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みんなみすべくきたすべく

種の起源

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 チャールズ・ダーウィンの「種の起源」を読みましたこなせるわけもなく、≪若い読者のための『種の起源』 「入門 生物学」≫(チャールズ・ダーウィン レベッカ・ステフォフ編著 鳥見真生訳 あすなろ書房)に手を出しました。
 あら?珍しい・・・という声も聞こえる中、実は、もっともっと若い人向けの「種の起源」という絵本、そして、その本から繋がる、もう一冊の絵本を、先に読んでいたので、せめて、本体の「種の起源」と思ったものも、夫の蔵書の「種の起源」の岩波文庫は、到底無理と思い、この「若い読者のために」リライトされ、手に取りやすくされた方を読んだというわけです。

 ダーウィンの研究が当時は画期的であり、しかも、今もその流れの続きにあるということは、よくわかりました。また、若い読者でない者にも、その奥の深い世界というものがわかりました。が、多くは、カ・リ・リ・ロには、難しい内容でした。
 ただ、、この「種の起源」の中に度々登場する「地理的変化」「気候変動」という言葉には、親近感を覚えます。特に、今、よく耳にする「気候変動」という言葉。ダーウィンの唱えた地球上の歴史における気候変動と、昨今の気候変動という言葉がが異なるものであることは十分承知していますが、それが、地球にあるもの、生きるものに影響を与えるという点では、本質は同じです。

 リライトされた第11章地理的分布という章の「生物分布についての三つの重大な事実」や「同じ大陸に住む生物の類縁性」の中に、こんな言葉がありました。
≪・・・・同じ陸地や海に住む生物には、時空を超えた深淵で有機的な絆が働いていることがわかる。この絆を突き止めたいと思わない博物学者は、あまりにも探求心に欠けているといわねばならない。…絆とは遺伝のことだ。われわれの知る限り、生物が自分によく似たものをうみ出す原因は遺伝以外にはない。・・・・≫とし、そこには、アフリカ大陸のダチョウ、オーストラリア大陸のエミュー、南アメリカ大陸のレアという大型で飛べない走鳥類の写真が掲載されています。
 この「種の起源」を読みこなせなかったカ・リ・リ・ロが、反応できたのが「絆」という言葉でしたが、この本の中にはたくさんの図や写真も掲載され、広く、一般には、読みこなせる人の多いものだと思います。

 そして、リライトしたレベッカ・ステフォフの解説によると、
≪ダーウィンは、「種の起源」の中では、ヒトという種にほとんど触れていない。最終章で、自分の理論が受け入れられ、完璧に理解された時に、『人間の起源とその歴史についても、光明が投げかけれれるだろう」と記しているだけだ。・・・・・(中略)…ダーウィンにとってヒトは、自然界の一構成員であり、あらゆる生物を形成してきた自然界の法則とその過程に服する存在だった・・・・≫

 現代、この自然界の一構成員であるヒトの驕りに、もっと真剣に向き合わなければならないはずなのに・・・(続く)

☆写真は、スイス ブリエンツ湖のオオバン。
アーサーランサムの「オオバンクラブの無法者」(岩田欣三訳 岩波)((今は、岩波少年文庫:オオバンクラブ物語 神宮輝夫訳)を紹介するときに、また使いたい(が、いつ?)
動物界脊柱動物門脊椎動物亜門鳥網ツル目クイナ科オオバン属オオバン

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鼠草子

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 鼠草子は、室町~桃山時代の絵巻五巻からなり、今は、サントリー美術館所蔵➡➡。上の写真に写る、鼠草子絵本は、原本の詞書を現代語訳し、難しい言葉を易しい言葉に置き換えています。
 したがって、写真に写るネズミたちの名前も、現代に馴染みやすい。見えている家来たちは、右から、ちい阿弥、穴掘りの左近尉、豆好きの藤兵衛、鼠茸の紀伊守、窓滑りの左馬助、桁走りのササ座衛門。

 そのお話というのは、鼠が人間と結婚!そのあと・・・・というもの。
≪むかしむかし、京の都は四条堀川のあたりに、鼠の権頭(ごんのかみ)という、とても長生きな古鼠がおりました。退屈な雨の日、権頭は家来の穴掘りの左近衛を呼び出して言いました。「のう左近衛。前世の悪行のせいか、動物の中でもこんなにちっちゃな動物になるとは、まったく情けないことよ。これでは子供や孫までずっと鼠のままじゃ。そこでじゃ。人間と夫婦になり、子孫を動物の身から救おうと思うのじゃが、いかがじゃ。」左近衛は答えて言いました。「さすがは殿、良きお考え。思い立ったら吉日、すぐにお好みのお方と夫婦になりませ。いやしかし、恐れ多くも殿のお姿は、源氏物語の光源氏か伊勢物語の在原業平か、名高き美男に遜色ござりませぬ。殿のような美鼠には、ありふれた女子(おなご)では釣り合いませぬ。」「実は、近くの五条油小路の柳屋という長者のところに、・・・・(後略)」≫

めでたく、長者の娘と結婚するも、最後は、鼠であることがばれ、出家、そのあと、猫と高野山に・・・という、何とも、奇想天外なお話なのでした。

 その中でも、出家の際(仏道修行)の五戒という場面では、権頭(出家後 ねん阿弥)の言うことが可笑しい。例えば、第一に命あるものを殺さず・・・とあれば、口寂しい時には、海老、雑魚、蝗(いなご)など少し殺して頂くのをお許しを、など。凄ーく、緩い五戒を申し出たのでした。ちなみに、第二は人のものを盗まず、第三に女に触れず、第四に嘘を言わず、第五に酒を飲まずです。申し出たのは、どれも、緩い(緩すぎる)。

 ・・・とまあ、ファンタジックなのか、リアルなのか。はてさて?
 美鼠というのが、どんなものなのかよく分からない時点で、笑える話です。

「鼠草子」(サントリー美術館)

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クリスマスの木

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 「クリスマスの木」(ジュリー・サラモン文 ジル・ウェーバー画 中野恵津子 新潮社)
 この小さな可愛い本を手に取ったのは、1996年(・・・と、邦訳奥付にあります)で、そのあと、「クリスマスツリー」というタイトルになり新潮文庫にもなったようですが、今は、それも手に入らないかもしれません。

 話は、毎年、NYのロックフェラーセンターに飾られるクリスマスツリーの話です。そのクリスマスツリーは、一年かけて探し出され、選ばれ、飾られるのですが、話はその木を探し出す園芸管理部長と、自分と共に生きてきたドイツトウヒ(いわゆるモミの木の一種)と別れるシスター・アンソニーの話です。そのドイツトウヒに名付けられた名前は「トゥーリー」。

 シスター・アンソニーの少女の頃の名前はアンナ。
 アンナが生まれたときに母親が亡くなり、そのあと、父親も亡くなり、おばさんのところから、「子供の家」に、そして、修道院に行くことになります。子ども一人の修道院では、話す相手もなく、その寂しさから、修道院の裏手の木立の中、空き地に飛び出していきます。

 ≪…大きな木に囲まれていました。私だけの秘密の隠れ家みたいで、居心地がよさそうでした。鳥の鳴き声が聞こえるほかは、私しかいませんでした。それでも、誰かに見られているような気がしました。きょろきょろ見まわしましたが、誰もいません。そのとき、空き地の片隅に、何か小さなものが目にとまりました。近づいてみて、笑ってしまいました。何だったと思いますか?それは、小さいくせに、大きな木と同じ形をした木でした。空き地のわきに立っている背の高い常緑樹に、何もかもそっくりにミニチュア版です。サイズはちょうど私ぐらいでした!{ああ、あなた、きれいね!」と、私は声に出して言いました。「さわってもいい?」自信はなかったけれど、その木の枝がほんの少しざわめいたような気がしました。・・・・・(中略)・・・・それから、考えるともなしに、今まで誰にも打ち明けたことのない話をしていました。どんなにお母さんにやお父さんが恋しいか。・・・・(中略)・・・ひとりぼっちで寂しいということも話しました。ひとしきり話しつづけました。それから話をやめて、木の隣に腰をおろしました。私たちはいっしょに温かい日なたで過ごしました。そうして、私はさっきよりずっと気分がよくなりました。≫

 こうやって、シスターアンソニーとトゥリーは出会い、その後ずっと生活を共にします。
 ・・・・そんなに大事な木でしたが、ある日、ロックフェラセンターの園芸管理部長の目に留まり・・・
もちろん、手放すのは、論外だったものの、記録に残る雪嵐の年があり、ドイツトウヒの寿命のことを知り…

 このドイツトウヒの寿命については、明日また。(続く)
☆写真は、スイス ルガーノ・・・・ここは、スイスでも、イタリア語圏で、陽光燦燦の地域です。写真に写るモミの木のような木はドイツトウヒではないと思われます。

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チャールズ・ラム伝

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 2か月以上も前に見た映画「ガーンジー島の読書会の秘密」から始まった➡➡、チャールズ・ラムの周りをうろうろの読書でしたが、福原麟太郎「チャールズ・ラム伝」(講談社文芸文庫)が、一番読みやすく、一番、楽しかった。

 翻訳された「エリア随筆抄」(チャールズ・ラム 山内義雄訳 みすず書房)よりも?翻訳された「シェイクスピア物語」(チャールズ・ラム メアリ・ラム 矢川澄子訳 アーサー・ラッカム絵 岩波少年文庫)よりも?あるいは、チャールズ・ラムの足跡をたどった芥川賞作家の「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」(庄野潤三  講談社文芸文庫)よりも?

 YES. 
 もしも、先に「チャールズ・ラム伝」から読んでいたなら、個人的には、「エリア随筆」も、さらに楽しめたかもしれないと思います。「チャールズ・ラム伝」には、エリア随筆全編のあらすじが紹介されていますが、邦訳の「シェイクスピア物語」のダイジェストより、エリア随筆を実際に手に取ってみたいと思わせる文章なのです。
 ただ、なんで、福原麟太郎自身の訳がないの?と思っていますが・・・

 「チャールズ・ラム伝」は、チャールズ・ラムを愛してはいるけれど、客観的な視点を忘れず、チャールズ・ラムを紹介しているところが、好感が持てる点なのだと思います。もちろん、日本語の文体に無理がなく、美しい。

 後書きの「人と作品」という吉田健一の書いた文章に、しっかりとそのことが書かれています。
≪福原さんの今度の『チャールズ・ラム伝』の話ですが、一番初めに言っておいて、それで実はすべてが済むことですが、何十年めかに久し振りで現れた日本語で書いた名著と言えることです。同時に、『チャールズ・ラム伝』の、私が知っている限り、今までの決定版でもあります。≫
≪福原さんとラムという人間の結びつき、これが非常に克明に、しかも友情こまやかに――もちろん死んだ人間と生きた人間との間に友情というものがあるならば――働いているのです。それが名著である鍵であります。≫

☆写真は、スイス モルジュのダリア

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シェイクスピア物語

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(➡➡承前)
  ここもまた、二か月以上前に書いた、「シェイクスピア物語」(チャールズ・ラム メアリ・ラム 矢川澄子訳 アーサー・ラッカム絵 岩波少年文庫)の続きです。

 チャールズ・ラムと姉のメアリが、子ども向けに書いたのが、「シェイクスピア物語」です。[***もう1冊,子供向きに書かれた「レスター先生の生徒たち」(牛原眞弓訳 未知谷)もあります。この本については、後日書きます。]

 精神を病み、自分の母親を殺めてしまった姉のメアリを、一生、そばで面倒を見るのが、弟のチャールズ・ラムですが、当初、メアリの仕事だったこの「シェイクピア物語」を、彼女が苦労しているのを見て、喜劇をメアリ、悲劇はチャールズが担当し、作品20篇のものにしたようです。かの映画「ガーンジー島の読書会の秘密」➡➡でも、ドージーが、手にしているのは、確かにラッカムの表紙のシェイクスピア物語で、結構、分厚い本でした。

 しかしながら、岩波少年文庫には、全篇入っているわけでなく、(矢川澄子訳は、11篇、野上弥生子訳は13篇)内容も、ラム姉弟のものより、さらに手を加えたシェイクスピア作品となっています。二人の訳者自らが、後書きでこう書いていますから。
 「もとのものを平易にすることに努め、ダイジェストとしてお読みください」(野上弥生子)「あまりにも複雑錯綜する筋立てや余分な形容詞など、わざと省略させてもらったところもないではありません」(矢川澄子)。もとから、ダイジェスト版とは言え、原典シェイクスピア作品の味わいをそのまま受け継いだと言われる、ラム姉弟の散文からも距離があるようです。

 ところが、実際のチャールズ・ラムたちの残した原文の「シェイクスピア物語」は、福原麟太郎「チャールズ・ラム伝」(講談社文芸文庫)によると、シェイクスピアの≪原作の心持をよくとらえて荒筋を物語り、その上、原作の表現をも巧みに織り込んだこととされている。≫と、あります。
 そして、福原麟太郎はチャールズ・ラムの原文とシェイクスピアの原文を少しではありますが、並べ比較、検証しています。
 素人には、ふーん、そうなのか・・・と言う程度の理解ですが、先の少年文庫の訳が、シェイクスピアの原文から少々距離があることを考えると、ちょっと残念な気がします。(続く)

☆写真は、スイス モルジュのダリア

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忘却がどんな顔をして自分を眺めるか

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(承前) 
「エリア随筆抄」(チャールズ・ラム 山内義雄訳 みすず書房)を読むと、当時の価値観、当時のロンドン事情がよくわかることがありますが、また普遍の心理やユーモアを書いている箇所も多々あり、それが、評価され、読み継がれてきた由縁なのだと思います。
 その中で、当時は60歳70歳だった寿命に触れている箇所があって、面白かった。

≪(ブラウンは『キリスト教的道徳』の中で)この世の中に六十歳も七十歳も生きていた人の話をしている。「これくらい期間がたって」と、彼は言う、「自分の父親を覚えている人もなく、若い頃の友人たちもほとんどいないくらいにまで生き永らえると、人間というものは、忘れられるということがひどく気にかかり、日ならずして忘却がどんな顔をして自分を眺めるかを、まざまざと悟るであろう。」≫

 うーん、人の寿命は延びて、この時より、該当年齢は上がっています。が、しかし、確かに忘れられるということが気にかかるといことは、身近な近親などの様子で、よくわかります。ちなみに、この引用文のタイトルは「私の近親」。

 多分、このブログをだらだらと続けてるのも、忘れないでと、思っている自分が居るからなのでしょう。ということは、いくら寿命が延びても、60歳も生きている人に該当する文だったんだ・・・・

☆ 写真は、スイス モルジュ

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山というものを見なくても問題ではない

牛
(承前)
 「チャールズ・ラム伝」(福原麟太郎 講談社文芸文庫)によると、チャールズ・ラムは、ホガースを高く評価し、その「ホガースの天才と性格について」という論文では、プサンやレノルヅ、ラファエロなどと比較もし、ホガースの絵に喜劇的なものと悲劇的なものの混合があるのは不可とする批評を排し、ホガースの絵が即興的な一時的な興味に生れたものでもなく、恒久的な思想の表現だと論じているようです。
 また、ホガースを卑俗とする意見に反論し、ホガースの風刺に善意があったこと、物のあわれを介したことなどを付け加えて評論を終わらせているようです。

 福原麟太郎は「チャールズ・ラム伝」で、こんなことも付け加えています。ラムがホガースを愛せしめた動機と思われるのは、ホガースが都会人であったということで、町っ子のラムはたしかにかれにひかれていたのに相違ない。

 そうなのです。チャールズ・ラムは、ロンドンの中心、テンプル生まれ。

 「エリア随筆抄」の中の「懐かしのマーゲイト」の解説によると
≪ラムは散歩好きであったけれど、旅行はたいして好きではなかったらしい。彼は、ワーズワースに「生涯、山というものを見なくっても、たいして問題ではありません」と書いてる。…(中略)・・・テムズの流れのほとりに生れたラムは、純粋のロンドン児といってもよかった。彼は心からロンドンを愛した。美しい山の景色よりも、美しい海の眺めよりも、ラムには、ロンドンの町の道行く人や車の姿、店屋の灯、舗道に流れる太陽の光の方が、はるかにありがたかったのである。≫

 ・・・そうなんだ。山というものを見なくても問題ではないのか・・・
 カ・リ・リ・ロ個人は、今や、イギリスびいきとスイスびいきという欲張りですから、やっぱり、山は登らずとも、見なきゃと思っていますがね。

☆写真は、スイス クライデネシャイデックの牛さん 

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フィンチリイの行進

ホガース
「エリア随筆抄」(1823)(チャールズ・ラム 山内義雄訳 みすず書房)
(承前)
≪ホガースは「フィンチリの行進」の中で、パイ売りをにたにた笑っている少年掃除夫を、すでに画材に捕えているのである――≫
 ということで弥次馬の嘲笑とか毒舌を画材にしたホガースを「煙突掃除人の讃」で引き合いに出しています。
が、しかし、そのエッチング&グレーヴィングをまじまじと見ても、煙突掃除人の男の子が、パイ売りをにたにた笑って見てはいないのです。かがみこんでミルクを失敬しようとしている兵士を見て、笑っている(媚びている)ように見えます。上記写真、パイ売りの右下で、ブラシを持っている男の子。

 ところが、チャールズ・ラムをこよなく愛したという庄野潤三の「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」(講談社文芸文庫)*を読むと、こんな見方でした。

≪・・・・乳しぼりの女に接吻するのがいるかと思えば、その隙にかがみ込んでミルクを頂戴しようとする抜け目のない兵士がいる。それを見て嬉しそうに笑っているのは、街で行き会うのが好きだとエリアが言った子供の煙突掃除人だ。—---その「煙突掃除人の讃」に「フィンチレーへの進軍」が出て来て、煙突掃除人の子どもがパイ売りの男を見て笑っているとある。自分に話しかけてる兵士がパイを取ろうとしているのに気が附いていないから、これもおかしみを誘う光景だが、少年の背後に立つパイ売りには見えない筈。煙突掃除人の子供を喜ばせる対象としては乳しぼりの女よりもパイ売りの男の方が似合うというふうにラムは考えたのかもしれない。・・・≫と、ラムが「エリア随筆抄」で表現したことを深く読み取っているように思います。

 カ・リ・リ・ロとしては、パイを盗ってる兵士はあくまで自分の為で、それが証拠に、パイ売りに「ほら、こいつミルク盗ってる」と指さし、パイ売りを「ぎょ!」とさせている間に、自分はパイを盗っている・・・・。そして、煙突掃除人の男の子は、自分の帽子(煤と灰とで真っ黒)にも、自分のミルクを入れてと差し出しているように見えます。黒い帽子と白いミルク、ここにも皮肉があるような気がするし・・・

 また、本文にあるササフラスという甘い木が主成分となったサループという煙突掃除人の好物である混合飲料水が、一種のお茶で、その臭みをミルクと砂糖を入れて和らげるというものに チャールズ・ラムは言及します。

≪あなたの口に合うかどうか≫とか≪私は、ついぞおまだ一度も私自身の唇をつけてみる勇気が持てないのだが――前もって鼻にプンとくる匂い…≫≪ササフラスのの不快な臭気≫・・・このサループは、一文無しの煙突掃除人の好物なのである。 としています。  

 そのサループなる飲み物の話は、チャールズ・ラムが、転んだ話になり、それを煙突掃除人の子が見て笑った話になり、煤で汚れた顔から見えた白い歯の話になり、店外付きベッドの白いシーツの上で寝ていた煙突掃除人の子の白い歯は高貴な生まれであり・・・と次々つながっていくところを見ると、 ラムとしては、黒と白、貧しいと高貴を対比した文章にしたかったんだろうと考えるのです。
                                                          
 ま、片や、イギリス18世紀の文筆家、片や日本の芥川賞作家ということで、カ・リ・リ・ロの見方など他愛ないものにすぎませんが、一枚の絵で楽しませてもらいました。。」

 そして、「チャールズ・ラム伝」(福原麟太郎 講談社文芸文庫)には、ラムが、エリア随筆の他の文章にも、また評論でもホガースについて書いている(「ホガースの天才と性格について」)ことに言及し、ラムの美術鑑賞の力量についても、書いています。(続く)

*「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」(1984)(庄野潤三  講談社文芸文庫)は、庄野氏がご夫婦で、チャールズ・ラムの足跡を訪)ねられたときのロンドン日記。
**「チャールズ・ラム伝」(1988)(福原麟太郎 講談社文芸文庫)

☆写真は、「フィンチレーへの進軍」(1750-51)の一部分。(「ホガースの銅版画―英国の世相と風刺ー」「森洋子編著 岩崎美術社)

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煙突掃除人

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 (承前)
 続いて、「エリア随筆抄」(チャールズ・ラム 山内義雄訳 みすず書房)の中の「煙突掃除人の讃」の話に至って、そうそう、「黒い兄弟ージョルジョの長い旅」(リザ・テツナー作 酒寄進一訳 福武書店)はミラノで働かされた貧しいスイスの男の子たちの話だったことに、つながりました。➡➡

 今度は、ロンドンの煙突掃除人のことです。
 チャールズ・ラムは、煙突掃除人の少年と行き会うのが好きであるとしています。彼らが夜明けとともに、「煤払いしましょう、煤払いしましょう(スウィープ スウィープ)」と、可愛らしく声を響かせるのが、朝の雲雀に似ていると表現します。そして、≪こうした煤けた展ーーー哀れな汚れーーー無邪気な黒さ―――を私は心から愛おしく思うのだ。≫と、続けます。
 
 うーん、これは、「黒い兄弟」を読んだものには、疑問符のつく思考回路です。とはいえ、1820年代ロンドンということを考えると、こんなものなのかと思います。

 また、「チャールズ・ラム伝」(福原麟太郎 講談社文芸文庫)を書いた福原麟太郎は、この随筆を≪非常に自然に話が あれからこれへと流れていき、その間に煙突掃除の子供たちを何だか世にも貴き存在のように感じさせるおもむきがある点でははなはだ出色のものである。≫としています。

 ともあれ、この文章に引用されているホガース「フィンチリイの行進」の絵については、思い出せなかったので、よーく見てみました。地下鉄フィンチリイイーストの近くまで行ったことのある身としては、気になるじゃありませんか。(続く)

☆写真は、スイス モルジュのダリア

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豚のロースト

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 (承前)
 結局、以前、「エリア随筆抄」(チャールズ・ラム 山内義雄訳 みすず書房)が読めなかったのは、巻頭のエッセイのせいだと気付きました。今回は、ドージーの楽しんだという「豚のロースト談義」から読んでみると、すんなり読めました。

巻頭の文は、「南海商会」というもので、連載のトップということで、かなり気合も入っていて、当時のロンドンの細かい様子が書かれています。読解力のない者には、ついて行けない部分も多く、今回もこの章だけは楽しめたとは思えません。
 が、豚のロースト談義の話は可笑しい。
 豚のローストは、豚飼いの火遊びという偶然から生まれたという逸話を持ち出すところも面白いのですが、それに対するチャールズ・ラムの意見も可笑しい。
 
 ≪…以上、延べた話に深い信用はおかないにしても、かりに家を焼くというような(特に今日のような時代に)危険きわまる試みに値する口実が、料理上の目的のために設けうるものとすれば、その口実なり言い訳なりは、豚のローストの場合に見いだし得ることに、なん人も異論ないであろう。全食物の美味なるものの数多い中にも、私は、豚のローストを、最も美味なるものーーー珍味の王ーーーと主張したいのである。≫

・・・・うーん、最も美味なるもの???そうだ、チャールズ・ラムは、イギリス人だった。(続く)

☆写真は、スイス モルジュのダリア 

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