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みんなみすべくきたすべく

乾燥洗濯機

ひまわりj
 真夏になって、洗濯物がよく乾くのはいいけれど、その前の梅雨の頃、何が一番大変かというと、なかなか洗濯物が乾かないこと。
 そして、生後間もない子と2歳の子とその母親の3人が増えた家族構成だと、洗濯ものは多く、小さい子の衣服を一枚一枚を干すのが面倒とも言えます。

 で、20年間近く使った全自動洗濯機が未だ壊れていないとはいうものの、決断しました。乾燥洗濯機・・いわゆるドラム式のものを購入したのです。

 まあ、よく働くこと。フィルターの掃除のみ、毎回の手間ですが、そんな些細なことより、時間に追われる生活をしている者にとっては、本当にありがたい。スィッチを入れれば、洗剤まで自動で入れてくれます。あとは、乾いたものを出すだけ・・・

 7月末には、娘と孫も、自分の家に戻るので、そのあと、そんな乾燥洗濯機が必要なのかと、初め躊躇していたのが嘘のよう。少人数の大人だけなら、毎日しなければいいわけで・・・という言い訳をしながら、使っております。

 勤めながら子育てをする人なら、必要なものの一つなのかもしれません。それに、保育所に通うとなれば、着替えの服を複数用意しなければなりませんが、汚れたものを持ち帰っても、その次の朝には、用意できているので、衣服をたくさん用意することからも解放されました。ただし、多少のしわでも、気にならない衣服の洗濯に限りますが…

 昔、勤めていた頃、濡れたおむつやシーツを抱えて保育所から持ち帰り、洗濯して干して、たたんでまた持っていくという作業、若かったからできたことだと思います。そして、あの頃は、全自動でもなく、二層式洗濯機を使っていました。便利になったら、元に戻れないものですね。

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そうなの、わたしは 赤ちゃん。

 赤ちゃんj
がちゃがちゃがちゃがちゃ 台所の音 うるさいなぁ。
お姉ちゃんのときは、静かにしていたって聞いたけど・・・

初めての沐浴。
でも、でも、あれが足りない、これもあったほうがよかった・・・
お姉ちゃんのときは、パーフェクトに揃っていたって、聞いたけど・・・

みんなは、軽っ!!というけれど、そりゃ、2歳のお姉ちゃんとはくらべものになりません。
お姉ちゃんって、ともかく、食べる人だもの。

そうなの、わたしは 赤ちゃん。
小さく 時々、微笑むの。

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さてさて、わたしは お姉ちゃん。

泣くj
 さてさて、退院してきたお母さん。
 あれあれ、だれ?このちいちゃいの。

久しぶりなの、お母さんの抱っこ。
あれあれ、だれ?ちいちゃいのが抱っこされてるよ。

 さてさて、わたしは、お姉ちゃん。
 あれあれ、ちいちゃいのが泣いている。

 ほんとは、わたしも泣きたいの。
 イヤイヤ イヤイヤよ、
 久しぶりなの、わたしのお母さん。

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ぴったりの名まえを だれが つけたのだろう

くさたちばなj
 思い出します。子育て真っ最中の頃、大人が読む本を、まったく読まない10年余があったこと。
 読むのは、子どもと楽しむ絵本や児童文学、せいぜい、ヤングアダルト向けの小説。

 それを補うかのように、ここ10年間は、大人が読む小説などを、よく読んでいました。
 が、しかし、ここで書いた「ゴッホの手紙 上 ベルナール宛」(エミル・ベルナール編 硲伊之助訳 岩波文庫)
「ゴッホの手紙 中・下 テオドル宛」(J.v.ゴッホ・ボンゲル編 硲伊之助訳 岩波文庫)以来➡➡ 娯楽としての読書はまったくりできていません。
  時間がなく、多忙を言い訳にするよりも、余裕がないという言葉が当てはまります。

 そんななか、ぱらぱらと、どこからでも読める(見られる)「まど・みちお詩集」(谷川俊太郎編 岩波文庫)を、手に取りましたら、
こんな詩が、ありました。豆好きの孫が居るから、目に留まったのかもしれません。
「まめ」
≪豆に「まめ」という
ぴったりの名まえを
だれが つけたのだろう

さっぱりしている
ひきしまっている
りっぱというよりほかはない
つけたのは 人間でないのでは?
と おもわれてくるほどだ
・・・・(後略)・・・・・・・・・・・・・・≫
(続く)

☆写真は、白沙村荘➡➡でみたハナタチバナ・・・やっと、名前がわかった。

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神戸の山と海

神戸jj
 (承前)
 誕生日を忘れがちとはいえ、しっかり、家族の言葉に甘えて、連休前後が誕生日の我々姉妹は、神戸のホテルに泊まりました。
 神戸生まれ・育ちの二人は、山の近い、海も見えるこの場所が気に入っています。
 孫と一緒に寝る日々を忘れ、ひととき ゆっくり過ごしました。

 近々、もう一人の孫も生まれ、いずれ、こんな日々があったことも、いい思い出となるでしょう。
 そして、孫も、ばあばと一緒に寝た事、お風呂に入ったこと・・・・すべて、忘れてしまうでしょう。
 が、年老いた姉妹が、海と山に惹かれるように、どこか、身体の片隅に、ばたばたと動くばあばの姿が、記憶されているかもしれません。

神戸j

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誕生日

てつぼう30
 (承前)
 いつの頃からか、自分の誕生日も結婚記念日も、忘れがち。
 ところが、孫の誕生日は、そわそわ。周囲もそわそわ。
 特に、入院生活の続く、孫の母親は、動けない分、思いがふくらみ、手作りのカードを用意して待っていました。
 孫の父親は、抱き心地のいい、人形を手作りし(!)、じいじは、バースデー・ケーキを作りました。
 叔母は、エプロンを手作りし、伯父は、大きな苺をプレゼント。大叔母は、玩具を用意し、もう一組のじいじとばあばは、夏のお洋服・・・・

 さて、連休中に2歳になった孫は、お口が達者。そのお口で、よく食べ、なんでも「自分で」、なんでも「いやだ」といいながら、鉄棒にぶら下がりました。
 替え歌歌手だけでなく、鉄棒選手という可能性まで!(続く)
 

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うそつききつつき つつきにつつく

     水飲み場j
昨日のブログ➡➡を書いた後、口ずさんでいたのは、谷川俊太郎詩「ことばあそび」(瀬川康男絵 福音館)のなかの、「うそつききつつき」
≪うそつききつつき きはつつかない うそをつきつき つきつつく
うそつききつつき つつきにつつく みかづきつくろと つきつつく≫

ずいぶん、大ぶろしきのきつつきです。木をつつかないで、月をつついているんですから・・・
まだ、おおぶろしきのきつつきは可愛いですが、人間の嘘つきは、どうなんだ?と思って、
嘘つきの「つき」を、つまり「つく」を調べてみたら、嘘つきの「つき」は、なんと、「吐き」と書くんですね。
「嘘吐き」!

つく・・・・吐く・・・意味は、好ましくないことを口に出して言う。他、「悪態をつく」も、これ、悪態を吐く。
なのですが、「吐き出す」までしないと「嘘」はつけないってこと?
☆写真は、スイス バーゼル

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墓場まで持っていけない

つつじjj 
 今、世の中を賑わしている、1年以上、あるいは、何年もかかって、出てくる事実。
 昨年、事務次官と言われた人が、退任し、本当のことを話すために登場した時、ああ、人間の良心もまんざらでもないと、思ったことがありました。今回も、やっぱり、嘘はつき続けられないと思う人の心が、後押ししているはずです。
 事の真相追求は当然ではありますが、個人的には、嘘をついてはいませんよ、ごまかしてはいませんよ、という側の人の晴れ晴れしい顔を見ると、ほっとします。反対側の厚顔無恥の態度には、もう、うんざりです。

 幼い頃、嘘つきは、地獄で舌を抜かれるんだから、と、教えてもらわなかった可哀そうな人たち。
 舌がないと、話すことができず、嘘もつけなくなる罰なのですから。

 いろんな事情で墓場まで持っていける嘘があるかもしれないとはいえ、この場合は、違います。

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数合わせ

フリージアj
(承前) さてさて、新学期の用意万端整えて、出かけたら、2016年に2版になった教科書がたった二年で2018年第3版になっています!きゃあ・・・
 子ども子育て支援新制度とかいう、ほれ!あれの【おかげ】。
 いえいえ、内閣府の告示は平成29年にやっているのですから、平成30年4月施行に慌てている方が悪いというお叱りもあるでしょう。

 かの政府が「力」をいれているかのように見える新制度。
 実際、雨後の筍のように、小規模保育園が、都市部では、ビルの中にできてるでしょ。あれは、補助金の成果か、はたまた????

 教育も福祉も、数合わせじゃないんだから・・・質なんです。質。
 子育てと言ってしまって、人とは、別ものと思っていないかい???人育てなんですよ。
 追いつかないから・・・などと、・・・迅速かつ慌てて整えているようですが、実際には、このばあばがの学生のときから、幼保一元の問題は出ていたし、1966年の1.57ショック以来、いろんな策をだらだら施してきたかのように見える。

 ・・・というわけで、教科書の数字や、表現少し変わっています。が、前の方がいいような表現もある。この表現の微妙な変化には、何かにつなげる少々匂いがないわけでないような・・・・・・振り回されるのは、いつも現場。
☆写真は、フリージアと白山吹

 白山吹j

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やめる!が言えない

 未使用ハナズオウj
前期の授業が始まる前、昨今のドタバタ生活を思うと、はてさて、務まるんだろうか、と少々不安でした。
が、始まってみると、案ずるより産むがやすし・・・意外と、気分さっぱり(身体はぐったり・・・)。

 日々、孫を預かっているという責任は、少々重い。
 もちろん、学生たちに講義するのも重い責任を感じます。
 が、ばあばとして生きるのは楽しいものの、やっぱり、自分を生きるのは、充実感があります。

仕事は、最終的には、やめる!と言えます。が、子どもを育てることは、やめる!が言えない。・・・・・そこが、世の母親たちが鬱々としてしまうところなのだろうと思います。

 さて、机上の学問というよりも現場での経験の豊富なベテランの教授と話している時、彼女もいうのです。先生というのは、毎年、なかなかよくやる学生に出会うから、また来年もやろうと思うんだよね、と。同感。➡➡
ところが…(続く)
☆写真は、ハナズオウとダッチアイリス

イリスj

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