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もう1冊の ひらく えほん 

木j
(承前)
「木」(木島始文 佐藤忠良画 福音館)
 写真に写るこの絵本は、この個所だけが、開く絵となっています。
 淡々と、木との交流を描いたこの絵本、この個所で、「うっ ひやあっ」と声を上げるように、見ていた子どもたちも「おお!」と目を見張ります。

≪おおきな木は なにを かんがえているのかな おおきな木を えに かくと おおきな木は いろいろ はなしをしてくれる≫で始まるこの絵本。
淡々と、大きな木の様を絵と言葉にしていきます。

≪さあ こっちに おいで 木のぼりをしにおいで と おおきな木は しずかに 木のぼりを さそって まっている   よし うむっ うむっ だきついて のぼってみよう≫

・・・で、このひらくページです。
うっ ひゃあっ  みどりの はなびの まんなかに おおきな木は うたいながら たっている≫

 自然の声を聞く・・・なかなか、忙しい子どもたち、そして、大人たちも、その忘れがちな声を聞いたような気持ちになる1冊です

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むらさきの花

花jj
もともと、視力がよかったので、老眼になるのも早かったのですが、最近、より加速しながら老眼が進んでいます。
 というのも、かつては、デジカメになって、多くは思い通りに撮れ、家でパソコンの画面で見直しても、概ね、写した状態そのままでした。それが、最近では、ピントが ずれてる、不要な物が写ってる・・・・と、をこれまで、自信をもって写していたカ・リ・リ・ロとしては、落ち込むこともしばしば。
 花j
 で、同じ図柄をたくさん写して帰り、出来がいいと思えるものを、ここにUPしています。
 ともかく、いいお天気と花の取り合わせは、こんな素人でも、何度も綺麗に撮れるので、花盛りの今春は、忙しい。
花jjj

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ひらく えほん

ひらくえほんj
(承前)
 ちいさい絵本➡➡ おおきい絵本➡➡ 横長の絵本➡➡ ⇒⇒、縦長の絵本➡➡などありますが、ひらく絵本というのもあります。
 が、これは、破損しやすいこと極まりない。子どもが扱い、しかも、面白ければ、何度も何度も触るわけですから、破損も仕方ないというのが、ひらく絵本の宿命です。

 ということで、写真に写る おさるのジョージの作者(H.,A,レイによるじぶんでひらく絵本(『おかあさんとこども』、『さあ、たべようね』、『だれのうちかな』、『サーカスをみよう』(H.,A,レイ石竹光江訳、文化出版局)は、二代目。(孫の為ではなく、30年前の我が子のために購入)

 各ページが折返しになっていて、その折返しをひらくと・・・
例えば、「おかあさんとこども」では、ページを開くと、どうぶつのおかあさんのそばにはこどもたちが…。
「さあたべようね」では、動物園のどうぶつたちに餌をもっていくと、どんなどうぶつが食べるのかな?
「だれのうちかな」では、ページをひらくと、その家に住んでいるのが誰かわかるし、「サーカスをみよう」は、サーカスに出てくるのは誰かがわかるようになっています。
 それぞれ1冊1冊は小さくその軽いので、子どもが扱いやすいという面もあって、小さい子どもが自分で開いて、お話の展開を楽しめるようになっているのです。
その分、傷みやすく、我が家の30年以上前のは、ボロボロとなり、あんまり、子どもたちとの思い出も詰まっていたものですから、子どもが少々大きくなったときに、二代目を購入したと思います。
(続く)

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うそつききつつき つつきにつつく

     水飲み場j
昨日のブログ➡➡を書いた後、口ずさんでいたのは、谷川俊太郎詩「ことばあそび」(瀬川康男絵 福音館)のなかの、「うそつききつつき」
≪うそつききつつき きはつつかない うそをつきつき つきつつく
うそつききつつき つつきにつつく みかづきつくろと つきつつく≫

ずいぶん、大ぶろしきのきつつきです。木をつつかないで、月をつついているんですから・・・
まだ、おおぶろしきのきつつきは可愛いですが、人間の嘘つきは、どうなんだ?と思って、
嘘つきの「つき」を、つまり「つく」を調べてみたら、嘘つきの「つき」は、なんと、「吐き」と書くんですね。
「嘘吐き」!

つく・・・・吐く・・・意味は、好ましくないことを口に出して言う。他、「悪態をつく」も、これ、悪態を吐く。
なのですが、「吐き出す」までしないと「嘘」はつけないってこと?
☆写真は、スイス バーゼル

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墓場まで持っていけない

つつじjj 
 今、世の中を賑わしている、1年以上、あるいは、何年もかかって、出てくる事実。
 昨年、事務次官と言われた人が、退任し、本当のことを話すために登場した時、ああ、人間の良心もまんざらでもないと、思ったことがありました。今回も、やっぱり、嘘はつき続けられないと思う人の心が、後押ししているはずです。
 事の真相追求は当然ではありますが、個人的には、嘘をついてはいませんよ、ごまかしてはいませんよ、という側の人の晴れ晴れしい顔を見ると、ほっとします。反対側の厚顔無恥の態度には、もう、うんざりです。

 幼い頃、嘘つきは、地獄で舌を抜かれるんだから、と、教えてもらわなかった可哀そうな人たち。
 舌がないと、話すことができず、嘘もつけなくなる罰なのですから。

 いろんな事情で墓場まで持っていける嘘があるかもしれないとはいえ、この場合は、違います。

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咲いています。

 はなみずき17jjj
やっぱり、花が一度に咲いています。
 近所のハナミズキ通りも、見ごろ。モッコウバラもスズランも。
もっこうばらj
suzurannj.jpg
 クレマチスにライラック。
クレマチスj
ライラックj
 

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松尾大社

松尾大社j
(承前)
 松尾大社の門前に来たのは、地蔵院からの山沿いの道、散歩のとき、2015年の5月青紅葉の頃でした。➡➡ 
 この時は、門前だけでしたが、今回は、山吹の花を楽しむだけでなく、お庭にも入場しました。
 松風苑と名付けられた3つの庭は、上の写真の曲水の庭、上古の庭、蓬莱の庭で出来ています。その3庭には、それぞれ大きな石二百余が芸術作品として置かれています。ちなみに、昭和の庭園学 重森三玲氏の作品です。東福寺方丈庭園も氏の作品。➡➡そして、この曲水の庭は、松尾神社が一番栄えたとされる平安期を表現する、優雅なものです。(御祭神は、古事記にある 比叡山と、この松尾山を支配する神、大山咋神です)
松尾大社jj
 それで、それ神像館に入ってみると、平安期初期の作とされる重要文化財の老年・壮年男女の三体がありました。等身大一本造りの立派な座像で、国神像彫刻中最古最優秀作品として有名だと案内にありました。
松尾大社jjj

 京都最古の神社という松尾神社は、松尾山ぎりぎりのところにあるのですが、大きな岩が、そばまで迫り、そばには,霊亀の滝が枯れることなくあって、近くには、亀の井という霊泉があります。(ありがたく、いただきました・・・)で、そんなパワースポットのこの神社、お酒の祖神となり、縁結びや安産や、治水やなどなど、いろんな悩める人達に手を差し伸べてくれる神社でした。

松尾大社12

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山吹の花

やまぶきj
 山吹が花盛りの京都 西山 松尾大社に行きました。
 今年は、春の花が一度に、色々咲いて、上の写真の山吹の向こう右手奥に、八重桜が写っています。
 下の写真の奥は、山吹の奥に青紅葉。
やまぶきjjjjj
 子どもの頃、「やまぶきいろ」の八重の花が山吹だと、ずっと思っていましたが、一重もあるし、白のやまぶきもあります。(続く)
やまぶきjjjj
やまぶきjjj
加えて、一輪草の可憐な花も、山吹の足元に咲いていました。
一輪草j

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数合わせ

フリージアj
(承前) さてさて、新学期の用意万端整えて、出かけたら、2016年に2版になった教科書がたった二年で2018年第3版になっています!きゃあ・・・
 子ども子育て支援新制度とかいう、ほれ!あれの【おかげ】。
 いえいえ、内閣府の告示は平成29年にやっているのですから、平成30年4月施行に慌てている方が悪いというお叱りもあるでしょう。

 かの政府が「力」をいれているかのように見える新制度。
 実際、雨後の筍のように、小規模保育園が、都市部では、ビルの中にできてるでしょ。あれは、補助金の成果か、はたまた????

 教育も福祉も、数合わせじゃないんだから・・・質なんです。質。
 子育てと言ってしまって、人とは、別ものと思っていないかい???人育てなんですよ。
 追いつかないから・・・などと、・・・迅速かつ慌てて整えているようですが、実際には、このばあばがの学生のときから、幼保一元の問題は出ていたし、1966年の1.57ショック以来、いろんな策をだらだら施してきたかのように見える。

 ・・・というわけで、教科書の数字や、表現少し変わっています。が、前の方がいいような表現もある。この表現の微妙な変化には、何かにつなげる少々匂いがないわけでないような・・・・・・振り回されるのは、いつも現場。
☆写真は、フリージアと白山吹

 白山吹j

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やめる!が言えない

 未使用ハナズオウj
前期の授業が始まる前、昨今のドタバタ生活を思うと、はてさて、務まるんだろうか、と少々不安でした。
が、始まってみると、案ずるより産むがやすし・・・意外と、気分さっぱり(身体はぐったり・・・)。

 日々、孫を預かっているという責任は、少々重い。
 もちろん、学生たちに講義するのも重い責任を感じます。
 が、ばあばとして生きるのは楽しいものの、やっぱり、自分を生きるのは、充実感があります。

仕事は、最終的には、やめる!と言えます。が、子どもを育てることは、やめる!が言えない。・・・・・そこが、世の母親たちが鬱々としてしまうところなのだろうと思います。

 さて、机上の学問というよりも現場での経験の豊富なベテランの教授と話している時、彼女もいうのです。先生というのは、毎年、なかなかよくやる学生に出会うから、また来年もやろうと思うんだよね、と。同感。➡➡
ところが…(続く)
☆写真は、ハナズオウとダッチアイリス

イリスj

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