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みんなみすべくきたすべく

不要不急の外出(四月初め)

2020さくら
いくら洗濯できても、1住所あたりマスク2つじゃ家族で使いまわすのも難しい・・・それに、布製の(大の大人の男性がつけたら、小顔用のように見える)マスクでは、小顔じゃない大人が、くしゃみしたら、有効じゃない・・・

こんな事態でも、桜は綺麗に咲いています。
今や、歩いて遠回りの買い物だけが日ごろの運動ですが、いつも通る桜並木は、ほぼ満開です。さぞや、京都や他、名所の桜も、見事だろうと思います。

それで、「英国貴族、領地を野生に戻す」(イザベラ・トゥリー著 三木直子訳 築地書館)のことを少し書く前に、順番がおかしいとはいえ、その訳者後書きにあった英米共同制作の人気ドラマ「ダウントン・アビー」のこと。
≪本書の舞台となるバレル家のクネップ・キャッスルはまさに、1910年~1920年代の「ダウントン・アビー」の80年後を彷彿とさせる。…ドラマには、所有する領地で農業や畜産業を営む小作人たちが登場し、地主であるクローリー家の人々が、時代の変化に合わせて経営を合理化し、多角化を図ろうと腐心するシーンがあった。そして、(現代の)バレル家の人々もまた、「土地を売るという発想がない家風」を引き継ぐ由緒正しき家系ではあるが・・・・≫

 というのも、先日来、映画の趣味のまったく合わなかった夫と、WEB配信される「ダウントン・アビー」を見ているのです。やたら、早く帰ってくるし、休日はゴルフもジムもないし・・・・
 娘は、英国に暮らしていた頃に、リアルタイムに 周りが騒いでいた人気ドラマだと知っていましたし、カ・リ・リ・ロ自身も日本で放映されていたのは知っていたものの、いかんせん、夜遅い放映で、うちにはビデオ録画設備もないということで、あきらめていました。また、ごく最近、ドラマ後みたいな、劇場映画があったのですが、それも、この度の騒ぎで映画館に行く気がせず・・・
 ということで、WEBで、やっと見られたのです。イギリスのお屋敷の設えと、その周りの風景、そしてファッションなど、楽しみは多いのですが、夫の反応や如何に?・・・・それが、はまってしまった。人間ドラマが入り組んでいて、おもしろいからででしょう。
 全巻見終える頃には、新型コロナウィルスも終息していますように。

以下、夙川の桜と芦屋川の桜。すべて、スマホカメラ。
夙川43 
2020asiyagawaj.jpg

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妖精のキャラバン

キャラバン2
(承前)
「妖精のキャラバン」(ビアトリクス・ポター作 久野暁子訳 福音館)
写真左に写る挿絵は、毛が長くなりすぎたてんじくねずみのタッペニーの前で、やまねのシャリファが、オークの木の妖精の話をするところです。
≪・・・妖精っていうのは怒りっぽいものでね。オークの木の妖精は怒って悪さをした時もあったわ。この苔の上にお座りなさいよ、タッペニー。ベリンダもお客さまも。すてきなお話だから、できるだけすてきに話してみるわ。・・・≫

そこで、「妖精のキャラバン」の最終章は、やまねのシャリファが話す「オークの木の妖精」です。
≪英国のオークには、どことなくいかめしい、堂々とした気品があります。古代のブリトン人はオークを神様の木だと考えていました。それより後の時代のサクソン人は、オークを聖職者ドルイドの木として尊敬していました。ウィリアム征服王は国全体を調べて、『土地台帳』を作らせたことがあります。まだ地図がなかった時代でしたので、目印になるものをたくさん書き込みました。ハートフォードシャーのオークの木も、目印として『土地台帳』に書き込まれていました。これからお話するオークの木は・・・・≫

≪・・・とても大きな木を切り倒す作業は、本当に残酷です。斧が鈍い音をたてて振りおろされるたびに、木の奥深くに住んでいる緑色の妖精も痛がって苦しむのです。・・・・≫

 「オークの木の妖精」の話は、ポターが、伝えたかったと思われる大事なことの詰まった話です。この話から、「英国貴族、領地を野生に戻す」(イザベラ・トゥリー著 三木直子訳 築地書館)に、ちょっと寄り道してみます。(続く)

 加えて、蛇足ながら、この「妖精のキャラバン」で難点なのは、本当にたくさん登場する小動物たちに、みんな、しっかりとした名前が付けられていて、カタカナの名前が、なかなか覚えられない。途中から、ノートに控えていきましたが、この本が翻訳出版された2000年から20年経っている今となっては詮無いこと。あーあ・・・

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くつです!

ゴブリンj
 (承前)
「妖精のキャラバン」(ビアトリクス・ポター 文・絵 久野暁子訳 福音館)➡➡には、やまねや他の動物たちが話す、短いお話が、いくつか挿話されています。中には、センダック絵、ミナリック文「おじいちゃんとおばあちゃん」(松岡享子訳 福音館)の中の「こびとのゴブリン」の話を、ちょっと思い出す短いお話も入っています。
 「こびとのゴブリン」のことは、以前にも書きましたが➡➡、ともかく、うちの子どもたちのお気に入りの話でした。とくに、小人のゴブリンの後ろから ピッタ パッタ ピッタ パッタ ピッタ パッタとあとをつけてくるのが、靴だとわかった瞬間、息をひそめて聞いていた子どもたちがほっと息をしたのを覚えています。写真下側に写る「くつです。」(センダック絵)のページ。

 それで、ポターの「妖精のキャラバン」に入っているのは、ごわごわの黄色い毛のテリア、小さい皮のエプロンをつけた鍛冶屋のメトルが、話すヒーリス奥様の木靴の話です。(ヒーリス奥様というのは、ポターのことで、控えめに登場)
 小人のゴブリンの靴は、びっくりして脱げてしまって、持ち主のゴブリンのところに戻る、小さい子向きのお話でしたが、こちら「妖精のキャラバン」は、お話も少し長く、ファンタジックな世界が広がります。

 写真上側の絵(ビアトリクス・ポター絵)は、≪右のくつはすとんと下に落っこちた。地面で一回跳ねあがってから、今来た道をかけもどり、走って、走って、ジョシィ・キャンベルじいさんの傘のところまで戻った。すると、傘はひとつお辞儀して溝から出てきた。お弁当箱もちょこんとおじぎをした。くつはとび跳ねた。それから三人して道を走り始めた。≫のページ。
 それで、三人の行ったのが、大きな森の真ん中あたり。
≪どんどん道をたどって、藪の中をくねくね曲がって行くと、ずっと先の方に明かりが見えたんだ。銀色っぽい光で、月明かりがさしこんでいるみたいだったけれど、月ではなかった。空からさしこんでいるんじゃなくて、地面から湧きあがって上に向かって照らしているんだ。明るい場所は炭焼き場の床みたいに平らで、月光を浴びた湖のようだった。そして、その輝く床の上ではダンスパーティの最中だった。・・・・≫

 そこには、ありとあらゆる靴が集まっていて、一番華やかなガラスの靴と踊るのは騎士のブーツ、猫の長靴とカラバ侯爵夫人の靴は別のスッテプを踏み、赤い靴、切れ込みの入った布製の靴、モリスダンスを踊るつま先の長い鈴付きの靴、留め金のついた靴、かかとの高い靴、長靴に編み上げた靴、一緒にジグを踊るパンプスとサテンのサンダル・・・・(続く)

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てんじくねずみのタッペニー

キャラバン1
(承前)
 ピーター・ラビットシリーズ➡➡ ⇒⇒のような小型絵本ではなく、お話も長い挿絵本「妖精のキャラバン」(ビアトリクス・ポター文・絵 久野暁子訳 福音館)にも、たくさんのネズミさんが出てきます。
  毛が伸びすぎたてんじくねずみのタッペニーが主人公です。ネズミ年ということで探した普通のネズミの本が余りに多く、同じネズミ目とはいえ、ヤマアラシ亜目のてんじくねずみさんは後回しにしようとしていたら、「ピーター・ラビットの野帳  フィールドノート」(ビアトリクス・ポター絵 アイリーン・ジェイ  メアリー・ノーブル  アン・スチーブンソン・ホッブス 文  塩野米松訳  福音館)➡➡にもポターの描いたキノコのスケッチなどと一緒に掲載されているので(上記:写真左)、やっぱりこの際、楽しんでみました。

 てんじくねずみといっても、毛が短いのと、毛の長いアビシニアンが、グリーンジンジャーの国のマーマーレードという町に住んでいました。毛の長いアビシニアンの頬ひげに、毛が短いてんじくねずみは憧れています。で、少々、胡散臭い美容研究家が毛が伸びるという新しい特効薬を売り出すと、毛の短いてんじくねずみたちは、歯痛としもやけで悩まされ、短い毛さえも大して生えず、断る勇気もないタッペニーに,一瓶全部、注ぎかけてしまったのです・・・・
 で、毛むくじゃらになってしまったタッペニーは町を逃げ出し、牧草地へと。
 そこで出会ったのが、キャンプをしている奇妙な一行でした。四輪馬車の幌には「アレクサンダー・ウィリアム・サーカス」、幌の反対側には「コビトゾウ!芸をするぶた!ソールズベリーのやまね!本物の毛長いたち!」とありました。
 その一行は、傷心のタッペニーに優しく接し、タッペニーは仲間に入ることに。
「一緒に来るかい、タッペニー。楽しいし、こしょうの実も氷砂糖も、君の分け前をあげるよ。一緒に来て、サーカスの仲間にお入りよ。」みんなが口々に声を上げました。そして、黒ぶたのパディは言います。「今日ここで会えたのは運が良かったね。・・・・」

 この部分、ちょっといいでしょう?仲間に入れてもらう・・・仲間になる・・・子どもたちが、求めていることです。

 そして、サーカスはいろんな場所に行き、いろんな小動物たちと出会い、いろんな話を聞くのです。そんな中、上記写真左にあるサルノコシカケの左の暗い影に潜んでいるのが、当初、タッペニーに優しい言葉をかけた黒豚のパディです。

 行方不明になったパディは、トード・ストゥール Toadstool (Toad:カエル Stool:こしかけ)を食べ、何かにとりつかれたようなのでした。(トード・ストゥール Toadstoolは、毒キノコ一般をさすようです。)ところが、パディが隠れている「ピーター・ラビットの野帳  フィールドノート」の絵のキャプションには、サルノコシカケ Bracket fungiとなっています。調べてみると、さるのこしかけ Bracket fungi (Bracket 張り出し棚 fungi 菌類の複数形)の類は、毒のものはほとんどないとありましたから、毒キノコを食べて、精神状態も混乱をきたしているパディが、逃げ込んだ安全な場所を意味するのが、サルノコシカケだったといえるかもしれません。(続く)

☆写真右 黒豚パディが偽物の鼻をつけ、コビトゾウに扮しています。その頭の上に毛むくじゃらのテンジクネズミのタッペニー 

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不要不急の外出(三月末)

2020sakura9.jpg
 上記一部だけ満開の桜の写真を、神奈川に住む妹に送信したら、屋根に雪が積もってるよ・・・との返信。

この町から出ない生活も、およそ1か月。外出自粛(要請)でなく、外出禁止(要請)ということになったら、他国のように、罰金やむち打ちなどの罰則になるんだろうか。

 街の本屋さんで、カミュの「ペスト」(宮崎嶺雄訳 新潮社)は、一人一冊までと書かれていたと、大阪に通勤している娘が言ってました。 マスクじゃあるまいし、そんなにカミュを読む人が居る?・・・と、思いながらも、自分は図書館で、予約待ちしていると、今年の結婚記念日に  夫がプレゼントしてくれたのが、会社近くの書店にあったカミュの「ペスト」。ま、なんと、印象に残る結婚記念日の贈り物だこと。
 とりあえず、予約待ちのなかったデフォーの「ペスト」(平井正穂訳 中公文庫)から読んでみます。

読書と、散歩を兼ねた食材や甘いものの買い物、それに、ブログの作文を書きためる日々。ジムの再開、お習字の再開は、いつとも知れず、大学の授業開始も4月下旬まで伸び、毎日が休日のようになってきたので、今しばらく、土日祝も含め、毎日、ブログUPしていきます。 
 

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永久の平和が存在する場所は、自然をおいて他にはありません。

ダッチェスj
「ピーター・ラビットの野帳  フィールドノート」(ビアトリクス・ポター絵 アイリーン・ジェイ  メアリー・ノーブル  アン・スチーブンソン・ホッブス 文  塩野米松訳  福音館)

(承前)
 ビアトリクス・ポターが、キノコの研究とスケッチを続けているときに、一番、心を許したのが、郵便配達夫のチャーリー(チャールズ・マッキントッシュ)でしたが、彼は、ビアトリクスが子どもの頃から夏過ごす家に郵便を配達してくれていた人でした。

 ビアトリクスの日記に、こうあります。
≪鋲のついた半長靴をはいたチャーリーが大股で歩いた後をたどりながっら、水たまりから水たまりへと跳ねてついていくのは、私の楽しみな遊びの一つだった。数学の得意な人ならば、彼が何千マイル歩いたかを計算できたかもしれないが、私には考えも及ばぬことであった。彼の後任の郵便配達夫は、三輪車を持っていたので、足を痛くすることはなっくなったかもしれないが、近代生活や便利な機械というものは、個性とか自然誌研究には縁のないものだ。スコットランドの田舎の郵便配達夫といえば、ほとんど、例外なく何らかの学問に優れている。たぶん、それは長時間にわたる孤独な思索と観察がもたらした結果なのだろう。≫

鋭い指摘です。思索と観察・・・これは、ポター自身が身につけていたものですが、郵便配達夫のチャーリー、のちパースシャーのナチュラリストと呼ばれたチャールズ・マッキントッシュの姿を見ていたのです。同じように、郵便配達夫で思い出す人がいます。宮殿を建てたシュヴァルです。  ➡➡

閑話休題。
ともかく、その論考を共に歩んだのが、当時の英国階級社会では、学問から遠かった郵便配達夫の男性だったところが興味深いことです。そして、下手な専門家や学者より、彼に師事したポターは、彼の死後、こう書きます。
≪50年前、チャーリーは鋭い観察眼を備えた、第一級のフィールドナチュラリストでした。そして、一生の間、学び続ける研究者でもありました。その名前と業績が、生まれ育った土地に記され、称えられることは、彼にとってもっともふさわしいことです。永久の平和が存在する場所は、自然をおいて他にはありません。もし、後世の人々が、老いも若きも、チャーリー・マッキントッシュのように自然を学んでくれたら、素晴らしいことだと思います。≫

☆写真は、『パイがふたつあったおはなし』(石井桃子訳 福音館)犬のダッチェスさんに手紙を届けた郵便配達夫が後ろに描かれていますが、チャーリーでしょうか・・・

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ピーター・ラビットの野帳

きのこj
(承前)
 この際、ビアトリクス・ポターのネズミの絵本だけでなく、もっと、角度を変えても、ポターを見てみたいと思います。
ピーター・ラビットシリーズとは、趣を異にする「ピーター・ラビットの野帳  フィールドノート」(ビアトリクス・ポター絵 アイリーン・ジェイ  メアリー・ノーブル  アン・スチーブンソン・ホッブス 文  塩野米松訳  福音館)は、ポターの自然環境保護のルーツや、彼女が描いた菌類の絵と共に、絵本から見たポターと、一味違う彼女の才能に、驚かされます。

 芸術に秀でる人は、優れた五感を持っていると思いますが、彼女は、人並外れた観察眼も持っていたと思われます。しかも、ただ、描いただけでなく、その菌類(主に、きのこ)について、論考し、絵を残しています。

 が、しかし彼女の論文のその後の詳しいことはわかっていず、ロンドンリンネ協会の議事録によれば
≪「ハラタケ属の胞子発生について」と題された、ミス・ヘレン・B・ポターの論文は1897年4月1日読み上げらています。女性だったので、ビアトリクスは自分で発表することもできませんでしたし、会合に出席することもできなかったのです。代わりにジョージ・マッシー氏が読むことを引き受けてくれましたが、当日の発表の中心はシスルトン・ダイヤ―氏でした。ビアトリクスのスケッチが会員の前で紹介されたかは不明で、リンネ協会にも、論文に関する資料は何も残っていません。≫

はあ?ひどい扱いです。
今、この現代の日本でもいまだ、医学部入試差別が厳然と残っていた(いる)ように、女性と学問は、さらに距離があった時代、しかも当時30歳前後の女性の研究でした。当時の学者たちと議論したいものの、相手にされず、のちになってやっと、彼女の論考の正当性が認められていくのです。

 それで、当時のキノコの専門家たちの多くを、リスペクトできなかったポターでしたが、唯一、まともな議論、あるいは、キノコなどの提供のやり取りしていたのが、郵便配達夫のチャーリー(チャールズ・マッキントッシュ)でした。(続く)

☆写真は、「ピーター・ラビットの野帳」の上に、我が家で収穫した「しいたけ」置いています。しいたけの菌床(冬場限定)を買って、暗いところに置いていたら、何回か収穫できるので、冬のお鍋に重宝しました!

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アプリイ・ダプリイ・セシリ・パセリ

セシリ・パセリj
(承前)
ビアトリクス・ポターのわらべ歌の絵本は二冊あるのですが、日本では、馴染みのない英国のわらべ歌中心なので、どうしても、「ピーター・ラビット」などのおはなしの絵本の陰に隠れてしまいがちです。が、ここにも、ネズミさんたちは描かれています。

 写真左に写る二枚のネズミさんが、アプリイ・ダプリイです。「アプリイ・ダプリイのわらべうた」(中川李枝子訳 福音館)
≪アプリイ・ダプリイ、ちっぽけな ちゃいろの ねずみ、だれかさんの おうちの とだなへ おでかけ。
 だれかさんの とだなは なにもかも すてき、ケーキに チーズ ジャムに ビスケット ―――ねずみのすきな ものばかり!≫

写真右上に写るのも「アプリイ・ダプリイのわらべうた」にある、
≪くつのなかに すんでいた おばあさんを しってるでしょう? ほら こどもが おおぜいで どうしていいやら わからなかった。≫のページです。

そして、写真下は、「セシリ・パセリのわらべうた」(中川李枝子訳 福音館)の最後のページの伝承の歌にちなむ なぞなぞ。
≪ニニイ、ナニイ、ネティコート、はいてる しろい ペティコート、おはなは あかい―――ながく たっているほど せが ひくくなるもの なあに?≫
 
 今回、ネズミ年にちなんで、ポターの作品から、ネズミを探していったわけですが、探すと、本当にたくさんのネズミさん。
そして、50年近く前に初めて目にしたこのシリーズは、相変らず、可愛く、楽しい。
加えて、丁寧に見れば見るほど、ポターの絵の奥深さ。単なる挿絵ではなく、もちろん、ちゃんとそこには、自然を愛するスピリットがありました。若い時には、気づかなかった彼女の視点が、やっとこの年になってしっかり味わえます。
 ポターは、「まちねずみジョニーのおはなし」➡➡ のときも「セシリ・パセリのわらべうた」のときも、視力の衰えを気にしていたようです。が、今、同じように視力の衰えたカ・リ・リ・ロにとって、ピーターラビットのシリーズは、今までより、さらに大切な絵本となりました。(続く)

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仕立てと裁断

グロースター12
(承前)
≪ねずみが 3びき すぅわって、糸をつむいでおりました。
ねこが とおって、のぞきこむ。 おまえさんたち、なにしてござる?
ぬっております、紳士のふくを。
わたしもはいり 糸をきるのを 手つだおか?
いえいえ けっこう、おねこさん、あなたのくいきるのは わたしたちのあたま≫

 「グロースターの仕立て屋」(石井桃子訳 福音館)➡➡には、いつくかのわらべ歌がはいっていますが、当初の手書き本では、さらにたくさんのわらべ歌が入っていたようです。ポターはビクトリア朝のわらべ歌が好きだったのです。
 そして、少し、絵を書き直し、私家本で出版をします。これは、大方の予想に反して、よく売れ、ポターを勇気づけます。それで、出版社により、さらに、わらべ歌の部分は削られ、絵も一部削除されたものの、今に至るまで、楽しめる「グロースターの仕立て屋」ができました。1903年のことです。「ピーター・ラビットのおはなし」が1902年、「リスのナトキン」が1903年

 それで、ポターを喜ばせたのが「仕立てと裁断」という業界雑誌に、長くて好意的な書評がでたことでした。
≪仕立てに関して書かれたこれまでになく美しい物語と考えられる。」「この本はわれわれの顔にほほえみを浮かべさせると同時に、目に涙をもたらしたことをうちあけたとしても恥じることはない。」(続く)

*参考:「ビアトリクス・ポターの生涯  ピーター・ラビットを生んだ魔法の歳月ー」(マーガレット・レイン著 猪熊葉子訳 福音館)

☆写真は、英国 グロースター 「グロースターの仕立て屋」のようなお店の二階の展示➡➡

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不要不急の外出(続続続々)

さくら10
 まだまだ衰えを見せない新型コロナですが、ついには、大阪と兵庫の行き来の休日自粛・・・じゃあ、平日、満員電車での通勤・通学は、いいの???家族は――結婚した人たちを含め皆、大阪に通勤してますけど…カ・リ・リ・ロ自身、4月からは大阪に行く新学期が始まるし・・・

 さて、未だ ジムは開館しないし、散歩に読書に、まじめにご飯を作る毎日です。
 お天気のいい朝の散歩で、桜が一本、満開でした。来週は、他もたくさん満開になるでしょう。つぼみも、どんどん膨らんできたし…鳥は鳴き声も春らしく、高らかに・・・鳴き声を聞かないような鳥も、たくさん元気よく・・・
イソヒヨドリj

ハクセキレイj

 まだ、マスクやアルコール消毒は手に入りませんが、何かで紹介された本も、予約でいっぱい、購入なら増刷待ち。
 何の本か?➡➡
 かつて、初めて翻訳されたときは、大きな1冊の本で10000円くらいしたものですから、借りて読んだのです。2年前、ルガーノで、マンゾーニの所縁の教会を見た時以来、この本をもう一度読み返そうと思ったものの、先延ばしにしていたら、「せっかくの休みですから、散歩したり、良質な本を読んでください。」とメッセージを送ったミラノの校長先生に紹介され、ネットで広がったようです。素晴らしいメッセージですので、検索して読んでみてください。
 この先生は、マンゾーニとボッカッチョを紹介しています。
 マンゾーニは「いいなづけ」で、ボッカッチョは、ペストの時に集まって100話話したという「デカメロン」ですね。
 ≪マンゾーニの「いいなづけ」のペスト描写の発想の有力な一源泉が「デカメロン」第一日目まえがきのペスト描写に由来することは確実である。≫と、「いいなづけ」も「デカメロン」も訳した平川祐弘は、デカメロンの訳注で書いています。
*「いいなづけー17世紀ミラーノの物語」(マンゾーニ 平川祐弘訳 河出文庫)
*「デカメロン」(ボッカチオ 平川祐弘訳 河出文庫:河島英昭訳 講談社文芸文庫:柏熊達生訳 ちくま文庫)

 加えて、カミュの「ペスト」(宮崎 嶺雄訳 新潮文庫)も、予約待ちで、書店になし。中央ヨーロッパに行ったことのある友人によれば、ペストに打ち勝った記念碑が、あちこちで見ることができたそう・・・
 デカメロンの100話全部読んでないし、ペストも読んでない!、うーん、また読む本増えた!長生きしなくちゃ…
オオバンj

キンクロハジロj
☆写真の鳥は、上から「イソヒヨドリ」「ハクセキレイ」「オオバン」「キンクロハジロ」そして、一番下は、「ツグミ」・・・・冬場は、口をつぐんでいるからツグミとか。

ツグミj

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