j

また、第三幕第三場は「山々のそびえ立つところ―――少し距ったところにマンフレッドの居城がある。」としていて、家来のマニュエルが「城内で不思議なものを見た」とし、話し出します。
≪そうそう、あれは夜のことでね。忘れもしない、ちょうど今時分と同じ、黄昏どき、今日そっくりの夕暮れで、―――いまアイガーの山頂にかかっているあの赤い雲が、ちょうどそのときもかかっていて、瓜二つ、あの雲かと思われるくらいだ。重苦しい突風が吹いていて、月がのぼるにつれ山の雪はきらきらと輝きだした。・・・・≫
アイガー95j

と、まあ、スイス観光の一助になりましたか?(続く)

☆写真は、上から、スイス ルチェルン ピラトゥスクルムから、アルプスを望む。下に写る湖はルンゲラー湖 右端には、右からユングフラウ、アイガー、メンヒが写っています。このズームの写真は2016年9月10日の一番下写真➡➡ 
二番目は、レマン湖から見たモンブラン、三番目は、ユングフラウなどのふもとの谷間、ラウターブルンネン、四番目は、ユングフラウ頂上に月、五番目は、ルチェルン湖のウィリアム・テル礼拝堂、六番目はクライネシャイデックから見た霧に煙るアイガー

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嘘から出た誠

マナーハウスj
 (承前)
 岩波文庫 春の復刊(2019年2月)、次は、ワイルドの「嘘から出た誠」(岸本一郎訳 岩波文庫)です。(The Importance of Being Earnest 1895)
 薄っぺらい文庫本で、戯曲です。シェイクスピアの「間違いの喜劇」に、様子が似ているドタバタ劇です。(実際には、ドタバタして埃っぽいというわけではありません。)

 ま、イギリス世紀末の時代設定とはいえ、そんな「末」という空気は微塵もなく、「嘘」の付き合いが話の骨でもあるので、全体に「明るく」あっけらかんとしています。

 訳者が昭和廿七年に、この「はしがき」として残した文章から、内容を推測できるでしょうか?
≪この西洋仁和賀(ファース*)は、アーネスト(Ernest-人名)とアーネスト(earnestー眞誠な:まじめな)の同音異語の地口を趣向として仕組んだ、江戸小噺・落語もどきの狂言ゆえ、この洒落の可笑味が狙い所・藝題も頗る穿ったものにて、これを邦譯することは、難中の難。飜案なれば主人公の名を「誠」とか「正直(まさなお)」とかに變え、狂言名題も「盟傎誠大切(かみかけてまことたいせつ)」とすえ、原意を生かす手もあるものの、何分に飜譯の筆のまわりかねたる不手際は、右の地口に御留意の上判讀されんことを請う。≫*ファース:farce:笑劇*

・・・・というか、復刊してもらうのはいいけど、読めない字が多すぎるのは、ちと情けない。眼もしょぼついていて、難しい旧漢字が、よく見えないし・・・ああ、これぞ、まさしく現代仁和賀。嘘ではない誠。(続く)
☆写真は、英国 バスコットパーク➡➡

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もろもろの花は地にあらはれ 

  クロッカス11j

岩波文庫 春の復刊(2019年2月)には、面白いものが多くて、たくさん購入しました。電車用の薄いものから、上下巻のもの、ノンフィクション・・・

さて、その中に「自然美と其驚異」(ジョン・ラバック著 板倉勝忠訳)(The Beauties of Nature and the Wonders of the World We Live in 1892)という1冊がありました。
カ・リ・リ・ロにしたら、珍しく手にした、ノンフィクションの文庫ですが、タイトルに惹かれ、読みだすと、これが、結構、読み進める。

というのも、自然科学書とも言えるのですが、詩の引用もしながら、庭の良さを提唱し、花に詳しく、虫や動物に話を進めていきます。

まず、第一章序論のその最初から惹き込まれました。
≪吾等の棲息する世界は燦爛たる神仙境(フェアリーランド)であり、吾等の「存在」はそれ自身一の奇蹟であるにも拘はらず、身邊を繞る幾多の美しい乃至不可思議な現象を能く樂しむ人は稀である。況して、充分にそれを味はひつくすものは絶えてない。偉大な旅行家に長壽をかして見ても足跡の及ぶところは地上の眇乎たる一小部分に過ぎない。それも僅か眼前の一小部分に止まる。人間の眼に入るところも何と貧しいものではないか。由來眼の向くところは多くは心の欲するところで、天(そら)を仰ぐのは、先づ雨を氣にするやうな時だけだ。同じ田野でも、農夫なら収穫、地質學者なら化石、植物學者なら花卉、畫家なら色彩、遊獵家なら鳥獣の隱れがといふ風に、各々着眼點を異にする。胴一物を眺めたとて、必ず誰の眼にもそれが同じに見えるとは限らない。
シャトーブリアンも「自然の美しさは見る人の心境にある」と言つた。≫

とまあ、読めない漢字も多い中、ワーズワス、シェリー、ラスキン、などなどの詩が引用されていきます。

そして、春は普く人の心を浮き立たせる。とし、ソロモンの雅歌
≪視よ。冬すでに過ぎ雨もやみて はやさりぬ。もろもろの花は地にあらはれ 鳥のさへづる時すでに至り ・・・・・≫
(後半部続く。のですが、ちょっと寄り道して続けます。)
☆写真は、英国 ハンプトンコート

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呪文

ホーヘン白12
(承前)
 そうなのです!ベルゼブブ!(蠅の王)➡➡
これは、カ・リ・リ・ロだけが知らなかったのでしょうが、かのクィーンの「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞に出てくるではありませんか!
映画「ボヘミアン・ラプソディ」➡➡をご覧になった人は覚えていらっしゃるでしょう。
 クィーンが、レコード会社に、意気揚々とこの6分の長い曲を提示すると、「長すぎる」だとか、「こんな呪文みたいな歌詞」、「なにが、ガリレオだ!なにが、ガリレオ・フィガロ!だ」というようなシーンがありますが、この呪文みたいな部分の最後。
”♪Beelzebub has a devil put aside for me,for me,for me for me♪”
「♪ベルゼブブ(蠅の王)が、ぼくに悪魔を 用意していたんだ、ぼくに ぼくに ぼくに♪」

 だからといって、フレディの心の叫びとも言えるこの歌が、同国のイギリス人のノーベル文学賞作家の「蠅の王」から直接来ているなんて思いません。何故なら、その呪文のような歌詞には、他にも、宗教的な単語が出てきていますから。
 が、しかし、たまたま、映画の大ヒット(結局、二回見に行きました)と、カ・リ・リ・ロ自身の読書の流れと重なったので、ちょっと気になったのは事実です。

 小説「蠅の王」で、生命の象徴としての豚、その生首にたかる蠅、フレディ・マーキュリーの人生を振り返ると、このベルゼブブ(蠅の王)という一つの単語にも、重さを感じます。

 「ボヘミアン ラプソディ」の初めのコーラス部分が済んだあと、フレディのソロが入りますが、その歌い出し。「今、人を殺してきた」なんて歌、他にある?
 ともかく、この曲は曲の構成と言い、歌詞と言い、その奥の深さといい、今も人を魅了するのがわかります。で、この殺された者が、誰を投影しているのか、今なら、理解できます。

♪ Mama,just killed a man  (ママ ぼくは たった今 人を殺してきたんだ)
Put a gun against his head  (彼の頭に銃を突き付けて)
Pulled my trigger, now he's dead (引き金をひいたら、死んじゃった)
Mama,life had just begun (ママ ぼくの 人生は始まったばかりなのに)♪

☆写真は、単にショーケースのガラスに向こう側も写っただけの失敗写真ですが、ちょっと不思議な感じなので、使いました。スイス オーバーホーヘン城⇒⇒

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蠅の王

ニーゼン12
(承前)
 スティーヴン・キング➡➡  ⇒⇒が序文を書いたという「蠅の王」(ウィリアム・ゴールディング 黒原敏行訳 ハヤカワepi文庫)です。スティーヴン・キングは、このノーベル文学賞作家ウィリアム・ゴールディングの作品の大ファンで、ペンギンブックス版の序文を書いたようです。また、「蠅の王」は、スティーヴン・キング自身の作品にも大きく影響を与えているようです。(参考:訳者あとがきより)

 今回、「蠅の王」を読了したのは、たまたま2つの縁があったからです。
 まず、その一つ目。
 スティーヴン・キングの一連の恐怖シリーズが、少年たち(人間)の深い心の闇を描いていた描いていたことは、すでに書きましたが、それが、「蠅の王」の影響があるとされるなら、やっぱり、「蠅の王」も読んでみなくちゃ・・・
 ということで、読んでみると、「スタンドバイミー」や「ゴールデンボーイ」と 時代や背景は違うものの、心の闇を巧みに描き、同じく、一気に読ませる力のある話でした。

 南太平洋の無人島に不時着した少年たちの話です。当初は、大人の居ない楽園だった島の生活が、次第に、対立を呼び、どろどろした陰惨なものになっていき、「生きる」という根源の問題に突き当たっていく・・・
 無人島に漂着した話なら、「十五少年漂流記」(「二年間の休暇」 ジュール・ベルヌ 朝倉剛翻訳 福音館古典シリーズ・福音館文庫)がありますが、ジュール・ベルヌの描いた話とは、正反対ともいうべき、悲惨な無人島生活の話が「蠅の王」です。

 話には、極度に視力の弱い少年が登場します。その子の眼鏡は、火をおこす時に、重要な役割を果たしています。つまり、生きていくために必要な火です。・・・となると、「スタンド・バイ・ミー」にも「夏の庭」にも出てきた分厚い眼鏡の男の子たちより、さらに必然性のある設定です。
 「生き延びる」というテーマを考えるなら、この小道具にしか過ぎないような眼鏡も、大きな役割を担います。
 ・・・・ということで、さすがに、後世の作品に影響をもたらしたノーベル賞作家の代表作と言われる「蠅の王」は、後味は悪いものの、面白い作品なのでした。

 さて、タイトルの「蠅の王」は、聖書に登場する悪霊ベルゼブブのことであり、この作品では 蠅のたかる野生の豚の生首のことを称しています。つまり、「食する」 すなわち、「生きる」「いのち」につながる生首です。
 それで、ベルゼブブ?ん?どこかで耳にした・・・ということで、もう一つの縁に続きます。

☆写真は、スイス ニーセン山 ➡➡ニーダーホルンに上るケーブルカーから写しました。

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