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みんなみすべくきたすべく

グリーンマン

グリーンマンj
 「グリーンマン」(ゲイル・E・ヘイリー作絵 あしのあき訳 ほるぷ)➡➡
 グリーンマンは、その名の通り、グリーン(葉)で覆われた人で、ロビン・フットや真夏の夜の夢のパックや、アーサー王に出てくるマーリンも、そのつながりではないかと言われていますが、不明なことが多いようです。そして、この「グリーンマン」の絵本については、以前、ここにも書いたことがあります。➡➡
 その時は、妖精の話からアプローチしたのですが、➡➡、今度は、牛からアプローチしてみました。

  このヘイリーの絵本では、我がままで横柄で見栄っ張りな大地主の一人息子クロードが、池で水浴びをしていると、その間に、洋服も馬もなくなっています。仕方がないので、そこで一夜を過ごし目覚めると、ヤギがいて、鶏がいて、卵があって、ハチの巣があってはちみつがあって・・・そんなとき、捜索隊がやってきますが、そんな恰好をしているのが恥ずかしく、一隊が過ぎるのをまちました。するうち、月日が流れ、着るもののことを忘れ、自分が地主の息子であったことを忘れ、ヤギの乳を搾り、野生の動物たちと仲良くなり、過日や木の実をとってきて蓄え・・・

 上の写真は、土砂ぶりの雨嵐があった翌朝、牝牛が、自分から離れてしまった子牛をどうしていいか分からず助けを求めて鳴いているところに、クロードが水中に入り、子牛を助け上げているところです。

 そして、ドングリ集めをしている子どもたちを、脅かしているイノシシを𠮟りつけると、女の子は、その樫の木のように緑をいっぱいつけて苔におおわれた古い木のようなクロードに「おじさんはグリーンマン?」と聞くのです。そして、冬が過ぎ春になってみると、岸辺に服を脱いだ男が池で水浴びをしていました。そこで、服を着替え、髭を整え、両親のもとに帰った彼は、もう我儘息子ではなくなっていたというお話。

で、もう一冊、ヘイリーの絵本。(続く)

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アイギナの疫病

ルガーノ12
(承前)
 ギリシャ・ローマ神話の深みは、きりがないので、とりあえず、オウィデウス「変身物語 上下」(中村善也訳 岩波文庫)で見つけた、今時に読む話「アイギナの疫病」

 ユピテル(ジュピター・ゼウス)が連れ去ったアイギーナを連れて行った島(オイノーネー)の名前をアイギナ島とし、アイアコスを産むと、それを嫉妬したジュピターの妻ユノー(ヘラ)が、その島に疫病を撒き散らし、絶滅させたものの、それを哀れんだユピテルが、アリを人間の姿に変え、島民としたという話です。そして、アイアコスは人間の中で一番敬虔な男とされアイギナ島の領主となり・・・・

 きりなく、続くのですが、この話の疫病病のことで、今この時に書きたかったこと。
 それは、当時も、医術に頼っている点ですが、当時は匙を投げ、今は疫病と医術、そして人は闘っているという点が違うということ。
≪…この病が神から送られたものとは知られずに、これほどの災いの原因が不明であったあいだは、もっぱら医術によってこれと対抗しました。が、そんな手立ても病の猛威には追いつかず、さじを投げるより仕方はなかったのです。≫

≪この急激な病の威力がはじめて知られたのは、犬や鳥や羊や野獣などがつぎつぎと倒れ死んでいったからです。頑丈な雄牛が仕事のさなかに倒れ、畝の途中にうずくまってしまうのです。…≫

≪ついに、悪疫は、あわれな農夫たちにも襲いかかって、被害を大きくし、広い都のなかに猛威をふるっています。まず、内臓が焼けただれるのですが、体内に隠れている炎の証は、からだ一面の赤らみであり、ぜいぜいいう喘ぎなのです。・・・・≫

・・・と、この悲惨な状況の描写は、続き、≪助かる望みを失い、病気の終わりは死でしかないことを知った人は、いまのうちに好き勝手なことをしておこうというわけで、有効な療法を求めて心を砕くこともありません。じじつ、有効な手立てなど、なかったのです。≫
≪あわれな病人たちは、いまいましい寝床にうんざりして、そこから飛び出したり、立ち上がるだけのちからがない場合には、地面へ転がり出たりして、みんなが自分の家から逃げようとしています。・・・≫

 確かに、現代は、こんな状況ではないことを有難いと思うと同時に、ここに使われている文言、「うんざりして」という言葉が、まったく他人事の言葉ではない時を過ごしているようにも、思います。

*アポロドートス「ギリシャ神話」(高津春繁訳 岩波文庫)
*「ギリシャ神話」(呉茂一訳 新潮文庫)

☆写真は、スイス ルガーノ
 

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金の杖

ヘルメスjj
 (承前)
 コローニはアポロンの矢で射撃されてしまいますが、胎内にいたアスクレーピオスは、体外に出され、ケイローン(ケンタウロス族の一人)の元に預けられ、医術を学び、医術の守り神に。(諸説あります)*ケンタウロス…馬身で腰から上が人間の姿。
*****ケイローン…賢明で正しく、音楽、医術、狩、、運動競技、予言の術に優れる。

 それは、今 WHOのシンボルマークの杖に一匹の蛇が撒きつく絵で、わかることができます。それは、蛇が皮を脱ぐところから若返りの動物とされ、また地下から生まれ出ると考えられ、アスクレーピオスの杜には多く飼われていたとも。
 
≪アポロンが、知性と文化の代表者とされるものの、贖罪と潔さの神であるとともに疫病によって人間を罰することができる。≫***「ギリシャ・ローマ神話辞典」(高津春繁著 岩波)。

アポロンは、疫病で罰する・・・しかしながら、正反対の働きをアポロンの息子がする。なんというバランスかと思います。先に書いたアポロンの双子の妹アルテミスが薬草➡➡につながったように、人類が、今までの 疫病を克服してきたプロセスをみるような気がします。

ところで、アポロンの牛を盗んだものの、竪琴の見事な音楽で、許しを得、その上に金の杖をもらったのがヘルメスでした。➡➡  そのヘルメスの杖は二匹の蛇が撒きつく杖で、写真に写る像の持つものがそれです。ということは、この像は、ヘルメスだった・・・知らなかった。写真は、英国 バスコットパーク。

 知らないことだらけのギリシャ神話ですが、一つ一つ前で、もう一つ。(続く)
 
ヘルメス1

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鴉は白くない

アポロン3
(承前)
 さて、アルテミスと双子の美しい青年アポロンには、数々のロマンスがあります。その中の一つ、アポロンとコローニス(コロニス)の話。

 『変身物語 上下』(オウィディウス 中村善也訳 岩波文庫)の『大鴉・コロニス・小鴉』には、白かった鴉がお喋りな舌が災いして黒くなってしまったことが書かれています。
≪テッサリアじゅうで、ラリッサのコロニスより美しい女はいなかった。デルポイなるアポロンの神の寵愛を受けてもいたが、やがてそのうち、不貞を働いた――というよりはむしろ、ついにそれが露見した。この神の鳥と言われる大鴉が、その密通に気づいたのだが、容赦を知らないこの告げ口屋は、ひそかな罪を暴露しようとして、主人アポロンのもとへ急ぎつつあった。そこへこれもおしゃべりな小鴉が、あらゆることを詮索したくて、羽ばたきながら追ってきた。≫
 で、この小鴉は不吉な話をを大鴉に聞かせますが、それを振り払い大鴉はアポロンのもとへ報告に。

       アポロン2

≪乙女を深く愛しているアポロンは、彼女の不貞を聞くと、思わず、月桂冠を頭から落とした。顔の色が失せたかと思うと、手にした竪琴の撥を取り落とした。そして、ふくれる怒りで心が煮え立つままに、手慣れた武器を手にとって、そりかえった弓を引きしぼると、あんなにもたびたびわが胸に重ねた彼女の胸を、のがれがたい矢で貫いた。≫

 ・・・で、恋い焦がれるアポロンは、残酷な処罰を悔やみ、情を尽くした葬儀をしたが、胎内にいた自分の子までもが灰になるのに堪えられず体から取り出し、半人半馬のケイロン(ケンタウルス)のもとに運びます・・・
 そして、真実を喋った褒賞をあてにしていた大鴉には、白い鳥たちの仲間の一員であることを禁じたというわけで、鴉は白くない。
 
 さて、そのケンタウルスに預けられたアスクレーピオスは、大きくなってどうなったか…(続く)
 これまた、蛇足ながら、大鴉で思い出すのは、エドガー・アラン・ポーです。➡➡

☆写真は、スイス オスカー・ラインハルト美術館庭園


      アポロン1まだ

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アルテミス

    アルテミスj
(承前)
 アポロンと双子のアルテミスは、アポロンが太陽と同一視されたように、月と関係が深いともいわれています。また、アルテミスをディアナ(ダイアナ)ととらえる説もあります。➡➡
 また、アポロンもアルテミスも弓を使い、そこからつながる話も多く、鹿とつながる話や、少々残忍な面を見せる話も。
 そして、彼女は狩猟神とも、あるいは、誕生・多産および子供(人間や野獣の)守り神だったともあります。*「ギリシャ・ローマ神話辞典」(高津春繁著 岩波)
 参考:「ヨモギ属」Artemisia属。「英米文学植物民俗誌」(加藤憲市著 冨山房)➡➡

 アルテミス本人の独立の神話と言うのは、少ないようですが、彼女と金の角を持った牡鹿の話は、ヘラクレスが、エウリュステルス王に命じられた話に出てきます。(アルテミスに比べ、ヘラクレスの話は多いこと。)

 ≪うわさによると、鹿は金の角としんちゅうのひずめをもっていて、たいへん遠くまではねることができ、どんなに長い間猟犬に追いかけらえても、けっしてくたびれない…≫この鹿を、生け捕りにせよと、ヘラクレスは命じられるのですが、アルテミス神殿近くで発見するも、一年かけて追いかけ、再度アルテミス神殿に戻ったとき、女神のアルテミスが出てきて言い渡すのです。この金の角を持った牡鹿は、自分のものだと。*石井桃子編訳「ギリシャ神話」(富山妙子画 のら書店 あかね書房)
 また、アポロドートス「ギリシャ神話」(高津春繁訳 岩波文庫)には、1年かかって生け捕りにした牡鹿を持ち帰ろうとした時、アポロンとアルテミスに出会い、責められるも、訴えた末、アルテミスの怒りを鎮めたという話も。

 ま、いずれにしても、アルテミスの登場は少ないものの、ヨモギ➡➡に変身して、ギリシャから遠く離れたここでもこの時代でも、生きながらえているのは、女性ならではのしぶとさ・・・のような気がします。ヨモギは、今の日本では、いわゆる雑草として捉えられ、繁殖し四方に広がることから「四方草」とも言われていることからも、その強い生命力がわかります。(続く)

  蛇足ながら、こうやって、ヨモギに近づいた頃、ヨモギ茶というのを見つけ飲んだら、それなりに美味しい薬草茶なので、その後今も飲んでいます。➡➡  

☆写真は、ルノワール「ディアナ(狩猟する女)」

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アポローンへの讃歌

    アポロンj
(承前)
 「四つのギリシャ神話 『ホーメロス讃歌より』」(逸身喜一郎 片山英男訳 岩波文庫)には、ヘルメスだけでなく「アポローンへの讃歌」も入っています。

≪ポイボス(アポロン)よ、あなたが歌えばその調べは、かたや子牛を育む陸地から、はたまた島々のすみずみまで、あらゆるところに広がりおよぶこととなる。およそすべての見晴らしのよい高み、さらには険しい山々の頂、海に流れ下るあまたの川、海に広がる岸部、数々の入江、いずれもあなたの心を喜ばせる。≫

・・・と、アポロンの誕生を歌い始めます。が、どの土地でも、その誕生を恐れましたから、母親のレート―は痩せた土地のデーロス(デーロス島)に、こう言います。 
≪…お前が遠矢射るアポローンの神殿を設けたなら、あらゆる人間どもはここに集い、百頭の牛の犠牲(ヘカトンペー)の儀を執り行なう。煙は脂身から絶えまなく立ち昇ろう。ここの土地は肥えていないけれど、他国の者の手になった食べ物で、お前はこの島に住む者を養うことになろう。≫

・・・おお、また牛!ヘカトンベー(英和辞典にはhecatombと出ていた);;;(雄)牛100頭のいけにえ、多数の犠牲。

そして、双子のアポロンとアルテミスが生まれます。そして、お祝いの宴では、
≪…アポローンは、高く美しく、足を上げ、拍子をとって、竪琴をかきならす。光がその姿を包んでは輝きわたり、足の運びも、紡ぎの良い衣も目に眩い。黄金の髪をもつレート―と、知恵深いゼウスは、不死なる神々と一緒に踊る自分たちの息子の姿を誇り高く眺め、心を喜ばせる。≫ (続く)

☆写真は、ジョン・エヴァレット・ミレイ展図録「ギリシャ戦士の胸像」美術学校在学中のミレイ➡➡ の作品で「チョークによる古代彫刻の素描」部門の銀賞

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ヘルメースの賜物

ホメロスjj

(承前)
 石井桃子編訳「ギリシャ神話」(のら書店 あかね書房)の「アポロンとヘルメス」は確かに読みやすく、子どもたちも楽しめる派内になっていましたが、ホメーロスの名を冠して伝えられた「ヘルメースへの讃歌」は、石井桃子編訳「ギリシャ神話」のものより、長い展開であり、話に奥行きがあります。そして、讃歌ですから、誰かに、朗詠してほしい。
 「ギリシャ神話 『ホメーロス讃歌』より」(逸見喜一郎・片山英男訳 岩波文庫)

草を食べようとよちよち歩いていた亀を見つけた時の幼児ヘルメースはこう言います。
≪これは早々に何とも縁起の良い代物だ*、あだやおろそかにするものか。姿の愛らしい踊りの刻み手よ、宴の伴侶よ、こんにちは。現れてくれて喜ばしい。山に棲まう亀よ、どこで、結構な手なぐめとなるこの斑の殻をまとったのだ。お前を手に取って、家に持ち帰ろう。得になるもだ、馬鹿にはしないぞ、まずもって役立ってもらうのだから。家にいるほうがいい、外は危ない(と言うじゃないか)。生きているうちは、お前は災い多い呪文を防ぐ楯となるものだ。だが死んだ後は、上手に歌を歌えよう。≫
*訳注:::「縁起の良い代物」――古代ギリシャでは拾い物や偶然の発見物を「ヘルメースの賜物(ヘルマイオン)と称した。

また、幼児のヘルメースが、竪琴をかき鳴らし、美しい声で歌うと、怒っていたアポロンは、その魅力に取りつかれ、こう言います。
≪牛を屠った策士よ、厄介者の宴の朋よ。今お前の案じたものは、五十頭の牛の償いとなるものだ。これなら互いに平和な決着もつけられるのではあるまいか。…(中略)…今初めて耳にするこの音には驚かされる。思うにきっと、いかなる者も、オリュンパスに館を構える神々さえも誰ひとり、いまだかつて覚えのない音だろう――…(中略)・・・何たる技、逃れがたい煩いの何たる慰め、何たる腕前であろうか。陽気な気分でも愛でも甘い眠りでも、まさしくどれも欠けることなく、思うままではないか。…(後略)…≫

ま、支離滅裂なところの多いギリシャ神話ですから、生まれた月初めの4日目もその日のうちに竪琴を奏で、アポロンの牛を盗んだヘルメースが、言葉巧みに、アポロンとやりあうところが面白い。
 ヘルメスは、走るのが早いので、運動の神、伝令の神ともいわれますが、生後すぐ、盗みを働き、嘘をついたので➡➡、策略の神とも言われているって、どうよ? (続く) 

☆写真は、大英博物館展図録「奉納レリーフ ホメロス礼賛」(紀元前150年~120年頃 ローマ近郊出土 大理石)左下に座っているのがホメロス。牛の姿も見えます。最上階にはゼウス中段には竪琴を持ったアポロン。

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竪琴

アポロンjj

➡➡ 承前)
 牛にまつわる「ギリシャ神話」は、まだ(まだ)あります。
 今回のは、ギリシャ喜劇にはいるようなのですが、アポロンとヘルメスの話。
 今度は、石井桃子編訳「ギリシャ神話」(富山妙子画 のら書店 あかね書房)に入っている話が、一番わかりやすくて楽しい。多分、大人の事情抜きで、語れるからではないかと思います。

 「アポロンとヘルメス――アポロンは、どうしてたてごとを手にいれたか」*アポロンもヘルメスも、母親の違うゼウスの子です。
 ヘルメスがやっと歩けるようになった頃、ヘルメスは草の上にぶちのある亀の甲羅を見つけ、甲羅のへりに穴をあけ葦の茎を結び付け、皮と糸を取り付けて、竪琴を作りました。(*これが、この世に最初にできた竪琴らしい。)
 その晩、ヘルメスはアポロンの白い牛が眠っている牧場まで行き一番立派なメウシ50頭盗みます。痕跡が残らないよう、自分の靴を海に投げ捨て、足に柳の大枝を巻き付けて、砂の上を誰が歩いたのかわからないようにしたものの、牛たちが山へ登ったあとには、足跡が・・
 一方、牛のいないのに気づいたアポロンは、すでにゆりかごで眠っているヘルメスに問いただすも、無邪気に笑うだけのヘルメスを連れてゼウスのところに。ゼウスの前でも、
≪ヘルメスは、まだ、ウシなどはいままで見たことがないし、どんなものか知らないのだ、といいはりました。けれども、そういいながら、ヘルメスは、とてもいたずらそうに、ゼウスのほうを見て、目をぱちぱちしてみせましたので、父なるゼウスは、おなかの底からわらいだしました。するとヘルメスは、たてごとをとりあげて、とつぜんひきはじめました。…≫

 それで、その音楽がとても美しいものだったので、アポロンも感心して、≪こんなに美しい音楽は、50頭のメウシと同じくらいの値打ちがある≫と、ヘルメスの盗みを不問に。それを喜んだヘルメスが、自分の竪琴をアポロンに贈り、アポロンもヘルメスに金の杖を与え、牛飼いの役を任せるという話。(*この金の杖ケリュケイオンについては、また後日。)

 そんな乳児ともいうべきヘルメスの行動(盗み)と知恵(嘘をかくす)には、びっくりですが、他の悲劇に比べ、いわゆるハッピーエンディングなので、ひさしぶりに、スッキリ。(続く)
 
☆写真は、テオドール・シャセリオ画「アポロンとダフネ」(ルーヴル美術館)。アポロンの竪琴が描かれているので、この絵にしましたが、この有名な話には、たくさんの絵や彫刻が残っているようです。が、このダフネは手から樹木に変わっていくパターンではなく、足から木に変わってます。

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くわばら くわばら

まるべりー (2)j
 
 雷が凄いですね。光と音の時間が近いので、近くに落ちているんだとわかります。
 以前住んでいたのは、街を見わたせる山でしたから、一度、近くに落雷。本当にどっかーんと地響き。そのとき、ご近所の家々の電気関係に不具合が生じました。各家クーラーを始めとして、家の外に給湯器のある家は、お風呂を沸かせなくなっていました。そして、きな臭い匂いがしたものの、消防車は来ませんでした。

 が、先日、”上賀茂神社に雷が落ち、消防車出動”の記事をみました。
 過日、ここでも書いたように上賀茂神社の正式名は、賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)➡➡。その由来も、≪・・・雷鳴が轟き、一本の丹塗矢が降っ・・・≫という神話から始まっていましたので、やはり、この地には、雷が落ちやすいのだとわかります。木も古くて大きい(背が高い)ので、そこに落ちたのだと思われます。

 それで、「いまは昔 むかしは今」(網野善彦・大西廣・佐竹昭宏 福音館)第1巻「瓜と龍蛇」に、こんな昔話が書いてありました。

 ・・・下界では七夕の日、雲の上では雷神たちが夕立でも降らしてやろうと大さわぎ。下界では大慌てに逃げていく。するとそれを見た雷神の息子は大笑い。笑いすぎてついつい雲を踏み外し、あっという間に下界に真っ逆さま。そこは畑のわきの桑の木の枝。天で見ていた雷神の父親は「わしは、これから桑の木のあたりには落ちぬことにする。」それで、今でも、雷のなるときには、桑の小枝を折ってきて軒端に刺すということ。

 で、その桑の木のこと。
「くわばら くわばら」の語源。最近はあまり耳にしませんが、怖い時に言う言葉という事は知っていました。それは、もとは雷が鳴ったときに、唱える呪文だったとか。
 東北地方には、上記の話のように軒端にさしたり、雷除けに桑の木の枝を髪の毛にかざしたり、柱に刺したりする古い習慣があるそうな。また沖縄の古俗では「桑のまた」と唱えたりもすると、ありました。

 そして、マザーグースにも「桑の木の周りをまわろう」がありますね。➡➡
 また、ギリシャ神話にもありました。➡➡
 
 桑の木に雷が落ちないと思われる理由は、よくわかりませんが、多くの種類が低木であることは、雷が落ちにくいということに関係していると思われます。
 
☆写真は、英国 ケルムスコットマナーの桑の木(マルベリー)

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二回目接種

トンボ20
  ワクチンの一回目➡➡が、ほとんど副反応を感じないまま過ごせたので、若者に多いとされる副反応は、ばあばには、縁遠いものだと思っていました。それで、2回目を受けました。翌朝は、36℃以下で、少々の筋肉痛だけだったので、午前中プールで泳ぎました。

 が、しかし、お昼に帰宅する頃、ふしぶしがだるくなってきて、帰宅すると発熱。家にあった熱さましを飲んで、ソファアでうとうと・・・
 久しぶりの発熱。
 子どもの突然の発熱には、何度も付き合ってきましたが、自分自身の発熱は、いつ以来でしょう?
大体、落ち着きのないカ・リ・リ・ロが、なーんもする気がしない。ああ。これが発熱ね。

 が、ともかく、その翌朝は、およそ平熱に戻り、プールには行かないで、静かに暮らし、平常に戻りました。

 ワクチンですら、こんな副反応がついてくるのですから、本物のウィルスやいかに?
 手強いウィルスと人との闘い。

 これまで、何冊か読んだ、過去の疫病の小説・実録などで気づいたのは、今とは違う科学の遅れや無知のことでしたが、今や、科学の進歩があったにせよ、かつては、こんなに地球規模の人の動きはなく、国内だけでも、このスピードで移動していなかったことを考えると、いつの世も、ウィルスを なめていたらあかんのです。

 ウィルスの生き残りは、人を生き残らせることでもあるのですから、ともかく、この綱引きに、さらなる人間の英知が結集されていきますように。

とんぼj

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