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みんなみすべくきたすべく

呪文

ホーヘン白12
(承前)
 そうなのです!ベルゼブブ!(蠅の王)➡➡
これは、カ・リ・リ・ロだけが知らなかったのでしょうが、かのクィーンの「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞に出てくるではありませんか!
映画「ボヘミアン・ラプソディ」➡➡をご覧になった人は覚えていらっしゃるでしょう。
 クィーンが、レコード会社に、意気揚々とこの6分の長い曲を提示すると、「長すぎる」だとか、「こんな呪文みたいな歌詞」、「なにが、ガリレオだ!なにが、ガリレオ・フィガロ!だ」というようなシーンがありますが、この呪文みたいな部分の最後。
”♪Beelzebub has a devil put aside for me,for me,for me for me♪”
「♪ベルゼブブ(蠅の王)が、ぼくに悪魔を 用意していたんだ、ぼくに ぼくに ぼくに♪」

 だからといって、フレディの心の叫びとも言えるこの歌が、同国のイギリス人のノーベル文学賞作家の「蠅の王」から直接来ているなんて思いません。何故なら、その呪文のような歌詞には、他にも、宗教的な単語が出てきていますから。
 が、しかし、たまたま、映画の大ヒット(結局、二回見に行きました)と、カ・リ・リ・ロ自身の読書の流れと重なったので、ちょっと気になったのは事実です。

 小説「蠅の王」で、生命の象徴としての豚、その生首にたかる蠅、フレディ・マーキュリーの人生を振り返ると、このベルゼブブ(蠅の王)という一つの単語にも、重さを感じます。

 「ボヘミアン ラプソディ」の初めのコーラス部分が済んだあと、フレディのソロが入りますが、その歌い出し。「今、人を殺してきた」なんて歌、他にある?
 ともかく、この曲は曲の構成と言い、歌詞と言い、その奥の深さといい、今も人を魅了するのがわかります。で、この殺された者が、誰を投影しているのか、今なら、理解できます。

♪ Mama,just killed a man  (ママ ぼくは たった今 人を殺してきたんだ)
Put a gun against his head  (彼の頭に銃を突き付けて)
Pulled my trigger, now he's dead (引き金をひいたら、死んじゃった)
Mama,life had just begun (ママ ぼくの 人生は始まったばかりなのに)♪

☆写真は、単にショーケースのガラスに向こう側も写っただけの失敗写真ですが、ちょっと不思議な感じなので、使いました。スイス オーバーホーヘン城⇒⇒

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蠅の王

ニーゼン12
(承前)
 スティーヴン・キング➡➡  ⇒⇒が序文を書いたという「蠅の王」(ウィリアム・ゴールディング 黒原敏行訳 ハヤカワepi文庫)です。スティーヴン・キングは、このノーベル文学賞作家ウィリアム・ゴールディングの作品の大ファンで、ペンギンブックス版の序文を書いたようです。また、「蠅の王」は、スティーヴン・キング自身の作品にも大きく影響を与えているようです。(参考:訳者あとがきより)

 今回、「蠅の王」を読了したのは、たまたま2つの縁があったからです。
 まず、その一つ目。
 スティーヴン・キングの一連の恐怖シリーズが、少年たち(人間)の深い心の闇を描いていた描いていたことは、すでに書きましたが、それが、「蠅の王」の影響があるとされるなら、やっぱり、「蠅の王」も読んでみなくちゃ・・・
 ということで、読んでみると、「スタンドバイミー」や「ゴールデンボーイ」と 時代や背景は違うものの、心の闇を巧みに描き、同じく、一気に読ませる力のある話でした。

 南太平洋の無人島に不時着した少年たちの話です。当初は、大人の居ない楽園だった島の生活が、次第に、対立を呼び、どろどろした陰惨なものになっていき、「生きる」という根源の問題に突き当たっていく・・・
 無人島に漂着した話なら、「十五少年漂流記」(「二年間の休暇」 ジュール・ベルヌ 朝倉剛翻訳 福音館古典シリーズ・福音館文庫)がありますが、ジュール・ベルヌの描いた話とは、正反対ともいうべき、悲惨な無人島生活の話が「蠅の王」です。

 話には、極度に視力の弱い少年が登場します。その子の眼鏡は、火をおこす時に、重要な役割を果たしています。つまり、生きていくために必要な火です。・・・となると、「スタンド・バイ・ミー」にも「夏の庭」にも出てきた分厚い眼鏡の男の子たちより、さらに必然性のある設定です。
 「生き延びる」というテーマを考えるなら、この小道具にしか過ぎないような眼鏡も、大きな役割を担います。
 ・・・・ということで、さすがに、後世の作品に影響をもたらしたノーベル賞作家の代表作と言われる「蠅の王」は、後味は悪いものの、面白い作品なのでした。

 さて、タイトルの「蠅の王」は、聖書に登場する悪霊ベルゼブブのことであり、この作品では 蠅のたかる野生の豚の生首のことを称しています。つまり、「食する」 すなわち、「生きる」「いのち」につながる生首です。
 それで、ベルゼブブ?ん?どこかで耳にした・・・ということで、もう一つの縁に続きます。

☆写真は、スイス ニーセン山 ➡➡ニーダーホルンに上るケーブルカーから写しました。

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ゴールデンボーイ

レマン湖j
(承前)
 続いて、恐怖の春夏篇「ゴールデン ボーイ」(スティーヴン・キング 浅倉久志訳 新潮文庫)➡➡の夏篇は「ゴールデンボーイ」。副題は「転落の夏」

 これは、中編というより、長編です。
 多分、二度とスティーヴン・キングの作品、特にホラーものは読むつもりはありませんが、この4つの作品(恐怖の春夏秋冬)の読ませる力には、納得。
 スティーヴン・キングの作品の多くが映画化されたということから考えると、センセーショナルな内容というだけではなく、万人に絵がイメージしやすい作品であるのだと思います。少なくとも、恐怖の春夏秋冬のうち3つは、映画化されています。

 この「ゴールデンボーイ」にしても、「オエッ!」となる場面が少なからずあるものの、人間の深いところを読み取っていくには、この手法もあるのだと思います。あくまでも、この手法は、好みじゃないとはいえ、核心に迫っていくスリルは、読む者をぐいぐい引っ張っていきます。久しぶりに、結末を先に読んでしまったのも、「これって、どうなるん?」と、落ち着かなかったからです。そして、その終わり方は、単純なようで、なかなかに複雑で、やっぱり、中盤からしっかり読んでいきました。

 話は、少年、ナチスにつながる老人、何人かの大人たち・・・が、出てくるアメリカの話です。キーワードは、学業成績、銃、地下室…。

 で、この後、スティーヴン・キングが影響を受け大ファンだという「蠅の王」(ウィリアム・ゴールディング 黒原敏行訳 ハヤカワepi文庫)を読みました。この本に至るには、別の角度からの、偶然のつながりもありました。(続く)

☆写真は スイス レマン湖の朝焼け

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ショーシャンクの空に

シヨン12
(承前)
 2018年12月に書いて以来の続きです。「夏の庭」(湯本香樹実 新潮文庫)⇒⇒のあと、「スタンド・バイ・ミー」(スティーヴン・キング 山田順子訳 新潮文庫)⇒⇒  ➡➡を読み、その中の「マンハッタンの奇譚クラブ」➡➡から、ディケンズの「クリスマスキャロル」(脇明子訳 ジョン・リーチ絵 岩波少年文庫)➡➡につながっていったのですが、実は、恐怖の秋冬篇だった「スタンド・バイミー」の後、恐怖の春夏篇「ゴールデン ボーイ」(スティーヴン・キング 浅倉久志訳 新潮文庫)も読んでいました。さらに「蠅の王」にもつながり、さらに、「夏の庭」後、同じ作者の春夏秋冬のテーマの作品も読みました。

 まず、「ゴールデンボーイ」の中に入っている春篇「刑務所のリタ・ヘイワース」。
 これは、かつて見た映画「ショーシャンクの空に」の原作です。この映画は、よかった・・・読んでみて、原作がいいからだとわかったのですが、原作も映画化されたものも、それぞれに、面白い。
 原題の「刑務所のリタ・ヘイワース」じゃ、映画のタイトルとして、ちょっと難しいだろうし、原作のままの助演者だと、ちょっと深みがたりないだろうと思うのです。原作は、ナレーター的役割なので、人種は、さほど問題がないものの、映画では、モーガン・フリーマンという黒人。渋い・・・
 原作では主役が、小柄な堅物ー堅い業務に就く、クレバーで真面目臭いイメージ。それなのに何故 投獄?と読者に訴えているのですが、映画では、長身(195センチ!)のティム・ロビンス。
 塀の外の 空の下、自由を満喫する姿は、長身の俳優がぴったり!

 それで、「刑務所のリタ・ヘイワース」は、どんな話か?というと、刑務所の話で、リタ・ヘイワースという女優のポスターが出てきて、この原作の副題が「春は希望の泉」というものです。(続く)

☆写真は、上下とも、スイス レマン湖 シヨン城⇒⇒  ここに幽閉された宗教改革者のことを謳ったのが、バイロンの詩「シヨンの囚人」

   シヨンj

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ラマーズ法

かささぎj
(承前)
 『恐怖の四季 秋篇」と副題があるのに、「スタンド・バイ・ミー」(スティーヴン・キング 山田順子訳 新潮文庫)は、恐怖話ではありませんでした。ただ、冬篇の「マンハッタンの奇譚クラブ」は、ホラー小説好きには、普通の話なのかもしれませんが、そうでない者にとっては、やっぱり、少々・・・・。

 ディケンズが、毎年クリスマス・ストーリーを発表した頃から、より定着していったとも言われる「クリスマスにはちょっと怖いお話を」の風習からインスパイアされたようなクリスマスのお話「マンハッタンの奇譚クラブ」です。日本は、盛夏にヒヤーッと、怪談話というのがありますが、イギリスは、暖かい暖炉の前でヒヤーッととするらしい。

 ディケンズから時代が進み、場所をロンドンからニューヨーク マンハッタンに変えた話です。
 が、クラブの書棚にディケンズ全集は並んでいるし、マディソンスクエアガーデンの向いに建つ病院を「二都物語」に出てくるような灰色の監獄と例えたり、クリスマスシーズンのチップで、「クリスマス・キャロル」のスクルージを思い出したり、どう見ても、ディケンズの匂いは払拭できません。

 クラブでは、メンバーたちが話(物語)を披露します。
≪メイン・ルームでは、これまでもたくさんの話が披露されてまいりましたよ。・・・・滑稽な話から悲惨な話、センチメンタルな話まで、ありとあらゆる類いの話が。ですが、クリスマスの前の木曜日には、いつも神秘的な話が語られます。…≫

・・・・ということで、最後のシーンが、クリスマス・イブで終わる産科医マキャロンが語り始めた話は、シングルマザーのサンドラが、マキャロンのところに通い、途中から、お産のときの呼吸法のラマーズ法(その頃は、新しかったようです)を習い、出産に備えます。そして、陣痛、そして、何故か持っていた鉗子、そして、産声、そして、呼吸法・・・・

さて、このラマーズ法は、カ・リ・リ・ロも お産の時に習いました。
 「ヒッヒッ フー  ヒッヒッ フー」
この呼吸法のおかげかどうか、ともかくも3人の子どもは安産でしたが、話の中で、サンドラは、ちょっと違いました。(続く)

☆写真は、ロンドン ハイドパークのかささぎ

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スタンド・バイ・ミー

線路j
 (承前)
 続いて、「スタンド・バイ・ミー」(スティーヴン・キング 山田順子訳 新潮文庫)を読んでみました。
 ずいぶん昔ながら、映画は観たことがあるし、ジョン・レノンの歌う「スタンド・バイ・ミー」の入ったCDは、何度も聴いて楽しんでいました。

 が、訳者が解説でいうところの≪モダン・ホラーの旗手≫、≪ベストセラーのホラー作家≫としてのスティーヴン・キングの作品は、まったく手を出したことのない世界です。
 実際、この、「スタンド・バイ・ミー」にしても副題は「恐怖の四季 秋冬編」とあります。(ちなみに、春夏編は「ゴールデン・ボーイ」というタイトルで、同じく新潮文庫です。)

 読み進むと、「夏の庭」(湯本香樹実 新潮文庫)とよく似た設定が目につきます。「貧乏ゆすり」をする男の子は、どちらにも出てきます。極度に弱い視力で分厚い眼鏡という設定も同じ。おっとりした子の設定も似ている。また、話を語る主人公は、いずれ、物書きになるというのも同じです。もちろん、死体を見たい・・・という設定も、大枠では同じ。どちらも、大人になる成長物語。

 両作品とも、同じような年齢設定ながら、 片や、やがて13歳になる早熟なアメリカンボーイズ・・・つまりティーンエイジャー。集まる場所の樹上の小屋にはヌード写真が貼っています。片や、中学受験というハードルが待っている日本の小学6年生、12歳。日本の6年生男子の実態は、まだまだ幼く、アメリカの同じような少年たちとのギャップがあって、同じようなテーマで描くこと自体、少々無理があるような気がしますが、どうでしょう?
 また、病んだ大人たちが、身近に居て、子どもたちに影響を与えている・・・となれば、過激なアメリカ社会を背景に書くと、動機としてわかりやすい。心理的葛藤を描くのであればその背景の深みは大切なものです。例えば、「夏の庭」では、アルコールに依存する母親が出てきますが、最後まで、その背景はよくわからず終い。おじいさんの「死」も唐突なような気がします。
 そしてまた、「スタンド・バイ・ミー」は、完全なフィクションではない凄みがあります。
 
・・・と、もし、日本の児童文学「夏の庭」が、ホラー作家の描いた自伝的要素の強い「スタンド・バイ・ミー」にインスパイアされたのなら、それはそれなのかもしれません。(知らないだけで、作者の湯本香樹実氏は、どこかでそのこと話している?)
 後発の作品がそれまでのものに、感化、啓発、ひらめきの原点になることは、多々あるわけですから。
 スティーヴン・キングにしても、そうです。
 「スタンド・バイ・ミー」の入る「恐怖の四季ー秋冬編」のもう一つの話「マンハッタンの奇譚クラブ」。これは、イギリスのディケンズの「クリスマス・ストーリーズ」にインスパイアされたものだと読み取ることができるからです。(3連休ですが、続きます)
☆写真は、アメリカの鉄道ではなく、スイス 

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手蔓のようなもの

長い道
(承前)
 偶然とはいえ、堀口大學が手に取った「スバル」巻末にあった新詩社の案内には、与謝野鉄幹と晶子が短歌の添削とあり・・・・・・そこには、またもや偶然が・・・というのか、導かれるようにして、つながった赤い糸。入門した大學の父、堀口堀口九萬一と鉄幹は旧知の間柄だったこと。

 堀口大學の父親は日本で初めての外交官試験に合格し、外交官としての職務に就いていたので、日本の息子、大學やその妹のそばには居ず、外国での暮らしが多い人でした。また、大學の母の没後、再婚したのはベルギー女性でした。(それが、大學ののちの翻訳の道ともつながっていくのですが・・・、これも、またいつか)
 そんな父、堀口九萬一と鉄幹はどこで、出会っていたか・・・
 鉄幹が京城の日本人学校で教えていたとき、堀口九萬一は、領事官補として京城で任務。その時に起こった事件の関係で、鉄幹は官舎で暫く起臥し、また、堀口九萬一が漢詩人でもあったことから、詩文を通じての盟友でもありました。

 それで、17歳の大學が 与謝野鉄幹・晶子のところに初見参。緊張している少年に、鉄幹は訊ねます。
ー故郷はどこです?」
ー新潟県長岡でございます。」
―あッ、そうか!長岡には堀口姓が多いんだな?」
ーいいえ、家中で堀口は私どもだけですし、町家にもあまりききません」
ーそうですかね。では、君は同じ長岡の旧藩士で堀口九萬一という人を知っていませんか?」
ーはい、知っております。私の父でございます。」
・・・・・・・
その時、大學は「あの日、あの時は、奇縁とも宿命とも解される私の一生の大きな曲がり角でした。」とのちに回想します。

また、当時、「明星」の黄金期を過ぎ、森鴎外を主軸とした「スバル」の片隅で、鬱々としていた鉄幹にしても、旧知で盟友の子息が目の前にいるのは感動的な出来事だったと想像できます。

当時、田舎の文学少年は、与謝野鉄幹・晶子の名前も知らず、「かつて吉井勇という人も、この両先生のもとで添削を受け、指導されて、こんなに僕の心を打ち、魂をゆさぶる歌が作れるようになられたのだという、手蔓のようなものを」「汲み取ることができた」とあります。

・・・と、長谷川郁夫の「堀口大學 詩は一生の長い道」に、書かれています。どのエピソードも深いし、重い。そして、日本の近現代文学の側面を見ることができます。なので、この大著を、こんな拙欄に一度に紹介するなどという考えは捨てます。

 そして、「五足の靴」➡➡という薄っぺらい岩波文庫が、今ここで、600ページ余、しかも、二段組の「堀口大學 詩は一生の長い道」(河出書房新社)につながったのも、ちょっとした手蔓のようなもの。(続く)

*参考「堀口大學 詩は一生の長い道」(長谷川郁夫 河出書房新社)
☆写真は、岩波文庫「五足の靴」と「堀口大學 詩は一生の長い道」。カバーを取ったカバー背が写っています。絵はジャン・コクトー。【Nicoへ ・・・Jean 1936と読めます。Nicoというのは、フランス時代などの堀口大學の呼び名。Jeanは、もちろん、ジャン・コクトー。この絵は、「エッフェル塔の花嫁花婿」(ジャン・コクトー 堀口大學訳 求龍堂)に収録されています。】下に敷いてあるカバー右は1936年来日中のコクトーと堀口大學。カバー左は、ブラジル時代の堀口大學。

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執念の始り

ベリンツォーナj
➡➡ 承前)
 与謝野寛の「明星」を連袂脱退した一人、吉井勇について書こうと思ったら、まずは、堀口大學から書いていかないといけないような気がしましたが、ともかく11月8日が吉井勇の「かにかくに祭り」➡➡だったので、あとさきになったものの今日は堀口大學。

 この年齢になっても、文学好きなだけであって、文学についても、ほとんど何も知らず、この欄でも、浅学を露呈しているものの、吉井勇についても、かの大著「堀口大學 詩は一生の長い道」(河出書房新社)➡➡で知るまで、よく知りませんでした。
 しかも、まだこの大著についての本筋については、感想が書けていない。嗚呼! あれから、まだずーっと枕元に置いたまま。もはや、ただの放置?言い訳するなら、2年半も置いているのは、この本だけです・・・。深すぎて、この本単一で書けるとは思えなくなってきました。今日のような関連づいた形で紹介していくことになろうかと思っています。

 さて、新潟長岡出身の当時17歳の堀口大學は上京していましたが、祖母の仏事で、長岡に行く際、たまたま列車までの待ち時間に駅前の書店で見かけたのが文芸雑誌「スバル」(42年第8号)。巻頭の短歌、吉井勇「夏のおもひで」百首を何気なく、拾い読み・・・これが、堀口大學と吉井勇の出会いであり、巻末にあった「添削には與謝野 鐵幹 ・晶子があたる」という案内、これが、堀口大學の「詩は一生の長い道」の始まりとなったのでした。

 のちに、堀口大學は回想します。
≪一読僕はたちまち魅了されてしまった。こんな美しい、こんな感動的なこんなに自分の夢にぴったりする歌があるのかと思った。知らなかったと思った。知ってよかったと思った。急に自分の前に新しい詩歌の新天地が開けたような気がした。早速その雑誌を買い求めて、駅の待合室へ戻ったが、その夜僕は車中一睡もせずに『夏の思ひ出』をくりかえし読みつづけた。熱っぽい気持で。そして思った、こんな短歌が、ただの一首でも作れたら、自分はそれきり死んでも惜しくはないと。≫(「青春の詩情」)

そして、のちに、「勇短歌との出会い」という詩も書いています。
≪『スバル』というその誌名が
星座の名だとさえ知らない少年でした
瀟洒な表紙に誘われて取り上げた
その巻頭が 
あろうことか!
天か 魔か
「夏のおもひで」吉井勇の短歌でした
・・・・(中略)・・・・
僕の詩歌の一生を決定した
これがその瞬間でした
永久に変わることのない
執念の始りでした

あの時から六十余年
今日までに宿酔は続いています

楽しい僕の詩歌の宿酔!≫
(続く)
☆写真は、スイス ベリンツォーナ駅前

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寂しければ

かにかくに3
(承前)
 堀口大學が感じたほどではないにしても、確かに、吉井勇の歌には、凡人にも強い引力がありました。

 「寂しければ」という歌は、
 「寂しければ」で始まる歌が延々と続き、続編を加えると55首。すべて「寂しければ」で始まります。
 この繰り返し。繰り返すことによって、深く深く入り込む気分になって行きます。また繰り返すことによって、落ち着いてくる安心感もあります。言葉の魔力です。
 55首書き写すわけにはいきませんので、もっとお読みになりたい方は「吉井勇全歌集」(中公文庫)を。
≪寂しければ人にはあらぬ雲にさへしたしむ心しばし湧きたり≫
≪寂しければ火桶をかこみ目を閉ぢて盲法師のごともあり夜を≫
≪寂しければ或る夜はひとり思へらくむしろ母なる土にかへらむ≫
≪寂しければせめて昔のおもひでの華奢風流の夢をしぞ思ふ≫
≪寂しければ爐にあかあかと火を燃やしほのぼのとしてもの思ひ居り≫
≪寂しければ鳥獣虫魚みな寄り來かのありがたき涅槃図のこと≫
≪寂しければ・・・・・・・・・・・・・・≫

その中でも、ちょっといいなと思うのが、
≪寂しければ昨日をおもひ今日をおもひ明日をおもひぬうつらうつらに≫
(続く)

☆写真は、京都 祇園白川 

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かにかくに

kanikakuni.jpg
(承前)
 「五足の靴」➡➡を履いていた一人の吉井勇の「吉井勇全歌集」(中公文庫)を、読んでみました。
 一つ一つの歌はわかりやすい言葉で歌われています。特に若い頃は、艶っぽい歌も多い。
 そして、一つ一つは歌なのに、通しで読むと、ひと夏の恋、その心情の連なり、動き・・・こんな書き方は、それまでの日本文学の中で見当たらないから、若き堀口大學の心に衝撃と希望を与えたのだと思われます。(このことについては、のちほど)

 そんな吉井勇の特に有名な歌というのがあるらしく、それがかの祇園を歌ったもので「酒ほがひ」に入っています。
「かにかくに 祇園はこひし 寝(水)ぬ)るときも 枕のしたを 水のながるる」で、その碑が京都、祇園白川にあり、なんと、本日11月8日は、その碑を詣でに、祇園のお姐さんたちがやってくる「かにかくに祭り」。この歌碑の発起人がまた凄い、里見弴、谷崎潤一郎、志賀直哉、堂本印象、井上八千代、湯川秀樹・・・・・・

 今や、昼間の祇園は、外国人客で溢れていますが、大昔、学生の頃、祇園花見小路を四条通から見るだけでも「子どもの見るもんやおへん」的な空気が漂い、実際、昼間は、人が歩いていなかった…その後、何年か前に始めた古筆のお稽古が当初、以前お茶屋さんだった二階だったこともあり、祇園の明るい時間に歩くことができるようになりました。 また、この碑のある祇園白川の辺りは、花見小路より、まだ少し、観光客が少ないように思います。

 さて、この写真を撮った日(日曜)、京都の街で、日常の着物姿の舞妓さん同伴の男性を複数お見掛けししました。
 そのうちの一組。お連れの男性は、少々横柄な態度でお店(クラシック音楽の流れる町屋を改造した小さなカフェ)に入ってこられました。が、すぐ後から入ってこられたお連れの舞妓さんの不満げなお顔。苛立っているご様子で奥のソファに座られました。ドスン!
 吉井勇が「祇園歌集」で歌ったような≪叱られてかなしきときは円山に泣きにゆくなりをさな舞姫≫とは、少々、違ったご様子の現代の舞姫でした。(続く)

 *「かにかくに」・・・何かにつけて とにかくも 
 *「酒ほがひ」→「酒祝ひ」「酒寿ひ」
kanikakuni2.jpg

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