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みんなみすべくきたすべく

指  折り数えた夏休み

ひこうきj
 2人目の孫の生れた日に怪我した かの指は、傷口はふさがり、一見、何事もなかったかのように、治りましたが、実は、指の先を3針縫ったので、今まで通りの、美しい指に戻ったわけではありません。少々、いびつな膨らみが残っています。ピアニストではないので、これでもよさそうなものの、神経が元通りになっていないのか、ゆるーくしびれた感じが残ってしまいました。あーあ。

 とはいえ、その指を折り数えた夏休みがやっとやってきました。

 ともかく、行ってきます。

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美味しい に 決まってます

はすjj
 結局、年明けから、京都のお習字のお稽古には、ほとんど行けなかったものの、ちゃっかり、夏の親睦会には参加しました.。
 京都、祇園でお食事できるなんて、そうそうありませんから。

 どのお料理にも愛があって、美味しく、綺麗で、おしゃれ。
 
 日本中××暑い夏、しかも、もともと××暑い京都で、涼やかに見た目も麗しいリフレッシュのひとときでした。

☆写真上は、店主自らの書 蕪村の「はすの香や 水をはなるる 茎二寸」で、綺麗な蓮の葉の上のお皿には翡翠ナスにお味噌がかかっています。もちろん、冷たくて美味しい。写真下は、京都の夏のさかなと言えば、「鱧(はも)」。ずいきに冬瓜。美味しいに決まってます。
    はすjjj

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チャペック兄弟と子どもの世界展

チャペックj
 西に向かい一回転する台風があるなんてびっくり!の8月になりました。
 自慢じゃないですが、1月以降、娯楽としての本を読むこともせぬまま、8月になりました。
 そんななか、芦屋市立美術館で開催されている「チャペック兄弟と子どもの世界」(~2018年9月9日)に行ってきました。

 子どもの絵と子どもの本の挿絵が中心なので、彼らの背景を考えるより、敷居が低く、最近、読んでいない「長い長いお医者さんの話」(カレル・チャペック文 中野好夫訳 ヨゼフ・チャペック絵 岩波)やヨゼフ・チャペック挿絵の「魔女のむすこたち」(カレル・ポラーチェク文 小野田澄子訳 岩波)を読み直してみたいと思いました。
 ヨゼフ・チャペックの描く子どもの姿は、描き方が異なっていても、どれも、子どもへの暖かい眼差しで描かれ、ナチス収容所で死亡したとされる彼の生涯を思うことはありませんでした。が、しかし、その画材を見ると、質素で素朴です。同じ時代を生きたスイスのパウル・クレーの「わすれっぽい天使」をはじめとする大量の絵を思い出しました。

 会場の垂れ幕にヨゼフ・チャペックのこんな言葉が掛かっていました。
≪こどもたちはいつも遊んでいる。満足することはいちどもないし、これからもずっとそう。かくいう私も満たされることはないと思う。子どもの頃におぼえた童謡のことは、今でも探しつづけている。茂みから聞こえてきたかと思うと、はずれのほうからも響き、道路や別荘から聞こえてきたかと思うと、草のあいだからも聞こえてくる。その歌のすべてをわかることはないと思うし、その歌が完成したり、安定することはないと思う。それは簡素な歌だけれども、小さな宇宙をすべて包みこみ、中を満たすことができるのだ。(1935年)≫

 ・・・・するうち、読みたい本、知りたいことが、まだまだあることを思い出す8月になりました。

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孫ロス

 泣くjj
母親がつわりの頃から早10か月余、2歳3か月の孫は、この家から保育所に通う日が多く、そのうちの半年近くは、ここでの生活がほとんどでした。そして、この2か月は、出産を終えた母親も新しい孫も一緒に、この家で暮らしていました。
 産休の終わった母親は育休に入り、と、同時に父親も1か月の育休に入ります。酷暑の今夏、父親が育児のサポートをしてくれるなんて、なんと有難いことでしょう

 孫ロス・・・は、表立っては見えませんが、歌の好きな孫が、口ずさんでいた歌を、ばあばも何気に口ずさんでいるのに気付いた時、ちょっと寂しい。動作をつけながら歌う姿も可愛かった・・・などと、感傷にふけっている暇もなく、10か月分の片づけが、ああ、そこに待っています。

 何冊かの絵本を貸し出しました。ばあばのうちにあった絵本に気が付いてくれるかしら。

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酷暑

せみj
体温以上の気温が続く今年の夏。早い梅雨明けも早かった花見も、全部前倒しの季節の移り。そのぶん、夏も前倒しになるかと思いきや、まだまだまだまーだ 続くらしい日本の夏と、北半球の猛暑。

 先日、JRのアナウンスで気温上昇のための線路温度確認云々とありました。大阪北部の地震も関係しているらしいのですが、日本の鉄道で気温上昇が関与するとは思っても見なかったこと。

 以前、ヨーロッパ全体が猛暑のときに、イギリスに行った事があります。そのとき、熱波のため、列車の運航に遅延や見合わせなどが出たのを経験しました。それで、日本の鉄道は、これくらいの暑さでびくともしないのになぁ・・・などと思ったことがあるのです。

 また、そのとき、ロンドンの地下鉄に乗ったら、冷房のない地下鉄は、さながら蒸し風呂のよう。カ・リ・リ・ロは扇子を持っていましたから、扇いでいると、物珍しさの視線とともに、羨望の眼差しも感じました。

 夏の暑さと戦ってきた日本人は、クーラーを充実させ、扇子や日傘や日焼け止めや保冷剤や、いろんな小物も充実させてきたんだなぁと、考えたものでした。・・・・が、今夏は、そんな悠長なこと考えている場合じゃないですね。

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乾燥洗濯機

ひまわりj
 真夏になって、洗濯物がよく乾くのはいいけれど、その前の梅雨の頃、何が一番大変かというと、なかなか洗濯物が乾かないこと。
 そして、生後間もない子と2歳の子とその母親の3人が増えた家族構成だと、洗濯ものは多く、小さい子の衣服を一枚一枚を干すのが面倒とも言えます。

 で、20年間近く使った全自動洗濯機が未だ壊れていないとはいうものの、決断しました。乾燥洗濯機・・いわゆるドラム式のものを購入したのです。

 まあ、よく働くこと。フィルターの掃除のみ、毎回の手間ですが、そんな些細なことより、時間に追われる生活をしている者にとっては、本当にありがたい。スィッチを入れれば、洗剤まで自動で入れてくれます。あとは、乾いたものを出すだけ・・・

 7月末には、娘と孫も、自分の家に戻るので、そのあと、そんな乾燥洗濯機が必要なのかと、初め躊躇していたのが嘘のよう。少人数の大人だけなら、毎日しなければいいわけで・・・という言い訳をしながら、使っております。

 勤めながら子育てをする人なら、必要なものの一つなのかもしれません。それに、保育所に通うとなれば、着替えの服を複数用意しなければなりませんが、汚れたものを持ち帰っても、その次の朝には、用意できているので、衣服をたくさん用意することからも解放されました。ただし、多少のしわでも、気にならない衣服の洗濯に限りますが…

 昔、勤めていた頃、濡れたおむつやシーツを抱えて保育所から持ち帰り、洗濯して干して、たたんでまた持っていくという作業、若かったからできたことだと思います。そして、あの頃は、全自動でもなく、二層式洗濯機を使っていました。便利になったら、元に戻れないものですね。

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ハーブティ

ベルベーヌj
 古筆のお稽古の度に京都に行っていると、お昼を食べるお店が、それぞれのエリアで決まってきています。
 平安神宮付近には、美術館が3つもあるということもあり、よく行くのが、「失われたときを求めて」(AU TEMPS PERDU)という名前のフレンチのお店です。で、そこのランチで、いつも注文するのが、ハーブティの「ベルベーヌ」。

 フランスのハーブティとして有名らしいのですが、このお店で初めて飲んでから、いい香りのそのお茶のファンになっています。
 それで、毎回、これを注文していたものの、今回は摘みたて新茶(店の庭先で、栽培している)だったようで、いつもより、さらに いい香りで、色も清々しいものでした。

 イギリスのエルダーフラワーティといい、ハーブティは、そのいい香りで、なんだか、疲れも取れる気がします。
 今は、家に 授乳中の娘もいて、カフェインレスの飲み物が中心なので、カモミールティを よく飲みます。
 カモミール(かみつれ)は、「ピーター・ラビットのおはなし」「(ポター作 石井桃子訳 福音館)で、食べ過ぎのピーターに、お母さんが煎じたのでしたね。
≪きのどくに、 ピーターは、 そのばん おなかのぐあいが よくありませんでした。おかあさんは ピーターをねかして、かみつれをせんじて ピーターに 1かいぶんのおくすりをのませました。「ねるまえに 大さじに 1ぱいですよ。」≫

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横山大観展

      横山大観j
 西日本では、大雨被害の全貌がなかなかわからないまま、梅雨明けし、××あづい!日々がやってきました。
 まだ、孫二人と産後の娘が居るものですから、古筆のお稽古は さぼり、せめてめの気晴らしにやっぱり、京都でお昼を食べたいと出かけたものの、やっぱり××あづい! そんな京都を歩く気なんかしませんから、新聞屋さんにもらったチケットで行ける涼しい京都近代美術館「生誕150年 横山大観展」の後期展示(~2018年7月22日)へ。

 あらあら、平日の午前なのに、とても混雑しています。みなさん新聞屋さんからもらったチケットがあるのだろうか?など、思いながら展示を見ました。
 自ら見たいと思って行ったのでないからかもしれません。 
 「富士といえば大観、大観といえば富士」というものの、たくさんの富士山の絵を見ながら、「やっぱり、北斎の富士の方が好きやわぁ…」とか、かなりデフォルメされた六曲一双の屏風絵「群青富士」を見ながら、デフォルメの山の屏風なら室町時代に描かれた「日月山水図屏風「」➡➡の方が好みかも」・・・などと、勝手なことをつぶやきながら、見て回りました。

 戦争画家としての横山大観というフィルターはなかったものの、単に好みの問題か、絵葉書も買わずに美術館を後にしました。
 同じ戦争画に関連して思い出すのは、藤田嗣治⇒⇒ですが、日本画壇に残り、こうやって、生誕150年と大きく優遇されているように見える横山大観との差は、どこなのだろうか?と考えるものの、結局は日本に戻らなかった藤田と、日本で叙勲された日本画家の違いだろうかと、考えたりもしました。

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沙羅の花

沙羅3j
 普段は非公開だという京都 妙心寺東林i院に行きました。6月30日まで、庭の沙羅の花(夏椿/梅雨椿)を見ることができました。

 お抹茶とお菓子付きの拝観料には、お庭の説明がついています。
 お庭の沙羅の木が,いわゆる平家物語の
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
     沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはすは
奢れる人も久しからず ただ春の夜の夢の如し
     猛き者もつひには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ」の沙羅双樹ではないとのこと。

そりゃ、そうですよね…ブッダはインド、インドは熱帯・・・ということは、沙羅双樹 ・・・・つまり、二本のサラの木は、熱帯の植物。(フタバガキ科の常緑樹だそうです。)
じゃあ、なぜ、高校のとき覚えた平家物語冒頭の「沙羅双樹の花の色」に、なるのか・・・それは、東林院の沙羅のように、日本の沙羅の花は、一日花で、咲いたときから、すぐにでも、ぽとりと落ちてしまいそうな花だから、そこを諸行無常と重ねたようです。

 とはいえ、会期も終わりに近く夏のような日射しの日に行ったので、苔の上にポトリと落ちている沙羅の花もあまりが風情がなかったのは事実。やっぱり、梅雨の花は、雨でしっとりした日に見るのが一番かも・・・と、思いながら、美味しいお茶とお菓子をいただきました。

沙羅2j
 
       沙羅1j

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あのとき このとき

ニーダーホルン201614
 大阪北部に地震。
 有馬高槻断層・・といっても、知らない人には知らない位置でしょうが、阪神淡路の震災のときの、すぐ東の断層。
 専門家は、その関連を否定していますが、カ・リ・リ・ロ自身が、阪神淡路の震災の時は、有馬高槻断層の西端、ないし、その切れ目みたいなところに住んでいて、家屋一部損壊の被害を受けていますから、学問上、たとえ、無関係と言われても、地球の大きな長い歴史から考えると、この度のも、阪神淡路のも、さらに、日本中の、もっというと、地球の上の動きも、関連しているのだと、素人なりに考えます。

 その時、カ・リ・リ・ロは、先日来の指の怪我が、やっと乾いたので、さあ、泳ごう!と、電車でジムに向かっておりました。ちょうど、停車中でした。列車の連結で、衝突したのか?と思ったとたん、アラームが一斉に鳴り響き、ホームにいた居た人が、揺れているのが見えました。

 阪神淡路のときより、揺れは小さく、短かったので、躊躇することなく、タクシー乗り場に向かいました。すでに20人近くの人が並んでいました。1時間以上待って、近くに並んでいた人たちと相乗りし、帰宅しました。もちろん、道は混んでいましたが、やっぱり、阪神淡路の混とんを思い出すと、これくらい大丈夫という気持ちになりました。

 タクシーで大阪に向かっていたら、もっと混んでいたと聞きました。駅に停車していず、線路の途中で止まっていたら、長時間、閉じ込められていたともわかりました。が、しかし、大変な事態なのに、初対面の人たちが、相乗りする人が居ないかと声をかける姿を見ると、地震や災害を乗り越えてきた、人間の落ち着いた行動の端を見た気持ちになるのです。
 あの時も、停電や断水やガスの不通・・・震源地を少し離れただけで、お風呂を提供してくださった方々が居て、有難かったことを思い出します。
 神戸の実家に住む年両親に水を提供し、見舞ってくださった方々。両親とは、何の縁もなかったのに・・・
 手に負えない地震に出会うとき、人は人の優しさを知ることもできるのだと前向きな気持ちをもちます。

 震源地周辺の大阪北部の被災状況は、さぞや大変なことだとおもいます。どうぞ、この場を乗り越えて・・・・
☆写真は、スイス ニーセン頂上付近

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