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みんなみすべくきたすべく

いかなごの季節

かわせみ50
 高級魚になったとしても、神戸生まれ神戸育ちのばあばとしては、いかなごを少しでも、炊かないと春が来ない・・・のではないかと、思ってしまい、明石の魚の棚まで買いに行く始末。報道されていたより、小ぶりで、本当に綺麗。
 
 この冬は、高級魚の氷見のぶりも、島根ののどぐろも食べることができました。東京の料亭などの需要が減ったから、回ってきたと魚屋さんは言っていました。それでも、高かったけど…
イカナゴ

 コロナ禍、自粛生活で、家での行動や、家の中の装飾を見直す時間が増えたと言います。日常を考えるとマイナスは多いけれども、ちょっとした非日常にも楽しみがあるのが、わかる日々でもあります。

 保存食を作ったり、歩く距離を延ばしたり、一人でも、お茶を入れて、ゆっくり飲んだり、今まで手を出さなかったような本の読書をしたり・・・・。

 まだ、まだ続くであろう毎日を、一回きりの今日の日を、楽しく過ごしていきたいものです。

ことり25 (2)

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カメラじいじ

めじろj
 カ・リ・リ・ロが写真を撮るのが好きなのは、父親から受け継いだものと考えられます。➡➡しかも、昔と違って、フィルムカメラではないので、いくらでも撮ることができるので、気楽です。
 夫は、2019年夏に行ったスイスで、携帯カメラでもいいのが撮れて以来、カメラに、カメラ自体に興味がわき、今や一眼レフを抱え、休日等、近場をうろうろ。特に、歩いて行ける近場、あるいは、職場近辺に、川や池や木々があって、そこに暮らす鳥たちを撮るのが、面白い。いいカメラとレンズ(まだ、不満があるようですが・・・・)を手にした夫は、シャッター速度、露出などなど、カ・リ・リ・ロは、まったく気にしなかったことに力を注ぐカメラ愛好家となっています。

 以前は、小鳥・・・と、十把一絡げに見ていた夫が、その鳥の名前を調べ、鳴き声の違いに気づき、花の蜜を吸うメジロ、地を這うように虫を探すウグイスの違いを知り、縄張り意識の高いカワセミは、それぞれの川・池で見かけ・・・など、奥が深い世界に片足突っ込んでいます。

 昨今、彼のような、カメラをぶら下げたじいじたちは、近辺、出没しているようで、若い人なら、「いまここに、○○いるよ」とツィートしそうな場面も、カメラをぶら下げたじいじたちは手招きで、声をひそめ「ほら、あそこ。あそこ」と指さし等で、情報交換しているようです。中には、双眼鏡も首からぶら下げ、小鳥たちを探し出し、カメラでパシャリ。というじいじたちも居るらしい。
 実際、知り合いの定年退職したじいじは、撮影した鳥の写真を、今や同僚ではなくなった娘にラインを通して送ってきています。この人も、いわば、近隣にお住まいなので、もしかしたら、夫とどこかですれ違っているということは大いに考えられます。

 さて、最近、ここに掲載した鳥の写真の何枚かは、夫の写真を、勝手にトリミングしたりしながら使っています。(ただ、夫の写真を掲載しても、撮影&CO.のイニシャルを入れる手間を省いていますが・・・)(続く)
☆写真上は、紅梅にメジロ。写真下は、コゲラ。小さなキツツキです。
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努力義務

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(承前)
 ベンジャミン・フランクリン自伝➡➡に書かれてあったのは、種痘をしないで子を亡くし後悔する父親の姿でした。➡➡
 日本でも、ワクチン接種については、しないとか、するとかという声が聞こえます。しかしながら、何故、この日本でワクチン開発が遅れているのかは、大きな疑問でした。ワクチンより、儲かる研究開発には、どうなんだ?
 
 ここで、素人が調べ知ったこと。
 うちの子どもが幼い時にした3種混合接種(ジフテリア・百日咳・破傷風混合ワクチン)などは、義務接種でしたが、カ・リ・リ・ロがその昔接種されたものは罰則付きの義務接種だったようです。第二次世界大戦後。
  ところが、法的罰則付きというのを外し、義務接種となったものの、健康被害などの問題が起こり法的救済制度ができ(1976年)、訴訟なども起こり、公衆衛生、生活水準も向上したからとかいう理由(?)もあって、何度かの予防接種法改正改正の後、1996年義務接種から勧奨接種、義務規定から努力規定、任意接種に。そういう経緯もあって、世界水準からワクチン接種が減ることになったようです。
 で、2007年頃、10代から20代(大学生に多かった。)に麻疹(はしか)が流行。つまり、義務じゃない接種はしてなかった。また、近年、風疹の流行も話題になっていました。うちの30台の娘たちは中学のときに接種しましたが、男子はしてませんでしたから。他に子宮頸がん(ヒトパロマ―ウィルス)のワクチンでも問題になっていましたね。

 今や、定期接種、努力義務、勧奨接種などの文言。
 義務ではなく努力せよ・・・なのです。すべての責任負わないからね・・・と。

 今回のコロナワクチンは、努力義務のある勧奨接種という 新しい予防接種法の改定に基づくものらしい。
 なにゆえ、日本のワクチン開発が遅れているか、あるいは、何故、優秀な研究者が他国で研究し続けるか、深い闇を見たような気がします。
 ノーベル医学・生理学賞を取った4人の日本の研究者が、現時点の医療崩壊防止だけでなく、ワクチン開発や長期展望に立った研究についても、声を上げている報道や、その後についての報道も、声が小さくなっているような気がします。誰が、音量を下げているんだろう。

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多いこと、多いこと

ろうばいj
 
例年のことながら、秋辺りから、まず、クリスマス絵本を全部出し、次は、クリスマスカードのために(訳出するために)本を探し、次は、干支の本を引っ張り出し、その関連本も次々出し・・・しながら、改めて 気づくのは、読んでない本、読み足りない本、もう一度読みたい本の多いこと、多いこと。
 残された時間の割に、残された本の多いこと、多いこと。
 さらに、新しい興味に伴う読みたい本、知りたいことの 多いこと、多いこと。
 コロナで突然ということも考えられる昨今、もっと本気で、本を読もうと決意した1月が終り、春は近いはず。

☆写真は、雨上がりの蝋梅。

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Here Comes The Sun

ノアj
 アメリカの大統領就任式で、レディー・ガガ➡➡が国歌斉唱していましたね。上手いなぁ。胸に着けていた大きな黄金のブローチ、オリーブの枝をくわえた鳩でした。

 同じ式典で、22歳の女性詩人アマンダ・ゴーマンが、詩The Hill We Climbを朗詠。この若さの人を選ぶアメリカに感心。

 あとからみた、トム・ハンクス司会で、リンカーンの座るリンカーン記念堂の前で行われた米大統領就任記念コンサート(イブニングコンサート)にも、魅了されました。ヨーヨー・マも含め、多数の歌手たちが出演するも、カ・リ・リ・ロには、ブルース・スプリングスティーンとジョン・ボン・ジョヴィくらいしかわからない。じいさんになっている二人ともよかったし、特にジョン・ボン・ジョヴィの歌うビートルズのHere Comes The Sun。軽くて明るくて、前向きでよかった。
 歌詞の最後 It's all right.の繰り返し。 心が 落ち着きます。
 ≪Here comes the sun, and I say It's all right ほら、太陽がのぼってきた 大丈夫なんだよ≫

 他国のことながら、今は、地球上に 歌が響くように願います。
 そして、詩人のアマンダ・ゴーマンさんの詩の最後、
≪ there is always light   いつも 光は そこにある
if only we are brave enough to see it 光を見る勇気さえあれば
if only we are brave enough to be it 光になる勇気さえあれば≫
 
☆写真は、ピーター・スピアーの絵本「ノアのはこ舟」(松川真弓訳 評論社)

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Silent Nights & Days

くるみわり2
 新聞に「物語の中のクリスマス」という連載がありました。ドイツ文学者の松永美穂氏による4回のものでした。(最終回は「くるみわり人形」➡➡。)

 その中に、アンデルセンの「モミの木」について書かれた文があって、その最後に、こんなことが・・・
 ≪昨年の12月、ドイツのメディアには「クリスマスツリーがいかに環境に悪いか」との記事が相次いで出た。ドイツで買われるクリスマスツリーは年間3000万本。植林、運搬、焼却の過程で、多くのCO2が排出される。じゃあ、長持ちするプラスチックのツリーならいいのかというと、ポリ塩化ビニルでツリーを作ることでやはり多くのCO2が排出され、しかもプラスティックは自然に分解しないからさらに問題なのだそうだ。「クリスマスツリー恥ずかしくないの?」という見出しを読み、近い将来、各家庭でツリーを飾る習慣は廃れていくかもしれない、という予感が頭をよぎった。≫

 あーあ。この箇所はショックでした。
 冷静に考えると確かにそうです。
 
 数々の「クリスマスツリー」の絵本が思い浮かびます。何冊かは、クリスマスの後、切った木を森に戻したり➡➡   ➡➡、切らないでそのまま森で祝ったり➡➡、何冊かは、森で切ってきて飾ったり➡➡  ➡➡・・・うーん、どうなっていくんだろう。

 この年末は、粛々と暮らしなさいとのこと。いわれなくても、精一杯、努力しているつもりです。
 さらなる Silent Nights&Days。
 次なる年は、いい年になりますように。

 年末・年始 しばらく、拙文休みます。

☆写真は、「くるみわり人形」(E.T.A.ホフマン ラルフ・マンハイム英語訳 渡辺茂男日本語訳 イラストレーション モーリス・センダック ほるぷ出版)

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狭い世界

大山崎1
(承前)
 かつて、おばさんになってから大学院に籍を置いたのは、教育系博士前期課程です。(博士後期課程は中退しました。)
 教育学部出身のカ・リ・リ・ロの指導教授は、女性の小児科医でした。当初、彼女の指導と、カ・リ・リ・ロ自身のそれまでの知識・経験は、なかなか、近づくことができませんでした。とはいえ、違う畑の人の考えを受け入れていく(偉そうに、失礼!)過程を経ると、違った視点が見えてきました。

 学問は、専門を究めることも確かに大切ながら、ちょっと離れて、違う角度から見、広い視野で、考えることは必要かと思います。しかも、人間の土台である、子どもの教育を考える重要性は、誰にでもわかることだと考えます。
 が、いまでも、なかなか、専門領域の敷居は高いものがあるのではないかと思います。
 
・・・等と考えてきたのですが、先の「古代の朱」➡➡ ➡➡ の著者は、文中、何度か、頭の固い学者を非難している(と思われる)箇所があり、著者自身は、文学という畑から、地質学という畑との共同研究という形になっていくのです。そこで、見えてきたものも多い古代の研究だったと思います。論文ではなく、一般に読みやすく書かれた単行本(文庫本)という形ではありましたが、垣根を越えて見えてくるものへの熱意を感じました。

 それは、最近読んだ文庫本「自閉症は津軽弁を話さない」(松本敏治著 角川ソフィア文庫)でも、感じることでした。
 これは、夫婦ともに、臨床発達心理士でありながら、夫(著者)は学究、妻が現場というそれぞれの立場でした。

 子どものこと、人間のことを考える研究は、机上の論理だけでは成り立つはずもなく、現場という時空が、必須だと思います。現場のデータ集めという意味でなく、その場の空気で読みとり、受け取るもの、それが、重要だということです。それは、今でいうオンライン授業と対面授業という関係に、少し似ている側面があるような気がします。

 ともかくも、著者のこの研究の発端は、現場をよく知る奥さんとの意見の相違から始まり、探求する流れ、そして、奥さんに完敗という結末です。
 津軽弁が相当、共通語と異なるようですが(聞いたことがありません)、共通語を話す社会であれば、気づかなかったかもしれない大事な視点が、この本には書かれています。 この本も、学術的な論文とは違い、広く一般向けに書かれていて、子どものコミュニケーションで悩む人のみならず、コミュニケーションとはどういうことなのか?を考える一つのきっかけともなります。
 現場をないがしろにし、本だけの学問を推進する学者には、知ってほしい現場の声でした。
 

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マスク

朝焼け1
 夏場、涼しく使っていた近江麻のマスクから丹後ちりめんのマスクに替えました。立体型の不織布のマスクも使ってみましたが、講義中に、ずれてくるのです。顎が合ってない。

 麻も絹も、通気がいいので、さて、完全防備ということはどうなのか?が、自然素材は、肌に優しい。
 外出から帰って、手洗い・うがいするときに、ちょこちょこっと、洗って、ぎゅっと絞って、干すだけで、次の朝には乾いています。使い捨てのマスクは、夏になる頃から、使っていません。

 朝早くジムに行くとき、電車は、そこそこ混んでいます。座れるか、座れなくても、戸口脇でもたれ、つり革を持たなくていい場所に立つことができます。誰も喋りません。みんなマスクをしています。
 あの密度で、あるいは、もっと満員電車で、感染が広がった話にならないということは、マスクは、やっぱり、かなり有効なのだと思います。個人的には、携帯用の消毒液も持参しています。

 今のところ、真面目な国民性のおかげで、西欧のようなことにはなっていないと報道はされていますが、清潔志向の国民も、少しづつ、慣れてきているような気もするし、緩んできているような動きもあるし・・・加えて、入国基準を緩める云々を知ると、あるいは、街で、隣国の会話が聞こえると、少々、構えてしまいます。
 そして、また、海をかなり隔てた隣国の大統領のように、治療も隔離期間も特別扱い、というのは、疫病を侮っていると思います。

☆ 写真は、台風一過の朝焼けではなく、台風より少し前の、朝焼けです。

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台風

ベルニナjj
 毎年、この時期、ぶつぶつ言い続けてぶいる台風。今回も大きな大きな台風でした。確か、2年前の台風は、いつにない偏西風の影響で、針路がぐっと曲がったりしていましたが、今回やそのちょっと前の台風は、偏西風はどうなったの?というぐらい、北上しました。今後も、日本の近海の海面温度の高い場所で発生した台風が続くなら、危険度は一層増すことでしょう。

 さて、脱原子力も、悠長ですが、脱炭素という問題は、より大きな声になりません。化石燃料に頼る社会である限り、その排出量とそれを吸収してくれる森林面積のことをもっと真剣に考えなくてはならないのに、温暖化というひとくくりの言葉で片付け、後回しにしようとする向きが見られる(と、思う)。
 毎年カリフォルニアで起こる火災やアマゾンの火災、季節は反対のオーストラリアの火災、大量発生したバッタが食い尽くす草草・・・・などなど。

 太古から、自然と闘い、感染症と闘いしてきた人類。
 なすすべもない自然災害ではありますが、知恵を働かせ、知恵を寄せ合わさねば、人類にとって、もっと、酷いことになる(と、思う)。(続く)

☆写真は、スイス ベルニナ特急からみたベルニナ山

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節電

     あめんぼ15
 8月も終わります。本当に暑い・・・(まだまだ)
 加齢により体力も落ちたことも起因し、クーラーつけっぱなしの夏でした。

 以前は、クーラーが嫌いで、いつも、羽織る上着を持ち電車も弱冷車。もちろん、クーラーをつけたまま寝るということもなく(ただ、マンションの屋根が焼けているので、以前の木造暮らしとは異なるとはいえ)、ともかく身体が冷え切るのを嫌っていました。
 さらにいうと、汗もほとんどかかない、代謝の悪い身体だったのを、水泳やその後のサウナを繰り返すことで、ようやく普通の汗をかけるようになってきていたのですが・・・今や、少し動くだけで汗はかくし、流れるし、夕飯の支度など、うんざり。
 
 ということで、クーラーのお世話になる毎日でしたが、今、原子力発電もほとんど稼働していない中、節電という言葉が一切聞かれないのは、何故?
 かつて、節電節電といって、地下街の電気も一つ置きにしか点灯してなかったり、甲子園野球のピークと一番暑い時期の電気消費量が云々と言ったり、企業にもいろんな節電要請したりしていたときと、大きな差。
 消費電力の少ない家電や企業努力が成果を上げたから?企業が海外に工場を移したのも大きい?
 それとも、猛烈な暑さを超える危険な暑さだから、節電など言ってられない?
 それとも、原子力発電稼働しないでも、それに代わる発電が頑張ってる?まさか!

 節電節電。電力足らんから、もっと電気作ろう。それには、原子力発電!と、かつて世論を動かしたかった人たちの存在に気づいた暑い暑い夏でした。

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