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みんなみすべくきたすべく

オークの木の妖精

オークj
(承前)
「オークの木の自然誌」(リチャード・レウィントン絵 デイヴィッド・ストリーター文 池田清彦訳 ナショナル・トラスト協賛 メディア・ファクトリー)は、たった一本のオークに、集まる数々の動植物、昆虫も菌類も 描かれている図鑑です。季節によっても描き分けられていて、この木、オークが、いろんなものが集まってくる「木」なのだとわかります。
 
それで、「ケルトの木の知恵――神秘、魔法、癒し」(ジェーン・ギルフォード文・写真 井村君江監訳 倉嶋雅人訳 東京書籍)には、こんなことが書かれていました。
≪オークは勇気と、忍耐と,信念の力を表しています。高貴な姿の、この周りのものを養い育てる木は、善き神々やリーダーや戦士に恵まれるなら、いかなる苦難も克服できると、古代の人々に教えていました。≫

おお、善きリーダーに恵まれるなら、いかなる困難も克服できる!って?古代の話に終わらせないで!!!今こそ!

 そして、いろんなものが集まってくるオークのことを、こう言います。
≪私たちも、オークのように、かつては救いを求める人を偏見を持たずに受け入れ、ためらうことなく進んで自分のものを差し出したものでした。力とは、いつどんなときも、とらわれることのない寛容な態度の中にあるということを、オークは思い出させてくれるのです。しかし、強さは裏を返せば弱点でもあり、嵐に見舞われるとオークは枝が折れてしまいます。・・・・≫

ああ、このオークを守るのは、共生関係にあった菌根であり、キノコでしたね。➡➡

そうなのです。「妖精のキャラバン」(ビアトリクス・ポター作 久野暁子訳 福音館)の最後のお話「オークの木の妖精」➡➡で、ポターが妖精としたのは、キノコ――ビアトリクス・ポターが、愛し研究したキノコが姿を変えたものだったのだと思うのです。

やまねのシャリファは、「オークの木の妖精」の話を、こう閉じます。
≪・・・一つ付け加えるとね、妖精はまた幸せになったの。(オークの)橋に住むことにしたのよ。今でもそこに住んでいるわ。満足して、みんなの役に立って、何百年だってそこに住みつづけると思うわ。何年もかけてしっかり育ったオークは、いつまでもだめにならないのよ。つらいことや悲しいことをのりこえてきた木ですもの。・・・・・・・・≫(続く)

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OAK

湖水地方12
「英国貴族、領地を野生に戻す」(イザベラ・トゥリー著 三木直子訳 築地書館)
(承前)
 「英国貴族、領地を野生に戻す」➡➡ の第1章の初めに引用されている言葉が印象的です。
≪樹齢四百年の一本のオークは、生き物たちの生態系そのものだ。樹齢二百年の木が一万本あってもなんの役にも立たない。≫

 先日の「妖精のキャラバン」(ビアトリクス・ポター作 久野暁子訳 福音館)の最後のお話「オークの木の妖精」➡➡は、子どもに向けたフィクションです。一方、「英国貴族、領地を野生に戻す」は、自然,、そして地球環境を考えるノンフィクションですが、「オークの木の妖精」と、似ている箇所があります。

≪…大昔にイギリスに住んでいたドルイド教徒たちはオークの木立の中で礼拝を行ったし、王国初期の王たちはオークの葉で作った冠で身を飾った。…強さと生き残りの象徴であるその枝の下で恋人たちは結婚の儀式を行い、幸運のまじないとしてドングリをポケットに忍ばせ、クリスマスにはオークのユールログ(クリスマス前日に燃やす大きな薪)をヤドリギとヒイラギとともに飾った。・・・・・庶民にとっては、オークは生計の手段であり暮らしを支えるものだった。ドングリはブタの餌になり、パンを作るのにも使われた。樹皮は皮をなめすのに使えたし、刈った枝は、冬は家畜の飼料になり、薪にもなった。おが屑は肉や魚を燻製するのに使い、没食子からはインキを作った。そして木材で炭を作り、それを使って鉄を製錬した。・・・・・何より木材として珍重された。床材、家や納屋の支持梁、そして島国であるイギリスにとって一番重要だったのが、造船だった。・・・≫

 そしてまた、こんなことも書かれています。
 「おしゃべりなドングリ集め」という学名(!)通り、カケスは発芽する可能性の高いドングリだけを選ぶといい、「イバラの茂みはオークの母」という古い森の格言から、イバラの茂みがなければ共有地には樹木が存在しないだろうと、あります。つまり、カケスにしても、イバラにしても、オークにとっては、どちらか、一つでは成り立たない、「共生関係」。
 このイバラの茂みは、17世紀の森林官が「ドングリとアッシュの翼果をばらばらに散らばった茂みに投げ入れるように指示され、≪それらは茂みに守られて成長し、いかにも完璧な木となって、将来、材木がたっぷり採れるだろう≫とあります。そして、その頃の法律には、それらを傷つけた者に3か月の強制労働や鞭打ちが行われたそうな。

・・・・と、英国民にとって、遠い昔から共にあったオークのことを知ったうえで、ビアトリクス・ポターの「オークの木の妖精」➡➡の話を読んでみると、一つわかったことが・・・(続く)

☆写真は、英国湖水地方 ニアソーリー。中央の一本の木がオークと思われます。(撮影:&Co.I)

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農薬に非常に弱い

ギースバッハきのこ14
(承前)
「英国貴族、領地を野生に戻す」(イザベラ・トゥリー著 三木直子訳 築地書館)➡➡ には、数々の動植物が出てきます。もちろん、ミミズも。
 ダーウィンの国ですから、当然といえば当然ですが、ダーウィンのミミズの研究も➡➡、自分の大きな土地で研究を進めていったのが、「英国貴族、領地を野生に戻す」と共通しています。また、裕福な人たちが、時間と資産を提供するのは、かの国に流れるスピリットなのかもしれません。研究には、予算と時間が必要です。

 また、菌(菌根)・キノコのことも書かれています。これは、ビアトリクス・ポターが熱心に研究していたことでもありました。➡➡
 ≪木の根にくっついて、深くて込み入った巨大な地下網を形成する、細い、毛髪のような菌根≫が、生まれたのは今から5億年前らしく、すべての大陸の生態系において、90~95パーセントの植物が菌根と共生関係にあるとされています。また、≪繊細な菌根は、化学肥料や殺虫類などの農薬に非常に弱い≫

それで、キノコです。
≪キノコはよく、木が枯れる前兆だと悪く言われるが、木に寄生するというよりも枯れた木を分解する働きをすることがほとんどだ。・・木が枯れる原因になるのではなく、死んだ組織を分解することで木への無益な負担を取り除き、根がアクセスできる植物栄養素の貯蔵庫を別に作るのである。それによって木は、中が空の円筒状になり、ハリケーン並みの風にも耐えられる。より強靭で軽い構造に変化する。・・・・≫

 この「英国貴族、領地を野生に戻す」は、数字や科学から縁遠いカ・リ・リ・ロでも、楽しめるポイントがありました。次々登場する、ウエストサセックスの地名、アランデル、ブランバー、ルイス・・・(イーストサセックスのライも!)。それは、かつて、友人と出かけた場所で、どこも お話とつながっています。まず、石井桃子の「児童文学の旅」が中心にあって、サトクリフ、ファージョン・・・ 運命の騎士、リンゴ畑のマーティン・ピピン・・・ああ、読みたい!!!(続く)

*「児童文学の旅」(石井桃子著 岩波)
*「運命の騎士」(ローズマリ・サトクリフ 猪熊葉子訳 チャールズ・キーピング絵 岩波)
*「リンゴ畑のマーティン・ピピン」(E.ファージョン 石井桃子訳 リチャード・ケネディ絵 岩波)

☆写真上は、スイス ギースバッハの裏山 向こうはブリエンツ湖
写真下は、スイス ミューレン 誰が食べた?
キノコj
 

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Two turtledoves

こきじばとj
「英国貴族、領地を野生に戻す」(イザベラ・トゥリー著 三木直子訳 築地書館)
 (承前)
 昔から伝わるクリスマスの歌に出てくるコキジバトが激減し(1981年イギリスで保護鳥指定)、一歩間違えば、イギリスからいなくなる・・・人懐っこく クークーと鳴く声は、イギリスの夏の象徴なのに・・・という著者の思いも一因となって、英国貴族夫妻は、自らの領土を野生化していきます。➡➡

 さて、この「クリスマスの12日」の二番の歌詞にコキジバトが出てきます。
 *この歌は記憶ゲームの一つとして伝えられてきたようです。
 
♪On the first day of Christmas, My true love sent to me  A partridge in a tree.
♪On the second day of Christmas, My true love sent to me, Two turtledoves ,and A partridge in a tree.
・・・・・・・・♪
≪♪さあ クリスマス はじめのひの おくりものは ほら 1わの ヤマウズラ
 ♪さあ クリスマス ふつかめの おくりものは 2わの キジバト それに 1わの ヤマウズラ
……♪≫(「クリスマスの12にち」エミリー・ボーラム絵 わしづ なつえ訳 福音館)

「英国貴族、領地を野生に戻す」によると、コキジバト=turtledoveの≪turtle は、亀とは関係なく、魅惑的なその鳴き声から来ている≫とあります。また、それは≪夫婦間の愛情や献身を表すかのようなコキジバトのつがいの絆――チョーサーやシェイクスピアやスペンサーが描いた失われた愛を歌うかのような、もの悲しげなクークーという声≫とあって、「クリスマスの12にち」の歌の二番に二羽のキジバトと、出てくるのも意味ある事なのだと分かります。一日目なら一羽のヤマウズラだし、三日目なら三羽のメンドリ、四日目なら四羽のクジャク・・・・(続く)

 蛇足です。
 「クリスマスの12にち」エミリー・ボーラム絵 わしづ なつえ訳 福音館)には、楽譜もCDもついていて、子どもたちが小さい頃、よく一緒に歌ったものです。中でも、一番楽しんで歌ったのは、子どもたちよりお父さんだったかもしれません。このキジバトの話をすると、すぐに歌いだしましたから。
 そして、娘は、お父さんがいつも楽しそうに歌っていたのは。五番の♪Five Golden Rings~♪のところだったね、と歌い方まで、よく覚えていました。カ・リ・リ・ロにしても、「クリスマスの12にち」の鼻歌を歌いながら、これ、書いています。

☆写真は、ポップアップブック「The 12 Days of Christmas by Robert SABUDA」の2日目。こちらの原文はMy true love sent to meではなく、My true love gave to meとなっています。

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英国貴族、領地を野生に戻す

けんじんとんG12
 ポターのことを書き続けているとき、新聞の書評にでたのが、「英国貴族、領地を野生に戻す」(イザベラ・トゥリー著 三木直子訳 築地書館)でした。

 ポターは裕福な生まれでしたが、貴族ではありませんでした。が、印税で、湖水地方の土地を買い、その自然を守ろうとした姿勢は、現代の「英国貴族、領地を野生に戻す」に共通するものがあると思いました。

 素人から見たら、湖水地方のゆったり広々とした自然だけなく、ロンドンすら緑が多いと思うのですが、「英国貴族、領地を野生に戻す」では、現代は、人間が手を加えてきた結果の自然だ言います。そういえば、緑多き公園もそう、牧草地もそう、ましてや、農耕地は、人の都合で成り立っています。人はつい、自分も自然の一部だということを忘れ、収益率の高い畜産や農業を目指してきたのでしたね。

 そこを一歩すすめ、著者とその夫は、彼らの土地の自然を、人の手が加わらない形、野生に戻すという形で取り組みました。その貴族の領土、土壌を野生化する記録が、この本です。貴族で大きな土地を持っていたからこそできたことではありますが、ともかくも、勇気と決断を必要とした活動は、今このとき環境問題を考える上で、大きな一石となっています。

 彼らの領土はクネップ Kneppといい、住まいはクネップキャッスル。イギリスの南部、ロンドンの南 ウエストサセックスにあります。代々、農業に使っていた土地を2003年から、まずは休耕させ、野生化計画を進めていくというものでした。つまり、この本は、2018年に本国で出版、2020年1月に日本で翻訳出版という、まだまだ進行形のドキュメンタリーでもあります。
 本の巻頭には、数々の動植物の写真があって、野生化された牛や馬の写真は、英国の現代なのかと目を疑うほど。ましてや、彼らのHPを見ると、ほんとに英国?と思うような、元気いっぱいの鹿をはじめとする動物たちの動く姿を見ることができます。

 本には、その太っ腹な計画が進められていく過程が書かれていてるのですが、きっかけは、イギリス文化の奥深さでした。とっても、単純なことでもあります。(続く)

☆写真は、ロンドン ケンジントンガーデン

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わたしたちの心

フォンテーヌブロー
 昨日の「林檎の樹」(ゴールズワージー 法村里絵訳 新潮文庫)➡➡では、身勝手な男性のふるまいが書かれていましたが、モーパッサンの長編、最後の作品で、2019年の新訳「わたしたちの心」(モーパッサン作 笠間直穂子訳 岩波文庫)では、純愛(?)の男性と、八方美人で、したたかな女性との恋愛小説です。

 モーパッサンは、長編の「女の一生」➡➡や「ベラミ」➡➡、脂肪の塊➡➡  ➡➡短編集➡➡  ➡➡  ➡➡  ➡➡  ➡➡➡➡などなど、たくさん翻訳されていますが、この「わたしたちの心」は、長編なのに、知名度が低いと思います。

 深いテーマというより、恋愛小説、しかも、男性を悪者に書かず、女性の魔性を描いていて、やっぱり、後味が悪い・・・。そんな女にひっかかる、男がたくさん描かれますが、中心は、一途なマリオルという青年(!)37歳。芸術家サークルの中心の女王様、28歳のビュルヌ夫人、青年の気持ちを弄ぶ、美しく、賢い女性です。

 ま、最後に、マリオルは、女中のエリザベトを愛人にしたものの、女王様には未練たらたら・・・それで、女王様はどうしたかというと…

 そして、朗読のうまいエリザベトが、マリオルに読んで聞かせる本が、かの「マノン・レスコー」(アベ・ブレボォ 青柳瑞穂訳 新潮文庫)➡➡。いくら、モーパッサン自身が激賞したマノン・レスコーでも、なんか、皮肉っぽくって可笑しい。それに、よほど、好んだ本だったから、最後の長編のほぼ最後のシーンに持ってきた?
【*実は、この「マノン・レスコー」(青柳瑞穂訳)から、また続くことがあるのですが、それは、後日】

 舞台は、パリだけでなく、モンサンミッシェルや、フォンテーヌ・ブローも描かれていて、それは、それで楽しい。

☆写真は、フランス フォンテーヌブロー宮殿

 

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林檎の樹

林檎の木

「林檎の樹」(ゴールズワージー 法村里絵訳 新潮文庫)
ノーベル賞作家の恋愛小説です。薄っぺらいので、電車用。新訳のようです。岩波文庫「りんごの木・人生の小春日和」(ゴールズワージー作 河野一郎訳)も、以前読んだことを忘れ、再読です。

 舞台は、イギリスの田舎。それだけで、うっとり。が、しかし、身勝手な男の保身に、段々腹が立ってくる結末。どこかで、この苛立ちを経験した・・・そうそう、森鴎外の「舞姫」。➡➡歳のせいか、時代のせいか、身勝手な男性のふるまいに、以前読んだときより、過敏に反応してしまいます。

 有閑階級の青年アシャーストが、田舎で美しい乙女ミーガンに出会い、恋をする。乙女も心を寄せてくれ、駆け落ちの段取りのために、青年が、街で彼女の服を調達しようとすると、同じ階級の友人と出会い、その妹たちとも出会い・・・・言い訳がましく、日々を過ごし、結局、美しい乙女のところに戻らず・・・・

確かに、若い恋心を書いているのです。が、将来に対する言い訳と、その後の行動は、いかにも、男性目線であり、男性本位。当時の作家だから?と思うものの、今も、大きく変わっていない、その目線。

ただ、田園の自然描写は、どこもここも 細かく、その場が見えるようで美しい。

≪・・・手前は岩とリンボクの樹と野の花でいっぱいの湿原で、その向こうの少し地面が盛りあがっているところがブナの小さな林になっている。どの枝も風にそよぎ、春の鳥がいっせいにうたい、日射しが草の上にまだらに影を落としていた。アシャーストはギリシャの詩人、テオクリストの牧歌を心に浮かべ、オックスフォードを流れるチャーウェル川*や月に思いを馳せ、潤んだ目の娘を想った。そう、彼は何も考えていないように見えて、様々なことを考えていた。そして、信じがたいほど幸福だった。≫

☆写真は、英国 ケルムスコットマナーの林檎の樹:オックスフォードを流れるテムズ川の上流にあります。上記チャーウェル川*は、オックスフォードで、そのテムズに流れ込む、テムズ川の支流です。

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種の起源

IMG_2533オオバンj
 チャールズ・ダーウィンの「種の起源」を読みましたこなせるわけもなく、≪若い読者のための『種の起源』 「入門 生物学」≫(チャールズ・ダーウィン レベッカ・ステフォフ編著 鳥見真生訳 あすなろ書房)に手を出しました。
 あら?珍しい・・・という声も聞こえる中、実は、もっともっと若い人向けの「種の起源」という絵本、そして、その本から繋がる、もう一冊の絵本を、先に読んでいたので、せめて、本体の「種の起源」と思ったものも、夫の蔵書の「種の起源」の岩波文庫は、到底無理と思い、この「若い読者のために」リライトされ、手に取りやすくされた方を読んだというわけです。

 ダーウィンの研究が当時は画期的であり、しかも、今もその流れの続きにあるということは、よくわかりました。また、若い読者でない者にも、その奥の深い世界というものがわかりました。が、多くは、カ・リ・リ・ロには、難しい内容でした。
 ただ、、この「種の起源」の中に度々登場する「地理的変化」「気候変動」という言葉には、親近感を覚えます。特に、今、よく耳にする「気候変動」という言葉。ダーウィンの唱えた地球上の歴史における気候変動と、昨今の気候変動という言葉がが異なるものであることは十分承知していますが、それが、地球にあるもの、生きるものに影響を与えるという点では、本質は同じです。

 リライトされた第11章地理的分布という章の「生物分布についての三つの重大な事実」や「同じ大陸に住む生物の類縁性」の中に、こんな言葉がありました。
≪・・・・同じ陸地や海に住む生物には、時空を超えた深淵で有機的な絆が働いていることがわかる。この絆を突き止めたいと思わない博物学者は、あまりにも探求心に欠けているといわねばならない。…絆とは遺伝のことだ。われわれの知る限り、生物が自分によく似たものをうみ出す原因は遺伝以外にはない。・・・・≫とし、そこには、アフリカ大陸のダチョウ、オーストラリア大陸のエミュー、南アメリカ大陸のレアという大型で飛べない走鳥類の写真が掲載されています。
 この「種の起源」を読みこなせなかったカ・リ・リ・ロが、反応できたのが「絆」という言葉でしたが、この本の中にはたくさんの図や写真も掲載され、広く、一般には、読みこなせる人の多いものだと思います。

 そして、リライトしたレベッカ・ステフォフの解説によると、
≪ダーウィンは、「種の起源」の中では、ヒトという種にほとんど触れていない。最終章で、自分の理論が受け入れられ、完璧に理解された時に、『人間の起源とその歴史についても、光明が投げかけれれるだろう」と記しているだけだ。・・・・・(中略)…ダーウィンにとってヒトは、自然界の一構成員であり、あらゆる生物を形成してきた自然界の法則とその過程に服する存在だった・・・・≫

 現代、この自然界の一構成員であるヒトの驕りに、もっと真剣に向き合わなければならないはずなのに・・・(続く)

☆写真は、スイス ブリエンツ湖のオオバン。
アーサーランサムの「オオバンクラブの無法者」(岩田欣三訳 岩波)((今は、岩波少年文庫:オオバンクラブ物語 神宮輝夫訳)を紹介するときに、また使いたい(が、いつ?)
動物界脊柱動物門脊椎動物亜門鳥網ツル目クイナ科オオバン属オオバン

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鼠草子

鼠年jj
 鼠草子は、室町~桃山時代の絵巻五巻からなり、今は、サントリー美術館所蔵➡➡。上の写真に写る、鼠草子絵本は、原本の詞書を現代語訳し、難しい言葉を易しい言葉に置き換えています。
 したがって、写真に写るネズミたちの名前も、現代に馴染みやすい。見えている家来たちは、右から、ちい阿弥、穴掘りの左近尉、豆好きの藤兵衛、鼠茸の紀伊守、窓滑りの左馬助、桁走りのササ座衛門。

 そのお話というのは、鼠が人間と結婚!そのあと・・・・というもの。
≪むかしむかし、京の都は四条堀川のあたりに、鼠の権頭(ごんのかみ)という、とても長生きな古鼠がおりました。退屈な雨の日、権頭は家来の穴掘りの左近衛を呼び出して言いました。「のう左近衛。前世の悪行のせいか、動物の中でもこんなにちっちゃな動物になるとは、まったく情けないことよ。これでは子供や孫までずっと鼠のままじゃ。そこでじゃ。人間と夫婦になり、子孫を動物の身から救おうと思うのじゃが、いかがじゃ。」左近衛は答えて言いました。「さすがは殿、良きお考え。思い立ったら吉日、すぐにお好みのお方と夫婦になりませ。いやしかし、恐れ多くも殿のお姿は、源氏物語の光源氏か伊勢物語の在原業平か、名高き美男に遜色ござりませぬ。殿のような美鼠には、ありふれた女子(おなご)では釣り合いませぬ。」「実は、近くの五条油小路の柳屋という長者のところに、・・・・(後略)」≫

めでたく、長者の娘と結婚するも、最後は、鼠であることがばれ、出家、そのあと、猫と高野山に・・・という、何とも、奇想天外なお話なのでした。

 その中でも、出家の際(仏道修行)の五戒という場面では、権頭(出家後 ねん阿弥)の言うことが可笑しい。例えば、第一に命あるものを殺さず・・・とあれば、口寂しい時には、海老、雑魚、蝗(いなご)など少し殺して頂くのをお許しを、など。凄ーく、緩い五戒を申し出たのでした。ちなみに、第二は人のものを盗まず、第三に女に触れず、第四に嘘を言わず、第五に酒を飲まずです。申し出たのは、どれも、緩い(緩すぎる)。

 ・・・とまあ、ファンタジックなのか、リアルなのか。はてさて?
 美鼠というのが、どんなものなのかよく分からない時点で、笑える話です。

「鼠草子」(サントリー美術館)

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クリスマスの木

ルガーノ10
 「クリスマスの木」(ジュリー・サラモン文 ジル・ウェーバー画 中野恵津子 新潮社)
 この小さな可愛い本を手に取ったのは、1996年(・・・と、邦訳奥付にあります)で、そのあと、「クリスマスツリー」というタイトルになり新潮文庫にもなったようですが、今は、それも手に入らないかもしれません。

 話は、毎年、NYのロックフェラーセンターに飾られるクリスマスツリーの話です。そのクリスマスツリーは、一年かけて探し出され、選ばれ、飾られるのですが、話はその木を探し出す園芸管理部長と、自分と共に生きてきたドイツトウヒ(いわゆるモミの木の一種)と別れるシスター・アンソニーの話です。そのドイツトウヒに名付けられた名前は「トゥーリー」。

 シスター・アンソニーの少女の頃の名前はアンナ。
 アンナが生まれたときに母親が亡くなり、そのあと、父親も亡くなり、おばさんのところから、「子供の家」に、そして、修道院に行くことになります。子ども一人の修道院では、話す相手もなく、その寂しさから、修道院の裏手の木立の中、空き地に飛び出していきます。

 ≪…大きな木に囲まれていました。私だけの秘密の隠れ家みたいで、居心地がよさそうでした。鳥の鳴き声が聞こえるほかは、私しかいませんでした。それでも、誰かに見られているような気がしました。きょろきょろ見まわしましたが、誰もいません。そのとき、空き地の片隅に、何か小さなものが目にとまりました。近づいてみて、笑ってしまいました。何だったと思いますか?それは、小さいくせに、大きな木と同じ形をした木でした。空き地のわきに立っている背の高い常緑樹に、何もかもそっくりにミニチュア版です。サイズはちょうど私ぐらいでした!{ああ、あなた、きれいね!」と、私は声に出して言いました。「さわってもいい?」自信はなかったけれど、その木の枝がほんの少しざわめいたような気がしました。・・・・・(中略)・・・・それから、考えるともなしに、今まで誰にも打ち明けたことのない話をしていました。どんなにお母さんにやお父さんが恋しいか。・・・・(中略)・・・ひとりぼっちで寂しいということも話しました。ひとしきり話しつづけました。それから話をやめて、木の隣に腰をおろしました。私たちはいっしょに温かい日なたで過ごしました。そうして、私はさっきよりずっと気分がよくなりました。≫

 こうやって、シスターアンソニーとトゥリーは出会い、その後ずっと生活を共にします。
 ・・・・そんなに大事な木でしたが、ある日、ロックフェラセンターの園芸管理部長の目に留まり・・・
もちろん、手放すのは、論外だったものの、記録に残る雪嵐の年があり、ドイツトウヒの寿命のことを知り…

 このドイツトウヒの寿命については、明日また。(続く)
☆写真は、スイス ルガーノ・・・・ここは、スイスでも、イタリア語圏で、陽光燦燦の地域です。写真に写るモミの木のような木はドイツトウヒではないと思われます。

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