みんなみすべくきたすべく

あのとき このとき

ニーダーホルン201614
 大阪北部に地震。
 有馬高槻断層・・といっても、知らない人には知らない位置でしょうが、阪神淡路の震災のときの、すぐ東の断層。
 専門家は、その関連を否定していますが、カ・リ・リ・ロ自身が、阪神淡路の震災の時は、有馬高槻断層の西端、ないし、その切れ目みたいなところに住んでいて、家屋一部損壊の被害を受けていますから、学問上、たとえ、無関係と言われても、地球の大きな長い歴史から考えると、この度のも、阪神淡路のも、さらに、日本中の、もっというと、地球の上の動きも、関連しているのだと、素人なりに考えます。

 その時、カ・リ・リ・ロは、先日来の指の怪我が、やっと乾いたので、さあ、泳ごう!と、電車でジムに向かっておりました。ちょうど、停車中でした。列車の連結で、衝突したのか?と思ったとたん、アラームが一斉に鳴り響き、ホームにいた居た人が、揺れているのが見えました。

 阪神淡路のときより、揺れは小さく、短かったので、躊躇することなく、タクシー乗り場に向かいました。すでに20人近くの人が並んでいました。1時間以上待って、近くに並んでいた人たちと相乗りし、帰宅しました。もちろん、道は混んでいましたが、やっぱり、阪神淡路の混とんを思い出すと、これくらい大丈夫という気持ちになりました。

 タクシーで大阪に向かっていたら、もっと混んでいたと聞きました。駅に停車していず、線路の途中で止まっていたら、長時間、閉じ込められていたともわかりました。が、しかし、大変な事態なのに、初対面の人たちが、相乗りする人が居ないかと声をかける姿を見ると、地震や災害を乗り越えてきた、人間の落ち着いた行動の端を見た気持ちになるのです。
 あの時も、停電や断水やガスの不通・・・震源地を少し離れただけで、お風呂を提供してくださった方々が居て、有難かったことを思い出します。
 神戸の実家に住む年両親に水を提供し、見舞ってくださった方々。両親とは、何の縁もなかったのに・・・
 手に負えない地震に出会うとき、人は人の優しさを知ることもできるのだと前向きな気持ちをもちます。

 震源地周辺の大阪北部の被災状況は、さぞや大変なことだとおもいます。どうぞ、この場を乗り越えて・・・・
☆写真は、スイス ニーセン頂上付近

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今年の半夏生

半夏生1j
 (承前)
 今年の半夏生は、7月2日らしいのですが(夏至からかぞえて11日目の雑節)➡➡、京都 建仁寺塔頭の一つ、両足院の半夏生は、今を盛りと、涼し気に我々を迎えてくれました。(特別公開は:~2018年7月12日)
半夏生2

 前に訪れたときは、半夏生で溢れる茶室でほっとしたのですが、➡➡ この日は、まだ茶室で、お茶というわけにはいきませんでした。が、茶室の撮影は許されていました。すると、床の間に生けられている花は、半夏生。パラパラと散っているのも、風情のあるもの。
        半夏生3

 下の写真の「半夏生」、半分しか白くなっていない半化粧。
半夏生5

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甘茶の花

甘茶1j
 今や、月に2回の古筆の練習もままならならず、が、しかし、お稽古前の京都散歩にだけは行きました。
 ほんのひとときではありましたが 久しぶりに家から離れ、ほっとひと息。
 建仁寺塔頭霊源院と両足院の特別公開に行きました。(霊源院は、2018年6月17日まで:両足院は2018年7月12日まで) 片や 庭に満開の甘茶 片や満開の半夏生を、見ることが出来ました。どちらも以前に訪れたことがありましたが➡➡ ⇒⇒ 今回は一度に二つ どちらも見頃でした。
甘茶3j
 甘茶の花は ガクアジサイと似ているのですが、甘茶はユキノシタ科、ガクアジサイはアジサイ科、ずいぶんと違うもの、と今回は説明を受けました。前回は、庭の説明がなかったのですが、今回は、甘茶の「がく」の部分は白からブルー(薄紫) 最後は赤と変化するとの説明をお聞きし、庭の拝観も一層楽しいものになりました。
甘茶10j

甘茶2j

 また、お茶室では、前回と違って➡➡甘茶とお菓子をいただきました。
 初めて飲んだ甘茶は、お砂糖をいれたような甘いお茶でした。(続く)
甘茶4j

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今 しばらくは

紫陽花スイス17
今、しばらくは、ブログを勝手気ままな不定休にします。
もしも、続けて読んでくださっている人がいたら、お正月明けからの余裕のなさをご理解いただけるかと思います。
先日は、ブログ更新の際に、文を点検することすら忘れ、お恥ずかしい文章をアップしてしまう始末。
やっと、抜糸が済んだ指の怪我も、完治したわけでなく、注意一瞬、怪我一生の教訓を噛みしめる日々。

 無事、娘の出産が済んだので、心配事が一つ減ったとはいえ、雑用は2倍になりました。さらに、2歳の孫は、イヤイヤ期絶頂で、なかなか手強い。
 いつとは言えないものの、時々は、書いてみたいと思っています。 
☆写真は、スイス 8月の紫陽花。

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からすのパンやさん

カラスのぱんや12
 先日亡くなった加古里子の絵本➡➡「とこちゃんはどこ」(松岡享子文 加古里子絵 福音館)があります。
 お母さんがちょっと目を離すと すぐにとことこかけだして どこかへいってしまう赤い帽子をかぶったとこちゃんを探す絵本です。
 幼い子は、赤い帽子のとこちゃんを、たくさん描かれた人の中から探し出すことに喜びを見つけます。これは、「ぼくのブッペはどこ?」 (イロン・ヴィークランド作 藤田千枝訳 福音館)➡➡で、子犬を見つけ出す楽しみを見つけていた当時一歳8か月の孫が2歳になった新しい楽しみでもあります。

 と、同時に、内容は2歳児には到底長すぎるお話の「からすのパンやさん」(加古里子 偕成社)にも、孫は楽しみを見つけ出しました。今度は探し出すのではありません。かといって、そのストーリーを楽しむのでもありません。写真に写る、いろんな種類のパンが描かれたページのとりこになっているのです。

 2歳前後は、言葉の爆発期と言われるくらい言葉が一気に増える時期です。
 また、「これは?」「これなに?」と、ものの名前を知ろうと、質問する第一質問期でもあります。≪*第二質問期は、3歳以降の、「なんで?」「どうして?」≫
 まさに、その時期にあたる孫には、このページに描かれた、各種のパンの名称を読んでもらうのは、大きな喜び。

≪ゆきだるまパン すいかパン ヘリコプターパン とんぼパン なすパン はぶらしパン・・・・・≫と実際にありそうなのから、そんなのあるの?といったパンも各種。
 また、自分でもわかるパンも多々あります。
≪うさぎパン  ねずみパン きりんパン ちょうちょパン ぶどうパン みかんパン パンダパン・・・・≫

 そして、一旦その名前が分かってしまうと、今度は、「かみなりパン 食べた」「ひこうきパン おとうさんと たべた」などと言い、楽しんでいるのです。

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へへののもへじ

へへののもへじj
≪まくら さよなら 
あさが きた
おきた 
ふく きた 
じょうずに
できた≫
で、始まるこの「へへののもへじ」(高梨章文 林明子絵 福音館)は、リズミカルな言葉遊びを楽しめる1冊です。

 この絵本全体を通じて言えるのは、少々、古臭い生活。つまり、昭和の匂いぷんぷんの室内・外です。近所の塀に落書きなんて。 今なら、よそのおうちの塀に落書きなんて、訴えられますよ。
≪あかんぼ ねむった
 やっと あそべる
そとへ でて
へいに らくがき 
へのへのもへじ
へへへ へたくそ
へへののもへじ
へんな らくがき 
みつかったって
へいき へいき
へのかっぱ≫

が、声に出して読んでみると、林明子の絵と相まって楽しさ倍増。林明子の描く、昭和の風景の片隅には、ちょっとした秘密も隠されていて、2歳の孫も、十分楽しんでいるものの、時代の問題か、否か、今や、出版されていないようです。

≪たべる
しゃべる 
すぐ さわぐ
たおして 
こぼして
ちらかして
あかんぼ いやいや
ぼくは いやいや
ぼくは にやにや
ぱぱは ひやひや
まま てんやわんやの
ゆうごはん≫

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粗忽者の近況

あじさいj
 夏休みを指折り数えて、はや半年。
 客観的な子(孫)育ての視点は、よかったものの、本を読む余裕がなくなり、ダイエットに手応えを感じ、指折り数える指を怪我する始末。

 小さい子が居ると、指の怪我は致命的。
 汚れたおしめ、よく洗わないといけない果物や野菜。

 指サックをし、使い捨ての手袋をし、水に近付きますが、産後の母親を助ける意味での新人さんの沐浴よりも、動き回る2歳の孫のお風呂は難しい。
 日頃、忘れている10本の指たちの役割を再認識。

 え?どうやって怪我したかって?ハハハ なんのことはない、ブレンダーで、ちょっとね。柔らかくしたお芋をね・・・・ハハハ
 いい年して、粗忽者なのです。5年前にも、この粗忽さを書いている・・・トホホホ➡➡

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そうなの、わたしは 赤ちゃん。

 赤ちゃんj
がちゃがちゃがちゃがちゃ 台所の音 うるさいなぁ。
お姉ちゃんのときは、静かにしていたって聞いたけど・・・

初めての沐浴。
でも、でも、あれが足りない、これもあったほうがよかった・・・
お姉ちゃんのときは、パーフェクトに揃っていたって、聞いたけど・・・

みんなは、軽っ!!というけれど、そりゃ、2歳のお姉ちゃんとはくらべものになりません。
お姉ちゃんって、ともかく、食べる人だもの。

そうなの、わたしは 赤ちゃん。
小さく 時々、微笑むの。

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さてさて、わたしは お姉ちゃん。

泣くj
 さてさて、退院してきたお母さん。
 あれあれ、だれ?このちいちゃいの。

久しぶりなの、お母さんの抱っこ。
あれあれ、だれ?ちいちゃいのが抱っこされてるよ。

 さてさて、わたしは、お姉ちゃん。
 あれあれ、ちいちゃいのが泣いている。

 ほんとは、わたしも泣きたいの。
 イヤイヤ イヤイヤよ、
 久しぶりなの、わたしのお母さん。

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うそ

かしわばあじさいj
「まど・みちお詩集」(谷川俊太郎編 岩波文庫)
(承前)
「うそ」
≪はなしの かいてんは 
いよいよ いい ちょうしで 
いよいよ スピードを あげ
せんぷうきのように 
すきとおって くるのでした

みんなの 目には
もう むこうに
べろっと でている 
まっかな したのほかには
なにも みえません
で そればかりを
おもしろがって
いっしんに ながめていました≫

 嘘をついている人と、嘘をついていない人の表情に違いがあるのは、真っ赤な舌の有無なのか。二枚舌というのは、向こうに もう一枚べろっとでているものなのか・・・・

 この前も、幼い頃、嘘つきは、どうなるか教えてもらわなかった可哀そうな人たちのことを書きました。➡➡この話は、今や、いろんな分野に広がって、いい年をした大人が、やっぱり、うそをつきつき➡➡ 保身に走る日々。偽物為政者も偽物指導者も・・・・
 救いは、やっぱり、うそを吐けない『人の心』をもった人がいること。
☆写真は、かしわばあじさい

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