みんなみすべくきたすべく

映画「セザンヌと過ごした時間」

セザンヌj
 あのサント·ヴィクトワール山と南仏の陽光が写るはず・・・と映画「セザンヌと過ごした時間」に行きました。

 少年時代から、仲の良かった、二人、ゾラとセザンヌ。
 「制作」➡➡(制作」上下 (エミール・ゾラ 清水正和訳 岩波文庫)の発表後、仲たがいをしてしまう二人。
 互いに支え合ってきたはずなのに・・・
 
 「このシーン、絵に描かれている」、「あの絵かな?」という映像が何度も出てきて楽しい。
 当時の画家たちが、時々出ていたり、名前が出されたり、ちょっと散漫ではあるけれど、時代が変わるときって、そういう混とんとしたところもあるのかと、おとなしく鑑賞。

 原題は「セザンヌとわたし」・・・つまり、ゾラの目を通して見たセザンヌの生き方、なので、ゾラは生真面目でいい人、セザンヌは、奔放で口が過ぎる・・・という描かれ方でした。
 いずれにしても、二人とも、あの光を浴びて育ち、あのパリの空気の中、生きた人たちだったことはわかりました。
 
 そして、エンディングロールに最後に写るのは、光を浴びるサント·ヴィクトワール山。そこに、セザンヌの描いた絵が、重ねられていきます。何枚も何枚も・・・。
 もしかして、この最後のシーンが、一番好きかも・・・

☆写真は、スイス バーゼル美術館 セザンヌ「サント·ヴィクトワール山」

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映画「ル・コルビジェとアイリーン」

コルビジェjj
 その映画の原題は、「The Price of Desire」でした。
 邦題は「ル・コルビジェとアイリーン  追憶のヴィラ」。

 ま、邦題は誰の映画かわかりやすいとはいえ、実は、ル・コルビジェとアイリーンという女性の恋愛映画ではないのです。かといって、ル・コルビジェが、主人公というわけでもありません。大枠ではアイリーンと評論家ジャンとの話なのです。評論家ジャンとコルビジェは友人関係にあったようです。

 そして、個人的にまったく知らなかったアイリーン・グレイ。家具デザイナーとして成功し、一時はル・コルビジェの建築とまで言われていた南仏の別荘(E-1027)の建築に携わった女性の心の物語とも言えます。だから、原題のDesireは願いとも言えるし、欲望とも言えます。で、そのPrice 代償、お値段・・・・が、描かれた映画なのでした。映画の冒頭、アイリーン・グレイのチェアのオークション場面から入っていくのは、Price というタイトルから暗示的です。
 つまり、邦題は、近代建築家ル・コルビジェの大きな名前を使ったもので、原題は、映画の本質を表したものだと言えるのです。

 そして、狂言回しのような役割で登場するル・コルビジェは、著名な建築家にしては、凡庸な描かれ方です。確かに、壁に絵を描いたり、建築の発想など、また戦後、その別荘で真剣に仕事をしている様子など、少しはでてくるものの、どうしても、アイリーン・グレイのセンスや着眼に気持ちが行ってしまいます。
 いわば、才能あふれる美女と、最終的には、その別荘の前の海で溺死してしまう普通のおじさんの話にみえてくるのです。

 とはいえ、映像の切り取り方は、従来の建築を変革したともいえる彼等の遺産である機能的ですっきりした作品をイメージしたようで、1シーン1シーン絵画のような映像でできていました。

 実は、偶然にも、この映画が上映されることを知る前に、ル・コルビジェの書いた本を読んでいました。(続く)

☆写真は、スイス ヴェヴェイ ル・コルビジェ「小さな家」の庭からレマン湖を見る。

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有象無象

    ガーゴイルj
 まだ、拙欄では、季節外れのスイス報告が続くというのに、巷では、もはや、解散総選挙。
 スイスに出発した8月3日は、内閣改造をして、顔触れを刷新し、いろんな疑惑も解明、汚れを払拭していくのかと思いきや(ほとんど、期待はしていませんでしたが)、なんのことはない、なんだか、調子に乗って、何でもやれると思い込んだ解散。

 すると、有象無象に魑魅魍魎。いい歳をした大人が、主義主張を後回しにする姿。
 疑惑を追及していた正義の味方も信じられないと、自分さえよければそれでいいと、子どもたちに伝えるのが、彼等の使命なのか・・・

 加えて、1989年の東西ドイツの壁崩壊から、30年に満たない昨今、地球の上で、次の足音が聞こえるなんて・・・
 今や、まさか、と思うような大統領を選ぶ民主主義の国だってあるし・・・
 数の多さで、何でも、突破していきかねない空気が怖い。

 ただの1票、されど1票、ぼやく前に、投票に行きます。いつも、期日前投票です。
☆写真下上は、スイス、ヴィンタートゥールガーゴイル。
 下は、京都 西本願寺伝道院前 (伊東忠太設計) 妖怪

龍谷2j

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歌のうまい二人の女性

     ピアノj
 先日、キャロル・キングのことを書いたのは、近々、日本で「キャロル・キング」というミュージカルが上演され、それに伴い、新しいベストアルバムが出るという情報とは、まったく無縁のものでした。

 涼を求めて入った百貨店で流れている曲が、男性歌手が歌うキャロル・キングのものだったり、長らく、眼にしていなかった「Tapestry」という彼女のアルバムの写真を街で見かけたり・・・偶然にしては、面白いと、思っていたら、上記のようなことで、キャロル・キング再燃のような感じです。(つまり、何にも知らなかった・・・)

 たまたま、例のコンサートで、エレキギターの音を聞き、思い出した中に、キャロル・キングもいたし、レディーガガも居たというわけでした。
ジーンズとギターのキャロル・キング。
個性的すぎる眼鏡をかけて、凄い高さのヒールを履いたレディーガガ。
時代の違いこそありますが、この二人は、弾き語れる 歌のうまい二人の女性という共通点があります。そして、二人に、接点もあって、興味深い。ネットの恩恵で見たレディーガガのライブ。臨席せずとも、鳥肌がたちます。
☆写真は、ロンドン V&A

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テロなど気がかりなことが多いけれど

ハングライダーjj
旅行に行くときは、ホテルに直接予約メールを入れることが多いです。

スイスは、ドイツ語圏とフランス語圏とロマンシュ語圏に分かれていて、初スイスのときは、ドイツ語圏とフランス語圏のホテルにメールを入れました。
ドイツ語圏のホテルは、うそっ!と思うくらい、返事が早く、驚きました。
フランス語圏のホテルは、返事がなかなか来ず、再送で、促しました。
実際に、スイスに行ってみても、ドイツ語圏のお店は、定刻になると、さっさと、綺麗に片づけておりました。フランス語圏のお店は、さほど、定刻にこだわらず、なんだか、ゆったりとしていました。
ゲルマン民族とラテン系民族の違いかなと、考えたりしました。
あれから、10年以上経ったのですが、その違いは大きく変わっていないような気がします。今も、ドイツ語圏のメールの返信は早い。

・・・とまあ、旅行は、些細なことに喜びを見出すことができます。
テロなど気がかりなことが多いけれど、先週早々と、パリなどを周遊してきた息子夫婦、今、英国に行っているお友達と北イタリアに行っているお友達、これから、英国に行くお友達、クロアチアに行くお友達。それぞれの人たちの夏休みが、もう始まっています。
 みなさん、写真を楽しみにしてますね!
☆写真は、スイス ニーセン山から

         ハングライダーj

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エレキギター

     ヴァイオリン23j
(承前)
・・・・と、歌だけでなく会場の雰囲気までも、楽しませてもらったのですが、一番感動したのは、久しぶりに聴く、エレキギターのサウンド!

昔、我々が若い頃、年寄りたちは、エレキギターの音に、顔をしかめたものでした。
「騒々しいだけで、どこがいいの?」と。
が、今、年寄りになった昔の若者は、そのソロ・サウンドに、拍手喝さい。
耳に響くエレクトリックなサウンド。シャウトする音。
エレキサウンドは、若い頃の叫びとともにあるのかと思っていましたが、
なんの、なんの、こんな年寄りにでも、響く、響く。
ちなみに、その曲は、「落陽」。

それに、ピアノも力強くていい感じ。何より、楽しそうに弾いている。

そこで、夢想は広がります。
レディー・ガガの歌もいいけど、ピアノもいいなぁ・・・・
フレディ・マーキュリーのBohemian Rhapsodyは、彼のピアノで始まるんだった・・・
ビリー・ジョエルのLiveコンサートに行ったなら、元気をたくさんもらえるんだろうなぁ・・・
あの頃のBruce SpringsteenのBorn in the U.S.A.のLiveに行けたならなぁ・・・
そして、キャロル・キング、何度も聴いて、何度も聴いて、何度も聴いていたよなぁ・・・・
I feel the earth move under my feet
I feel the sky tumbling down,
Tumbling down, tumbling down...

IT´S TOO LATE なんてことはないはず、だけど、足元は 気をつけなくちゃ・・・・Tumbling down, tumbling down...

☆写真は、スイス ヴェヴェイ バイオリン制作工房のショーウィンドー

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コンサート会場

     朝市15j
何故か、BOX席チケットが回ってきて、久しぶりにコンサート会場に。
その男性歌手45周年のコンサートでした。
昔、彼は、ラジオのパーソナリティをつとめ、結構な下ネタトークも多く、もちろん、歌もうまく、若者の人気を集めていました。あくまでも、大阪方面で。
「チャチャヤング」「ヤングタウン」・・・といえば、思い出す人もいるかもしれません。

 学生の頃、彼がソロになるまで3人で活動していたとき、それも、まだメジャーになっていないようなときのコンサートに、行ったことがあります。神戸で行くことのできる数少ないコンサートだったからのような記憶です。そして、それは、ラジオで喋る、芸能人を見られるという感覚だったと思います。

 45年の間に、大阪から東京、そしてアジア圏へも、シフトした彼には、ヒット曲も多く、イヴェントなどのテーマソングも多い。そこで、秋からメディアに流れるらしい美術館のイメージソングも披露。

 彼と同じ1948年生まれのヒットメーカーは、たくさんいるようなのですが、なんにしても、その年齢で、美声と声量を保っていることにびっくり。

会場に眼を転じると、満席の会場には、彼と同じような年齢で、カ・リ・リ・ロより、さらに年長の人たち。
杖をついて、真ん中辺りの席に着くのは、なかなか大変そう。
が、指笛も健在、乗りも健在、それに、多くの皆さんがペンライト持参。
さぞや歌手も、気持ちよく歌える、適材適所のペンライトの揺れ。
しかも、アンコールのそのまた最後はスタンディングオベーション(少々、よろよろ)。(続く)

☆写真は、スイス ルチェルン 朝市の花束

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子どもに合わす顔

ルチェルンweggisj
子どもたちには、もらったプリントは、整理しておきなさい、大事なことは、記録して残すようになどと言っているのが、虚しい。
 
恥ずかしくないのか、ある種の大人たち。
子どもに合わす顔をお持ちか?

うそつきは、泥棒の始まりと教えてもらわなかったのかい?
実るほど、頭(こうべ)を垂れる稲穂かな  ということわざも知らんのだろうなぁ。
小麦が主食の某国の人が知らないにしても、せめて、米を食べてきた日本人は、理解できるはず。

子は親の背を見て育つ。
子は親を映す鏡。
ここで言う子や親は、当然、
子どもたちは大人の背を見て育つ。
子どもたちは大人を映す鏡。
と、同義。

ヴィルヘルム・テルの息子のヴァルター・テルが、父親を絶対的に信じたように、子どもから信じられる大人になりたくはないのか?悪代官たち。
☆写真は、スイス リギ山ふもとの紫陽花

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孫を預かる

     さきちゃんはっぱ 40j
  先日も孫を預かりましたが、その時は、孫の中耳炎で体調が悪く、機嫌も悪く、日頃接していないバアバは、疲れてしまい、そのあとも、少々サポートしていたら、ついにバアバの扁桃腺が腫れてしまい、声が出なくなってしまう始末。これじゃ、仕事で、話せない!ということで、大変でした。

 今度は、元気なときに、預かるということになって、バアバもジイジもおばさんまでが加わって、楽しみな一日に。
・・・と、思っていたら、中耳炎以降、知恵がつき、保育所で離れる時もぐずっていた彼女は、バアバはなんとか許容してくれたものの、声は出さない、笑顔は出ない、じっとしている・・・食べるのはしっかり食べる。
 1歳というのは賢いものです。

 で、夕方、用の済んだ母親が迎えに来ると、今までじっとしていたのが嘘のように、動き回る、声は出る、しまいには、歌いそうな勢い。もちろん、いないいないばあの「芸」までしてくれます。

 中耳炎で痛い目に合っているから、いろんな人に不信感を持っているんだとあきらめました。
 いろんな人がいるのを知る・・・つまり、社会性の発達ですね。はい。

 ☆写真は、「葉っぱ」のことを「っぱ」と言えるのが嬉しくて、綺麗な青紅葉を指さしています。

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皐月が終わる

さつきj
 一斉に咲いた「さつき」も、この暑さの中、もう終了。
 そりゃそうです。皐月は終わり、明日から水無月。雨が多い梅雨なのに、水がないとはこれいかに?旧暦では、梅雨の後の水が枯れるような月が水無月だったのですから、仕方ありませんが、学生の時は、それが、かえって覚えやすかったような気がします。

 日本語は、旧暦であったり、数え歳で言い伝わったり、なかなか複雑です。「五月雨(さみだれ)」だって、今のイメージでは、しとしとという感じですが、実は旧暦の5月ですから、梅雨の雨のことですね。

 それに、「八十八夜」や「二百十日」というただの数字の並びに含まれた季節の意味、そこから生まれる話や歌。夏目漱石が「二百十日」というタイトルをつけていますが、それは、365日のうちの二百十日目という意味ではないもの。

 さて、明日から6月、ひどい梅雨や真夏にならないことを願います。
☆写真上は、さつき。下は、赤花四季咲きネムの木。
      赤花四季咲きネムの木j

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