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みんなみすべくきたすべく

ザンクトモリッツの建物

サンモリッツ湖
エンガディン地方でもあるので、家々は、かのグアルダ村でみたような建物➡➡も多いのです。坂は多いのですが、小さなサンモリッツ湖を見下ろす高台が、その街の中心です。洒落たブティックの建物は、エンガディン風であったり、木を多用したりするのが面白い。以下3枚の写真は、最新ファッションの高級ブティックの入る建物、あるいは、有名菓子店。 
サンモリッツ2
サンモリッツ4
サンモリッツ7
新築のおうちもエンガディン風。
サンモリッツ5

窓枠はもちろん、ガレージや倉庫のシャッターも木製。
サンモリッツ6

サンモリッツ35

サンモリッツ35

サンモリッツ16

 環境のことを考えたらしい来夏の東京オリンピック会場の木を使った造りは、ここでは当たり前のことでした。雨戸もシャッターも木でできているのを見ると、乾燥した土地だからできることとはいえ、アルミサッシ慣れしている者には、新鮮でした。

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ザンクトモリッツ

ザンクト1
冬季オリンピックも二度開催されている土地柄、冬のホテル代の方が、夏場より高いというスイス東部のサンモリッツに行きました。
 日本の案内の多くでは、サンモリッツとされていますが、地元などでは、ザンクトモリッツと言われていました。そりゃ、そうです。
サンモリッツ3

サンモリッツエレベーター

 なぜなら、ここの公用語は、ドイツ語とロマンシュ語ですから。サンモリッツという響きから、ちょっとフランス風かなと勝手に解釈していたなと、思うものの、高台の小さな街を歩くと、お洒落なパリのブティックなどが勢ぞろい。どこの国で作られたか不明のチープな観光土産店を、ほとんど見かけません。外れたところに、やっと、登山やスキーグッズ屋さん。テラスでカフェ、湖を見ながらティー・・・明らかに、リゾート感覚。近くのピッツネイル登山や4000メートル以上のベルニナ山に登ろうかという重装備の人をあまり見かけません。多分、そんな真面目な登山家たちは、リゾートホテルじゃなく、山荘に泊っているんだろうけど…(続く)
サンモリッツ1

☆写真一番上、一番下は、どちらも、ザンクトモリッツ駅前。 二番目と三番目の写真は、駅から高台の街までのショートカット。凄ーく深いエスカレーターでした。すぐ横には斜向エレベーターもありました。四番目の写真は、サンモリッツ湖から見たサンモリッツの街。
サンモリッツ駅前

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ティラーノ駅

ティラーノ駅
 昨年も、乗り換えで、イタリアの北西の隅っこのドモドッソラ駅で、少々嘆いたのですが➡➡、今度は、ベルニナ特急終点の駅、ティラーノ駅で、よーくわかりました。
  昨年の草の生えたままのドモドッソラ駅は、イタリアの駅であって、そばにスイスの駅がなかった。今度のティラーノ駅は、フェンス越しに、スイス鉄道とイタリア鉄道が並んでいます。つまり、ここで、乗り換えれば、スイスからイタリアに行くことができるのです。(この土地自体は、すでにイタリア)
ティラーノ2
 うーん、こんなにちがうんだ。雑草が生え放題のイタリア鉄道と隣り合わせのスイス鉄道は、種も飛んでこなかった(まさか!)のか、すっきり。つい、トイレもスイス側に行ってしまいました。
ティラーノ5

ティラーノ駅j
       
       ティラーノ駅jjj
 
    ティラーノj

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分水嶺

べるにな3
(承前)
Ospizio Bernina駅 標高、2256m
モルテラッチ氷河
べるにな6

べるにな2黒

べるにな2白
上の写真二枚は、上が、水が少し黒ずんで見えるレイ・ネイルLej Nair(黒い湖)、下が白い湖Lago Bianco(ラゴ・ビアンコ)です。二つはすぐ近くにあります。
べるにな11
 先日のヒンターライン➡➡のときも、ラインは北海、イン川(ドナウ川)は黒海と思いを馳せながら、水の流れを見ていましたが、ベルニナ特急に乗ると、こっちに流れると黒海、つまりイン川(ドナウ川)、こっちに流れるとコモ湖へ、すなわちポー川からアドリア海の、分水嶺。
べるになラインj

べるになポー
 必死で見ていたのですけれど、いつの間にか、こっちからあっち、あっちからこっちに流れていたというのが、本当のところ。これも、電車を降りて、実際に見てみないと・・・・。

  ま、いいです。ともかく、ヨーロッパの水の流れを楽しめたのは事実でしたから。
 ん?ラインとローヌの分水嶺(フルカ峠)もあるって?ローヌは、レマン湖を抜け、フランスを通り、地中海へ。うーん、課題(?)が増えた・・・・
べるにな4

べるにな5
☆写真下から二番目はラグダパル湖、遠いところに見えているのに、向こうの滝の勢いは凄かった。一番下は、はポスキアヴォ湖。この静かで明るい湖の横を走り抜け、線路のすぐ横に家が並び始めると、イタリア ティラーノです。

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ベルニナ特急

ベルニナ1

ベルニナ2
   さてさて、昨年の勘違い➡➡のもとにもなった、ベルニナ特急に乗りました。一等車ではだめですよ。窓が開きませんからね。それも、出来るだけ後ろの車両がお薦めです。それに、イタリア方向に行くときは、右側座席、スイス方向に行くときは、左側座席が、概ね良好。

 ここまで、児童文学探訪につき合わせていた夫も、これで納得。サンモリッツから晴れた日に折り返し往復乗ったし、チューリッヒに戻るときに、残っていた路線も乗ったので、さぞや、満足だと思います。
 とはいえ、雑誌やメディアで見る写真のような車両と風景は、電車を降りて撮らないとね・・・

☆写真は、高低差1800メートルを2時間で抜けるベルニナ区間。(サンモリッツ~ティラーノ)アルブラ区間(ツージス~サンモリッツ)の両方が写っています。(最高地点:2253m(オスピツィオ・ベルニナ) 辺りの写真は、明日に続く)

ベルニナ5

ベルニナ9

ベルニナ8

ベルニナ4

ベルニナ6

ベルニナ3

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栗のパスタ

ウルスリ21
「ウルスリのすず」(ゼリーナ・ヘンツ文 カリジェ絵 大塚勇三訳 岩波)
(承前)
 絵本「ウルスリとすず」で、ウルスリが大きな鈴をっ持ち帰り、鈴の行列の先頭に立ちます。そのあと、お父さんお母さんと食べたのが、蒸した栗でした。上には、生クリームがたっぷり、かかっていました。
 最後の絵は、件の大きな鈴を椅子に置いて家族でウルスリの話を聞いています。テーブルの上には、山もりの蒸した栗、それぞれのお皿に取り分けた蒸した栗、あとは、パンとオレンジ(?)が置かれています。つまり、栗は、ごちそうだとも言えましょう。

栗のパスタj

 さて、「黒い兄弟」の舞台、ソノーニョ村➡➡は、冬場は厳しい自然と岩場の狭い土地でしたが、そんな場所で見つけたのが栗のパスタ類でした。小麦がたくさん育つような場所ではありませんから、当然、たくさん収穫できる栗は、主食となっていたのでしょう。日本でも、縄文時代は、どんぐりを食べていたようですから。

 それで、日本に持ち帰り、食べてみましたよ。ほんのり甘い栗の味。ソースの味付けを気にすることなく、簡単にオリーブオイルやチーズをかけただけでも、美味しいです。また、小麦粉のパスタなどのような こしのあるものではないものの、最近、パスタが胸につかえるような感じのするカ・リ・リ・ロには、ぴったり。日本でも、売ってないか、探してみようっと。

 ちなみに写真上 右後ろに写るのは、ウルスリのエンガディン地方でもなく、黒い兄弟のティチーノ州でもなく、レマン湖畔ヴォー州で取れた黒いキノコをハーブの酢漬けにしたもの。手前の栗のパスタに混ぜて食べました。美味しいに決まってる!

 写真下は、同じくヴォー州シャトー・デーのお店に売っていた乾燥キノコですが、上記、壜詰めのキノコは、お店のおじさんの家族で森に取りに行ったものだと、胸を張って教えてくれました。だから、手書きのラベルにリサイクルの瓶。

 蛇足ながら、これで、思い出したのが絵本「うたこさんのおかいもの」(ディック・ブルーナ―文絵 松岡享子訳 福音館)。この中で、市場のきのこうりのおじさんが、≪この きのこは おれが じぶんで みつけて とってきたんだぞ」と たいそう ごじまん≫の箇所。

きのこj

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山に響いたのは・・・

ウルスリ12
「ウルスリのすず」(ゼリーナ・ヘンツ文 カリジェ絵 大塚勇三訳 岩波)
(承前)
 ウルスリ詣での山には、ウルスリが渡った釣り橋を模したものも途中にありました。先の5歳くらいの男の子が渡っていきました。
 落ちても平気なところにかかっているので、揺れるのを楽しむのです。次は我々夫婦。(そこを通らずとも行けますけど)
 ♪ ビョンビョンビョン♪

 さて、次は、小学生低学年くらいの女の子二人。♪ ビョンビョンビョン♪
 あれ、行きつ戻りつしています。♪ ビョンビョンビョン♪
ウルスリ19

すると、聞こえてきました。彼女たちの歌声♪♪♪
モーツアルトの「魔笛」夜の女王のアリア!の有名な、コロラトゥーラの部分!!
繰り返し、繰り返し・・・
楽しくて♪ ビョンビョンビョン♪が、モーツアルトの「夜の女王のアリア」だなんて!
ウルスリ30

そして、蛇足です。孫たちが9月に入って、10日余り、うちから保育所に通うことがありました。そのときに、この「夜の女王のアリア」を何度か聴きました。あの山で出会った小学生の女の子のようなしっかりしたメロディではありませんが、3歳の孫は、タタタタタタタタターン♪などと歌いながら、ソファの上を ピョンピョンピョン♪・・・・ん?このアリアって、子どもたちを飛び跳ねたくさせる魔力を持っているんだ!!!

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ウルスリ詣で

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(承前)
「ウルスリのすず」(ゼリーナ・ヘンツ文 カリジェ絵 大塚勇三訳 岩波) 
 ウルスリが、大きな鈴を取りに行った山は、村から一気に登っていきます。が、今は、おおよその順路がつけられ、子どもも登れる工夫がされています。ウルスリが行った山小屋や吊り橋は、もっと奥にあったと思われますが、ともかく、ウルスリ気分で、山を一周できるよう、木製の遊具が、随所にありました。次の遊具を目ざして、急な山道を登っていくという形です。 
 実際、我々の前を歩いていたのは、ジイジとバアバに連れられた5歳くらいの男の子。どんどん、先に歩いていきますが、遊具のところで、少し遊んでいるうちに、大人が追い付いてくるという形です。スイスでの山には(いわゆる名峰登山は知りませんが)、必ず、標識あるいは、石に赤ペンキで、印が入れられ、天候に問題がなければ、初心者でも、子どもでも迷うことはありません。
ウルスリ11

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男の子が絵合わせの裏見てます。

ウルスリ12
鈴の一番大きいものはどーれ?

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男の子のジイジが、こうやって、歩くんだよと、教えてるところ。
ウルスリ15

ウルスリ16
模造の山小屋ですが、ドアの上の部分が開き、裏手に回れば屋根裏まで登れます。男の子は、今からドアの上部を開けて、ジイジ!バアバ!と言ってました。
 さて、ここから下りになり、以下のような大きな立体絵合わせが、随所に置かれています。
ウルスリ17
      ウルスリ16
 で、最後は、「ただいまぁ!」のウルスリの家のドア。もちろん、開けて下りていきました。
ウルスリ18

 一周およそ、1時間半でしたが、最後、雨が降ってきて、かの男の子とジイジ・バアバより早く村に戻ったものの、彼等は、まだ、山で雨に会って、大変だなぁと心配していたら、雨具、完全防備で、元気よく下りてきて、一緒のバスに乗りました。
 うーん、小さい時からの山や自然に親しむ・あるいは向き合う生き方、教育。黒い兄弟のジョルジョ➡➡が、自然の中で学び、それが人に対する思いやりとなり、やがては、故郷に戻って、次の世代のために生きる・・・ということを、思い出します。
 
 そんな山の中で、聞こえてきたのは…(続く)
ウルスリ山2

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ウルスリのすず

ウルスリ1
 2005年、初めてスイスに行ったとき、カリジェ詣でに、生家や墓のあるトゥルン村に行ったことがあります。 そのことは、古本「海ねこ」さん掲載のブログ(2007年3月8日)などにも書きましたが、➡➡ フルリーナの絵のある建物他、カリジェの描いた絵のある建物➡➡が、その村に多くあって、ハイテンションな時間を過ごしたのを思い出します。もちろん、ゆかりの博物館も教会も楽しみました。
 ハイテンションすぎて、その村には、ウルスリが居ない・・・などと、考えもしませんでした。

ウルスリ4

ウルスリ4

 その後、15年近く経って、やっと、今回、ウルスリには、別の舞台があるんだ・・・と、わかった次第。
それは、スイス東部のエンディガン地方。グアルダという村。

「ウルスリのすず」(ゼリーナ・ヘンツ文 カリジェ絵 大塚勇三訳 岩波)
以前、「ウルスリとすず」のことを書きましたが➡➡実際に、その舞台になった場所に立って見ると、小さな村の後ろにそびえる山は、急な山。(素人には・・・)そして、ウルスリがすずを見つけに行った山の小屋は、ずいぶんと遠そう。(続く)
ウルスリ3

ウルスリ2

☆写真は、すべて、スイス グアルダ村 二番目と三番目は、小さな小さなウルスリ博物館。四番目は、文を書いたゼリーナ・ヘンツの住んでいた家(カリジェは、ここに逗留し、ウルスリとすずの絵を描いたようです。)。五番目は、ウルスリの家のモデルになった家。一番下は、見晴らしのいい場所にあったベンチ


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グアルダ村

グアルダ1
 さて、小さな村探訪の三つ目は、グアルダ村です。先に書いたイン川沿い➡➡の鉄道で行き、そこからバス。谷あいの村ではなく、山の中腹にある村です。

 ここは、エンガディン地方の独特の建築様式の建物が、今も住居として使われている小さな集落です。
グアルダ2
グアルダ3

 ソノーニョ村の、昔ながらの家は➡➡は、、石を積み上げただけでセメントを使っていなかったのですが、グアルダの家は石を積んでモルタルで固めたものが土台となった,木を組んで作った木造住宅。だからか、グアルダの家々は、ちょっと離れて見ると日本家屋風に見えます。
 石造り風ではありますが、外はモルタルで固めているので、自在に壁に装飾をしているのです。同じモルタルでも、日本は装飾してませんが・・・
グアルダ4
グアルダ5
 が、日本より寒い冬を越す工夫は、厚い壁、すなわち、壁の奥深くに窓、窓の周りの壁は角度がついて光を取り入れる工夫。日本は、軒の深さに工夫がありますね。

グアルダ6
グアルダ7
 また、壁の装飾は、壁の表面をひっかいて作るようです。つまり、最表面の下には、違う色が塗ってある。かつてルネッサンス期のイタリアで流行ったものが、この地方で定着したらしいのですが、この辺りの人の話すロマンシュ語会話は、ちーっとも聞いたことのない言葉ながら、どうも、イタリア語の明るい乗りに近いような気がしたのは、気のせいでしょうか?

 この小さな村で、装飾したおうちを見るのは楽しいものでしたが、一番の目的は違いました。(続く)
グアルダ8

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